第12話 おっさんたちはコウガの強運大爆発を目の当たりにする。
「コウガが俺って言った!?」
蹴り飛ばされて地面に転ばされていたおっさんたちが、ギョッとした顔で上体を起こす。
いつもあざといくらいに可愛いおっさんを醸しているコウガは、自称僕だ。今まで一度として俺だなんて言ったことはない。
そればかりか、なんという怒りに満ちた顔か。
おっさんたちが知る限り、コウガが異世界に来てからこれまでの間に、これほど怒った顔は見たことがない。
「なぁ、コウガって若い頃ヤンキーだったのか?」
「いや、ただのパリピ……のはずだが」
ジューンとセイヤーはコウガのあからさまな状態変化に戸惑っていた。
グウィネスは薄氷の剣を構えたが、内心では彼女もかなり困惑していた。
相手はどう見ても戦士でも魔術師でもない。ただの小柄なおっさんだ。
とてつもなく貴重な「オリハルコン」を鍛え上げて作られたショートソードを二本両手に持ってはいるが、構え方から体幹、足の運び、すべてが素人以下だ。それに魔力も殆ど感じられない。
なのに、本能が恐れている。
決して手を出してはならない相手を目の前にしているような、突然湧いて出た恐怖心がグウィネスを襲っている。
背中に汗が伝う。
剣を握る掌にも汗がにじむ。
『馬鹿な。私が恐れるだと……』
コウガは全くひるんだ様子もなくこちらを睨みつけてくる。
「貴様、何者だ」
思わず問う。
「俺はヒュプノス。眠りの神や」
「「 誰! 」」
おっさんたちは思わず叫んでいた。
「フッ………ヒュプノスはティターン十二柱たる私からすると、従兄弟に当たる神だ」
コイオスが説明を始める。
ティターン十二柱の生みの親である大地の女神ガイア。その姉妹である夜の女神ニュクスから生まれた十二人の神の一人がヒュプノスで「眠り」を司っている。
「お前ら旧神は12人産まないといけない決まりでもあるのか?」
グウィネスの蹴りから回復したジューンは、ヒュプノスについて説明するコイオスに訪ねたが「偶然だ」としか言われなかった。
ちなみにティターンを排斥し、この世界の新たな神になったくせに他所の世界に旅立ってしまった無責任な今の神は、ティーターン十二柱の子供の代────つまり神とは同族ばかりなのだ。
「あまり詳しくないがヒュプノスとはギリシア神話の神ではないのか?」
セイヤーはジューンに訪ねたが、もっと神話に詳しくないジューンは「さあ……」と応じるしかなかった。
なんで異世界にギリシアの神がいるのか。
名前が偶然一致したのか、それともここは
「人間風情が神ば斬ろうなんざ何百億年も早かったい、きさん(意訳:効かぬわ)」
コウガは怒りの形相で、グウィネスに斬りつけられた薄氷の剣を素手で掴み、引き抜いた。
引き抜かれた薄氷の剣は、水飴のようにぐにゃりと曲がり、へにゃへにゃと萎れた昆布のように曲がってしまった。
「剣ば眠らせてやったったい(訳:剣を眠らせた)」
コウガ、いや、ヒュプノスとやらは無機物をも眠らせてしまうらしい。
「おいコイオス。あれはどういうこった? コウガが眠りの神?」
ジューンはパンパンとコイオスの肩を叩く。
「痛い痛い! 知らぬよ! 知らぬが……コウガは
「いや、それを俺が聞いてるんだ」
「フッ………私とて万能ではない」
要するにわからないらしい。
「おのれ、私の剣を! 古き神の名を語る下郎め!」
グウィネスは薄氷の剣を捨て、渾身の力でコウガを殴りつけた。
素手ですら、ランクBの「柔らかなエリール」を遥かに凌駕する破壊力を持つグウィネスだ………が、殴りつけるそのままの体制で、バターン!という擬音が聞こえるほどの勢いをつけて地面に倒れた。
「Zzzzzzzzzz」
グウィネスは寝ていた。
「ったく、しょーのなか。こげな程度で神に喧嘩売るとか……(訳:まったくしょうがない。この程度で神に喧嘩を売るとは……)」
コウガはやれやれ、と倒れたグウィネスの尻を枕にして寝そべった。うつ伏せで倒れていてもプリンのようにたゆんたゆんしている良い尻だ。
「ふう、よか枕ばい(意訳:おやすみ)」
コウガは女の尻を枕にし、眠ろうとしている。
「おおい! 謎解きしてから寝ろよ!」
ジューンが慌てて駆け寄りコウガを揺さぶる。
「ちょ、なんね! 俺はもう眠かったい!」
「そのエセ博多弁がうざい! なんなんだお前。コウガじゃないのか!」
「俺はヒュプノスやって言うたろうが」
「なんでコウガに取り憑いてんだ!」
「取り憑くとか人聞き
つまり。
常に良い寝床を所望しているコウガは、眠りの神と相性がよかった。
ヒュプノスは今までも何度となくコウガが眠りにつく時に取り憑いて「快適な睡眠」を満喫していたらしく、今回も眠ったと思って降臨してみたら、戦闘中だったということらしい。
で、降臨したら丁度以前から快適な眠りをサポートしてくれていた女たちが倒されたシーンだったので、ブチ切れた、ということだ。
「………え? ということはコウガはあの戦いの真っ最中に寝たってことか?」
「寝たんやなくて、気絶やね。寝たんかと思って降臨したっちゃけど、しくったわぁ」
「 」
ジューンは白目を剥いた。
「起きたらまたこん人になっとーけん、安心しぃ。俺が降臨すっとはこん人が寝とる時だけやけんくさ。やけん、おやすみー」
コウガは寝息を立て始めた。
強運の勇者コウガ。寝ているときだけ眠りの神を宿す男。
しかし神も一緒に寝ているので、なんの意味もない。
今回は偶然にも気絶と眠りを間違えて降臨してきたが、何度とあるわけではないだろう。
「あまりの超展開にちょっと頭痛がしてきた」
セイヤーは目頭を押さえる。
周りで事を見守っていた者たちも、何一つ理解が及ばずジューンと同じように白目を剥いている。
なんにしても、勇者であるジューンとセイヤー相手に勝ちを収めた最強の女冒険者は、突然降って湧いてきた眠りの神に負けたのだった。
おっさんたちはファラリスの移動要塞内で、コウガとグウィネスを簡易寝台に寝かせる。
他の仲間は今頃カイリーの街に行き、会頭をとっ捕まえて引きずり出してているだろう。
セイヤーの鑑定魔法でも見通せなかった今回の結果について、ジューンと小声で確認し合う。
今回の眠りの神降臨も、きっと因果律操作だろう。
闇の勇者と堕天使の複合呪いのせいで、因果律操作は極端ではなくなった。
例えば────コウガに石を投げつければ、その石は通りすがりの鳥にぶつかってしまいコウガには当たらない。
そればかりか
呪われる前であれば、隕石群が降り注いでいるところだから、随分とヌルくなったものだ。
ジューンとセイヤーはそのコウガの因果律を変えてしまう力を
コウガに不利益を与えると、その反撃の運命からは逃れられないのだ。
おっさんの中で最も力がなく、なんの特殊な能力も持っていないように見えて、ジューンやセイヤーでも勝つことが出来ない最強の男。それがコウガだ。
が、その最強のおっさんは安らかに眠っている。
「コウガもどうかと思うが、それよりもこっちの女だな」
セイヤーは寝息を立て、胸も呼吸でたゆんたゆん上下させているグウィネスを見た。
「会頭を処分してしまえば、雇い主がいなくなって冷静に引き下がるんじゃないのか?」
「あとでプロシア一家みたいにコイオスの蜘蛛を体内に仕込んでおいたほうが良いな」
「えげつないことするなぁ、セイヤー」
「えげつないことをしておかないと、この女は危険だ。私と君が敵わなかったんだぞ?」
「え」
「え? とはなんだジューン。勝てなかっただろう?」
「まぁ、女を本気で斬り殺したり出来ないからなぁ。って、そういうセイヤーも本気で魔法使ってなかっただろ」
「原子分解させるにはちょっと、悪い人ではないな、と思ってな」
「お互い手を抜いていたら一発蹴り倒されたってだけで、別に怪我一つしてないしな。だからそんなえげつないことしなくていいんじゃないか?」
「いやいや、次に手加減する時に大変だろう? それにジューン、冷静に考えてみたまえ」
「?」
「私達はともかくとして、仲間の女たちに危害を加えられるほど強いのは、今おそらくこの女だけだ。もしものために、保険はかけておいたほうが良い」
「相変わらず堅実なことで。経営はハイリスクハイリターンじゃないのか?」
「これは経営ではないからな。それに経営はかかるリスクを減らし、得るリターンを多くするためなら、最大限頭を使ってありとあらゆる手を尽くすものだ。それはリターンが堅実であろうとするに………」
「わかったわかった。後でコイオスに蜘蛛を入れてもらおう」
ジューンは面倒になって会話を打ち切った。
それから約30分後、会頭は街の外に引きずり出されてきた。
引きずり出してきたのはジューンに金剛貨5枚で雇われた番兵たちだった。
会頭の私兵と一触即発の状態だった番兵達は、コイオスたちが参戦してくれたことによって、らくらく会頭を連れ出すことに成功したのだ。
「やってやりました!」
むふー!と鼻息荒い隊長にコインを渡し、ジューンとセイヤーは会頭と対峙した。
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