おっさんたちと日雇い物語
第1話 おっさんたち、依頼を選ぶ。
南の大国アップレチ王国の首都ソッログドンモ。
さすがは三大国家の首都だけあって、いくつもある大きな門では絶え間なく人が出入りし、門の先に見えている大通りの人だかりは人種の
おっさんたち一行は、そんな大門前で入都待ちしている。
ランクSの冒険者
王侯貴族なら専用門があるのでスイスイ出入りできるらしいが、一介の冒険者にそんな権限はない。
『人の子らよ。待つのが退屈なのであれば、私が元の姿に戻って馬車ごとこの壁を飛び越えれば一瞬ですよ?』
「一瞬でお尋ね者になりたいのか、
セイヤーは冷淡に言い放つ。
聖竜リィンはそれを聞いて怒るどころか「ああん♡」と嬉しそうにしている。
生まれてはじめて
ちなみに蜘蛛王コイオスは、メス犬と化した白薔薇の双子騎士を敷布団代わりにして、幌の中でお昼寝中だ。
コイオスに隷属してしまった白薔薇の双子騎士は、硬い荷台の床にうつ伏せたまま、コイオスが寝返りを打つたびに「ンッホォォ♡♡♡」と喘いでいる。
いかがわしいことをおっぱじめでもしたら叩き出そうと思っているおっさんたちだが、コイオスは最後の一線は超えず粘膜接触もしない。
「フッ、人間は猿とやりたいと思うのかね? 神の座から人間とはそういう見え方をしているのだよ」と偉そうだったので、おっさんたちから折檻されていた。
ちなみにコイオスの姉であるテミスは、その猿であるジューンと婚姻を結ぼうとしているし、神話によるとこの世界の神々もすぐ人間の美男美女にちょっかいを出しているので「人間は猿だ」というコイオスの考えは、神々全てに共通するものではないようだ。
そんなこんなでダラダラと時間を潰し、2時間ほどで首都に入れたおっさん一行は、何はともあれ冒険者ギルドを訪れた。
本当なら先に宿を確保するところだが、なんせ金が無い。先払いが当たり前なこの世界では、今の持ち金ではなにもできないのだ。
この首都の冒険者ギルドはかなり大きい建物だった。
見上げるほど大きなそれは、パルテノン神殿のような作りで、大きな柱で中が「開放的に区切られている」ようだった。
ちなみにおっさんたちが見つけた冒険者ギルドは『ソッログドンモ第三本店』である。第三の本店という意味がわからない、とセイヤーはブツブツ文句を言っていたが全員にスルーされているのもお約束だ。
そんな一行は建物の中をウロウロし、それぞれの役割のしごとをする。
セイヤーは依頼書が貼り付けてある横数メートルはある長~いコルクボードの前に立ち、最適な仕事を選ぶ係。
ジューンは待合所で休んでいる振りをしながら、他の冒険者たちの会話を盗み聞きして情報を得る係。
コウガはギルドスタッフと仲良くしながら裏情報を聞き出す係。
コイオスと双子の女騎士は馬車の番をする係。
聖竜リィンは馬の係。
全員ちゃんと役割を果たしている。いいチームワークだ。
「ふむ」
依頼書を眺めるセイヤーの眼差しは真剣だ。
ここははじめての場所だがなんの問題もなく依頼を見………ているはずだったが、問題はあちらの方からやってきた。
依頼書を眺めていたセイヤーをわざと押しのけるようにして、大柄な冒険者が横入りしてきたのだ。
非戦闘時なのに鎧に身を包み、赤錆びた大剣も抜き身で背負っている………いかにも荒くれ冒険者という風貌だ。
押されたセイヤーは、チラッともその男を見ようとせずその場から引き下がった。
情けないのではない。もう依頼のめぼしはつけたのでこの場に用がなくなったからだ。
なのに「何だてめぇ、文句あるのか」と肩を掴まれた。
「?」
普通の者なら争いを避けるために愛想笑いでもするか、とにかく無視して立ち去る道を選ぶ。だがセイヤーは『何いってんだ?』という顔をした。人付き合いが悪すぎて、そういう空気感を読めないのだ。
「いま私が少しでも君に文句を言ったかね? 君を睨みつけでもしたかね? 舌打ちでもしたかね? なにもしていないのに文句を言ってくるということは、喧嘩をふっかけたいということか?」
「うるせぇ!! そうだよ。てめぇが気に入らねぇだけだ!」
男はセイヤーの肩をさらに強く握りしめたがセイヤーは表情を変えない。それどころか硬い石でも握っている感覚があり、男の方の表情が困惑に変わった。
『こいつ、服の下に何か着込んでいるのか?』
男は訝しげにセイヤーの首元や袖口を見るが、なにか下に着込んでいるようには見えない。
それもそのはず────セイヤーは絡まれた瞬間に身体強化の魔法を使用し、下手なプレートメイルより高い防御力を得ているのだ。
男はピクリとも動かないセイヤーから手を離し、ガントレットを打ち合わせて金属音を響かせた。
「なるほど、私と戦いたいのか。最初からそう言ってくれたまえ」
冒険者ギルド内で冒険者同士がいざこざを起こすのは日常茶飯事だが、これには意味がある。
冒険者ギルドの建物内は「治外法権」だ。
中で暴力沙汰を起こしても、国や町の法に裁かれることも、咎められることも、守られることもない。
なのでここは「他の冒険者より自分のほうが強い」というのをギルドにアピールする場、という暗黙の了解がある。
実のところ、腕っぷしの強さは冒険者のランクとは関係がない。だが、この場で簡単に見極められる要素は、その腕っぷしの強さくらいしかないのだ。
冒険者は自分の強さを誇示し、ギルドは手っ取り早く強そうな冒険者を見極めて直接の依頼を出す。
ギルドから直接受ける依頼は、冒険者のランクアップに高く貢献するし、依頼料の相場が普通のものより高い。少しでも安全で少しでも大きな報酬を得たい低ランクの冒険者としては、些細なことでも冒険者仲間に因縁をつけ、喧嘩し、自分の強さをギルドにアピールしたいのだ。
そういう暗黙のルールはセイヤーもわかっている。だから「一つ胸を貸してやろう」的な感覚で男の喧嘩を買った。
「一応確認しておくが、ここでやりあってもいいのかね?」
セイヤーは律儀にも、受付嬢に声をかけた。
「冒険者同士のいざこざにギルドは関与しないわ。好きにやれば?」
冷たい態度だ。
ここの受付嬢の目はそうめんより細く、態度はふてぶてしく、性格の悪さがへの字に曲がった口元に現れている。
お世辞にも美人とは言えないが、控えめに言ってもブサイクではない。
冒険者ギルドの受付嬢は、荒くれ共が気を許すように綺麗どころが(そして実はかなり強い元冒険者とかが)務めると相場が決まっている。なので、実に「性格悪そうな普通の女」というのは逆に珍しい。
「なら好きにさせてもらう」
セイヤーは一瞬で魔力を顕現させた。
その馬鹿げた魔力量をモロに浴びただけで、絡んできた男はその場にへたへたと座り込んだ。
今、この瞬間────王城にいるアップレチ王国の魔術師たちは、完璧な魔法防御結界でガードしてあるはずの首都のど真ん中で、驚異的な魔力爆発を感知して「なにごとだ!!」と阿鼻叫喚の大パニックに陥った。
その結果、何人もが廊下や室内で転倒したり物を落としたりして、調度品が壊れたりもした。もちろんセイヤーは知る由もないことだが、王城では今の一瞬で数千万円分の損害が出た。
「いくかね、ポトリと」
セイヤーは目を閉じて首を横に薙ぐようなサインをした。どうやら好きなセリフらしい。
男は「ふへっ?」と声を漏らし、カクカクと首を左右に振った。
いまの魔力噴出による被害者はこの男だけではない。
ギルド内にいたほぼ全員が当てられて、気絶したり失禁したりと様々な恐慌状態に陥っていた。
爆撃を受けた後の戦地みたく冒険者たちが倒れて呻く中、平然と椅子に座っていたジューンが立ち上がる。
「なぁ、そんなことやってないで早く仕事しよう」
「……そんなに労働意欲高いタイプだったか?」
「早く酒飲みたい」
セイヤーは呆れながらもジューンに同意した。
おっさんたちが選択した依頼は5つ。
首都の地下墓地に巣食う幻魔退治。
北の山賊退治。
南の火山で地震を起こす大ナマズ退治。
西の大川で渡し船を沈めて回る怪魚退治。
東の村々に被害を出している巨大ワイバーン退治。
どれも「ランクC以上冒険者複数人(最低5パーティ)推奨」と書いてある依頼だ。
セイヤーはその依頼書を仲間に配っていく。
この首都の地下墓地行きはセイヤー。理由は「一番近いから」。
北の山賊退治はコウガと元白薔薇騎士の双子。理由は「人間相手なら双子だけでもどうにかなるだろうし、あとはコウガの運でうまくやってくれ」。
南の大ナマズ退治はジューン。理由は「ジューンなら火山とか人間が行けないところも行けそうだから」。
西の怪魚退治はコイオス。理由は「蜘蛛の糸でサカナ釣ってしまえば良いんじゃね?」。
で、東の巨大ワイバーン退治は聖竜リィン(今は馬)。理由は「親戚だろ?」。
『人の子らよ。ベタなことを言われて私は憤慨しています。いいですか? ワイバーンとドラゴンは親戚でも親類でもありません。別種です。人の子らが「やーい、猿!」と言われたら卑下されたと思って怒るように、ドラゴンに「やーい、ワイバーン!」と言ったら怒ります。わかりましたね?』
馬はプンスカ怒っているが誰も聞いていない。
「よし、依頼場所まで魔法で転移させるぞ」
セイヤーが宣言すると、ジューンとコウガが顔を見合わせた。
「え、魔力の消費がでかいから『転移魔法』は使わないんじゃないのか?」
ジューンが素直に疑問を口にすると、セイヤーも「よくわからんのだが」と付けて応じた。
「私の魔力は多少? いや、かなり? とにかく増えたのを感じている。これまで節約してきたから我慢の積み重ねで
「魔力ってのはそういうものなのか? まぁ、便利だから俺としてはなんだっていいんだが」
「とにかく飛ばす。30分後に迎えに行くから、それまでに依頼達成を頼むぞ」
カウンター越しに聞いている受付嬢は半笑いだ。
一つ一つの依頼が数十人単位で命を賭して何ヶ月もかけて行うものだ。30分でどうにかなるものではないし、一人で向かうなど即死レベルの自殺行為だ。さらに、馬にまで依頼書を渡すとか、もう気
本来ならそういう無理な依頼受注はさせない。そのための受付嬢だ。
しかし、彼女は有象無象のおっさんたちが何人消えようが知ったことではなかったので、好きに受けさせたようだ。
「ではいくぞ……って、リィンはそのままの姿で行く気か?」
『人の子セイヤーよ。ここでは元の姿になれま……あ、小さいままで元の姿になりますね』
ポンっと煙が上がって馬がドラゴンになった。
「え」
受付嬢ですら声が漏れた。
半透明で美しいそのドラゴンは、誰がどう見ても伝説の「聖竜リィン」様だ。
「いくぞー」
「ま、まってぇぇぇぇぇ!!」
受付嬢の叫びも虚しく、おっさんたちはそれぞれの戦地に転移していた。
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