第2話 おっさんたちと偽造金貨。
少し酩酊している白薔薇親衛隊の男は4人。
その4人の前に立ったのは、じゃんけんで負けたコウガだった。
ジューンとセイヤーはボロ宿「天翔ける龍の架け橋亭」の中からニヤニヤしながら見ている。
「あ、どもども」
コウガはペコペコと頭を下げながら、スッとリノアと男たちの間に割って入った。
「なんだ、このちっせぇおっさんは」
白薔薇の男たちはコウガを無視してリノアに聞く。
「う、うちのお客様です。どうかお許しを……」
リノアは月夜の暗がりの中でもそれとわかるほど蒼白になっていた。
「俺達の前にのこのこ出てくるってことは、てめぇ反体制派だな?」
一人の男が不敵な笑みを浮かべながら前に出てくる。
白い軍服がはち切れんばかりのマッチョで、身長は2メートル近くある。コウガと比較すると大人と子供、ゴリラとピグミーマーモセットだ。
コウガは恨めしく宿の方を一瞥したが援軍は望めそうにない。
「おい、てめぇ、どこ見てやがる」
「あ、すいませんね。なんだか揉めていたので気になって見に来てしまいました。なにかあったんですか?」
コウガは揉み手しそうなほど低姿勢で、はにかみながら言う。
そのへっぴり腰にはおっさんの沽券もプライドもない、世渡りしか考えていなそうな卑屈さ満開だ。
宿からわざわざ出てきてくれたコウガの矜持に少しときめいたリノアですら、残念さと呆れで細目になってしまう。
そんな卑屈な小男が反抗的ではないとわかり、気を許したゴリラはフンと鼻を鳴らした。
「この女が我々に場所代を払わないから折檻するところだ」
「はぁ、そりゃ大変ですね。お勤めご苦労さまです」
「おう、お前、白薔薇親衛隊をよくわかってるじゃないか。ガハハハハ」
「ははは。ちなみに場所代? それは、おいくらほどで?」
「金貨5枚(50万円)だったかな?」
「いいや金貨10枚(100万円)だろ」
「金貨50(500万円)だ」
「くくく、ふっかけるねぇ。払えるまでは身体で利息を払ってもらうとしよう」
男たちはニヤニヤしている。
「5枚から50枚に増えてますが、定められた金額ってのはないんですか? あ、僕は旅の者なのでこのあたりに詳しくないので、参考にお伺いしようかと」
「そんなもん俺達の気分一つだ。俺たちに逆らえばお前をこの場で斬り殺すこともできる。だが、お前の態度は悪くない。俺たちのあとだったらこの女を好きにしていいぞ」
「ははは────場所代はこれでいいですかね?」
コウガは男たちの足元に金貨をばらまいた。それは金貨(1枚約10万円)ではなく大金貨(1枚約100万円)だ。
白薔薇親衛隊の男たちも酔いが吹っ飛ぶ金額で、時が止まったように硬直している。
ゴリラがゆっくり地面に手を伸ばし、一枚拾う。それをきっかけに男たちは砂糖水に群がるアリのように、そして奪い合うようにコインを拾い集め、まだ落ちていないかと地面に這いつくばった。
「あんた、人が悪いな。どこかの貴族なんだろ?」
うへへ、と急に低姿勢になるゴリラ。
そのゴリラの顔面にコウガはショートソードの切っ先を向けていた。
男たちが地べたを這い回っている間に抜刀するくらいの余裕はあったのだ。
オリハルコンの刀身は、月明かりを浴びて虹色に輝いている。
見ただけで「鋭い」とわかる切っ先だ。
「あんたらの大将はどこにいるのさ」
「え……え?」
「僕がニコニコしている間に言いなよ? あんたらの一番えらいやつはどこにいるの?」
「貴様、なめるなよ!」
ゴリラ以外の三人が剣を抜き、卑怯なことにリノアを捕まえて剣を突きつけた。
「下手な真似をするとこの女を殺すぞ」
「よく見りゃいい剣だ。こっちによこせ」
「持ってる金も全部だせ」
コウガに剣を突きつけられているゴリラも人心地ついたらしく、ふへへと笑っている。
「みんな盗賊と変わりないなぁ………ところで、コインは全部拾ったかい?」
コウガは悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
その笑みは無垢だ。
だが、子供は罪悪感もなく無垢なままで、蝶の羽をむしり取る。蟻の身体を真っ二つに引きちぎる。魚に石を投げつける。
純粋にして邪悪。穢れを知らない純粋な悪の笑み────それが、見たものすべてがゾッとする、コウガの笑みだ。
「!」
男たちは、自分の懐がもぞもぞと動いていることに気がついた。
そして鋭い痛みを感じるや否や、自分の意志に関係なく身体が痙攣を始め、息苦しくなり、口から泡を吹き出して次々に倒れていった。
「へぇ。すごいなぁ」
コウガは感心したように言うと、脅しのために抜いただけのオリハルコンのツインソードを納刀した。
「あ、あの、一体これは………」
リノアは駆けるようにして男たちから離れ、コウガの横に来た。
「見て」
コウガが指差す方向……男たちの白い軍服から大金貨がもぞもぞと這い出てくる。
コインの下からは蜘蛛のような足が生えていた。
「ひっ、な、なんですか、あれ」
「クリーピングコインって言うらしいよ」
コウガには直接戦闘力がない。この異世界の一般人以下と言っても過言ではないほど非力だ。
そんなコウガの非力さをカバーするために蜘蛛王コイオスとセイヤーが共同開発したのが、このクリーピングコインだ。
見た目は大金貨にしか見えないが、よくよく確認すればコイン表裏の
そのコインの正体は、コイオスが飼っている麻痺蜘蛛で、その蜘蛛達に大金貨の偽装を施したのがセイヤーだ。
麻痺蜘蛛たちの毒は竜でも数時間は動けなくできるし、即効性もある。大量に注入すると心臓麻痺を起こさせることだってできる。相手を戦闘不能にするには十分すぎる「暗殺兵器」とも言える。
クーピングコインたちは白薔薇の男たちを麻痺させると、ぶっ倒れた彼らの胸の上に立ち、蜘蛛の脚を上げながら「ワーワー」と
「もどっておいでー」
コウガが言うと、コインたちはカサカサとコウガの足元に集まり、またコインの姿に擬態した。
コウガは本来虫が嫌いである。蝶も蛾も区別できないので、モンシロチョウでもビビるくらい虫が苦手だ。
だが、このクリーピングコインたちは可愛い。意思疎通できるのもあるが、仕草が可愛い小人のようにも見えるのだ。
「あ、あの、だ、大丈夫ですか?」
コインを拾い集めるコウガをリノアは心配そうに見つめる。
「なにが?」
「白薔薇親衛隊に危害を加えたりしたら、絶対殺されます! この辺りにはあの人達の小隊が常駐してるんですよ!?」
「何人くらいいるの?」
「百人以上は……」
「だってよー。次はそっちの番だからね!!」
コウガが宿の方に向かって怒鳴る。
「賭けは私の負けか」
残念そうにセイヤーはジューンに銀貨(約1万円)を渡していた。
「毎度」
ジューンは嬉しそうにそれを受け取ると、コウガに「ナイス」と親指を立てた。
「は?」
コウガはそのやり取りを見てこめかみに血管を浮かべていた。
「いやぁ怒るなよコウガ。泣きながら俺たちに助けを求めるか、一人で解決するかを賭けてただけだから」
「怒るよ? その扱い、怒るに決まってるよね!? 僕、いい年した大人の男だからね? 泣きながら助けを求めるとかないからね?」
「わかっている。だから俺は解決する方に賭けた」
コウガは「助けを求める」に賭けていたセイヤーを睨みつけ、憮然とした。
「すまなかった。次は私がやるから許してくれ」
セイヤーは頭を下げ、少し浮いた。
「え」
リノアが驚いて硬直する。
「リノアさん、だったかな? 白い連中がいるのはどこだね」
「は、橋の手前の一番大きな宿を占領してますが………」
「ありがとう。ジューン、君はそこに倒れている四人を頼む。コウガ先生はごゆっくり酒でも飲みながら待っていてくれたまえ」
「セイヤーのおごりだからね!」
セイヤーは頷いて、本物の金貨を何枚か放ると、スイ~っと空を飛んでいった。
「人が……飛んだ?」
「そういう魔法らしいよ。あ、リノンちゃん、これで良いお酒買ってこようよ。まだ開いてる酒場あるかな?」
白薔薇親衛隊のドメイ・ワーカーは、受け取った報告書の乱雑な文字に辟易しながら、解読を試みた。
宰相時代なら、これほど雑な報告書を書いた者は解雇していた。が、今そんなことをすれば雇い主である「白薔薇の君」が黙っていないだろうから、おとなしくするしかない。
報告書によると国境の関所に配置していた白薔薇親衛隊第13支部が壊滅した、ということだった。
なるほど、壊滅か。
ドメイ・ワーカーは報告書を机に置き、ティーカップを片手に窓際に行く。
アップレチ王国の首都「ソッログドンモ」の王城近くにある広大な敷地に建てられた館。ここは白薔薇の君の別荘だが、白薔薇親衛隊の本部になっている。
窓から見える広大な庭園は手入れが行き届き、白薔薇園が美しい。
ティーカップから紅茶をすすり、一息ついたドメイ・ワーカーはプルプルと背中の贅肉を震わせた。
「壊滅とはどういうことだあああああああああああああああ!!!」
窓が振動するほどの大声に驚いて、隣室にいた甥っ子のルーフ・ワーカーか執務室に駆け込んでくる。
「ど、どうした叔父貴!」
「親衛隊を西の関所に向かわせろ!! 今すぐに!!」
「西の関所? 随分遠いが……なにかあったのか?」
「13支部が何者かの手によって壊滅したと報告があった。反体制派に違いない! 徹底的に潰してこい!!」
「わ、わかった。どれくらい連れて行く?」
「
元ランクB冒険者にして、闇ギルドの一員でもあった悪党ルーフ・ワーカー。
そんな彼が率いる白薔薇親衛隊本隊は、国軍と言っても過言ではない数千人規模の兵で西の国境を目指していた。
炊き出しに必要な食料、兵装、馬、慰安婦……すべて合わせると国庫を直撃する大出費だ。
今まで反体制派を討伐する遠征は小隊ごとに行っていた。そのほうが食料も金品も女も現地調達しやすいからだ。
しかしこれほどの大軍を動かすと、現地調達では足りない。
しかも西の国境までは馬車でも軽く2週間は掛かる。徒歩の兵がいるこの行軍ならその倍は必要────かなりの遠征であることは間違いない。
「貧乏くじは引いちまったが、これはいいものだ」
ルーフ・ワーカーは、叔父のドメイ・ワーカーから新たに与えられたアップレチ王国の秘蔵兵器「銃」を構え、銃身の鈍い輝きを見て恍惚としている。
今回の遠征の
射程距離、精度、連射性能、すべてが以前ルーフ・ワーカーが持っていた品より格段に向上している。弾も腐るほどもらって身体に幾重にも巻き付けている。これで弾切れはないだろう。
しかし心配しなくてもルーフ・ワーカー以外の白薔薇親衛隊は精鋭揃いだ。
冒険者ギルドの総支配人にして、闇ギルドの総支配人の顔も持つゲイリー翁からの援助で、有能な冒険者が何百人も隊に入ったし、この親衛隊はアップレチ王国国軍そのものと言っていい。
今や本物の国軍は王の近辺を守っている数十人だけで、こちらが勢力も規模も装備も上になったのだ。
すべては白薔薇の君………ティルダ・アップレチ王国第一王女のために。
彼女が王位を受け継ぎ、この王国の支配者となるのは目前だ。
その障害となりえる反体制派はすべてこの白薔薇親衛隊が排除する。
勇者も、勇者に加担する者も、白薔薇の君に反抗的な者も、すべて。そう、すべてだ。
白薔薇の君が王位についたらドメイ・ワーカーは宰相に返り咲き、ルーフ・ワーカーも騎士団長の座が約束されている。
一時期、野盗にまで落ちぶれたルーフ・ワーカーにとってはこれ以上いい話はない。
「副隊長、あれを!」
誰かが先の方を指さして大声を上げた。
「ああん?」
ルーフ・ワーカーは目をしかめた。
なんだあの金色の輝きは……。
まばゆく陽の光を反射しているもの。
それは街道いっぱいにばらまかれた金貨だった。
「おおおお!」
親衛隊の兵士たちは喜色満面でコイン拾いを始める。
「おい、集めたコインは俺のところに一旦もってこい。いいな」
ルーフ・ワーカーはどうしてこんな所にコインが大量にばらまかれているのかと不思議に思いながらも、そんな指示を出していた。
カサっ
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