第4話 閑話・「なっ………」(前編)

「なっ………」


 さすがのドメイ・ワーカーも、報告書の内容の酷さにその羊皮紙を落としてしまった。


 西の関所を目指していた白薔薇親衛隊が、街道で謎の行動不能に陥り………まで読んだ。


 その後に書いてある「医療魔術が使える人材を急遽増援して欲しい」ということは目も通していない。


「向かわせたのは親衛隊のほぼ全軍だぞ! それが街道で!? そんな見渡しの良い所で奇襲もあるまいし、相手は一体なんだというのだ!?」


 ドメイ・ワーカーはツバを撒き散らしながら叫んだ。


 白薔薇親衛隊の会議室で、他の重鎮たちは沈痛な面持ちで下を見ている。


「この失態、白薔薇の君に知れたら首が飛ぶではないか! ルーフ・ワーカーめ、使えぬ甥っ子よ!!」


 ドメイ・ワーカーは血がにじむほど唇を噛みしめ、見えない敵を想像し、虚空を睨みつけた。


 元宰相ともあろう男が、事前に敵の存在を正確に確認することもせず、したがって相手の戦力やそれに対する戦術もなく、猪突猛進に親衛隊を派兵した結果がこれだ。決してルーフ・ワーカーのせいではない。


「貴様ら、どう責任を取るつもりだ」


 ドメイ・ワーカーに言われ、会議室で下を向いていた重鎮たち「はぁ!?」という顔を上げた。


「隊長、お言葉ながら此度は隊長の独断で派兵し……」


「言い訳はいい! これからどうすべきか述べよ! この痴れ者が!」


 取り付く島もないとはこのことだ。


 部下の手柄は自分のもの、自分の失態は部下のもの。そうやって宰相という地位までのし上がった男の正体はただの無能だ。


 ここにおっさんたちがいたら「あー、こういう取締役いたなぁ」とか「なんのコミットもしない上役に存在価値はない」とか「いるよねー、こういう狸親父、いるよねー」と言い合っていたことだろう。


「隊長、もうひとつご報告がございます」


「次はなんだ!」


「アップレチ王国の民衆が各地で暴動を起こしております」


「な、なんだと!? 反体制派の仕業か!」


「いいえ、我々のせいでしょう」


「なに?」


「白薔薇親衛隊が各地で略奪と暴力の限りを尽くした結果、民衆は我々、ひいては白薔薇の君に対しての不満を爆発させたということです」


 小隊単位で行動させ、必要なものは現地調達させていた。それはドメイ・ワーカーの「策」だった。


 そうすることによって王国の出兵費用を抑えることができ、親衛隊の隊員たちは地方で好き勝手にできて、隊の中で不平不満も起こるまい、という浅慮の結果がこれだ。


「これら暴動に対して、アップレチ国王陛下は白薔薇親衛隊の即時解体と白薔薇の君の王位継承権剥奪を近日中に発表なさる、ということです」


「なんだとっ!?」


 白薔薇の君ティルダ・アップレチ第一王女の後ろ盾がなくなるのは、ドメイ・ワーカーにとって路頭に迷うのも同じことだ。


「こ、こうなれば国王を誅し、我々が白薔薇の君を女王に……いや、あの女は仲の国にいて不在だ。そうか。この私が王になってしまえばいいのだ。くく、そうかそうか。反乱を起こすのなら今しかあるまいよ!」


 ドメイ・ワーカーはすべて上手くいく策だ、と内心ほくそ笑んだ。


 だが、さすがにその浅はかさに呆れたのか、会議室にいた者たちは、無言で起立した。


「な、なんだ。まだ会議は終わっていないぞ?」


 重鎮たちは、静かにドメイ・ワーカーを見た。


「隊長、我々はアップレチ王国の臣下です。その臣下が王を誅殺する計画に乗れるはずがございません」


「国力が低下すること間違いないしの反乱に加担など出来ません」


「魔王なき今、三大国家が各勢力の均衡を保っている中、我が王国だけが弱体化すればどうなるのか、火を見るより明らかです」


「国のためでも民のためでもなく、あなたのために反乱などできません」


 今の今まで傀儡のように思っていた重鎮たちから浴びせられる口撃に、ドメイ・ワーカーは怒りに震えた。


「き、貴様ら! 私を愚弄するか!」


 ドメイ・ワーカーは顔を真っ赤にしながら、大股で会議室のドアを開けた。そこには衛兵がいるはずだ。


「衛兵! この裏切り者たちを斬り捨ててしま……え?」


 いるはずの白薔薇親衛隊の衛兵がいない。


 そのかわりドアの外にいたのは、白薔薇騎士団に兵糧を奪われて僅かな手勢となってしまった王国騎士団の面々だった。


「すべて話は聞かせてもらった。言い逃れはできんぞ、ドメイ・ワーカー」


 騎士団長はドメイ・ワーカーが宰相を務めていた時代から知っている質実剛健で実直な武人、シルベスタ伯だ。


 長きに渡り王の臣下としてこの国を支えてきた伯爵家の中でも上級伯爵にあたり、宰相時代も「それは王のためになることなのでしょうか」と、宰相指示を拒否されたことがある。


 騎士たちからは尊敬され、家名もあるので左遷・更迭することは適わなかったが、騎士団自体を弱体化させて溜飲を下げた。が、ここにきて反撃を食らうとは。


 ドメイ・ワーカーは力なくその場に座り込んだ。






 その後。


 ドメイ・ワーカーは捕縛後、三日も掛けず刑場の露と消えた。


 宰相時代の悪行の数々がありながらも、今の今まで彼を野放しにしていたのは、ドメイ・ワーカー派の貴族たちが多かったからだ。


 だが、彼ら貴族をも黙らせる悪行の数々が露呈したせいで、異を唱えるものはいなかった。


 王国内各地で行われてきた白薔薇親衛隊の略奪行為と、ドメイ・ワーカー自らによる王の誅殺計画………大枠ではその2つの罪状で死罪となったのだが、これに異を唱えることはつまり、民に弓を引き、王国に剣を向けるのと同義なのだ。


 西の関所に向かっていた白薔薇親衛隊は、全員が原因不明の麻痺毒に侵された姿で発見された。


 親衛隊は当然解散となり、任期中に各地で悪行を働いていた隊員は裁判にかけられることになった。


 その結果、まともな隊員は20分の1しか残らなかった。


 残ったまともな隊員は騎士団に編入され、シルベスタ伯指揮下で再教育を施される。


 そしてアップレチ国王は、臣下と民の前で大々的に宣言した。


「私兵たる白薔薇親衛隊を組織し、悪辣なるドメイ・ワーカーをその隊長に任命し、王国内各地で略奪と暴力を繰り返し民を傷つけた罪は、いかに第一王女であろうと免れぬ。よって、ティルダ・アップレチ第一王女から王位継承権を剥奪し、王家から追放するものである」


 王城から拡声魔法で響き渡る王の声に、観衆が大歓声で応じる。


 その大騒ぎの最中、ルーフ・ワーカーは舌打ちしながら首都ソッログドンモを後にするのだった。











「なっ………」


 さすがのティルダ・アップレチ第一王女も、報告書の内容の酷さにその羊皮紙を落としてしまった。


 自分が仲の国で勇者排除派の中で立ち回っている間、本国たるアップレチ王国では激変が起き、すでに終熄しゅうそくしていたのだ。


 子飼いにしていたドメイ・ワーカーが私利私欲のために親衛隊を使い、王国内で略奪行為を繰り返し、あまつさえ王を倒す反乱も計画していたため死罪になった………まで読んだ。


 その後に書いてある「第一王女は王位継承権剥奪し王家から追放」ということは目も通していない。


 さらに悪いことは重なるものである。


「仲の国」の円卓に集まった「勇者排除派会議」の席で、リンド王朝のヒース・アンドリュー・リンド王子が妙なことを言い出したのだ。


「ティルダ第一王女、確認したいことがあります」


「なんでしょう?」


 国元でとんでもないことが起こっていることは口の端にも上げず、冷静に対応できるのはさすが「白薔薇の君」だ。


「此度アップレチ王国が召喚された勇者、いえ、英雄についてです」


 ヒース王子は微笑みを絶やさない。


「なにか問題でも?」


「ええ。大問題ですわ」


 ヒースに変わって声を上げたのは、ディレ帝国の元第一王女アントニーナ侯爵夫人だ。


「私の国が召喚した英雄とヒース王子の国が召喚した英雄には、元いた世界の名前、つまり真名がありましたわ。私達では発音しにくい名前でしたが、紙に名前を書いていただきましたところ、ふたりとも私達が解読できない文字で名前をスラスラ書きました……ですが、あなたのところの英雄は真名を言わないし、書かない。それで、おかしいと思ったのですよ」


 息継ぎもなしで口撃され、ティルダは内心舌打ちし、応戦した。


「わが王国の英雄殿は奥ゆかしい性格であられるからでしょう」


「言うに事欠いて……ティルダ王女。あなたが用意したのは英雄ではない。そうですよね?」


「これは憤慨するべきでしょうか。いいですかアントニーナ侯爵夫人。あなたは我が国を、そして私を愚弄していると知りなさい。何度も言いますが、あなたはもう王族ではないのです。わきまえてください」


「そんな剣幕でごまかしても無駄ですわ」


 アントニーナ侯爵夫人は扇子で口元を隠しながら笑った。


「勇者にはそれぞれ異なる『特性』があり、それがわからなければただの人……大方『うちの英雄は特性がまだわかっていないので』と長い間言い逃れするつもりだったのでしょうね」


「………」


 アントニーナ侯爵夫人は沈黙を守るティルダ王女を見て、してやったりという顔をした。


「アントニーナ侯爵夫人。ここからは私が」


 ヒース王子がにこやかに言うと、アントニーナは薄笑み浮かべて頭を下げた。


「ティルダ王女。聞けば、アップレチ王国の勇者召喚は、召喚の塔という王家伝来の聖地で、エフェメラの魔女の命と引き換えに行われるとか」


「どうしてそれを!?」


 トップ・シークレット中のトップ・シークレット。王族でも一部の者しか知らない事を、どうして他国の王子が知っているのか。


「まぁ聞いてください。しかしアップレチ王国ではエフェメラがどうやって勇者を召喚するのかわからず、様々な方法で彼女たちを生贄にし、幼子も含めて全員殺してしまったらしいですね」


「………」


「その行為は他国の事情ですから私が口出しすることではありません。まぁ、実際にアップレチ王国は勇者コウガを召喚できたのですからね……最後に一人エフェメラの魔女が残っていてよかったですね?」


「………」


「けど、誰も見ていなかったので、どうやって召喚できたのかわからないんですよね? 最後のエフェメラの魔女『ツーフォー』という女にしかわからない。違いますか?」


「………」


「そうなると、此度の勇者、あ、いや、英雄の召喚も、そのツーフォーがいないと成立しませんよね? そこで確認したいのですが、今回どうやって英雄を召喚したんですか?」


「………」


「やれやれ、だんまりとはお人が悪いなぁ、ティルダ王女。いえ、もう王族でもないただのティルダさん、ですか」


「………は?」


「あれ? 知らせが来ていませんでしたか? あなたは白薔薇親衛隊の行なった悪行の責任を取り、王位継承権を剥奪され、王家から追放されたんですよ」


「………ば、ばかな」


 ティルダ王女は立ち上がり、愕然としている。


「これはもう世界中に広まっている事実です。この仲の国でも話題になっていますし」


「英雄は用意できないわ、王位はなくなるわ……王族でもなくなって追放された身分のない女が、先程私になんと言いましたか? 控えなさいティルダ」


 アントニーナ侯爵夫人が高笑いする中、唇の端を噛み切って血の筋を流しながら、ティルダ元王女は足早に円卓の場から出ていった。


しかし、彼女は王家も追われているので、帰る場所も行き先もあるまい。


「何日かしたら場末の娼館で客間を取っているかもしれないわね。ふふふふ」


これはアントニーナ侯爵夫人の「勝利宣言」だ。


「こうなってしまったことは残念です。しかしみなさん、ご安心を。アップレチ王国の英雄はたしかに偽物ですが、とんだ代物でしたから………こちらについては我が国が誇る魔法局の局長、トビン・ヴェール侯爵から説明させましょう」


「はっ………」


 黒いローブをかぶった男が立つ。


「アップレチ王国が用意した偽物は、過去の勇者の血を引いておりまして、今回我々が召喚した英雄より強い可能性があります」


「は? ただ血を引いているだけの者が、今回召喚した英雄より強い!?」


 アントニーナの旦那でありディレ帝国侯爵家のグリゴリーが驚いた顔をする。


「ご説明申し上げます。今回召喚した英雄たちは、100年に一度しか使えない複雑な『設定』を廃して、我々に従順な者という縛りだけで召喚しました」


「ああ、そう聞いている」


「召喚するという試みは成功したわけですが、今回我々は『設定』に含まれていたものをすべて削ぎ落として召喚しました。その結果、勇者なら備えているはずの驚異的な身体能力、回復能力、魅了の力……個人ごとに異なる『特性』とは関係なく、勇者には基本的に備わっているはず力、それがまるでないのです」


「なんだと……」


「御察しの通り、『特性』が判明しない限り、ただの人です。そして誰もまだ『特性』が判明しておりません。その点、偽物は勇者の血を色濃く受け継いでいるようでして『特性』も判明しております」


「なるほど、だからティルダ王女を排斥したのか」


 グレゴリーはうむむ、と感心した。


「我々の英雄はまだ使い物にならない。その点アップレチの偽物のほうが使えるとなれば、この関係性のバランスが崩れる。なるほどなるほど。こういう政治手腕は見習うべきだな。なぁ、エーヴァ商会の方々」


 後ろで立っているエーヴァ商会の裏切り者達は頷くだけだ。


「これは人聞きが悪い。約束を違えて黙っていたのは彼女の方ですよ、グレゴリー侯爵」


 ヒース王子は微笑みを絶やさない。


 だが、彼も人の子だ。


 彼らの様子を眺め、終始ニヤニヤしている魔族のイーサビットの鼻持ちならない顔に拳を叩きつけてやりたいと思うくらいの感情はあった。


 イーサビットは魔族側の勇者排除派だからこの席にいるが、勇者召喚できるわけでもないので、今の所何一つ役立っていない。


 なのに、いつも高みから人間の愚行を見てニヤついているような態度だ。その見下し方にヒース王子は内心ムカついていた。


 だが、溜飲は下がる。


 各国の協力で英雄は揃った。ティルダ王女を排斥したことによって、勇者の子孫という副産物も手に入れた。


『あとはディレ帝国の者たちを排除し、この魔族をどうにかすれば、この世界は俺のものだ』


 ヒース王子は内心の野心を欠片も表には出さず、にこやかな好青年の笑顔を絶やさなかった。

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