第15話 おっさんたちは不便を懐かしむ。

 馬車に揺られるおっさん三人とイケメン一人。


 その馬車を引いているのは、美しい馬一頭。


 実に普通の旅路だ────と、おっさんたちは思い込んでいるが、そんなことはない。


 おっさんたちはどうでもいいとして、幌から外を眺めているイケメン………旧神ティターン十二柱の蜘蛛王コイオスが、周辺に悪影響を与えているのだ。


 もちろん彼が動的にわるさをしているわけではない。茫洋と外を眺めるその憂いに満ちた美貌が悪いのだ。


 すれ違う馬車の御者がコイオスに目を奪われ、馬ごと道から外れてしまうなど当たり前のように起こり、何人もの旅人たちが転倒事故を起こしている。さらにこの馬車の後ろ………少し間を開けて、何人もの旅人たちがついてくるではないか。


 追従する者たちは特に女性だが、中には様々な動物や、中には魔物すら混じっている。


 捕食関係にあるものたちですら、その弱肉強食の掟を忘れてコイオスに引き寄せられてフラフラついてくる。その様子はまるで「ハーメルンの笛吹きにいざなわれた子どもたち」のようだった。


『人の子らよ。おかしいですよ。行く先々で事故が起きてますよ? のんびりしているのはあなたたちだけで周りはすごい迷惑を被ってますよ? それに後ろにあれだけついてくると超目立ちますよ? いいのですか、人の子らよ』


 この一行で唯一のツッコミ役である聖リィンがボヤくが、ジューンは「目立ってるのはお前のせいだ。きりきり走れ」と威圧し、リィンの馬尻を御者台からペシッと鞭打つ。


『ああん♡』


 聖リィン────完全にドMである。


 これが上位十色ドラゴン中最高の竜なのだから、他の十色ドラゴンが見たら情けなさに泣き伏せるところだ。


 だが、ジューンが言う通りで、確かにこの馬目立つ。


 光を浴びて輝いているのではなく、自ら白く暖かい光を放っているたてがみ。引き締まった美しいフォルム。長く力強い脚。たなびく尾の長さは他の馬の倍以上はあり、その全身から漂う気品は貴婦人の持つ扇のようでもある。


 王侯貴族なら大枚叩いてでも買い取りたいと懇願するだろう美馬だ。


 が、その正体が聖竜なのだから、世の中わからないものだ。


「確かにぞろぞろついてこられても面倒だから、スピード上げてくれ」


 セイヤーが御者台から命じると、聖リィンは『なんて竜使いの荒い人の子なんでしょうか』と嬉しそうに愚痴り、移動スピードを上げる。


 この馬車、車軸や車輪だけは長距離走行にも耐えられるようにセイヤーが魔改造してある。だから普通の馬車では考えられないスピードが出る。


 もちろん聖馬リィンのとんでもない馬力があってこそだが、時速120キロは出ているので、舗装されていない街道だと派手な土埃が舞い上がる。


 地味にしているつもりだが、何をするにしてもド派手になってしまうおっさんたち御一行。


 彼らはアップレチ王国の首都を目指している。


 カイリーの街から「普通に」そこに行くためには、距離だけでも軽く見積もって一ヶ月近くかかる。


 更に、アップレチ王国に入る国境には当然ながら関所があり、その審査順番待ちのために数日足止めを食らうこともある。そのため、関所付近には小さな町があるほどだ。


「まだ関所すら見えてこないな」


 セイヤーは魔力温存のためという理由もあるが、魔法による周辺サーチをしていない。むしろ、できるだけそういう便としていた。


 これには理由がある。


 最近まで使っていた移動要塞(という名の馬車)ファラリスは、あまりにも便利に魔改造しすぎたせいで、旅の醍醐味を味わえなかった。


 なので今回は過剰な改造などせず、野営するときもちゃんとテントを出してキャンプ生活を満喫している。


 ここ最近の旅で、おっさんたちは「不便でも楽しい」ということを思い出していた。だから魔法に頼らない。


 まだ世の中にスマートフォンはおろか携帯電話も普及していなかった若かりし頃………今考えるとかなり不便だった。


 家の電話は一台。複数あっても回線同じの子機なので、話は筒抜け。


 友達と実にくだらない長電話をしていると子機越しに親に怒られたし、長話しをしたくない相手だったら「あ、キャッチホン入ったからまたね!」と無碍に電話を切ったりしたものだ。


 おっさんたちが若い頃、遠隔コミュニケーションは手紙か電話以外になかった。


 今はSNSでやり取りがでるきだろうが、当時のインターネットは「パソコン通信」で、一介の小中学生が触れるものでもなかった。


 手紙なんて、もうどれくらい書いていないだろうか。


 ああ、あの不便さが懐かしい………そう思うようになったら、もう立派なおっさんである。


「今度、ツーフォーたちに手紙でも書いて送ろうかな」


 コウガが照れくさそうに言うが「いや、この世界の文字書けないだろ」とジューンに突っ込まれる。






 そんな御一行の道中を、遠くから眺める者がいた。


 ディレ帝国暗部のトップにして神出鬼没の全身黒尽くめ黒頭巾の男、デッドエンドだ。


「まずは僥倖。しかし勇者排除派が召喚した【英雄】が待ち構えてますから、この先はそう簡単に事が運ばないかもしれませんよ。………そして、みなさんに与えられた【運命線】がどうなるのか、楽しみですねぇ」


 意味深なことを言いながら、デッドエンドはスッと姿を消した。











 各国王国貴族などから成る勇者排除派、そして冒険者ギルド総支配人にして闇ギルドともつながりがあるとされているゲイリー翁の派閥────そんな彼らに敵対する者たちを「反体制派の討伐」という名目で駆逐して回る遊撃隊が「白薔薇親衛隊」である。


 その白薔薇親衛隊の長は、元アップレチ王国宰相のドメイ・ワーカーである。


 彼は他国にスパイのコルニーリーを送り込んだり、その家族を慰み者にしたり、敵対する魔族であったイーサビットたちを国内に引き込んで賄賂をもらったり………とにかく自分の利益にしか興味のない男だ。


 そんな男が、白薔薇の君たるティルダ・アップレチ第一王女の反乱によって粛清され、王国宰相の座を追われても生き残っていられたのは、彼の周りにいた「貴族」という大きな派閥のおかげだ。


 もし彼を死罪にしたら、王族であるティルダ王女と貴族たちの内乱が激化し、アップレチ王国の国力が落ちることは明白だった。


 魔王なき今、三大国家の中で国力を削るのは悪手以外の何物でもないと判断したティルダ王女は、彼を死罪にしない確約と引き換えに、自分の子飼いとして召し抱え、敵対者の排除に当たらせた。


 だが、それは愚策だった。


 自分のために動く男ドメイ・ワーカーは、表向きは王女に従って敵対勢力を駆逐しているように見せている。


 だが、その実やっていることは「魔女狩り」に近い行為だった。


 敵対していようがいまいが、資産を持っている者たちを拷問にかけ、自白を強要し、自白後は合法的に財産を奪い取り死刑にする。綺麗どころの女がいれば、拷問の名のもとに親衛隊の男たちが慰み者にしてしまう。


 これは言わば、王国が雇った略奪者、王女の名を冠した野盗だ。


 ドメイ・ワーカーらの行いによって、ティルダ王女の評判はアップレチ王国内では地に落ちていると言っていい。


 しかも彼女は勇者対策のために仲の国から動いていないため、その状況すらわかっていなかった。


 その現実を仲の国にやってきた自分の間者スパイに知らされた時、ティルダ王女は膝から崩れ落ちたという。


 勇者を排除したとしても、もう彼女に戻るべき場所はないのだ。











 白薔薇親衛隊のドメイ・ワーカーは、贅の限りを尽くしてきた肥満体型はそのままで、以前より憎たらしい顔つきになっていた。


 この親衛隊に逆らえる者は、アップレチ王国内には存在しない。


 国の後ろ盾もあるが、そもそもかなりの実力者揃いなのだ。


 なんせ彼らの中には、ゲイリー総支配人の力添えでランクの高い冒険者が多く加わっているし、野盗に身をやつしたはずの元ランクB冒険者のルーフ・ワーカーもいた。


 ドメイにとって甥っ子に当たるルーフ・ワーカーは、聖なる滝の一件で冒険者資格を剥奪され、砂漠では闇ギルドの任務を放棄したことから命を狙われる側になった。


 それでも一時は剣聖に限りなく近づいた男であり、ドメイ・ワーカーにとっては貴重な戦力だったので、野盗から拾い上げてこの親衛隊の副隊長にしたのだ。


 思えば、ルーフ・ワーカーを副隊長にしたあたりから風紀は乱れ、略奪行為と越権行為が横行するようになった。


 今も、立ち寄っただけの小さな村で、若い女達がルーフ・ワーカーたち親衛隊員に服を破かれ、犯されまいと必死の形相で逃げ惑っている。


 そんな光景を目の当たりにしながらも、ドメイ・ワーカーは何も言わない。


「好きにすればいい。用済みになったら切り捨てるだけのことだ」


 元宰相は王国を牛耳る野心を捨てきれず、闘志を燃やしていた。それが、自身の命を燃やす灯火の闘志であっても………。

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