第6話 おっさんたちを狙う者達。

『仲の国』の調印の城にて。


 勇者排除派………彼らは以前、リンド王朝ヒース王子の呼びかけによって「新たな勇者を召喚する」という方法を選択した。


 本来、勇者召喚の儀は「星の位置の兼ね合いから100年に一度」と定められていたが、それは「召喚するのに事細かな条件が加わっているため100年に一度しか行えないものだった」と判明。細かな条件を取っ払えば、いつでも異世界から勇者を召喚出来ることがわかった。


 よって、各国の勇者排除派代表たちは、新たに勇者を召喚してそれを現勇者にぶつけることを選択した。


 だが、問題はいくつもある。


 まずは勇者に関して。


 召喚した勇者は使い物になるのか────どんな勇者固有特性を持っていて、それを短期間で開眼させることができるのか………これはかなりの不確定要素だ。


 さらにこの召喚方法では「我々に服従する者」というたった一つの制約はつけられるものの「この世界に対して悪しき存在ではない」という保証はない。もしも大罪人が召喚され、暴虐の限りを尽くされたら、勇者相手に勝てる者はいない。


 そもそも「我々に服従する者」という枷ですら、ちゃんと機能するかどうかは怪しい。なぜなら、それができるのならだからだ。


 次に召喚に関して。


 魔族たるイーサビットたちのジャファリ新皇国だけは、旧ジャファリ連合国が大昔にドラゴンによって壊滅させられたことにより、勇者召喚の方法が永遠に失われている。そのため彼らだけは「勇者召喚」というハイリスクハイリターンから除外される。


 これでは勇者排除派4カ国のバランスが取りにくい。


 それでなくとも上位生命体である「魔族」の国だ。魔王がいなくなったとはいえ、脅威であることは間違いない相手が、なにもせず黙って見ているだけというのは不公平感が積もる。


 さらに排除したい現勇者に関して。


 おそらくあのおっさんたちは歴代最強の勇者だ。


 今回召喚した新たな勇者たちが勝てるかどうかわからないし、下手をすると勇者同士の戦いで世界が滅ぶこともあり得る………これは生きるか死ぬかのとてつもない賭けだ。


 現勇者たちを「世界の驚異となり得る」「反抗されたら勝てない」などの、やってもいないことで排除しようとしている勇者排除派は「なにもしていない勇者にいちゃもんを付けて世界を滅ぼしかねない戦いをする」ことを選択していることに気づいていた。


 気づいていたが、もう他国の手前、後戻りはできない。


 こうして各国は、それぞれが秘匿し続ける「勇者召喚」をし、今回その勇者を連れて集まった。


 東のリンド王朝の王族にして、この勇者排除派閥の旗振り役でもあるヒース・アンドリュー・リンド王子と、ジューンの連れであるクシャナに対してストーカーじみた劣情を抱いているリンド王朝王立魔法局局長トビン・ヴェール侯爵────彼らの後ろにいるのは、ミニスカートで胸元の谷間も強調されたパーティードレスを着て、派手な化粧をした金髪の女だった。


 ここにおっさんたちがいたら「あ、キャバ嬢だ」とすぐに言い当てるだろう風貌の女は、どこか自信ありげに一同を見回している。その化粧方法はおっさんたちが知る範囲で同じ時代、もしくはかなり近代のものだ。


 北のディレ帝国からは、セイヤーの連れであり実の妹でもあるエーヴァに嫉妬しているアントニーナ第一王女。そして、アントニーナの嫁ぎ先の夫であるグリゴリー侯爵。さらにディレ帝国のエーヴァ商会の幹部数名────彼らの後ろにいるのは、豪華な革鎧と天鵞絨ビロードのマントをつけ、英雄のような出で立ちをした目付きの悪い若い男だった。


 おっさんたちがいれば「今時珍しい地方の硬派ヤンキーだ!」と言い当てただろう若い男は、襟足の長いオールバックという髪型をしている。リーゼントやアイパーといった昭和不良学生の髪型ではないし、この世界にもよく見かける髪型ではある。


 南のアップレチ王国の王族からは「白薔薇の君」にして悪徳宰相を更迭した革命の美姫とも称されるティルダ・アップレチ第一王女────彼らの後ろにいるのは、陰気で身体の線が細い10代の少年だ。


 おっさんたちの意見も割れそうだが「オタクっぽいな」「私と同じ匂いを感じるが」「まさか猫とか殺すんじゃない?」という感想に落ち着くことだろう。


 総じて「ビッチ」と「ヤンキー」と「サイコパス」。


 見た目の印象は最悪な新勇者たちだった。


 西の元魔王領にして旧ジャファリ連合国あらためジャファリ新皇国の上流魔族イーサビット────彼だけは勇者を連れていないが、それはわかっていたことなので誰も文句は言わない。


 魔族がノーリスクでこの場にいるのは業腹だが、だからといって、この場に居並ぶ面々を瞬殺できるほどの実力を持つイーサビットに退席を願うこともできない。それをわかっているのか、イーサビットはニヤニヤと笑みを浮かべながら黙って一同を睥睨する。


 その態度に全員が多少イライラしていたが、ヒース王子は笑顔を取り繕って一同を見た。


「彼らは現勇者と混同しないように【英雄】と名付けましょう。いずれにせよ、各国どこもまだ勇者特性は判明していないでしょうし、時間をかけて彼らを【教育】しなければなりませんね」


「そうかしら」


 アントニーナ第一王女は少し鼻を上に向け、自信に満ちた顔で言う。


「わたくしの勇者、いえ、英雄はすでにその特性を見出していましてよ」


「やめなさいアントニーナ。それは機密だ!」


 夫であるグリゴリー侯爵が慌てて小声で制するが丸聞こえだった。


 どうしても他人にマウンティングしなければ気が済まないアントニーナは「自分の所の英雄は優秀だ」と自慢したかったようだが、それは愚策だった。


「では他の英雄はまだ準備ができていませんし、そちらの英雄が先に現勇者のもとに行き、戦うということで」


 ヒース王子は笑っていない眼差しのまま微笑む。


 それに異を唱えたのは白薔薇の君だった。


「馬鹿なことを! あっちは三人の現勇者が揃っているんですよ! それに諜報部の話では聖竜リィンを従えて、動く要塞でこちらに向かっていると言うではないですか………そこにたった一人で新参者を向かわせてどうなるというのです! ここは三人が足並み揃え、我々の全軍を投じて組織的にやらねば勝てるものも勝てません!」


「そう。聖竜に要塞。勇者たちは確実にこちらに勝てるだけの戦力を用意して戻ってくるんです。すべての英雄が覚醒するのを待っていては後の祭りになりかねない。現時点で覚醒した英雄がいたというのは僥倖なのですよ。さすがはアントニーナ第一王女です」


「うふふ。第一王女ですわ」


 鼻高々にアントニーナは笑う。


 白薔薇の君は誰にも聞こえないように舌打ちし、その様子を見ていた魔族のイーサビットは「ふふん」と笑みを浮かべていた。


「しかし白薔薇の君の不安もごもっとも。そこで今日はゲストを呼んでいましてね」


 ヒース王子はそう言いながら、白薔薇の君とアントニーナの表情変化を楽しむ。


 二人のもやもやした表情を十分に楽しむため、少し間を開けてから「どうぞ入って」と手を叩くと、象牙のようなドアが開く。


 部屋の外で老人が深々と頭を下げていた────冒険者ギルド総支配人のゲイリーだ。


 その後ろには複数人の屈強な者たちが並んでいる。


「勇者討伐の手勢として、どうかこの冒険者たちも末席に加えて頂ければ」


 ゲイリー爺は部屋の中には入っていなかったが、外から話を聞いていたらしい。


「これは心強い。しかし大丈夫ですか? 勇者派閥のギルド員たちが謀反を起こしていると噂を聞きましたが」


 ヒース王子は少し大げさに身振り手振りを交えて言ったが、ゲイリーは薄笑み浮かべて首を横に振った。


「お心遣い感謝いたします殿下。逆賊は鎮圧し、追放しておりますゆえ、どうぞお使いくだされ」


 それぞれの思惑は、おっさんたちの知らない所で着実に様相を変えていた。











 その頃。


 聖竜リィンの涙で満たされた壺を手にした骸骨淑女のクラーラは、固唾をのんで見守る一同を前にし、気合を入れていた。


「い、いきますよ! かぶりますよ! 呪いが解けて私昇天しちゃいますよ! 成仏しちゃうんですよ! いいんですか!」


「成仏って仏教用語だよな? こっちの世界にもそんな言葉があるのか」


「昔の勇者が広めたんだろう。いろいろ符合する言葉が残っているからな」


「えー、今それについて話すの? クラーラちゃんが決死の覚悟で涙かぶろうとしてるのに?」


 三人のおっさんたちはマイペースに雑談していて緊張感がない。


「ちょっと! いいんですか! 不死の呪いが解けたら私消えてなくなるんですよ!」


「私は『若々しい元の肉体に戻る』という一番良いパターンに今夜のつまみを賭けよう」


 セイヤーが手を挙げる。


「うーん。なら俺は『転生してスライムになる』に今夜の酒を賭ける。きっといろんな魔物を吸収して強くなるパターンのスライムだ」


 ジューンが手を挙げる。


「あ、僕も言う感じ? えーと、じゃあ僕は『骨は溶けても魂は残って地縛霊になる』に今夜の寝床を………って僕だけ賭けるものがでかくない? コイオスとトトはどうすんのさ!」


「ふっ、なら私は『奇跡が起きた瞬間、この世界のことわり外のことをしたので因果律に触れて消滅し、誰の記憶にも残らない』に、私の宝である神威カムイの衣を賭けよう」


「え………俺もっすか? ええと………『骨が洗われてきれいになる』っすかね。あ、俺の持ち金から2銀貨賭けます」


 その様子を頭上から眺めていた聖竜リィンがおずおずと話しかける。


『人の子らよ。そちらのむくろのお嬢さんが泣きそうですよ………相手して差し上げたほうがいいですよ………』


 クラーラはプルプルと震えていた。


「いいですよいいですよ! セイヤーさん以外の結果になったらみんな呪いますからね!」


 クラーラは思い切り壺を持ち上げ ばしゃ! とかぶった。


「「「「「 あ! 」」」」」


 一同の声が重なった。


 何も起きない。


 誰も予想していなかったパターンだった。


「え」


 ビショビショになったクラーラは呆然としている。


「なんで………帽子とか包帯とかつけっぱなしで、ソレかぶったし」


 コウガは見てらんないとばかりに顔を背けながら言った。


「ふっ、私の蜘蛛たちが作った糸は防水性、撥水性に優れているぞ」


 コイオスは腕組みして自慢気に薄笑いを浮かべながら、こめかみに血管を浮かべたジューンに引きずられて行った。


 つまり、クラーラは生身たる骸骨姿ではなく、帽子をかぶり、金髪(?)のかつらをつけ、全身に防水効果の高い包帯をまきつけたままで聖竜リィンの涙を浴びたので「効果なし」となったのだ。


「帽子くらい取ればよかったんだ………」


 目頭を押さえるセイヤー。泣いているのではない。笑いをこらえているのだ。


「ああああ!! 千載一遇のチャンスが!!」


 クラーラは壺を落とし、その場に両手を付けてがっくりと項垂れた。


「問題ないっすよ。また師匠たちが美味しいものを作ってくれたら聖竜様が喜んで涙流してくれるっす」


 トトに慰められ、クラーラは「よよよ」と泣くように素振りをしながらもたれかかる。


「ふむ。リザリアン族と骸骨。種族と年齢と生命体を超えた良いアベックになりそうだ」


 セイヤーがぼそりと言うと、コウガが愕然とした顔をする。


「………なにか言いたいのか?」


「アベックて!」


「そっち!?」


 コウガはセイヤーの服を掴んで強く揺さぶる。


「セイヤー!! 今どきアベックて! おっさんの僕たちでも言わないよ! 僕たちの親世代でも言うかどうか怪しいよ!! 言うならせめてカップルでしょ!! この際ラバーズでもいいよ! どこからアベックなんて単語拾ってきちゃったのさ! そんな現代用語の基礎をおろそかにしてよく会社経営やってたね!!」


 ガクガクと揺さぶられながら「お、おう」となるしかないセイヤーのもとに、コイオスをボコったジューンが戻ってくる。


「いや最近はカップルとも言わないらしいぞ」


 コウガがピタリと止まる。


「え、マジで?」


「ああ。リア充と言うらしい」


 おっさんたちが実にどうでも良い会話をしている間、トトとクラーラはモジモジといちゃつき始め、移動要塞ファラリスの影で折檻されたコイオスは憮然とし、その様子を高い位置から見守りながら、聖竜リィンは優しげに微笑んでいた。

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