第6話 おっさんたちと傾国の王子。

「どうかアップレチの王子をお救いください、勇者様」


 あの「なんか知らんが態度が悪い凡庸な顔の受付嬢」が土下座している現実に、おっさんたちは「ほへーん」という顔をしている。


 勝ち誇ってドヤ顔しているのではなく、呆れているのでもない。「なんのこっちゃ」という顔だ。


「今回の依頼の報酬と、素材の買い取りを頼みたい」


 セイヤーは王子云々の指名依頼など聞こえていなかったかのように振る舞っている。


「それは、はい、やりますので、王子の………」


「そっちが先だ。依頼を終えないと次の依頼は受けられない」


「は、はい」


 受付嬢は他の受付嬢も呼んで、5人がかりで依頼内容の確認を行い始めた。


 その間、冒険者ギルド内はざわついている。


 なんせおっさんたちがこなしてきた依頼は「ランクC以上冒険者複数人(最低5パーティ)推奨」とは書いてあるが、そんなレベルと人数では到底こなせない「難易度厄災級」の依頼ばかりだった。


 それでもギルドが「ランクC以上冒険者複数人(最低5パーティ)推奨」として掲示していたのは、それ以上の推奨方法がないからだ。なんせランクBやAの冒険者は世の中にそうそういない。いてもようやくランクCなのだ。


 今回の依頼がどれほどの物なのか、この国の者ならわかるだろう。


 例えば。


 首都の地下聖堂に巣食う幻魔退治────物理攻撃が一切通用しない上に強力な魔法障壁を張り巡らせ、遺骸を不死の兵士として大量に操る幻魔をどうやって倒すというのか。


 幻魔は「魂の採取者」とか「冥府の番人」とも呼ばれていて、魔物でも魔族でも堕天使でもない。どのカテゴリーに入らない存在である幻魔は、一説によると神に滅ぼされた「旧神」の一神だったのではないかとも言われる相手だ。


 例えば。


 北の山賊退治────この依頼群の中では唯一「マシ」な方だが、相手はただの山賊ではなく元白薔薇親衛隊だ。


 ランクの高い冒険者や屈強な元騎士が掃いて捨てるほど加わっている「一国の軍に匹敵する」山賊たちは、地の利を活かした場所に陣取っている。どれほど多くの兵で攻め込んだとしても、山賊たちが陣取っている山道を進める数には限界がある。十数名の冒険者たちが行ったところで多勢に無勢。おそらく返り討ちに合うだけの話だ。


 例えば。


 南の火山で地震を起こす大ナマズ退治────名前がないので「大ナマズ」と書いてあるが、あれはそんな生易しいものではない。


 強い意志を持ち、高い魔力を有し、明確に人の魂を喰らい、永遠の時を生き続ける強大な混沌。それは名状めいじょうがたい「人が太刀打ちできない何か」なのだ。


 例えば。


 西の大川で渡し船を沈めて回る怪魚退治────怪魚とは名ばかりの「巨大な人魚」の正体は、今次の神に比肩する神にして怪魚たる「ティフォン」が不死の怪女「エキドナ」との間に生んだ怪物の一人だ。


 ネメアーの獅子、不死の百頭竜ラドン、不死のワシ、スフィンクス、パイア、ゴルゴーン、金羊毛の守護竜、スキュラ……。そんな名だたる「怪物」たちの中で彼女は名も付けられなかった存在だが、神に匹敵する怪物であることは間違いない。


 例えば。


 東の村々に被害を出している巨大ワイバーン退治────ただのワイバーン一匹ならまだしも、この対象が住んでいる場所は「ワイバーンの巣窟」であり、ここに住まうことが許されるワイバーンは「王の中の王とその臣下」だとされている。


 特に、ワイバーンのヴイーヴル、グイベル、そしてキング・リンドルムは、下手な十色ドラゴンより強大で強力だ。


 そんな依頼を一晩でやり遂げて、平然とした顔で戻ってきたおっさんたち御一行を見る他の冒険者たちの眼差しは熱い。


 美男子コイオスには女性冒険者たちから。同じ顔をした双子の美人騎士には男性冒険者たちから。外にいる目々麗しく美しい馬には商人や貴族たちが、それぞれ好意の眼差しを向けている。


 おっさんたちはその眼差しの中に入っていないが、気にしていないようだ。


「え、これ全部の依頼達成金……金剛貨13枚になるわよ!?」


「金剛貨13枚(13億円)なんていくら首都のギルドでも置いてるわけないじゃない! 銀行も閉まっちゃってるわよ!?」


「白金貨130枚でもいいのよ、かき集めて!」


「白金貨だってそんなにないわよ! 大金貨1300枚ならなんとかなるけど、重くて持っていけるものではないわよ!?」


「いいのよ渡してしまえば後はギルドの知ったことではないんだから! 集めて集めい!」


「他の依頼分に払えるお金もなくなるけど?」


「全部明日に回して! 明日以降の運転資金はアップレチ銀行の金庫から持ってくるから!」


「待ってみんな! 素材の買い取りもあるんだけど……」


「無理無理! それも明日以降にまわして! ってか、素材売却額だけでも金剛貨が必要だから早くオークションの準備を!」


 受付嬢たちは慌ただしい。簡単には報酬を受け取れそうにないとおっさんたちも理解できた。


 が、それは今夜の宿代がない、ということだ。


「あ、あの。ちょっとお時間かかってしまいますので、宿に戻られては……」


 無愛想受付嬢が低頭しながらやってくる。


「宿代がないからこうして依頼を受け────」


 セイヤーが憮然とした時、ギルドの入り口がざわついた。


 一瞥しただけで「なぜざわついたのか」がわかった。


 アップレチ王国の騎士たちが入り口からずらりと並び、その真ん中を青白く頬の痩けた5歳くらいの幼児が歩いてくるのが見えた。


 身なりからして王侯貴族なのはわかる。


 惜しむらくは、幼児にしては斜に構えた心の歪んだ眼差しをしていることと、顔色が異常に悪い。まるで幼児らしくない土気色だ。


 受付嬢たちは驚いた顔をしてカウンターの向こうで深々と頭を下げた。


 冒険者たちは居心地が悪いのか遠巻きに下がっていく。


「余はエドワード。この王国の王子であり、正当な国王後継者である!」


 エドワード・アップレチ第一王子は幼い声で高らかに宣言した。


 前日から続く王城の厄災によって元王はもとよりすべての身寄りを失い、唯一の姉たる白薔薇の君ティルダ第一王女も以前追放されて王位継承権を失い、今はどこにいるのかもわからない。


 つまり彼は、こんな幼児でも王にならざるを得ないのだ。


 戴冠式が終われば、悪い大人たちが彼を利用してよからぬことをするのは目に見えているし、場合によっては彼を殺して次の国王になろうという貴族も出てくるだろう。


 どう見ても良い未来を描けそうにない幼児は、おっさんたちの前に立った。


ひざまずけ。頭が高い!」


 ヒステリックな子供の幼い金切り声に、おっさんたちはうんざりした顔をした。


 こんなのが世継ぎかと思うと、この王国はもう終りが見えている。


「育て方が悪いとこうなるのか。俺の子供にはちゃんと礼儀を教えよう」


「なに? 子供の予定があるのか、ジューン?」


「いやいや、そういう所の空気読もうよセイヤー。僕たち三人誰もそんな予定ないってことくらい一緒に旅してるんだからわかるよね? それとも生き別れになってる連れの女子たちに、もう仕込んであるとか?」


 問うたコウガも含めて三人は首を横に振った。


「貴様ら、王子を無視するな!」


 騎士が前に出てきた。


 その騎士は、王国騎士団団長────シルベスタ伯爵だ。


 白薔薇親衛隊に奪われた戦力を取り戻し、やっと王国騎士の威厳を復活させたシルベスタ伯爵以下の騎士たちは、今現在は唯一生き残ったエドワード王子のために存在していると言っても過言ではない。


 ジューンは「はいはいわかった。相手するよ。じゃあ僕ちゃん。あっちで砂遊びでもしておいで」と優しく声をかけた。


「無礼者!」


 エドワード王子はジューンに怒鳴りつけた。


 本来、王族から怒鳴りつけられるということは、迫害を意味する。だからどんな王族も滅多なことでは怒らない。


 その一言で相手の人生が終わるということをよくわかっているからだ。


 しかし子供にそんな遠慮はない。思うがまま行動するのが子供の特権なのだから。


「無礼なのはどっちだ。突然ボウフラみたいに湧いてきて跪けとか何様のつもりだ」


「王子様だ!」


 エドワード王子はキッと睨み返してきた。


「ぶっwwww」


 ジューンは吹き出してしまった。


 セイヤーとコウガも笑っている。


「一本取られたなジューン。確かに王子様だ」


 セイヤーが間に入る。


「さて、王子様。我々になにか御用でしょうか?」


「お前たちが勇者だということはわかってる! だから余の家来になれ! これは命令だ!」


「さて困りましたな。ご家来はそこにゾロゾロいるではないですか」


 舐め回すように見るセイヤーの視線に、騎士たちは視線をそらす。その雰囲気からは「やりたくないです」という言葉が浮かんで見える。


「こいつらより魔王を倒した勇者のほうが強い! お前たちが家来のほうがいい!」


「私達がいやだ、と言ったら?」


「言わせない! 余は王子だぞ! もうすぐ王になるんだ!」


「では次期王様。私達と一戦交えますかな」


 セイヤーが睨みつけるとエドワード王子は泣きそうな顔になった。


「王子を困らせるな!」


 騎士団団長のシルベスタ伯爵が前に出てくる。


「それでなくとも王子は体が弱くていらっしゃる。このような小さな王子が国を背負って立とうとされているのだ。おもんばかって少しは協力したらどうだ!」


「それはお前たちの都合だろう? 私達の知ったことではないし、そもそも私達に何をしろというのかね。護衛なら君たちがいるのだろう?」


「ふん。勇者とはいえ……平民が伯爵である私に対等以上の目線で話すとは、命知らずか、お前は」


 シルベスタ伯爵は笑っている。王のためであれば命も惜しまない武人である彼にとっては、媚びへつらう者よりこういう気概のある者もほうが信用できるのだ。


「やってほしいことは2つ。我々だけでは王子の護衛は務まらぬ。いかなる政敵が呪いや魔法で王子を葬ろうとしているのか読めない状態なのだ。それを防げるのは名高き勇者たち以外にいない」


「それ、子供の前で言うの? ちょっとシビアすぎない?」


 コウガが食って掛かるが、幼児が手を上げ「余はすべて承知の上だ!」とのたまう。その言動は一端の王のようであった。


「もう1つ。貴公らならば、体の弱い王子を元気にできる方法をなにか知っているのではないか?」


「つまり────どんな政敵にも殺されない圧倒的な力を持っている死なない王子になればいいんだな?」


「ん?」


 伯爵は「なにか違う」と思ったが、セイヤーはにやりとわらっていた。


 その横にはいつの間にか金髪碧眼の健康そうな少年が立っていた。


。お前の精神体アストラルをこの世界に定着化させるには依代よりしろが必要、だったな?」


「はい! 幻魔だった時は、人間の負の感情から生まれる『悪想念』というものでこの世界に定着していました! だけど今はもう幻魔ではないので、どうしようかと困っています!」


「うむ。ハキハキして良い返事だ。どこぞのボンクラ王子とは格と気品と質が違うな」


 セイヤーがチラッと王子を見ると、自分と近しい子供が自分よりも健康聡明だったので、かなり苛ついている様子だ。


「な、なんだこの子供は……どこから出てきた?」


 シルベスタ伯爵は鳥肌を立てていた。


 普通に賢そうな子供なのだが、なんとも言えない緊張感を覚えたのだ。


 その気配を察知できたのは伯爵が一流の武人だからだろう。


 なんせは幻魔の悪い部分を削ぎ落とした存在で、実質は幻魔そのものなのだから。


。地下墓地を守るのも国を守るのも、あんまり変わらんだろう?」


「そうですね!」


「じゃあ────いい依代が目の前にいるな?」


「はい!」


「ち、ちょっと待て。何をするつもりか知らんが! ………何するつもりだ?」


 シルベスタ伯爵がトーンダウンした瞬間、金髪碧眼の聡明な幼児は、光の粒子になって、エドワード王子に重なった。


「王子!!」


 シルベスタ伯爵が慌てて駆け寄ると、光りに包まれたエドワード王子は軽く手を上げて無事を知らせた。


「王子?」


「問題ありません」


 光が失せると、そこにはエドワード王子がいた。が、それはもうエドワード王子ではなかった。


 まるで俗世から解脱した御仏のような達観した眼差し。健康な肌色。凛としたその佇まい。


 一瞬にして別人のようになったエドワード王子を見て、シルベスタ伯爵は茫然となった。


「……え、どうしたんですか王子……」


「余に、いや、私に問題はありません」


「王子………次期国王たるお方が私に敬語など……」


「私はまだ若輩ですから。大人であるあなたに従うべきは私の方です」


「王子!? 一体どうしたというのですか! おねしょした罪を私になすりつけるくらいなお方が!」


「それを言うのならですよ、シルベスタ伯。ふふふ」


「なっ……アホでバカな王子が四文字熟語を知っているだと!?」


 シルベスタ伯爵は困惑した表情でセイヤーを見た。


「心配ない。彼は幻魔の叡智と不死の力を得た最強の王子になった」


「ん? 今なんて言った?」


 シルベスタ伯爵は目が点になっている。


「魂を綺麗に浄化した幻魔を王子に依代させた。これによって王子は幻魔が持つ叡智と不死力を身に着けた……と言ったのだ」


「幻魔ってあの幻魔? なにしてくれてんの……なにしてくれてんのぉぉぉぉ!」


 シルベスタ伯爵は泣きそうな顔でセイヤーの服を積んでガクガク揺らすが、セイヤーはシラッとしている。


「病弱でいつ殺されるかわからないという王子はもういない。今の彼はスーパー王子だ。喜ぶところだぞ、ここは」


 相変わらずネーミングセンスの悪さは天下一品だ。


「喜べるか! 王子の中身を別人にしてしまったということか!」


「そんなわけあるか。王子は王子のまま、幻魔と合体して賢くなっただけだ。それとも……今までのバカで病弱でやかましい王子のほうがいいのか?」


「このままがいいかな」


 シルベスタ伯爵は即答した。


 強い意思を瞳に宿し、賢そうな顔でこちらを見ている新エドワード王子に「この方なら命を賭けて仕えることができる」と思い立ったようだ。


「よかったな。これでアップレチ王国は安泰だ」


 この簡単な一瞬が後にアップレチ千年王国を築いた「善王エドワード」誕生の瞬間だった。


「双子はこの王子様を支えるように」


 ジューンが命じると、元白薔薇親衛隊の美人双子は直立不動になった。


「なぜ私たちが?」

「勇者様の頼みであれば……」

「対価は必要よね、レスリー」

「夜のお供三回はしていただかないとね、リンダ」


「フッ、お前たちにかかったらこのおっさんたちは干からびてしまうだろう。だからこいつを授けておこう。


 コイオスはピンク色でプルプル震える丸い蜘蛛を二人に差し出した。


「「 はい♡♡♡♡ なんでもます 」」


 瞳にハートマークを浮かべた美人双子は、ヴヴヴヴウヴと震えるピンクの蜘蛛をいそいそとどこかに仕舞ったが、どこに仕舞ったのかは誰も見ないようにしていた。


「……ナイス調教だ。コイオス。」


 セイヤーがサムズ・アップするとコイオスが「ふっ」と薄笑みで返す。


 どういう効果がある蜘蛛なのかわからないが、美人双子が顔を赤くして「ンホオオオオ♡」とか「オホォォォ♡」となっているところを見ると、知らないでもいいかな、とおっさんたちは思った。


 こんな連中ではあるが、シルベスタ伯爵、リンダ&レスリーは、後に善王エドワードを支える「アップレチの三剣士」と呼ばれることになる。


 特に双子の美人騎士たちは白騎士ではなく「桃色の女騎士ナイト・オブ・エロス」と敵からは恐れられ、アップレチ王国内外の女性たちからは「性の伝道師」と呼ばれ慕われたという。

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