第7話 おっさんたちは恥ずかしそうに旅立つ。

 翌朝。


 おっさんたちは黙々とキャンプをたたんでいる。


 依頼料は手に入れたのにどうしてキャンプしているのかと言うと、どの宿からも「お釣りがないです」と宿泊を断られたのだ。


 おっさんたちがギルドから受け取った報酬は大金貨1300枚。大金貨は1枚の価値が日本円で約100万円ほどもあり、一般に流通しているものではない。宝の持ち腐れとはこのことだ。


 なんとか使える貨幣に交換しないとこれからの生活に支障をきたす。


 それでなくともおっさんたちの所持金は銀貨(1000円)3枚、大銅貨(100円)8枚。合計3800円だ。コイオスとリィンも含めると、平均金額が大銅貨8枚のモーニングセットを食べたら……所持金マイナスになる。


 本来なら食事を必要としない聖なる馬にはかすみでも食わせていればいいが、それでもほとんど使い切ってしまうことは間違いない。


 おっさんは懐が寂しくなると猛烈に不安になる生き物である。若い頃の後先考えない馬力がないおっさんたちは、安心と安定の土台の上でなければ活躍できないのだ。


 というわけで、おっさんたちの今日の行動予定が確定した。


 1つ目は「大金貨(100万円相当)1300枚を大銀貨(1万円相当)13万枚にすること」


 2つ目は「ギルドに預けている魔物の素材の買取代金を受け取ること」


 というわけで、朝食も摂らずに両替商に駆け込む。


 が、そこでも「こんな大金取り扱えません」と断られてしまった。


 これほどの大金をどうやって換金しようかと悩んでいると、大きく豪華な馬車がおっさんたちのところにやってきた。


 中から出てきたのは「綺麗になったエドワード王子(feat.フューチャリング幻魔)」だ。


 ちなみにどうでもいいことだが、この「○○ feat. ××」という表現は勘違いされやすい。


「feature」とは動詞で「主役に据える」という意味がある。つまり「○○ feat. ××」という表現は、○○ が ××を主役に据えているという意味になり、後ろについている××が主役、もしくは大物という扱いになるのだ。


 エドワード王子の場合は、どう考えても幻魔のほうが大物なので間違いではない。


 で、この王子が何しに来たのかというと、大活躍したおっさんたちを王城の晩餐に招待したいと、自らメッセンジャーとしてやってきたのだ。


「「「 そんなことより頼みがある 」」」


「そんなこと………ですか」


 王城の晩餐に一般人が招待されることなど、まず、ない。それほどの名誉と栄誉なのだが、おっさんたちには全く響いていなかった。


 なんとかエドワード王子の口添えで、国庫にある大銀貨とおっさんたちの大金貨を交換することができた。


 両替商なら交換額の20%(!)の両替手数料を取るところだが、さすが王国の国庫からの直取引だけあって、無料で交換してもらえた。


 だが金庫番や王子は「持ち運ぶなんて無理ですよ」と、おっさんたちに忠告する。


 大銀貨一枚10グラムとして13万枚もあれば総重量1.3トンになる。普通なら携行できない重さだ────が、セイヤーが難なく亜空間に収納してしまったので全員空いた口が塞がらなかった。


 半壊してほとんど王城としての威厳も尊厳もなくなっていたアップレチ城の、わずかに残っている部分で昼食をごちそうになる。


 同席者はエドワード王子。そして王国騎士団団長シルベスタ伯爵と、レスリー&リンダの双子騎士だ。


 昼食後、シルベスタ伯爵が「なぁ、あの双子の方からヴヴヴヴって羽虫のような音が聞こえてきて怖いんだが」と尋ねられたが、コイオスがニヤニヤしているだけでおっさんたちは何も返答を返さなかった。


 丸みを帯びたピンク色の振動蜘蛛が、彼女たちの体の何処かで常時快感と悦楽を与え続けているなんて、おっさんたちの口からはとても言えなかった。


「昼飯のお礼に」


 と、セイヤーが魔法で王城をコンパクトに、かつ、美しく、そして、機能的に建て直した。


 善王エドワードの千年王国で「永遠とわに美しき王城」と謳われ続ける新生アップレチ王城だ。


「魔力、大丈夫なのか?」


 ジューンに心配されたが、セイヤーは「魔力の容量が上がっているから、これくらいなら問題ない」と応じる。


「ついでに連れ合いの子たちの居場所も魔法で探してよ。闇雲に探すの面倒だし」


 と、コウガが子供のようにお願いしてきたが、それについては「範囲が広すぎて今の私の魔力では無理だ」と断ったセイヤーだったが、ふと首を傾げる。


「……いや? 無理でもないな」


 範囲を絞りつつ検索を開始する。


 いきなり全宇宙から検索すると魔力が枯渇して気絶しかねないので、小さいところからゆっくり範囲を広げる方法をとったのだ。


「仲の国に反応があるな」


 おっさんたちが中立国に作り変えたシュートリアの町……つまり「仲の国」は、おっさんたちが行方不明になった後、勇者排除派が統治していると聞いている。


「ついでに僕たちの敵も潰しとく?」


 この時コウガが何気なく言った「ついでに買い物しとく?」くらいの軽い言葉は、敵である者たちからしたら、恐怖でしかないだろう………なんせ「その程度の相手」とおっさんたちから思われているのだから。











 午後。


 おっさんたちは素材の報酬を受け取りに冒険者ギルドにやってきた。


「同じ過ちは繰り返すまい」と素材の代金は大銀貨での支払いを要求し、高級貨幣で準備していた受付嬢たちが慌て始めたが、なんとかなるらしい。


 本来は素材をオークションに掛けた後、ギルドが販売手数料を引いてようやく代金が確定するのだが「最低価格でいいよ」とおっさんたちが妥協したので、支払いは大銀貨4万枚(4億円相当)になった。


 愛想が悪かった受付嬢は「オークションに出せばこの三倍は……」とおずおず進言してきたが、おっさんたちはここに長居するつもりもなかったし、すでに大金をせしめていたので「別にいいよ」と断った。


 そのおかげで、オークションで荒稼ぎすることが出来た「冒険者ギルド・ソッログドンモ第三本店」は、全冒険者ギルド支店でも例を見ない過去最大の営業利益を得ることになり、愛想の悪い受付嬢は「マネークィーン」という二つ名を持つようになるのだが、おっさんたちの預かり知らぬことだ。











「水戸黄門にでもなったような気分だ」


 ジューンは照れ隠しなのかポリポリと頭を掻いている。


 素材代金を受け取った一行は、冒険者ギルドを出たところで波打つような人だかりから、空が割れんばかりの拍手喝さいを浴びていた。


 突然の大歓声を指揮しているのはエドワード王子のようだ。


 民が沸き立つ理由────天災か厄災かと言われてきた超高難易度の依頼を一日で成し遂げ、病弱でわがままな王子を品行方正に調教した。そればかりか半壊した王城があっという間に美しく建て替えられている。


 幻魔コレと合体することによって「綺麗な王子」になったエドワードは、臣民に「我らが勇者を称賛しましょう」と呼びかけている。


「どうも! いやはや、どうもどうも!」


 歓声に手を降って応じるコウガのパリピ根性は、ジューンとセイヤーにはない。


「大げさな……」


 セイヤーも照れくさそうだ。


 が、どうやら観衆の目的はおっさんたちではないようだ。


「キャー!! こっち向いてぇぇぇぇぇぇ!!」

「コイオス様ぁぁぁぁぁぁ!!」

「「んひぃ! あっ……あっ♡ んひぃぃ♡♡♡♡」」


 ほとんどの女性がコイオスを見て絶叫を放っている。


 歓声に混じって若干二名から嬌声が聞こえてきたが、王子の横で身をくねらせている双子の女騎士だとすぐわかったので、聞かなかったことにする。


「おいイケメン。俺たちは先に馬車に行くからな」


 少しぶっきらぼうにジューンは告げて、早々にギルドの裏に行く。そこに聖竜リィンが馬車を引いて待っているのだ。


「おいイケメン。リア充爆発しろ、というやつだ」


 吐き捨てるように言ったセイヤーもスッと消える。


「おいイケメン。調子のんなよ、


 博多弁を交えながら威嚇したコウガも裏手に回る。


 それぞれから嫉妬のような静かな罵声を浴びたコイオスは「フッ」と勝ち誇ったようなドヤ顔をし、女性たちにウインクをしてみせた。


 大歓声が首都の街にこだまする。


 そのざわめきを背に、馬車の御者台に座る三人のおっさんは「けっ」と胸糞悪そうな顔をしている。


『人の子らよ。あの方は人ではないのですから嫉妬したところでどうにもなりませんよ』


 馬が悟ったように語りかけてきたが、コウガが「うっせぇ、バーカバーカ!」と馬の綺麗な尻を足蹴にした。


「コイオスは置いていくか」

「そうだな」

「うん、そうしようそうしよう」


 おっさんたちは頷きあって馬車を走らせた。


 町の大門を出るところで後ろからコイオスが「置いていくとは何ごとだ!!」とすごい速さで走ってきたが、おっさんたちは半笑いで馬を走らせ続ける。


 世は事もなく。次の旅路が始まった。

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