第4話 おっさんたちと馬車。
「リリイの馬車には満足していなかったが、これはどうだ」
セイヤーは満足気味に言った。
以前、月夜の子猫
「うん。馬車じゃないよね?」
コウガは呆れ顔だ。
その後ろでトトとクラーラは唖然とし、コイオスは「創造魔法の一種とは、やるな」と感心している。
セイヤーが作ったもの………それはコウガが言うように「馬車」とは言えそうにない。
一言で表すとすれば「キャンピング・カー」だが、世紀末映画に出てきそうな装甲があちこちにはめられた「装甲車」とも言えなくはない。なによりもでかい。この宿場の宿よりでかい。セイヤーは以前も月夜の子猫商隊の馬車を装甲車風に改造したが、ここまで明確な「走る要塞」ではなかった。
「これで上に機関銃でもあれば立派な装甲車なんだが」
ジューンが茫洋と言うと、セイヤーはキッと睨みつけてきた。
「な、なんだよ」
「この世界に銃器など無粋だと私は思っている」
「は? 冒険者に2丁拳銃もってるやつがいたぞ?」
「一般化される前に叩き潰してしまいたい」
「なにか銃に怨みでもあるのか?」
「ジューン、君は銃のせいでどれだけの人間が容易く死んでいったと思っているんだ。あれはあってはならないものだと私は思う。特にこの美しい世界には、な」
「美しい世界に似合わない物を作り出しといてよく言うよ」
アホらしそうに装甲車を見上げるジューンに、セイヤーは「ちっちっちっ」と指を振った。
「この車体は展開することができる。これを、こうして、こうやると………」
車体が自動的に左右に開き、中からいろんなものが迫り出してくる。
「キッチン、テーブル、バーカウンターだ」
「ほぉ」
合体変形は男のロマン。ジューンは急に興味を持ち始めた。
「いやいや、二人ともバカなの? 寝場所はどこさ!」
コウガが辛抱たまらずに口を挟む。彼にとっては「心地よい寝床」が最優先なのだ。
「車内にラウンドテーブルのリビングルームと、ベッドルームがある。カプセルホテルのようだろう?」
コウガの瞳が輝く。
「布団やシーツはコイオスから提供してもらった極上の品だし、私の考案したサスペンションのおかげで、どんな悪路でも快適な睡眠を約束できるぞ」
「セイヤーさすが。さすがセイヤー。略してサスヤー」
よくわからない興奮をしながらコウガは車内に乗り込む。
「おおー! シャワールーム! ウォッシュレット!」
「そのあたりはディレの首都や仲の国シュートリアを作るときに生み出した創造魔法で再現済みだったからな。今から新しい魔法を生み出すことはできないが、以前使ったことがある魔法なら容易い。問題は魔力の消費が半端ないということだが」
ジューンとコウガに拍手されて、少し鼻を高くするセイヤー。
「で、この要塞みたいな馬車をどうやって運ぶんすか? 馬三頭立てでもこんなの引けないっすよ?」
トトが何気なく言った疑問に対して、セイヤーは時が止まったように動かない。
「 え? 」
セイヤー以外の全員が同じ声を出していた。
「まさか、動かすことは考えていなかったのか? 天才のセイヤーが!? そんな馬鹿な。ははは、車輪はあるぞ? 大型トラックみたいなのが。重そうだが、馬でも引けるギミックがあるんだろう?」
ジューンが乾いた笑いでフォローするが、セイヤーは動かない。
「………マジか?」
「すまん。内燃エンジン式の車を想定して作ってしまった」
「じゃあ、エンジン作ればいいんだろ?」
「具体的な構造を知らない」
「………仲の国には自動乗合馬車があったじゃないか」
「魔石式のな。動力は魔石に込められた魔力だし、あれは複雑な構造をしていない。たとえ私がエンジンを生み出せたとしても、燃料のガソリンはないぞ」
「太陽エネルギーとか」
「ソーラーパネルの原理など知らん」
「じゃあ、これどうするんだよ」
「魔石を探すか、これを引けるパワーキャラを仲間にするか、だ」
「わかって言ってると思うが、前者しか選択肢ないだろ? こんなものを引く化物が大人しく俺たちに従うと思うか?」
「では、魔石を探そう。魔力の無駄遣いついでだ。この近くで、できるだけ大きな魔石を持つものを検索する」
セイヤーは意識を集中し始めた。
「む、意外と近くにいた」
魔石は自然発生してそのあたりに転がっているものではないし、厳密には鉱石でもない。それは魔物と呼ばれる化物の体内、心臓近くにある「臓器」なのだ。
場合によっては死んだ魔物が腐食して、魔石だけが残る場合もあるが、それはレアケースである。
魔石は貴重品なので、冒険者は魔物を倒すと必ず魔石だけは回収する。臓器や骨、皮なども貴重品となる魔物もいるが、解体するには手間と時間と技術が必要となるため、一番手っ取り早いのが魔石をえぐり出すこととなる。
だが、セイヤーが生み出した要塞のような馬車を動かすには相当な魔力を帯びた魔石が必要となる。
強力な魔力を帯びた魔石というのは、必然的に強大な魔物の体内にある。
それを倒すというのは、冒険者にとっては吟遊詩人が爪弾く冒険譚に名が上がるほどの功績だ。
「で、これはなにかな」
セイヤーが魔法で探知したのは、街道からかなり外れた小高い山の中腹にある洞窟。
その中でジューンは、巨大なそれを見上げながら問うた。
伸ばす手の先も見えなくなる暗い洞窟の中で、ほのかに光り輝くそれは誰がどう見ても「ドラゴン」だった。
神々しいその姿は翼が左右対で6枚もあり、顔も知的で、突然現れた人間たちに対して慈しむような、悟りを開いた菩薩のような眼差しを与えている。
「え……え~と………聖竜リィン様?」
クラーラはありえない存在を前に、どこか気の抜けた声を出した。
『人の子らよ。私の眠りし地によくこれましたね。私は透明竜……あなたたちが聖竜と呼ぶ者。名はリィン。ここまで来れたあなたたちの勇気を讃えましょう』
「竜の分際で偉そうだな。殺すぞ」
コイオスがずいっと前に出るのを三人のおっさんたちが引き戻す。
「バカか、お前。聖竜だぞ? 殺したらいろいろダメだろうが!」
セイヤーが一番慌てている。
「殺すというか、ちょっと泣いてもらって魔石をえぐり出すだけだ。涙はそこの骸骨に必要だし、魔石は旅に必要なのだろう?」
「そうだが………いやいや! なんでこうも簡単に聖竜が見つかるんだ!? なにやってんだあんたは!」
セイヤーは寄せどころのない怒りをリィンにぶつける。
『え、私が悪いのですか? それに人の子よ。ここは世界でも有数の険しい山ですよ。来るのは簡単ではなかったはずです』
「いや、楽勝だった」
答えたのはセイヤーではなくジューンだ。
ここまで大した敵はいなかったし、セイヤーの魔法でひょいひょいと飛んできたので時間もかかっていない。こんな楽勝な場所に聖竜が眠っているとは誰も思わないだろう。
『ちょっと待ちなさい、人の子ら………もしや、こんな所まで来て私を殺そうとしているのですか? 私が何をしたというのです………ん? 人の子? ────貴方様はティターン十二神が一人、コイオス様ではないですか?』
「そうだ。頭が高いぞ」
コイオスが威厳を取り戻すと、聖竜リィンは頭を地面すれすれにまで下げた。
『神とは存ぜず、無礼を。お許しください』
「いいだろう。ところでお前の涙と魔石をもらいたい」
『涙はいいとして魔石でしょうか。それをなくせば私は死んでしまいます』
「だろうな。だから死ね」
『それはご無体な』
聖竜リィンはさらに首を下げた。
「待って? 平和的に交渉しようよ」
コウガが一同の前に出る。
「とりあえずこの子の呪いを解きたいんだけど、あなたの涙で解けるって本当?」
『ああ、やっとまともに話せる人の子が。ええ、ええ。私の涙はすべての呪いを断ち切ります。しかし、涙は私の意思とは無関係に流れるもので、意図して流せるものではありません』
「うーん? ジューン、尻尾の先っちょ斬ってみてくんない?」
『この子もとんでもないことを言い出しましたね!? むしろ私があなたたちに負けるとでも思っているのですか? 思い上がりも甚だ………』
ジューンは大剣【
剣先どころか腕も見えないほどのスピードで、一瞬のうちに何千回も振られた剣圧は、洞窟を爆音と共に吹き飛ばし、外気が吸い込まれるように入ってきた。
『え、ここミスリル鉱の洞窟………今なにをしたのですか!?』
「剣を振った」
ジューンは「もう少し広げるか」と再び剣を構える。
「ちょっと師匠達! これはあんまりっす。聖竜様が可哀想すぎるっす!」
『おお、リザリアンの若者よ。あなたに光の祝福があらんことを』
「聖竜様、こういうのはどうでしょう?」
トトの提案はこうだ。
いつ流れるかわからない涙を待っているゆとりはない。
そして馬車を動かす魔石もしくは引き手を必要としている。
このことから「聖竜リィンが馬車の引き手になって同行し、涙が出るタイミングを待つ」という提案だ。
「気の長い話だな」
コイオスは「さっさと眼球をくり抜いて涙を出させてから、さらに魔石をくり抜いたほうが早い」と言う。
「この図体のドラゴンの食費も大変だぞ」
『コイオス様。我々上位ドラゴンは食事を必要としません。経済的です』
聖竜リィンはトトの提案に乗る気なのか、必死にアピールしているようにも見える。
「でかすぎないか?」
ジューンは大剣を肩に担ぎながら聖竜リィンを眺める。
『ひ、人の子よ。大は小を兼ねるのです。その「いつでも輪切りにするぞ」という眼差しはやめてください。本当に人間ですか? なんです、そのとんでもないステータスは!?』
聖竜リィンはステータスが見えるらしいが、勇者特性の情報阻害に引っかかっているのか、肝心な「勇者である」という部分が読めていないようだ。
「確かに今から魔石を組み込んで動力を作るより、聖竜に馬車を引いてもらったほうが楽だな。それに聖竜の大きさとパワーなら、もっと馬車を拡張できる」
『人の子よ、私は馬ではありません。せめて馬車ではなく竜車と………』
「てかさぁ。目立ち過ぎじゃない?」
コウガはそんな聖竜より光っている黄金の軽鎧姿だ。
『めちゃくちゃ派手な人の子よ。あなたたちは聖竜を従えるという歴史上誰もなし得なかったことをするのです。目立ちまくったほうがいい叙事詩を作ってもらえますよ?』
「あ、あのぉ聖竜様……この話の流れだと、馬の代わりにコキ使われることになりますけど、いいんですか?」
クラーラがおずおずと言う。
『永久の時を生きる私ですから、たまには人に従ってみるのも一興です、といいますか、従わないとここで寿命が尽きそうです。なんなんですか、この人の子らは……』
こうして、おっさんたちは聖竜を馬の代わりとして手に入れた。
あとはどうやって泣かそうか、と相談が続く。
その内容はほぼ拷問で、聖竜リィンは早く泣いてしまいたいと切に願った。
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