第3話 コウガ、仕事をする。
北の山賊退治。
この依頼を渡されたのはコウガと、元白薔薇親衛隊の双子美女騎士だ。
なんの武力もないコウガとしてはありがたい人材配置ではあるが、実に不穏な空気が流れている。
レスリーとリンダは蜘蛛王コイオスの「エロエロ調教(命名コウガ)」によって骨抜きにされていたと思ったのだが、いざこうして横を並んで歩くと、実に騎士然としていているのだ。
セイヤーに転移されたときは「なんだこれは!」と転移自体に驚いていたが、今ではふたりとも無言だ。
『なにこの話しかけにくいオーラ』
双子はコウガを挟むように左右を歩く。しかもコウガが隣にいないかのように二人の位置が近い。これではまるで騎士に捕まって連行されている気分だ。
だが、少しはマシだ。
なんせツーフォー、ジル、ミュシャという身長175~200センチの巨女に囲まれていたコウガからすると、この双子騎士は普通の身長なので、久しぶりに「僕って背が低い」と卑屈に感じずに済むのだ。
だが、フルプレートメイルに包まれたツンとした美女たちとは仲良くなれる気がしない。
一切の会話がない道中。
コウガは辟易としながらも街道を外れ、山道を目指した。
依頼の地はこの山道だ。
隣の大きな都市に続く最短ルートであるこの山道は、雨天時は滑落事故が多い危険な道だ。舗装など当然されていないしガードレールもない。馬車がぎりぎりすれ違える程度の細い道の横は断崖絶壁だ。
確かにここで山賊に前後を挟まれたら、荷物を差し出して命乞いする他ないだろう。
ちなみにこの山道を使わない場合、余計に3日も多く移動時間が必要らしく、危険でも使う者は後を絶たない。山賊にとっては絶好にして格好の狩場だ。
依頼達成条件は「山賊の殲滅、もしくは捕縛」だ。
山賊全員を捕らえて首都に連れて行こうと思ったら、かなりの人員や馬車などをこちらも用意しなければならない。
セイヤーなら魔法でどうにかできるだろうが、コウガにそんな能力はないので、やれる方法は一つだけだ。
『これは……大虐殺コースかぁ……』
この依頼を三人でやるということは殺害前提だろう。
コウガはビビッていた。
この双子が守ってくれるとは思えないし、手元にあるクリーピングコインは騙し討ち専用みたいなところもあるので、こちらから攻める手には使いにくい。
「おう、まちな」
野太い声を掛けられたコウガはツインソートの柄に手をかけた。
振り返ると髭面で薄汚れた軍服を着た男たちがいた。
その男の後ろにも何人も武器を構えた男たちがいるが、全員同じ服装だ。
そしてその服装には見覚えがある。汚れて白ではなくなっているが、それは白薔薇親衛隊専用の軍服だ。
「もしやレスリーとリンダか?」
先頭の男が呼びかけると、双子騎士は顔を見合わせた。
「ルーフ・ワーカー副隊長?」
「落ち延びていたのか」
聖なる滝でリザリアン族を虐殺したクソ冒険者にして、砂漠のオアシス「リアムノエル」を襲撃した闇ギルドの一員だったが、今度は白薔薇親衛隊の落ち武者か……と、コウガはルーフ・ワーカーを睨みつけた。
「なんだかんだあってな。俺にゃ悪辣のルーフって二つ名がついちまったさ」
「それだけ悪事に手を染めたということか」
「元々クソ野郎だったが、やはりとしか思えないな」
「口を慎め女ども」
ルーフ・ワーカーは銃を取り出した。
「そ、それはアップレチ王国の最新兵器!」
「門外不出の機密兵器をどうして貴様が!」
「忘れたのか? 処刑されちまったが、俺の叔父は元宰相で親衛隊隊長だぜぇ? これくらいのものはすぐ手に入らぁな。だが、弾がもったいないんで普通に殺らせてもらうぜ」
命じられて部下が前に出る。
気がつくと道の先からも白薔薇親衛隊だった連中が迫ってきた。完全に挟み撃ちだ。
「王女王女とうるさかったお前らだ。きっと生娘なんだろうなぁ? 俺たちがかわいがったら肉奴隷として売り飛ばしてやっから楽しみにしとけ?」
「タダで殺られると思ったか!」
「コイオス様のご加護を!」
双子騎士は雄叫びを上げながらそれぞれが前と後ろの敵に斬りかかっていった。
「うーん」
コウガは首を傾げた。
「僕、完全に無視されてない?」
双子騎士の歩く距離感。コウガを間に挟んでいるとは思えない密着度合いだったが、もしかしたら二人は「コウガがいることを認識していない」のではないか。
それにルーフ・ワーカーだ。
滝と砂漠でさんざん顔を合わせているのに、まったくコウガに視線が来ない。これは「認識していない」としか思えない。
「ご明察です、コウガ様」
突然声をかけられて、コウガはビクゥッ!と身体を跳ねさせた。
いつの間にか隣りにいたのは全身黒尽くめの男……デッドエンドだ。
「い、いつの間に」
「ははは。私には認識阻害の血統魔法がありましてね。貴方様にもそれを施した次第です」
「いつからいたの!?」
「え、ずっと一緒におりますが」
「どこから?」
「ホドミの町で再会してからずっとですが」
「マジで!?」
デッドエンド氏は「ははは」と自慢気に笑った。
レスリーの剣が元仲間たちの腹を裂き、血しぶきが山道を濡らしていく。
リンダの剣も元仲間たちを容赦なく首チョンパしていき、面白いように首が舞い上がって血しぶきが噴水のように吹き上がる。
二人共女とは思えない、まるで鬼神のような戦いっぷりだ。
それに元仲間に全く容赦がない。むしろ嬉々として殺しているようにも見える。
「勇者様にも見破れないとは、我が血統魔法に自信がつきました。ありがとうございます」
デッドエンド氏がペコリと頭を下げる。
「てか、全く気が付かなかったんですけど……たまに現れるなぁとは思ってたけど、ずっと一緒にいたなんて……」
「私はディレ帝国デー・ランジェ公爵宰相直下の暗部の長でして。勇者排除派の動きを偵察するために彼らの座に潜り込んでおります」
「う、うん?」
「ここにいる私は
「よくわからないけど、2つも血統魔法使えるのって、すごいんじゃないの?」
「ははは」
デッドエンド氏は自慢げだ。
「で、どうしてここに?」
「それは貴方様をお助けしようかと」
「どうしてセイヤーとかジューンとかコイオスとかリィンじゃなくて僕を?」
「ははは、ご冗談を。コイオス様は旧神であられますし、リィン様は聖竜。私ごときが何をお助けできましょうか」
「じゃあジューンとセイヤーじゃなくて僕なのは?」
「ジューン様もセイヤー様も広範囲攻撃されるので、隠れている私も巻き込まれてしまいますから」
「あー。それはそうだよねぇ。じゃあ、なに。僕が一人だけ弱いから心配で付いてきたとかじゃないよね?」
「いえいえとんでもない。コウガ様であれば私が悪意を持って手を出さない限り安全にご同行できますし、こうやってお守りする甲斐もございます」
そうしているうちにプレートメイルを真っ赤に濡らしたレスリーとリンダは同時に手にした剣を捨てた。
斬りすぎて切れ味はなくなり、刀身が曲がってしまったのだ。
「よし、武器を捨てたぞ!」
「両手両足をもいでしまえ! 肉ダルマだ!」
「今流行りのダルマ教だな! まかせろ!」
不穏なワードが聞こえてきた。
「なんだよ、ダルマ教って………」
コウガはどこかで聞いたような気がして頭をかしげた。
「ちょっとまて。売り物にするなら四肢欠損はまずい」
「俺、太ももフェチだから脚は残して!」
「俺、脇フェチだから肘までは残して!」
「俺、手でされるのが好きなんだけど」
「俺、足の裏で挟んでもらうのが」
元白薔薇親衛隊の男たちがよからぬ会話をしている最中に、レスリーとリンダは「よいしょ」と足元の死体から剣を何本か奪い、地面に突き立てて迎撃用意をしていた。
剣が曲がろうと折れようと、あれだけの数があれば余裕で山賊全員を切り殺せるだろう。
「化物どもが! おいてめぇら、女は諦めろ。俺が殺す!」
ルーフ・ワーカーは2丁拳銃を構えた。
「!」
「!」
銃の威力を知る双子の顔が引きつる。
「コウガ様、弱いとはなんのご冗談ですか。貴方様はお強いですよ?」
「え、だって剣も魔法もアレだし? 体力もないし? 背も低いし?
「いえいえ……貴方様に勝つなど、すべての因果律を書き換える神ですら難しいことですよ」
「うまいねぇ、持ち上げるのうまいねぇ! って、いんがりつってなに? デッドエンドさんは神に詳しいの?」
「いえ、大して詳しくありませんとも、えぇ。それにしてもコウガ様の剣はお美しい。刀身を拝見させていただいても?」
「ん。いいけど?」
コウガはツインソードを抜いてデッド・エンド氏に渡そうとしたが「いえいえ、私は見るだけで」と遠慮された。
「剣とか好きなんですか?」
「ははは。そうでもないんですがねぇ」
「なんだそれ。ははは」
「ははは」
この殺伐とした中で、世間話で談笑する肝の太さは誰にも真似できないだろうが、これも「自分たちを認識されていない」という余裕があるからできることだ。
パンッ! パンッ!
ルーフ・ワーカーが銃の引き金を引く。
その弾道は、手前にいるレスリーには回避されたが奥にいるリンダには………いや、ルーフ・ワーカーは認識していないが、双子の間にはコウガがいる。
たまたまオリハルコンの剣を抜いていたコウガ………弾丸はその剣に当たって跳ね返った。
「!!」
跳弾は白薔薇親衛隊だった山賊たちの間を駆け巡り、一瞬にして血の霧が辺りを包んだ。
「なんか当たった?」
コウガは不思議そうに刀身を見ている。
どうやら弾丸を受けた衝撃も緩和してしまうスグレモノのようだ。
「そろそろ出番でしょう、コウガ様。ビシッと締めてくださいませ」
デッドエンド氏はスッと姿を消した。
と、同時に全員の前にコウガが現れたように見えた。
パタパタと倒れていく仲間を見てルーフ・ワーカーは青ざめながら敗走に移る。この判断の早さが、彼を生き延びさせる秘訣だ。
「コ、コウガ様ではないですか! なんて嬉しい!」
「私達メス犬ごときをお助けにいらしたのですか!」
双子の美女が瞳を潤ませて、いや、瞳にハートマークを浮かべてコウガの元に駆け寄る。
『まさか魅了の力、もどってんじゃないよなぁ。コイオスのせいだよなぁ、これ』
コウガは二人の美女に抱きつかれ、血まみれのプレートメイルを擦り付けられながら「は、はは、ははは」と乾いた笑いで応じた。
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