第8話 おっさんたちとかつての仲間たち。
ミノーグ商会の会頭の前に並ぶ面々。
聖竜討伐のために呼ばれた難民代表達だ。
まず紹介されたのは、冒険者ギルド職員にして元ランクB冒険者の【柔らかなエリール】
淑やかそうな外見と裏腹に、その気風の良さと男気に多くのファンを持つ女傑だ。
「おお、噂に違わぬ美女ではないか。よいよい。今夜儂と肉が溶け合ってどろどろになるまで交わろうではないか」
会頭がゲスなセリフを本心から吐きこぼすと、エリールはニコッと笑いながら拳に力を込めた。
「申し訳ありません。このクソジジイは後で私が折檻いたしますので、今はお許しを」
会頭の秘書グウィネスがスッと前に出る。
「あなたは……」
エリールの顔に明らかな緊張が走ったが、それ以上は態度に出さない。
次に紹介されたのはランクC冒険者の【ミュシャ】だ。
かなり人数が少ないという
「ほほお、猫か。うむ、いい肌触りであろう。今夜儂と」
「会頭。彼女の爪はアダマンタイトです。肉片になりたいのですか?」
グウィネスに言われ、会頭はビクッとして顔を背けた。
次はエフェメラの魔女【ツーフォー】
人族とは思えない莫大な魔力を操る彼女は、唯一残された「勇者召喚術」の使い手であり、彼女でなければアップレチ王国秘伝の勇者召喚は行えない。
そのセクシーな体つきはグウィネスに負けずとも劣らない。褐色の肌がさらに淫靡さを増すような照かりを帯びている。
「うむ」
会頭は何も言わない。
「どうしたんですか会頭。いつもなら俺のXXXをXXXXとかいうパターンですが」
「エフェメラの魔女と交わった男は必ず死ぬと聞いたことがある。一族の秘密を世に出さないためとか……」
「なるほど」
次はブラックドラゴンの【ジル】
『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』の孫にしてその本性はドラゴンであるが、今は180センチの長身美女の姿に化けている。
だが、黒い翼や尻尾、肌のあちこちにある黒曜石のような硬質化した鱗が彼女をブラックドラゴンであることを示している。
「………」
グウィネスは、会頭が夜の誘いをしないことに疑問を持たなかった。
相手はドラゴンだ。そんな度胸ある人間など一切いないだろう。
そんな女たちの紹介が終わったあと、彼女たちの後ろにいた
「ほぅ! 婚約者殿のお名前は?」
「シルビアです、会頭」
婚約者が軽く頭を下げる。
魔族イーサビットに裸にひん剥かれ、椅子代わりにされた屈辱の傷は癒えたらしく、その顔は英気と生気に満ち溢れている。
「ではシルビア。今夜儂と寝ることを命じる。剣聖の婚約者を抱くなどなかなかない機会………」
会頭はすべてを言い終わる前に、目の前で起きたことに思考が停止した。
気がついたら剣聖ガーベルドが二刀流のショートソードを抜いて会頭の目前に迫っていたが、その二刀を秘書のグウィネスが素手で、いや、人差し指と中指だけで挟んで止めていた。
彼らの動きは目にも留まらぬ速さで、会頭のたるんだ皮膚が風圧で弛むのは、そのちょっと後だった。風より早い動き、いや、風圧を起こすほどのスピードと言うべきか。
「剣聖、お控えを。あれは会頭のジョークです」
「………」
ガーベルドは無言で剣を引く。
その剣の切っ先がポッキリ折れていた。
「後ほど弁償いたします」
グウィネスは指先だけで折った剣を床に捨て、所定の位置に戻った。
「ふ、ふふ……よいかお前ら。この女はただの秘書ではないぞ。儂が抱きたくても絶対抱かせてくれない女! なんとその正体は元ランクA冒険者、【
ランクCが国のエリート騎士団から雇用の書状が届いてもおかしくない実績と経験を認められた者で、ランクB以上は相当な実績を世に知らしめた者達ばかり。
そしてランクA冒険者………おっさんたちを除いた最高位の冒険者で、その噂や名前はまったく世に出ていないが、勇者に引けを取らない人外の実力を持つ者たちだ。
「やはり」
エリールは生唾を飲んだ。
冒険者ギルド職員であるが故に、ランクA冒険者の情報も持っているエリールは、【
その二つ名がどうして付いたのかはわからないが、とある町に襲いかかってきたファイアードラゴン9匹とフロストジャイアント9体を、たまたまその場にいた彼女が2分もかからず殲滅したと言われている。
「私達に何をさせるつもりかしらないけど、あなたがやったほうが早いんじゃなくて?」
全員を代表してエリールが一歩前に出て話を進める。
「私はあくまでも秘書ですから。それに会頭に雇われてから実戦からは遠のいていますので」
「なんでこんなクソジジイに従ってるの?」
「このクソジジイ、エロいし本当にクソだけど、金払いはいいのです。ある程度の年齢になって、いつまでも冒険者として生きていけるとは思っていませんでしたし、ちょうどよかったのです」
「はぁ!? クソジジイの分際でランクA冒険者を自分のところだけで囲っておくだなんて、世界の損失だわ」
クソジジイを連呼された会頭はピクピクと怒りに震えているが、この場に居並ぶ全員が自分より遥かに強いので、何も言えないようだ。
「依頼は簡単です。あなた方のいる方と反対の門に【聖竜】がいます。これを退治してください。できるだけ綺麗に退治してくれたほうが素材をさばきやすいので、よろしくおねがいします」
グウィネスが言うと、全員が「はぁ!?」と声を揃えた。
特に声がデカかったのはブラックドラゴンのジルだ。
「さっきからどうも懐かしい気配がすると思ったら、そうか、透明竜がいるのか!」
「お知り合いで?」
「ブラックドラゴン族と奴らは正反対の性質でな。常に争い合っておる」
「なるほど、それは好都合。とにかく聖竜は会頭を差し出せと迫っているようなので、今すぐにでも倒してください。そうすればこの町の永住権を難民となられた方々全員にお渡しします」
「いいでしょう」
エリールは頭を下げ、すぐさま館の外に出た。
そこにはアップレチ王立騎士団の主力部隊と、エリール派冒険者が勢揃いし、その後ろにファルヨシの町の難民たちがじっとしている。
「よく聞けお前ら!!」
受付嬢の可憐さを捨てたエリールの太い声が響く。
「敵は街の反対側にいる! 存分にぶちのめせ! そうすりゃこの街に永住できるぞ!!」
おおおお!! と野太い声が湧き上がる。
「儂の息がかかった武装商人たちも加勢する」
館から会頭とグウィネスが出てくる。
熱気とやる気が高まる中、エリールは会頭に少し頭を下げた。
「なんじゃ?」
「会頭。お願いついでですみませんが、事が終わったら………」
「お! 儂と寝る気になったのか?」
「そんなに腹上死したいのかしら、このクソジジイは」
「………」
「私達はファルヨシの町を焼かれ難民となりました。それをやったのはアップレチ王国の【白薔薇親衛隊】です」
「……彼の国の反乱分子を殲滅するための特殊部隊か」
「はい。私達はかねてから闇ギルドと繋がりがあると噂されていたゲイリー総支配人派から疎まれていましたし、勇者排除派のお偉方にも反抗的でしたから」
「なるほど」
会頭の頭の中では「そんな厄介者を儂の町に入れてたまるか」という明確な考えで埋まっていたが、口にはしない。この者たちに聖竜を退治してもらってからどうにかしようという腹だ。
「戦力を立て直して全員ぶっ殺しに戻りたいと考えておりますので、どうぞ援助を」
「え」
「事が終わったら改めてお願いに伺います」
「え、いやいやいやいや、ここに住むというだけではないのか!? そんなことをしたら儂の町まで……」
会頭が慌てるのを無視してエリールは「野郎ども! 行くぜ!!」と雄叫びを上げていた。
「………」
「………」
「………」
おっさんたちはカイリーの街の外壁沿いにぞろぞろと現れる者たちを眺めていた。
騎士団風から冒険者風、ただの町人もいる。
そんな連中の先頭にいるのは知った顔だった。
コウガの仲間であるツーフォーが凄まじい魔力を集めながら歩いてくる。
その後ろにいるのは竜化、いや、本来の姿に戻ったブラックドラゴンのジル。そしてミュシャ、柔らかなエリール、剣聖ガーベルドと婚約者。
「まさかこんな所でこんな形で再開するなんて」
コウガは頭を抱えた。
どう見てもあちらは戦う気満々だ。
しかもおっさんたちの事を覚えていない呪いにかかっている。
「いや。私達の仲間の女性たち以外に呪いはかかっていないはずだ」
セイヤーは移動要塞ファラリスに備え付けてある拡声器を手にした。
「コウガ。エリールさんやガーベルドさんたちは私達のことを覚えているはずだ。声をかけて止めてくれ」
「そうだね!」
コウガは拡声器を奪い取るようにして「みんなー、僕だよー、コウガですよー!」と声をかけた。
エリールとガーベルドは一瞬戸惑ったように見えたが、歩みは止めない。
なんせ先陣切っているツーフォーが莫大な魔力で炎の塊を生み出してぶつけてきたので、戸惑っている暇などなくなったのだ。
「ちっ!」
セイヤーが魔法障壁を展開して炎を消し飛ばす。
「あの馬鹿………コウガちゃんコウガちゃんって言ってたのに!」
『人の子らよ。なぜあっちにブラックドラゴンがいるのですか』
リィンは不快そうに言う。
「仲間だったからな」
ジューンは赤い鎧と大剣を身にまとった。
「セイヤー、指揮を」
「わかった。コイオスはエリールを止めてくれ。殺すなよ。無抵抗にするだけでいい」
「ふっ、たやすいことだ」
「コウガはミュシャさんを説得してくれ」
「どうやってさ!」
「どうにかして、だ。私にもわからんよ! 次、リィンはブラックドラゴンのジルを止めてくれ」
『戦いは苦手なのですが、いいでしょう。薄汚いブラックドラゴン風情、簡単にのしてみせましょう』
「ジューンは剣聖ガーベルドさんたちを」
「わかった」
「トトとクラーラはこのファラリスに残って、奴らの後ろにいる大勢が向かってきたら牽制してくれ」
「わかったっす師匠!」
「はーい」
「私はツーフォーさんを止めてみよう。あのばかみたいな魔力は、ちょっとヤバそうだが……」
セイヤーをはじめ、おっさんたちは初めて「仲間」と本気で戦うときを迎えてしまった。
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