第2話 セイヤー、仕事をする。

 南のアップレチ王国首都ソッログドンモ。

 

 この都市の地下には古い墓地がある………と言っても、聖職者も立ち入らない「禁忌の地」だ。


 禁忌とされている理由は、ここがどんな宗教の墓地なのかすら判明していない太古の地下墓地カタコンベだから………なのだが、セイヤーとしては「そもそも墓地の上に首都があること自体、この国が太古になにをしでかしたのか想像にたやすい」と、余計な深読みをしてしまうレベルだ。


 地下墓地には推定1万を超えるミイラが深い眠りについている。


 セイヤーがそれについて驚いていないのは、元いた世界でもイタリア・ローマのカタコンベは有名で観光地にもなっていたからだ────もちろん、元いた世界のミイラは動かないからこその観光地なのだが。


 ここでは「幻魔」と呼ばれる魔物が現れ、夜な夜なミイラを操り地上に出てきては、生者を連れさらい、一晩で生気を吸い尽くし、気がついたらミイラが増えている、ということになっているらしい。


「カビ臭い」


 セイヤーは憮然となりながらも、鎖で封印された鉄の扉を魔法で吹き飛ばして地下墓地に入った。もう考えなしにやってやりっぱなしだ。


 一般の冒険者なら所持必須アイテムである松明やランタンなど当然持っていないので、魔法の光であたりを煌々と照らす。


 「一番近いから」という単純な理由で選んではみたものの、幻魔がどういう魔物なのか知らないし、1万ものミイラに襲われるのは本意ではない。更に言うと、セイヤーは(他のおっさんには黙っているが)ホラーが苦手だ。


 特に、突然大きな音が出て驚かす系のホラー映画を見て「ビクッ!」と体がなってしまうことには、苛立ちすら覚えている。


「日本情緒あふれる、心の底からゾクゾクしてくるホラーならまだしも、驚かして恐怖を煽るなどホラー映画の風上にも置けない。真なる恐怖は内面からくるものだ」


 独り言で恐怖をごまかしつつ、セイヤーは亜空間から純白の魔法衣ディレの風オリハルコンの杖リンガーミンの宝珠を取り出して装着した。


 おっさんたちには事前に着せてから転移させたが、本人はここに入るギリギリまで「恥ずかしいから」という理由で着なかったのだ。しかし、地下墓地の雰囲気が怖いので、何かに頼りたくなったようだ。


「ふん。ミイラなど怖い訳がない。一番怖いのは生きている人間の悪意だ」


 誰も何も言っていないのに、セイヤーは文句を言い続ける。


 地下墓地カタコンベは蟻の巣のように無計画に広がっていた。


 正直、30分でどうのこうのできる広さではない。


「………」


 どこに幻魔がいるのか早々に突き止めたいセイヤーは、もう魔力の無駄遣いがどうこうとか言っていられない、と自分に甘くなった。


「早く見つけ、殲滅し、さっさと地上に戻ろう」



 がたっ



「うおおおおおお!!」


 セイヤーの魔力が爆発する。


 一瞬にして888の防御結界がセイヤーを包み込み、純白の魔法衣ディレの風はセイヤーの精神状態に呼応して最終形態「君主の聖衣」に自己進化してしまった。


「………ち、ちゅう………」


 横を見ると、ネズミがびっくりしすぎて二本足で立ち、壁に張り付いて涙目になっていた。


 どうして白いコートが豪華に自己進化したのか……なんてことに気を配る余力もないセイヤーは「ふ、ふふ、なんだ。ネズミか」と自笑し、やり過ごそうとした。



 がたっ



「ぬおおおおお!!」


 セイヤーらしからぬ雄叫びと共に、音がした方に魔法を放つ。


 亜空間で生じさせた核爆発から放射線だけきれいに取り除いて顕現させた「核撃」とも呼べる魔法は、地下墓地カタコンベ一部を吹き飛ばし、首都の地上部分……運のないことに王城の一部も吹き飛ばした。


「………にゃあ」


 見ると、猫が頭を手で抱えて震えている。


「こ、こんなところに猫がいたら駄目だ。早く生きている者たちの町に戻りたまえ!」


 しっ、しっ、と優しく猫を追い立てる。


 焦って最大攻撃呪文を使ってしまったなどと、仲間のおっさんたちには言えない。


 言えないが────地下墓地の一部は、セイヤーの立っている周辺以外を円球にえぐり取られて何もない空間になってしまったし、その影響で王城の西の塔が崩落し、地上は大パニックに陥っている。


 これだけの破壊を尽くしても、猫一匹殺していない自分に苦笑する。


「まったく……」


 やれやれ、と身振り手振りを平常時よりも多くしながら奥に進んでいくと、ミイラがいくつも安置されている区画に入った。


 横に寝かせているものは良い方で、多くのミイラは天井から吊り下げられている。酷い扱いだ。


 どのミイラも服はボロボロだが、生前の姿を色濃く残している。まるで全員から見られているような気になって、セイヤーは生唾を飲んだ。


「見えていれば怖いものなどない………しかし幻魔とやらはどこにいるんだ?」


 吊り下げられたミイラの一人が「あっち」と指差す。


「ありがとう」


 セイヤーは笑顔を作って会釈し、数歩進む。


「………」


 振り返ると、ミイラたちが片手を軽く上げて「よっ」と挨拶しているようなポーズを取っていた。


「………こんな一昔前のTVコントみたいな展開でビビると思ったか?」


 セイヤーは冷静に、魔法の光を生み出した。


 これは不死の存在を浄化させる聖なる光で、セイヤーオリジナルの魔法だ。


 長い髪と君主の聖衣、そしてオリハルコンの杖のおかげで、セイヤーが彼らの信仰していたなにかにでも見えたのだろうか………風化して粉のように消えていくミイラ仲間を見て「俺も」「私も」とミイラがのたのた集まってきては、セイヤーの前にひざまずいて祈りを捧げてくる。


 途切れそうにないミイラの列に光を浴びせるルーチンワークをしながら、セイヤーは別のことを考えていた。


 昔々、幼少期に見たことのあるTVのコント番組のことだ。


 その番組はナンセンスなショートコントを矢継ぎ早に繋いでいく演出で、とても面白かった。


 だが、大人になってから知ったことではあるが、裏ではとんでもない苦労があったらしい。


 なんせ毎回100本以上のショートコントを繋いでいくため、放送作家陣が作るネタの台本は、B4版で3センチぐらいの厚さになり、しかも1回分のボツ原稿を積み上げると1メートルぐらいになったとも言われている。


 1回の収録には丸二日間を費やしていたらしいが、約100本のギャグを収録し、セットチェンジ、照明の直し、リハーサルを含めると「1本録るのにたった7分。しかも休憩なしNGなしで」という無計画とも言える予定だったらしい。


 人によってはブドウ糖を打ちながら酸素ボンベを脇において酸素を吸いながら仕事をしていたというから、その裏方の大変さがよくわかる。


「裏方は大変なんだな」


 思い出してしみじみと言う。


『貴様ぁぁぁ!! なにしてくれてんだぁぁぁぁぁぁぁ!!』


 どうやらこの地下墓地の裏方が現れたようだ。


 ………骸骨だ。


 既視感があるが、骸骨淑女のクラーラのようなはっきりと存在がわかる骸骨ではなく、まるで霧が骸骨の姿になってローブを纏っている「死神」のイメージだ。


『せっかく吾輩が手塩にかけて保守してきたミイラたちを、勝手に昇天させてんじゃねぇぞボケぇ!! どんだけミイラの保存に手間が掛かるのか、わかってんのか!!』


 おそらくこいつが「幻魔」なのだろう。


そのブチ切れっぷりに、セイヤーは黙って聞くことにした。


『死にたてフレッシュな死体ならまだしも、ここにいるのは全部もうボロッボロだったんだぞ!! 清潔にしようと思っても洗浄なんかしたら体なくなっちまうレベルでボロボロ! だから臭い! 幻魔の吾輩でも臭い! わかるか!?』


「はぁ」


 幻魔で正解だったようだ。


『ミイラを作るなら普通なら内蔵を取り出す! なのにここの連中はただ死体を冷たい地下墓地に置いただけ! おかげで遺体はネズミに食い荒らされてボロボロ! そのネズミを狙って猫がやってきちゃったもんだから、もう死体の上で仲良く追いかけっこ! そんなことするから、さらに死体はボロボロ!』


「はぁ」


『吾輩は必死にこいつらの防腐処理をやり直し、天日干しもできないから天然ソーダナトロンで乾燥させ……あ、塩でも乾燥できるんだが、遺体が原型わからないくらいボロボロになってしまうから注意しろよ』


「はぁ」


『それとな、人間の体から水分がなくなると皮膚が萎縮して生前の姿を保てなくなる。だから、前もってほっぺたとかに詰め物をしておくこと。鼻の中もだぞ。折れるからな。指先は特に脱水で崩れやすいから、爪がはがれないよう布で巻くんだ』


「なるほど」


『防腐剤はこまめに交換しろよ。スギやミルラみたいな樹脂がいいぞ。本当は死ぬ前から木の皮とか木の実だけを食べて腐敗しやすい脂肪を激減させておいたほうがいい。そうそう、毒の強い漆の茶を飲んで吐かせることも忘れるな。わずかに残された体内の水分をも吐き出す、これがいいミイラ作りのポイントだ。さらに漆の茶には抗菌作用もあるから、ミイラ作りにはちょうどいい』


「ほほう────で、お前はなんなんだ」


『吾輩は幻魔。死者を伴い生者を死に誘う者よ』


「………もう少し具体的に仕事内容を教えたまえ」


『仕事? ええと、まずミイラと一緒に人間を捕まえる。そして殺す。もちろん魂は吾輩が美味しく頂く。そしてちゃんとした製法と古来の伝統に則ってミイラにする。そしてまたそのミイラと人間を狩る。どうだ、わかりやすい説明に恐れいったか!』


「なぜ人間を殺す? 事業目的は?」


『なんの面接だ!? も、もちろんミイラを増やすためだ。いずれ吾輩がこの世に屍者の帝国を築くためにっ!』


 セイヤーは「はぁ………」と深いため息をつくと、魔力で生み出した聖なる光の珠を何十個も生み出した。


『貴様! なんだその物騒な聖なる光は!!』


「お前にはガッカリだ。屍者の帝国を作ってどうしたいのか、そうすることによるメリットはなんなのか、リスクヘッジは? もっと現実的に考えろ」


 光の珠はセイヤーの手を離れ、自動的に地下墓地の中に飛んでいき、ミイラというミイラを昇天させていく。


『バカ! やめろ! 吾輩の大事なコレクションが! ああ! それはポーズが決まっててお気に入りだったのに……ああ、それは美人の……それだけはやめてくれ! そのミイラは吾輩のよき話し相手……あああ!』


 なんだか居た堪れないような泣きが入っている幻魔に対し、セイヤーは「あ」と、何か思い出したような顔を向けた。


「お前を消したら討伐したという証拠が残らないじゃないか」












「は? もう終わったとかうそぶいてるんですか?」


 冒険者ギルドの受付嬢は細い眼差しでセイヤーを睨みつけた。


「証拠の品はあるんでしょうね? 嘘の報告なんてしたら、あんた冒険者資格剥奪かランクダウンですよ? ランクGだったら資格剥奪確定ですけど?」


 セイヤーは「いつものパターンか」と、Sの文字が入った認識票ドッグタグを見せた。


 ジッとそれを見つめた受付嬢は、しばらく硬直し、声もなくボロボロと大粒の涙をこぼしはじめる。


「死にたくない」


 それは受付嬢渾身の命乞いだった。


 魔王を倒した者にしか与えられない「ランクS」の称号。それを持つのはこの世に「勇者」しかいない。


 人類最強の男を目の前にしておきながら、かなりの無礼を働いた。それは、この受付嬢が命乞いしても仕方ないことだった。


「殺さないで」


 受付嬢がボロボロ泣きながら、まっすぐセイヤーの瞳を見つめる。瞬きしないのは、目を閉じた瞬間に死ぬかも知れないという恐怖からだろうか。


「君を殺して私に何の得がある。それよりも、討伐した証拠はこれだ」


 セイヤーは床に手をつき、クイッとなにもない空間を摘み上げた。


「!」


 セイヤーの魔力を浴びても動じなかった受付嬢が硬直する。


 セイヤーが床から引っ張り上げたのは、幻魔そのものだった。


 地下墓地にいた時よりかなり姿が薄くなっているのは、セイヤーの魔法で作られた『聖なる光の珠』でグイグイと存在を消し飛ばされたからだが、それでも一般の人々の魂が萎縮するほどの妖気を放っているのは間違いない。


 「お前を消したら討伐したという証拠が残らないじゃないか」という理由でここまで連れてきたのだが、幻魔から放たれるとてつもない妖気のせいで、首都は大パニックだ。


「もう悪さはしないそうだが………処分は任せる」


「ままままままって、待ってください! そ、その幻魔、置いていくつもりですか!?」


「討伐した証拠品だ」


「討伐してないし! 元のところに返してきなさい!!  い、いえ、今すぐ討伐してください!」


 セイヤーはムッとした。まるで犬猫を拾って持って帰ったら親からヒステリックに怒られているような気分だ。


「では、どうやったらこの依頼を達成と認めるつもりだったんだ? 普通の冒険者がこいつを捕まえて持ってくることなどできないんじゃないのか?」


「いいから早く討伐して! 妖気に当てられて町の人達が衰弱死する!!」


「まったく理不尽極まりないな……そういうことなので討伐させてもらおう。悪く思うな」


『そっちのほうが理不尽! 吾輩消えたくないのにっ!』


 幻魔はセイヤーが再び放った光の珠をぶつけられ、容赦なく消滅させられた。


「え、一撃!? か、確認しました。依頼達成を認めます!」


「では証書を。代金はあとでいい。そろそろ仲間を迎えに行かねば」


 セイヤーは受付嬢から依頼達成を確認したという冒険者ギルドの証書を受け取ると、スッと空間に消えていった。


 もう常識がわからない。


 受付嬢はとにかく今起きていることをギルド長に報告しようと席を立とうとしたが、幻魔を目の前で見た恐怖からか、腰が抜けて立ち上がれなかった。

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