おっさんたちと白薔薇親衛隊
第1話 おっさんたち、ボロ宿に泊まる。
アップレチ王国国境。
国として成立していない辺境の各自治区とこの大国を隔てるものは、底が見えない断崖絶壁の上に作られた大橋である。
アップレチ王国は国土全体を山脈に囲まれているうえに、馬車が通れる僅かな平地にはこのような断崖絶壁が続いている。
おかげで「攻めにくく守りやすい」と言われているが、戦時下でない今となっては「不便の極み」と言われている。
なんせ他国につながっている断崖の大橋は全部で3つしかないため、当然交通が集中する。
しかもその大橋は、おっさんたちの知る現代技術で掛けられた橋ではなく、木製の頼りないものだから、一度に渡れる馬車の数は限られている。
さらにこの橋は関所も兼ねており、行き来するためには細かな入出国審査を受ける必要がある。それらが原因で、この大橋を渡るには数日かかることを覚悟する必要があった。
もちろん大橋の周り、つまり関所の周囲には待機者のための宿場町がある。
おっさんたち御一行は、その宿場町に辿り着いていた。
見たこともない美馬に誰もが足を止め、幌の中でぼんやり外を眺めているイケメンに魅入られる。
そんな生きる屍を大量生産しながら一行が落ち着いたのは、宿場町の外れにある実に安っぽい小屋だ。
看板には「天翔ける龍の架け橋亭」という御大層な名前が書いてある宿だが、カビ臭さが「見てもわかる」ほどの掘っ立て小屋で、これならクラーラがいた廃墟のほうがまだマシだと思える。
一行はこのボロ小屋の前で馬車を止め、代表してコウガが尋ねた。
「お邪魔しまーす」
コウガは礼儀正しく言うと、その小屋のドアとも呼べないような粗末な仕切りを開ける。
ドアの先では小さなテーブルに頬杖をついていた若い女が驚いた顔をしている。
「冒険者のミュシャに紹介されて来たんですが……」
なんでもここの店主が、ミュシャと組んだことがある冒険者上がりだったらしいが、半年前に病死し、娘一人で切り盛りしているらしいので、少し支えてほしいということだ。
それにアップレチ王国に行くときは必ず待たされるので、ぜひその宿を、と勧められた。
そういう
しかし、テーブルでボケ~っとしていた若い女は、バネで跳ね起きるようにピンっ!と立ち上がり「お客様ですか!!」と満面の笑みを浮かべてきた。
いまさら「いいえ違います」と出ていけるほどの根性は、コウガにはない。
「え、えぇ、まぁ」
「ミュシャさんが紹介してくれたんですね! よかった! ありがとうございます、ありがとうございます! 見てのとおりボロ宿なのでお安くしておきます!」
「え、えぇ……」
はっきり言わない日本人代表コウガは曖昧な苦笑いを浮かべる。
「フッ、ここが今宵の宿か」
コイオスが入ってくる。続いてジューンとセイヤーも入ってきて「馬小屋はどこだ」とか「馬車を置く所はなさそうだぞ」とか低い声で言い合っている。
「よ、四名様もお泊まりですか!!」
「それと馬も」
セイヤーが言うと、ぬっと白く輝く美しい馬が顔を宿の中に入れてきた。
『人の子らよ。せめてちゃんとした寝床で休ませてくれてもいいのですよ』
「うるさい。馬と初心者が泊まるのは馬小屋だと昔から相場は決まってる。それにお前は寝ぼけるとすぐに元の姿になるだろうが。いい迷惑だ」
セイヤーが冷たく突き放すと「ああん♡」と馬は気持ち良さそうに震えた。
「う、馬が喋った!?」
宿の若い女が驚愕するのは当然だ。いくら異世界でも動物は喋らないのが常識だ。
「気にしないで、これちょっと珍しい馬なんで、ははは」
コウガは聖竜リィンの馬面を押し出しながら愛想笑いで誤魔化す。
「とにかく4人と馬で、関所通れるまで泊まります」
「あ、ありがとうございます! 朝と晩の食事付きで一泊お一人様銀貨4枚(4000円)なので、4名様で一泊あたり銀貨16枚(1万6000円)になります」
「みんな関所をどれくらい待つものなんですか?」
「平均して四日ですね」
「じゃあ16かける4で……ええと」
コウガは暗算が面倒になったのか、セイヤーを子犬のように見つめた。
「銀貨64枚、もしくは大銀貨6枚と銀貨4枚だ。よくそれで社会人やってたなコウガ」
「社会人は電卓使うから!」
「それはどうでもいいが、どうするんだ。ここに泊まるのか?」
セイヤーに問われ、コウガは「うっ」と詰まった。
ミュシャに紹介されたとはいえ、ある程度金も持っているおっさんたちとしては、わざわざボロ宿に泊まる理由などない。
「………」
しかし、宿の若い女が不安そうに見ている。自分たちで訪ねたのに断れるわけがない。
「ここに泊まるに決まってるでしょ。よろしくおねがいします」
コウガが言うと、若い女は花が咲いたようにパアッとした笑顔になった。
その笑顔を見れただけで「あ、ここを選択してよかったかも」と思えるような素敵な笑顔だった。
「無理」
ジューンがイライラを抑え切れないよう言った。
飯はまずい。壊滅的にまずい。
酒は薄い。冒涜的に薄い。
寝床は汚い。悪魔的に汚い。
とてもじゃないが4000円の価値もない宿だ。
これなら馬車の御者台で横になるか、キャンプセットで寝袋に入っている方がよっぽど快適だった。
だが、この惨状には理由があるので文句も言いにくい。
元々この宿を経営していたのはミュシャの知り合いだった元冒険者の男だ。
彼は冒険者時代から料理が上手く、それ目当ての客足があり宿はそこそこ繁盛していたらしい。
だが、そんな彼が病に倒れ、天命を全うしてしまったのが半年前……その後を継いだのは一人娘のユノア。おっさんたちが会ったあの若い女だ。
ちなみに母親は産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなってしまったそうだ。
ユノアは幼い頃から宿を手伝っていたので、ノウハウはある。だが、断崖絶壁から吹き付けてくる風のせいで建物はすぐにボロボロになるし、料理が壊滅的に下手だったせいもあり、客はどんどんいなくなった。
その結果がこの状態だ。
「助けてセイヤえもん!」
寝床の劣悪さにコウガもギブアップした。
シーツはないし、当然マットレスなんてものもない。掛け布団やタオルケットなんてものもないし、枕なんて夢のまた夢………つまり、寝床とは名ばかりの、ちょっと高めの板間だ。
それだけならまだしも、板はちょっと腐っており所々ささくれている。寝返りでも打とうものなら肌が擦れて痛いくらいだ。
「誰がセイヤえもんだ。魔力は有限だから大切に使おう、不便な生活も楽しいものだ。と、言っていたのは誰だったか」
セイヤーは皮肉いっぱいに言ったが、実のところ彼も耐えられないでいた。
快適に寝ているのは天井近くに蜘蛛の巣を張って、ハンモックのようにして寝ているコイオスだけだ。
「というか、僕たちが寝苦しくしてる間、あいつ余裕だな!」
コウガがコイオスを見てプンスカ怒る。
「まて………外を見ろ。なにかありそうだぞ?」
ジューンはそう言いながら窓の外を指さした。
セイヤーとコウガがそちらを見ると、宿の娘、いや、今は女将でもあるユノアが白い軍服を着た男たちに囲まれていた。
名乗らなくても背中に薔薇の刺繍がある軍服など「白薔薇親衛隊」しか着ないだろう。
あれはおっさんたちの敵だ。その敵がここで何をしているのか。
「貴様!」と親衛隊の一人が怒声を張り上げたので、おっさんたちは窓際で聞き耳を立てた。
「や、やめてください。今夜はお客が入っているので静かにしてください、お願いします」
ユノアが頭を下げると、白薔薇親衛隊の男が「はぁ!?」と眉を寄せる。
「もう一度言うぞ。場所代を払うか、それとも体を差し出すか。お前に選択できるのはどちらかだ」
酔っ払っているのか、赤ら顔の親衛隊はそう言いながらユノアの胸に手を伸ばそうとした。
「や、やめてください! それにそんな法外な場所代……どこの宿からも取っていないじゃないですか……」
「ヒック………うぃ~………ガタガタうるせぇなぁ。今夜そう決まったんだよ。それともなにか? この白薔薇親衛隊のやることに文句があるのか? だとしたらこの女は反体制派かもしれんなぁ~」
「ち、ちがいます。ただ、私はちゃんとアップレチ王国に税金を払っていますし、場所代を突然請求されても……」
「払えないのなら俺たちが抱いてやる。それでチャラだ。悪い話じゃないだろう?」
「悪い話ですよ!」
「ほう、そうか。金は払わない、対価も差し出さない。反抗的な態度。お前反体制派だな? よし、お前ら。この女をたっぷり拷問にかけて白状させるとしようか」
男たちはニヤニヤしている。
「随分とテンプレートな悪者だな」
ジューンはピンピンと逆立つ眉毛をなでつけている。
「あれは本隊ではないようだが、いくかね、ポトリと」
セイヤーは首を横に裂くような仕草をしてみせた。
「ミュシャの知り合いの宿で、やってくれるじゃんか」
コウガは拳をパキパキと鳴らした。
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