第5話 おっさんたちと竜の涙。

 もはや馬車とかキャンピング・カーという代物ではなく、小さな城が聖竜リィンに牽引されて動いている。


 それは【移動要塞ファラリス】と名付けられた。


 命名はセイヤー。


 これは中世の拷問器具「ファラリスの雄牛」から名付けられたもので、セイヤー曰く「あの辺りが牛っぽい」と、少し尖った装飾部分を指さしながら言った。


 ファラリスの雄牛は、罪人を雄牛を象った真鍮製の拷問具の中に入れて炙り殺す道具だ。


 そんな中に寝泊まりするのはどうかと思うと、そのネーミングセンスの酷さにジューンとコウガは抗議したが「作ったのが私なのだから名付けるのも私だ」という道理の元、この名前になった。


 名前はどうあれ、利点は大きい。


 これで移動することにより、宿場に立ち寄る必要がなくなったし、聖竜リィンの頑張りによって数倍の移動距離を稼ぐことが出来た。


 トラブルもまるでない。


 むしろ、聖竜とひと目見てわかる神々しい竜が、奴隷のように要塞を引いて走っているので誰も近寄らない。


 たまに現れる魔物も、聖竜を遠巻きに見て「あんたなにやってんの」と言いたげな顔をして去っていく程だ。


『私の一生の中でこれほどの恥辱を味わうことがあろうとは。しかし、こういうのも楽しいものですね』


「ドMか」


 御者台とは名ばかりの艦橋のような所でジューンは呆れていた。


 どうやらこの聖竜リィンは、今まで虐げられたことがなかったので、はじめての体験に興奮している様子だ。


 この聖竜リィンとは「涙をもらえて、且ついい感じの魔石が手に入るまで」という曖昧な契約で馬車馬扱いしているが、本来そんなことに応じるような存在ではない。神に最も近い高位生命体。この世界における万物の霊長だ。おっさんたちの感覚に例えるのなら、アリが人間を使役しているようなものだろう。


「それにしてもさぁ。どうにかしてリィンを泣かせないとなんだよねぇ?」


 コウガも艦橋から顔を出す。


 クラーラにかけられた不死の呪いを解くために、聖竜リィンの涙が必要なのだが、当の本人も『どうやったら泣くのかわかりません』とのこと。


 では物理的に痛みを感じてもらって泣いてもらおう、という案もあったが『それは人の良心的にどうなのですか人の子らよ!』と泣けない当人から猛烈に反対されたので「痛いの以外で」という制約がついた。


「泣ける話をするしかあるまい」


 セイヤーの言葉に「竜を泣かせられるような話のネタが有るのか?」とジューンとコウガは驚く。


「私にそんなネタがあると思うか? クラーラ自身の身の上話とかをだな……」


「あのすっげぇ明るい声で不幸話をされても泣けないと思うが」


 ジューンの一言に「それもそうだな」とセイヤーはあっさり引き下がる。


「これは長い付き合いになるかもしれんな……聖竜もクラーラも」











『人の子らよ。さすがに労働の対価を要求したいのですが』


 聖竜リィンは疲れ果てていた。


 御伽話に出てくる神の使いのような存在が、これほど無碍に扱われたことなどなかっただろう。


 目的地のカイリーの街までもう少しというところで夜を迎えたので、一行は街道脇に「ファラリス」を留めて夜営を始めた。


 変形したファラリスからせり出したキッチンスペースで料理するセイヤー。その香ばしい匂いに聖竜が対価を要求するのも致し方ないことだった。


「食べなくても生きていけるんだろう?」


 フライパンの上で焼いた鶏肉に胡椒をまぶしながらセイヤーが言うと『だからといって美味しそうなものを食べないという選択肢はないのです』と訴えてくる。


 しかし、セイヤーたちとは身体のサイズが段違いなので、この程度の肉など一飲みだろう。


「ジューン、悪いがこいつをバラしてくれ」


 セイヤーは亜空間にストックしてある食材を取り出した。


「ん………」


 夕食を待つ間、コウガとトト、そしてコイオスの4人でお手製の雀卓を囲んでいたジューンは、少し面倒そうな顔をしたが、ちゃんと遊びをやめて立ち上がった。まるで嫁さんに指示を受けて家事をする亭主のようだ。


 セイヤーが取り出したのは、虹孔雀と呼ばれる鳥類で、下手な魔物より強いと言われる。


 おっさんたちが知る孔雀は「飛べない鳥」というイメージだが、実際はニワトリ並みに飛べる。こちらの虹孔雀も飛行能力は然程高くはないが、とにかくでかい。


 若干でも飛翔能力を有し、その爪は鋼鉄をもたやすく引き裂く。その虹孔雀は別名「天地を翔ける災厄」とも言われている。


 虹孔雀はあらゆる外壁を軽々と飛び越えて町に侵入し、散々暴れて去っていく迷惑な鳥ななのだ。


 そのでかさから人間の武器はほとんど届かないし、足は恐ろしく硬質で、弓矢では虹色羽根のガードは貫けない。


 その首を一瞬で切り落とし、ささっと血抜きして「いい食素材が手に入った」と亜空間に収納したのはいつ頃だったか。


 ちなみに魔物は「魔石」がある影響か、食材としては使用できない。食べると自我を失って魔物化してしまうらしく、人間も亜人種も、魔物を食することはないそうだ。


『こ、これは虹孔雀。なんという贅沢食材でしょう』


 聖竜でも滅多にお目にかかれない品のようだ。


「え、これ、食べるんですか……今の時代がどうなのかわかりませんが、私の時代ならこれほど状態のいい虹孔雀なら町一つ買えるくらいの金額で売れますよ」


 骸骨淑女のクラーラは驚いた声を出す。もちろん顔は包帯ぐるぐる巻きなので表情は見えていない。


「問題ないよ。俺たち、そこそこ金は持ってるし、持ちすぎると碌なことにならない。そうだよな、セイヤー」


 大剣を手にして解体準備をするジューンの問いかけに、セイヤーは「ああ」と相槌を打つ。


 元大金持ちの天才経営者の経験則で言うと、ある一定の金額からは「金持ちである」という感覚もなくなるらしい。


 金を使うのにも才能が必要で、普段遣いする分には大金は必要ないし、セイヤーの性格上、一晩に数百万使うような馬鹿騒ぎもしない。使いどころのない金が増えていくだけ……そして大量に税金として持っていかれ、方々から投資だなんだと金の無心をされる。持ちすぎる金は「厄介ごとの種」となるのだ。


 ジューンは大剣を器用に振り、綺麗に羽をむしり取る。


 剣でむしる。


 どういう絶技でそんな事をしているのかはわからないが、とにかく羽という羽は綺麗さっぱりなくなった。


「………その羽根一枚で家が建ちますよ、多分」


 無造作に捨てられていく虹孔雀の羽。拾いに行かないのはクラーラがプライドを持った淑女である証拠だろう。


 虹孔雀のもも肉に、相撲取りが塩でも蒔くような豪快さで岩塩とコショウをぶっかけたセイヤーは、さらに『秘蔵の調味料』と勝手に言っているセイヤー特製ブレンド調味料も振り撒く。


 フライパンには載せられないので魔力で宙に浮かべ、炎の魔法で全体にしっかり火を通す。


 そして亜空間から木炭を取り出してジューンに投げやると、大剣一振りで、一瞬にしてそれを粉末状にしてしまう。無言でこのやり取りができる阿吽の呼吸は、何度もやっているから生まれた。


 粉状になった木炭を焼いた鶏肉にふりかけ、豪快に空中で混ぜ合わせる。


 さらに炎の火力を強め、歯ごたえが良くなるようにしっかり焼いていく。


 木炭の粉は、鶏肉を炙っている最中に生まれた肉汁とをかき混ぜてさらに肉の旨味を引き立てる。


「そろそろか」


 セイヤーは火炎放射のような魔法で鶏肉の表面に付いている炭の粉を燃やし、ちゃんと肉の窪みに入ってる炭まできれいに焼き飛ばしていく。


 それにパパッと塩コショウをかけて、巨大なテープルの上に乗せる。


「地鶏の炭火焼きだ。柚子胡椒もある」


『人の子よ。なんとも豪快すぎる料理ですね……炭をまぶすのですか……』


「食べてみればわかる」


『で、では………ん………!!!』


 聖竜リィンは宝石のような瞳を潤ませた。


『お、美味しい!! これはとても美味しいですよ人の子よ!! ああ、これほど美味しいものを食べられるなんて私は幸せです』


「あ、泣いた」


 コウガが指摘し、速攻でトトとコイオスが涙を受け止める壺を持って走る。


 聖竜の瞳から溢れた涙の粒は、ギリギリセーフで二人が持つ壺に吸い込まれ、溢れた。一粒が壺三杯分はあろうかという涙の珠だった。


「こんなので泣くのかよ」


 ジューンは白目を剥きそうになり、泣かせたセイヤー本人も「嘘だろ」と呆れている。


 いつ泣くか、どうやって泣かせるかとみんなが悩んでいたことは「美味しいものを食べたら感動して泣いた」という誰も予想していなかったあっけなさで終わった。


「んー。クラーラちゃんは今までで一番短い付き合いになりそうだけど……あの壺割っとく?」


 コウガに皮肉っぽく言われて、セイヤーは苦笑するしかなかった。

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