第13話 おっさんたちの事後処理。
「今回、なんかめちゃくちゃめんどくさかったから、罰を与える前に渾身の力で殴りたい」
ジューンはブンブンと腕を振る。
当人は軽く振っているつもりだろうが、それだけで真空波が発生して地面が薄く
おっさんたちの前に座らされたミノーグ商会の会頭は、顔面蒼白になって、カタカタと噛み合わない歯を震わせている。
「ジューン、罰の前に罰を与えてどうする。ここは私に任せてもらおう」
セイヤーがジューンの脅しを制し、会頭の前に立つ。
「さて。貴様は自分が何をしたのか、わかっているか」
「いや……あ、いえ、いいえ……あの、私は聖竜様の逆鱗に触れたんですよ……ね?」
「あの馬は関係ない」
『馬!?』
元々の竜サイズに戻っている聖竜リィンは、完全に馬扱いされていることに驚いた顔をしつつも、そんな扱いをされているという生まれて初めての状況に謎の興奮を覚えたらしく、ニヤついているようでもある。
「訂正する………聖竜リィンは関係ない。あれは私達の馬車引き係だ」
馬車と呼ばれた移動要塞ファラリスは、もうロボット形態ではなくいつもの移動要塞スタイルになっている。
そしてもう二度とロボット形態になることはない。セイヤーがあることを見越して、さっさと中身を魔法で作り変えてしまったからだ。
「せ、聖竜様が関係ないとすれば、儂は一体どうしてあなた方に責められて……」
「わからないか? お前が私達の知り合いを誘拐しようと、闇ギルドに依頼したからだ」
「ま、まさか月夜の子猫
「そのとおりだ」
商売敵の月夜の子猫商隊を潰し、その頭であり美女であるリリイは、自分の肉奴隷にするために誘拐する……確かに闇ギルドに依頼した。
しかしあれは、闇ギルドから「そろそろ大きな仕事をくれ」と催促されて、どうせ大金を払うのならと渋々出した依頼だった。ある意味ヤクザに「しのぎが足りないから、なんか簡単な仕事する。だから相場の数十倍の金を出せ」と脅されたようなものである。
だが、闇ギルドが恐ろしくて余計な依頼をしてしまったことは、この瞬間最大の後悔になった。
会頭は自分の愚行に
「あ、あの……あなた方はあの小娘に雇われた………傭兵ですか?」
会頭は言ってから「違う」と心の中で舌を打つ。
傭兵風情は聖竜を馬車馬のようにこき使わないし、こんな巨大な
「私達は………これだ」
セイヤーは首から下げて、普段は服の中に仕舞っている認識票を取り出し、見せた。
ランクS冒険者の証。
それを持つのは、魔王討伐という偉業を成し遂げた「勇者」しかありえない。
一般人にランクSの存在はあまり浸透していないが、商売柄そういう情報には詳しい会頭は、顔面蒼白を通り越して屍蝋のようになっていく。
各国の勇者排除派が行方を探していると言われていたが、まさかこんな僻地にいようとは────会頭は心の、いや、魂の奥底から「苦しまずに殺してくださいますように」と額を地面に擦り付けた。
「私達を殺人鬼みたいに言わないでもらいたい。ちゃんと自分のやったことの罪を贖えば許すつもりだ」
「わ、儂は……なにをすれば……」
セイヤーが要求したことを要約すると、次のようになる。
1)二度とリリイたちに手を出すな。今度なにかあったら殺してくれと懇願したくなるほどの責め苦を味合わせる。
2)ファルヨシの町の難民を、カイリーの街に差別なく迎え入れること。
3)闇ギルドはもちろん、冒険者ギルド総支配人派、並びに勇者排除派との関係性を断つこと。
4)総支配人派に対立している【柔らかなエリール】たちに最大限の援助をすること。
5)今夜、旨い酒と美味い肴と心地よい寝床を提供すること。
「わかったか?」
セイヤーに淡々と言われ続けていた会頭は、頭の中を整理するのに数秒を要した。しかしこの高齢なのに、たったそれだけの時間で頭の中を整理できたのはさすがである。
「はい、1)につきましては儂の魂にかけて誓いましょう。二度と手出ししません。商売では便宜を図ります」
「そうしてくれ。次にリリイに何かあったら……」
「しません! 本気で! しかし2)につきましては現実的な問題がございます」
「なんだ?」
「カイリーの街もそれほど住居が余っているわけではございませんので、彼らすべてを受け入れるのでしたら、街の拡張を行いませんと……二年は見ていただくことになろうかと」
「そうだろうと思って、住む場所ならアレを置いていくつもりだ」
セイヤーが指さしたのは移動要塞ファラリス改、だ。
ロボットに変形するために必要なギミックを全部排除して中にカプセルホテルのような居住空間を入れ、全面的に作り直したのだ。もちろん魔法で数分もかからずやってのけた。
移動するための余計なものもすべて排除したので、一見すると鉄の城のようでもある。
「彼らの商売用の土地を町の外に与えろ。あとは水や食料の提供はもちろん、街の者たちとの便宜も取り計らってくれ。いずれは街の一部にしてくれればいい」
「も、もちろんです! た、タダで譲っていただけるのですか?」
「ああ」
会頭の頭の中には『あの巨大な何かが町にあるだけで観光収益が』とか『いざというとき街の守りにも使える』といった打算的な考えが走っていた。
しかしそれは責めるべきことではない。それが商売人というものなのだ。
「次に3)の闇ギルド、冒険者ギルド総支配人派、勇者排除派との関係性を断つこと……ですが………正直厳しいと言わざるを得ません」
「死にたいのかね?」
「ち、違います。儂も商売人の端くれなので出来ないことはできないと言いますとも! なんせ闇ギルドは気がついたらいるような存在ですし、冒険者ギルドなくして人々の生活は保たれません。まして、勇者排除派と呼ばれている方々は各国の王侯貴族。逆らったり無視できる相手ではないのです!」
「ふむ………闇ギルドが蔓延らないように頑張って自衛しろ。あとの派閥は、もう先は長くない」
「………勇者様達が潰すというのですね?」
「そうだな」
「では、そのように致します。どこの世界の軍隊や冒険者であろうと、貴方様方に勝てるものなどおりますまい」
「だといいが」
「次に4)の総支配人派に対立している者たちへの援助ですが、最大限の援助と融資を行うと誓います」
「頼む」
「そして最後の5)ですが………旨い酒と美味い肴と心地よい寝床、ですな?」
「ああ」
「おまかせを! この
「わかった」
「………で、それらすべてをご承諾申し上げた上で、儂への罰はどのようなものに………」
「とりあえずその羨ま……いや、余計な精力を生み出す元になっている股間のタマタマを根絶しておこうかとも思ったが、それがないと仕事に気合が入らないかもしれないから、当面はなにもしないつもりだ」
「お………おおおおお」
会頭は神に祈るように頭を下げた。
彼がセイヤーが伝えた5つの条件をクリアしつつ、老人とは思えない馬力で、このカイリーの街を辺境一の都市にするのは、もうしばらく先のことだ。
街一番の高級酒場。
そこは会頭の計らいで、おっさんたち御一行と、ファルヨシの町からやってきた代表たちが貸し切っていた。
代表たちとは、柔らかなエリール、エフェメラの魔女ツーフォー、
酒は旨い。食事も酒のつまみも美味い。
いい寝床、というのを「いい女付きの寝床」だと会頭が勘違いしたこと以外は満足できた。
だが、全員どことなく会話が弾まない。
理由は、ツーフォー、ミュシャ、ジルの記憶から勇者たちが抜け落ちたままだからだ。
彼女たちはコウガが気にはなっている。だが、いくらエリールたちが「こんなことがあった」と説明しても、彼女達の実感が伴わないので、なんともしがたい違和感に包まれているのだ。
「そういえばジル。あなたにとっては祖父にあたる、粗暴なブラックドラコンは元気にしていますか?」
人化している聖竜リィンが、場の気まずさを感じてか、同じドラゴンであるジルに話しかける。
「死んだと聞いている。誰かに倒され……誰か……誰に? うっ、頭が」
ジルは頭を抑える。
ジューンが倒したという話は抜け落ちているが、祖父たる『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』が倒されたことは記憶しているようだ。
その隣のテーブルで、快眠という名の気絶から蘇ってきたコウガが、むしゃこらと鶏肉を食べている。
がっつり丸焼きにした鳥に特製タレを塗り込んで、更に焼いたこの店自慢の焼き鳥だ。
「そんなにこぼして。子供ではないのですから」
ツーフォーはナプキンでコウガの口元の汚れを拭きながら「あぁ……」と頭を抑える。
「この感覚……なに……私はこの方に、なぜこうも甲斐甲斐しく世話を焼きたくなるのでしょう……」
「………」
コウガは神妙は眼差しになり、肉の塊を皿に戻した。
そして隣りに座っているジューンとセイヤーに小声で話しかける。
『ねぇねぇ。ちょっと僕思ったんだけどさ……僕たちが近くにいると、あの子達、苦しむんじゃない?』
『『どういう意味だ?』』
ジューンとセイヤーの声がハモる。
若い頃ならそれだけで面白くて笑ってしまうところだが、おっさん同士でセリフがハモるのは案外不快なものだ。
『多分さ、彼女たちは消された記憶と事実との矛盾が起きてるんだよ。論理的に考えれば辻褄が合わない。なのに記憶にはないから心が納得していない………って、この状態が続くと精神的にヤバくないかな、と』
『いつも思うが、コウガはパリピなのに難しい問題の解をちゃんと持っているんだな。パリピなのに』
『ジューン、パリピ関係ないよね? そんなことよりさ、僕たちは彼女たちと離れるべきだと思うんだよね』
『ふむ………しかし、それを決めるのは私達ではなく、コウガだ。私達は私達の連れ合いと会った時、自分たちで答えを出す。そうだな? ジューン』
『ああ。そりゃそうだな』
『なら………僕は彼女たちのためにもここで別れて別々の道を────』
「う………ううっ」
聖竜リィンが呻き出した。
「惹かれ合う者同士が別れなければならないなんて、なんという運命、なんという呪い、なんという悲哀!!」
おっさんたちの会話が聞こえていた聖竜リィンは悲しみに身を震わせ、せっかく美女に化けていた術が徐々に解けていく。
「うおぃ!! こんな狭い建物の中でドラゴンに戻るな馬鹿!!」
ジューンが叫んでも、おいおい泣いている聖竜リィンには届いていなかった。
半分くらいまで元の姿に戻ってしまった聖竜リィンの涙がバケツを引っくり返したように降り注ぐ。
「あ」
骸骨淑女クラーラは、なんの心の準備も出来ていないまま涙をモロに浴びた。
今回も防水性の高い包帯や帽子を身に着けているが、壺の中身をかぶったときと違い、滝行でもしているかのように降り注いでくる聖竜の涙は、包帯の隙間から彼女の骸骨に染み入っていく。
「え、うそ、私、成仏するパターンですか!?」
慌てるクラーラをトトがしっかり捕まえる。
「大丈夫っす。俺、ちゃんと墓参りに行くっす」
「えええええええええ!! 心の準備なしに成仏するんですか!! 未練ありまくりですよ! 化けてでますよ!」
「なら、俺のところに化けてきて欲しいっす」
「あらやだこの子♡」
クネクネやりだしたクラーラの身体が薄く光る。
「フッ、もう必要あるまい」
蜘蛛王コイオスは、クラーラの全身包帯を一瞬でゆるんだ糸に戻した。
はらりと落ちた包帯の中身は、骸骨ではなく若い女の瑞々しい裸体だった。
「あれ?」
クラーラも自分が成仏するどころか、若返って元の肉体を得たことに驚き、小ぶりな乳房を何度か揉み、顔に手を当て、髪の毛を確認し「もとに戻ったあああああああああああ!!」とトトにしがみついた。
全裸で丸太に張り付くかのように抱き着いたクラーラは、女性にあるまじきことに、両手両足大全開でトトにぴっとりくっついている。その姿は、モザイク無しには語れない。
トトは種族の違いからか、別になんとも思っていないようだが、と同じ人族であるおっさんたちはもちろん、剣聖ガーベルドも無言で身体の位置を変えて見ないようにする。
こうして骸骨淑女クラーラは、実はやたら涙もろかった聖竜によって、呪いを解かれた────そして、呪いを解かれたのはクラーラだけではなかった。
「コウガちゃん」
聖竜の涙でずぶ濡れになった褐色の美女は、コウガに抱き着いて胸の谷間にコウガの顔を埋めた。
闇の勇者の呪いによって、勇者に関する記憶を失っていたツーフォーだ。
「旦那様」
同じくジルが、わっ!とコウガに抱き着いてツーフォーからコウガの頭を奪い、乳に埋める。
この時点でコウガが白目を剥いているのだが、おっさんたちは見て見ぬふりをした。
「ご主人様」
そしてミュシャがすり寄る。
コウガの連れの女たち────聖竜の涙によって、闇の勇者の呪いを解かれた彼女たちは、気絶したコウガを一晩中抱きしめ続けたという。
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