第14話 おっさんたちと彼女たちへの頼み。

 翌日。


 昨夜集まった面々を再び高級酒場に呼び、コウガは宣言した。


「みんな、この街に残ってやってほしいことがあるんだ」


 コウガのお願い。それは自分の連れだっていた女性たちも含め、別行動を取るというものだった。


 しかし、呪いが解かれて記憶を取り戻した彼女たちが納得するはずもない。特に病的なまでにコウガに依存しているツーフォーは。


「せっかく再会したのに、それはあんまりですコウガちゃん!! 死ねと言ってもらったほうがマシです!」


 その反応はコウガにとって予想通りだったのか「僕のために頑張れないの?」と首を傾げながら、悲しそうな顔をしてみせる。


 そのあざとい感じに、ジューンとセイヤーは「ぅわぁ」と空気が漏れるような小声で言っている。


 ツーフォーはしばらく固まっていたが、体を震わせて「………やります」と頷いた。完全にコウガの作戦勝ちだ。


 彼女は共依存症だと言い切っていい。


 コウガの身の回りすべての世話をすることで、彼自身を支配する。そのことに命、いや、魂すら掛けているフシがある。


 もしもコウガが勇者でなければ、とっくの昔にあちこちの筋を切られ、食事から排泄まですべて世話され、『この女に頼らないと死ぬ』というところまで追い込まれていただろう。


 そんな彼女がコウガの命令に従ったのは「僕のために」の言葉が添えられていたからだ。


 コウガちゃんのためにならなんだってします! と自分自身に誓っているツーフォーとしては、絶対に断れないマジックワードなのだ。


「僕は、いや、僕たちはみんなを見捨てて置きざりにするんじゃない。みんなにはこの街を拠点にして抵抗軍パルチザンを結成してほしいんだ………君なら僕の意図がわかるよね、ツーフォー」


「コウガちゃん♡」


 緩急つけたコウガの人心掌握術は大したものだった。さすがはパリピとして多人数の中心にいた男だ。


 そのやり取りを見ながら、ジューンがセイヤーに尋ねる。


「なぁセイヤー、パルチザンってなんだ? チーズ的なニュアンスを感じるが」


「パルメザンチーズのことか? なるほど似てはいるが違うぞジューン」


「………素で返すなよセイヤー。俺流の冗談なんだから、もっとウィットに富んだ切り返しをしてくれ」


「人付き合いが苦手な私にそんなハードルを設けないでくれ。パルチザンというのは総じて抵抗運動のことや、その構成員のことを示す言葉だ。わかりやすく言えばゲリラだな」


「へぇ。みんな物騒な言葉を知ってるもんだな」


「確かにあまり一般的ではない。コウガの知識は浅いが広いようだな。少なくとも君よりは」


 残されることが決まった者たちは、抵抗軍を組織することに異論はないようだった。


 相手が巨大な組織なのだから、こちらも散発式な戦いをするより、確固たる「組織」として対抗するべき……というコウガの意見に賛同したのだ。


「その抵抗軍パルチザンの名前はどうします?」


 柔らかなエリールが問う。


 冒険者ギルドのゲイリー支配人派と対峙し、反勇者排除派の各国家上層勢力とも対立する勇者派の名前。「組織」として民心を得るためにも大事なものだ。


「名前を決めるのはリーダーの仕事だよね」


 コウガに言われ、全員の視線が発言者たるエリールに集まるが、彼女はブンブンと首を横に振った。


「私がリーダーなのはいいんですけど、名付けは勇者の皆さんでお願いします。勇者の作った組織という宣伝にもなりますし!」


 三人は困った顔をする。


 おっさんというのは総じてネーミングセンスが壊滅的にない。どんなに頭を捻っても、ニュアンスが古いか、意味不明か、ギャグに走るか………とにかく名付けが下手くそなのだ。


「じゃ、俺からな────白薔薇親衛隊に対抗して黒百合ゆり抵抗軍とか、どうだ?」


 ジューンが言うと、セイヤーが露骨に嫌な顔をする。


「ネーミングがどこかの歌劇団みたいで、こんなおっさんが所属していることが恥ずかしくなるから、やめてくれ」


「じゃあ………星空、だ」


「は?」


星空スターリースカイのレジスタンス軍、だ」


「………どこから星空なんてワードが出てきた?」


「え、知らないのか? 有名な名曲の………わからないの!? マジか………」


 愕然とするジューンに、芸能や音楽に疎いセイヤー。二人の意図は噛み合わないまま終わった。


「………コウガ、君が決めてくれ」


「来ると思ってたよ。えーとね。エリールがリーダーだから【柔らか軍】ってのはどう?」


「「かっこ悪い!」」


 セイヤーばかりかジューンも大反対した。


「じゃあセイヤーが決めてよ!」


 頬を膨らませてあざとい表情をするコウガを横目に、セイヤーは「ううむ」と唸る。


「ファルヨシ軍。わかりやすいだろう」


 静まり返る。


「…………駄目なら駄目って言いたまえ」


「駄目じゃないんだが、反体制派であることが名前でわかるといいな。あとは民衆が賛同してくれそうな偉大で屈強な名前であるべきだろう」


 ジューンはもっともらしいことを言うが、自分は「黒百合抵抗軍」などと名付けている。偉大で屈強には聞こえない名前だ。


「黒百合ファルヨシ抵抗軍。旗印は『柔』で」


 コウガがボソっとつぶやいたにした名前。


 一瞬の間はあったが、それがそのまま正式採用された。


「決めるのがめんどくさくなった」おっさん勇者たちの投げやりな名を授けられてしまったエリールは「何故かすっごく恥ずかしいんですけど」と、げんなりしていた。






 普段ちゃらけているように見えて、コウガは物事をよく考えている方だ。よっぽどジューンのほうが、勢い任せの部分が多い。


 そんなコウガがようやく名前が決まった『黒百合ファルヨシ抵抗軍』の主要メンバー全員に、役割を与えていく。


 中心となるのは、当然のことながらギルド職員にしてランクB冒険者の「柔らかなエリール」だ。


 彼女の軍勢であることを示す「柔」の旗印は、蜘蛛王コイオスが即興で作りはじめる。


「これでいいか」


 豪華絢爛な旗が一瞬で作られた。誰が蜘蛛の糸で作ったと思うだろうか。


『柔』を表すこの世界の文字も、なんとなくカッコいい。


 おっさんたちには全く読めない象形文字だからそう見えるだけで、読める人からすると「なんで柔?」と首を傾げることだろう。


 そのエリールを支えるのは、元ランクA冒険者であるグウィネス。


 ミノーグ商会の会頭秘書の仕事は降りて、商会と『黒百合ファルヨシ抵抗軍』のつなぎ役としての活動も行ってもらう。もちろん「複数勇者の血筋」である彼女の戦闘力は大いに期待できる。


 同じく冒険者である猫頭人身族ネコタウロスのミュシャは、エリールの片腕として参加してくる冒険者の統率を行う。


 ツーフォーは魔法センスのある者を集めて魔術師団を作り上げる。


 ガーベルドとシルビアは騎士団の拡大と再編。ここには町の番兵隊長も加わったが、新参者の中で一番強かったのは、その番兵隊長の奥方だった。


 エリールの冒険者部隊は遊撃と陽動を行い、ツーフォーの魔術師団が遠隔攻撃と治癒などを行い、ガーベルドの騎士団が直接攻撃する。この3つが『黒百合ファルヨシ抵抗軍』のすべてだ。


 そして攻守の要となるのが、ブラックドラゴンのジルとなる。


 いくらブラックドラゴンでも、ジル一人では多勢に無勢………数で押されたらいかに最上級生命体であるドラゴンでも無傷ではいられない。だが、3つの部隊と連携することにより、強大なドラゴンの力を思う存分発揮できるはずだ。


 非戦闘員であるクラーラは、死んだ勇者リーヘーの墓を廃墟からここに移し、エリールたちの秘書をしながら墓守を続けることになった。


 トトはクラーラと一緒に住みながら、冒険者として、そして騎士団員として、八面六臂の活躍を期待される「戦闘班長」となった。


 コイオスと聖竜リィンは残らない。彼らには別にやるべきことがあるからだ。


 役は割り振った。


 しかし、民を敵から守りながら敵を攻撃するとなると、この軍にはまだ戦力が足りない。


 そこで戦力を他所からかき集め、この街に送ることがおっさん勇者たちの役割となった。


 だが………実のところみんなが希望しているのは、おっさんたちによる兵力増強ではない。抵抗軍が本格始動する前、または敵に攻撃を受ける前に、このおっさんたちが征く先々で敵をぶっ潰してしまい、なんの被害もなく事が終わることだ。


「そんな期待をされてもな……」


 セイヤーは困り顔をしたが、案外その通りになりそうだな、とも内心苦笑していた。











 おっさんたちが旅立つの日の朝。


 ミノーグ商会から譲り受けた馬車の御者台は、おっさん三人が揃って座っても十分なスペースがあった。


 決して豪華な馬車ではないが、三人のおっさんとコイオスが乗り込むことを考えて、大きめなものをもらった。


 ちなみに聖竜リィンは馬車に乗らない。


 この馬車を引く、光をまとった美しい毛並みとたてがみを持つ馬………それが聖竜リィンの変身した姿だ。


 聖竜リィンは人化するとちょっとしたことで変身が解けてしまう癖があった。


 だが、馬に化けるほうが得意だと本人が言うので、今までと同じ馬車引き役としての仕事もこなせることからも、本当に馬車馬になったのだ。ドラゴンであるプライドは完全に捨て去られている。


 同族たるティターン十二柱のテミスに会うために同行している蜘蛛王コイオスはもちろん、聖竜リィンにも連れて行く理由がある。


 それは、まだ呪いの中にあるジューンやセイヤーの連れの女たちに、聖竜の涙を浴びせるためだ。


「みんな無理はするなよ。絶対に」


 ジューンは「命あっての物種だからな」と念を押す。


 エリールが頭を下げる。


「なにからなにまでありがとうございました。必ず巨悪を打倒して冒険者ギルドを正しい姿に戻してみせます」


 次にグウィネスが頭を下げる。


「お気をつけください。ランクAの冒険者はまだいますし、おそらくゲイリー総支配人の子飼いです」


 それぞれの言葉を聞いてジューンは「ああ」と頷く。偉そうに上から目線で「ああ」と応じたのではなく、微笑みを含んだ「ああ」だ。


 次はガーベルドとシルビアが挨拶に来たが、ジューンは冒険者たちと挨拶を交わしていたのでセイヤーと向き合う。


 相変わらずガーベルドは無言だったが、婚約者のシルビアが代弁する。


「また会いたいと主人が申しております」


 最早この読心術は、この二人の一芸ではないかと思える。


 セイヤーは「ああ」と応じた。


 まるで長らく設問が解けなかったできの悪い生徒が出した答えを見て、やっとできたかと褒めるような、何故かホッとする「ああ」だ。


「師匠、俺、幸せになるっす」


「どうやったらどうなるのかわかりませんが、どうにかしてトトの子供を身ごもりたいと思います♡」


 トトとクラーラはジューンとセイヤーの二人に挨拶する。


 いつの間にかトトとクラーラがイチャコラしている現状に、二人のおっさんは「なにがどうしてこうなった」と思わずにいられない。


「あ、大丈夫っす。種族が違っても亜人種同士の結婚はよくあることですし、子供は必ず母親の種族に近くなるっすから! リザリアン族と人族とのハーフは………俺は会ったことないですけど、別に変ではないっす」


 微妙な表情をするジューンとセイヤーを見て、トトは慌てて弁解する。


 そもそも、見た目があまりにも違いすぎるので「そういう気分になるのか?」という大問題があるはずだが、二人はずっとイチャコラしているので、多分クリアされているのだろう。


「ま、まぁ頑張れよ」

「あ、ああ。頑張れ」


 二人は曖昧に作り笑いした。


 そして隣を見る。


 身長の高いツーフォー(約175センチ)とジル(約180センチ)とミュシャ(約2メートル)に挟まれ、小柄なコウガ(約160センチ)は女の柔肌に埋もれていた。


「またすぐ会えるから! そろそろ離して!?」


 コウガは、いつまでたっても自分に抱きついて離れない三人を押しのけようとする。


「コウガちゃん、絶対近いうちに会えますよね!? 会えなかったらすべて捨ててでも行きますからね!」


 ツーフォーはボロボロと涙を流し、褐色の自分の頬をコウガにこすりつける。もはやコウガの「うっすら生えているひげの一本一本が愛おしい」というレベルなのだ。


「旦那様、我は泣き言は言わぬ。だが、幾星霜ずっと待っておるからな」


 ジルは黒い龍翼を広げてパタパタさせつつ抱きついてくる。そのハリのある巨乳の先端にある黒曜石のような鱗は、コウガに押し付けてグリグリと動かしているが、これは乳首ではない。鱗だ。


「次は私をコウガ様の飼い猫にしてくださいね」


 ミュシャはゴロロゴロロロと喉を鳴らしながら、コウガの身体のあちこちに頭を擦り付ける。


「そろそろ行くぞ」


 セイヤーに言われると渋々女たちは離れた。


「おかしくない? 僕が言っても聞いてくれないのに、セイヤーが言うと素直に聞くのおかしくない!?」


 コウガはフーフーと鼻息荒く顔を真赤にしているが、これは怒って赤面しているのではなく、ずっと女たちに絡みつかれている中、必死に理性を保とうとしていたからだ。


「私達が次に向かうのはアップレチ王国の首都だ」


 勇者排除派の後ろ盾を使って各国を転戦しているという、白薔薇親衛隊の本拠地だ。


「それが済んだらジューンのいたリンド王朝か、私のいたディレ帝国に行く。先は長いが、みんな元気で頼む」


 セイヤーが言うと、カイリーの街に残る面々は力強く頷いた。


 こうしておっさん三人+蜘蛛王コイオス+聖馬(竜)リィンの旅が再開されたのだった。

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