第7話 おっさんたちとカイリーの町。

 カイリーの街。


 そこはどこの国家にも所属していない土地に生まれた自由貿易都市である。


 ではなくと呼ばれる大きな都市で、そこ自体が一つの国家と言っても過言ではない。


 もちろん広さでいえば「仲の国」もしくは「勇者の国」と呼ばれているシュートリアと比べるべくもない規模だが、おっさんたちが辺境の密林に転送されて以来、初めて立ち寄る大きな街であることは間違いない。


 そしてそこはおっさんたちにとって「敵地」でもある。


「月夜の子猫商隊」の代表であるリリイを妾にしようと、闇ギルドに誘拐を依頼した卑劣漢は、この街を牛耳っているミノーグ商会の会頭なのだ。


 今後しつこくリリイに迫れないよう徹底的にボコるつもりで、おっさんたちは街を目指している。


 地響きと共に街道を進むのは、くろがねの城のようなおもむきがある移動要塞ファラリス。その巨大な設備を牽引する馬役は、伝説の聖竜リィン。


 ファラリスの中にいるのは、魔王をぶちのめし堕天使も吹っ飛ばしたおっさん勇者三人と、砂漠に封じられていた旧神、ブラックドラゴンに呪われた不死の淑女、そして若さだけでなんとかついてきている二足歩行するトカゲ人。


 淑女とトカゲは別にして、たったこれだけでも世界を滅ぼしかねない大戦力であることは間違いない。


 だが────


「どうかお下がりを!!」


 街の門番数十人が決死の覚悟と表情で、おっさんたち、いや、移動要塞ファラリスの行方を遮る。善なる聖竜リィンは小さな人間たちを踏み潰さないように動きを止めるしかなかった。


 街まではまだ一キロ近く離れているのだが、門番兵たちは街道上で列を成し、おっさんたちの行く手を阻んでいる。


 要塞の艦橋から様子を見ていたおっさんたちは無言でじゃんけんする。


 そして一人負けになったジューンが渋々、本当に渋々と外に出る。


 これほど渋々なのは、移動要塞は馬車と違ってひょいと外に出られないので、艦橋から下に降りる昇降機に載ったり降りたりするのが億劫なのだ。それはまるでマンションの高層階からコンビニに行くのが怠い、というのと同じ理由だろう。


「なんだよ」


 外に出たジューンが喧嘩腰で言うと、門番の中でも一番歳を食った男が前に出てきた。


「我々はこの先にあるカイリーの街を守る兵です。どうかこのまま素通りしていただきたい!」


「なんでだよ」


「ド、ドラゴン様と、このようなを街に近づけてしまうと、パニックが起きます!」


「兵器じゃない。これは俺達の馬車だ」


「いやいやいや! ドラゴン様を馬車馬扱いするって! しかも、あ、あれは伝説の聖竜リィン様なんじゃないですか!?」


「ああ」


「ああ!? ああ、で済むんですか!? その存在が確認されただけでも世界に激震が走りますよ!」


「知らねぇよ………それに俺達はあの街の中にいる奴に用事がある。なんなら引きずり出して来てくれないか?」


「い、一応伺いますけど、誰ですか?」


「ミノーグ商会の会頭だ」


「そ、そんな大物……あの街の代表ですよ! どうされるおつもりですか?」


「俺達の知り合いに余計な手出しをしたから、二度とできないようにボッコボコにする。連れ出してきてくれないのなら、乗り込む」


 番兵は白目を剥いた。


 会頭の女癖の悪さは筋金入りだと街の者なら誰でも知っている。


 たとえ嫁や娘であっても、会頭が求めるのなら差し出さないとこの街にはいられない。そういう街なのだ。


 だが、そんな会頭の行いが聖竜様の逆鱗に触れたとしたら………もう逃げ場も勝ち目もないだろう。


『勝ち目もないと言えば、うちの嫁、どんどん巨獣ベヒモスみたいになっていくよなぁ。俺の稼ぎじゃいいメシが作れないとか言ってたけど、何食ったらあんなに太れるんだろうなぁ。近所の奥様たちとランチを楽しんでるとか言ってたが、あの店のランチって貴族用だから銀貨1枚(1000円)じゃなくて大銀貨1枚(1万円)以上はするはずなんだよなぁ。おかしいなぁ。文句いいてぇなぁ。けど勝ち目ねぇんだよなぁ。番兵より腕っぷしが強いってどういうこった。あいつが番兵やりゃいいんだ。ちくしょうめ』


 正気を失ったように白目で別方向に意識を飛ばしていた番兵のもとに、他の兵が駆け寄ってくる。


「隊長!! 街の者達が聖竜様を一目拝もうと門に詰めかけて、パニックです! 外壁からも人が落ちたりして地獄のようです!!」


「隊長! 街の商人たちが移動してくる要塞に対抗するために勝手に武装を始めています! ミノーグ商会が扇動しているようで、誰も逆らえません!」


「隊長! 裏門に別の町から流れてきた難民がたくさん来ています!」


「隊長! 俺、この仕事が終わったら結婚するんです!」


 誰か死亡フラグを立てにわざわざやってきたようだが、そのやり取りの間、隊長と呼ばれた年配の男はずっと白目を剥いていたが、急に真面目な顔になると「静まれ!」と部下たちに怒鳴りつけた。


「俺は退職する。あとはしらん!」


「ちょっ、てめぇ!」


 部下たちがワッ!と押し寄せ、隊長がもみくちゃにされる中、ジューンは「ほっといて行くぞ」とリィンに声をかけていた。


『いやいや、人の子よ。このまま進むと他の人の子らを轢き殺すことになります。聖竜にそんな血なまぐさい真似をさせないでください』


「………おーい、隊長さん。ミノーグ商会の会頭を引きずり出してくれるなら俺達はここで待機する。三時間以内に連れてきてくれ」


「そ、そんな無茶な! そんなことを伝えに行っただけで殺されますよ!」


「会頭の報復が怖いのか? それは問題ない。今日限りミノーグ商会とやらは消滅するんだからな。それに、会頭を連れてきたら一生困らないだけの金を渡そう。金剛貨5枚(5億円相当)でどうだ?」


 ジューンは懐からキラキラ輝く貨幣を取り出してみせた。


「「「 おまかせください! 」」」


 隊長だけではなく、番兵たちは態度を一変させ、一斉に敬礼した。


『こいつら面白いな』


 ジューンは思わずニヤついてしまった。











「馬鹿な」


 ミノーグ商会の会頭は自分の椅子に座ることもできず、応接室の中を右往左往していた。


 たゆんたゆんと揺れる全身の余った肉と皮は、まるでSF映画に出てくる「ナメクジとヒキガエルを足して溶かしたような、犯罪と腐敗の象徴的なキャラ」そのものだが、こう見えても人間である。


「なぜ聖竜様が儂を呼んでおられるのか………」


「会頭のを知って、徳をお授けに来られたとか?」


 誰もがその肉を鷲掴みにして舐めあげたいと思うであろう、超絶グラマラスな秘書の女が淡々と言う。


 スタイルはいいし、そのスタイルを露骨にアピールするような肌にピッタリ張り付いた服装をしているが、表情は氷のようで口調も無感情だ。


「儂の行いを知っていて言っておるのか、グウィネス!」


「はい。会頭の行いはすべてばっちりまるっと存じております。私以外のありとあらゆる女を食い物にし、人妻が欲しくなったら他所の家庭を崩壊させてでも奪い取り、処女が欲しければ部下の娘であっても強姦する卑劣漢ですね。女を落とす方法も様々で薬から脅迫、暴力、もう何十人もの女たちが廃棄されていくのを見ました。もう何歳ですか? そろそろ性欲枯渇してくれませんかね? あと、女に限らず欲しいものはどんな手を使ってでも手に入れる強欲の男で────はっ!? これでは聖竜様が徳を授けてくれないかも知れませんね!」


「長々と白々しいわい! ええい、今は一度も抱かせてくれぬお前とこんな事をしている場合ではない! ああ、もう! どうすればいいどうすればいい!」


「どうされたいんですか、会頭」


「逃げ出したいに決まっている! 聖竜があんな鉄の塊を引っ張ってきて儂を呼び出したんだぞ! あれはもしかすると儂の墓標かも知れぬ! ああ! きっと戒められるに違いない!」


「戒められる自覚はあるんですね。と言いますか、聖竜とあの要塞のようなものをどうにかすれば安泰なのでは?」


「どうにかできるならどうにかしとるわい!! ……もしや何か策があるのかグウィネス」


「さすが会頭。目ざとく存じ上げます。実は先刻、住む場所を失って流れてきた者たちが大勢裏門に来ておりまして」


「物乞いを街に入れるな! 追い返せ!」


「最後まで聞いてくださいクソジジイ」


「あ、はい………」


「その難民の中には、なんとランクB冒険者の【柔らかなエリール】率いる冒険者一派と、南のアップレチ王国にいる【天位の剣聖ソードマスターガーベルド】率いるアップレチ王立騎士団の主力部隊が混ざっておりました。最近噂になっている冒険者ギルドの内紛と関係があるのかも知れません」


「ほう!」


「彼ら全員に街の住処を与える代償として聖竜退治を命じれば………聖竜に殺されて難民の数は減らせるでしょうし、もしかすると聖竜も傷ついて去る可能性が」


「おお! さすが儂の秘書グウィネス! さっそく難民共と交渉を!」


「はい、そう仰ると思いまして、すでに終えております」


「ほほお! できる女は違うの。褒めてつかわす。今夜は儂が念入りに────「必要ございません」────あ、儂のセリフに食い気味で言う? あ、そう………」


「あと冒険者たちにこの依頼を引き受けていただくには、ギルドを通じない依頼料と成果報酬を要求されました」


「ふんっ、冒険者風情が………強欲な連中じゃな。よかろうよかろう。儂の太っ腹なところを見せてやるが良い」


「はい。そう仰ると思っておりましたので、金庫から出せるだけのお金を出して前払いしておきました」


「は? い、いくら?」


「金剛貨500枚かと」


「ちょっ、まっ! 全財産! それ、儂の全財産!!」


 ミノーグ商会の会頭は震え声で床に倒れた。


「会頭のお力であればそんな小銭、如何様にでも集められましょう。今は聖竜様を排除することが最優先です。それに、たとえ伝説の竜であろうと、剣聖と柔らかなエリールがいれば、倒せる可能性もあります。伝説の竜の身体から取れる素材の数々は金剛貨500など比較にならないほどの財を生むでしょう?」


「お、おお、そのとおりだグウィネス! 聖竜様の鱗一枚でも金剛貨10枚くらいの金額はいくぞ! それが何万枚も………よ、よし、よしよしよし! いける! いけるぞ!」


 勝ったつもりで皮算用を始めるミノーグ商会会頭を横目に、秘書のグウィネスは「愚物め」と血も凍るような冷たい声で囁いたが、会頭の耳には届いていなかった。

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