第3話 おっさんたちの聖竜探し。
読んで字のごとく「一泊させてもらい、一度食事の世話をしてもらったことに対して恩義を尽くす」と言う意味だ。
あまり現代日本においてメジャーな言葉ではないし、たったそれだけのことに恩義を感じたり、恩着せがましく思うこともないだろう。
これはもともと博徒(博打打ち)の仁義で、明日をも知れぬ博徒の世界では「一宿一飯が非常に大事な恩義になる」というところから一般にも伝播した流儀だ。
明日をも知れぬという意味では冒険者も博徒と変わりない。
そういう意味からも、おっさんたちは骸骨淑女に恩義があると言えよう。
「いや、メシは僕たちの自前だし、言うなればこの人……この骸骨は勝手にそのメシ食ってるからね? 一宿分の恩義はわかるけど、僕たちが提供した一飯の恩義と等価交換じゃね? わざわざ人助け……骸骨助けする意味がわかんない? 僕たちはそんな善人だったっけ? 仲間の女の子たちが心配だったら先を急いだほうがいいんじゃないの?」
昏睡から目覚めて事情を聞かされたコウガは「腑に落ちない」とまくしたてる。
事情というのは「一宿一飯の恩義を返すために、ブラックドラゴンの呪いで死ねない
「案外、現実主義なんだな」
セイヤーは感心したように言う。
もしこの三人のおっさんたちにゲームのような性格属性があるとしたら、セイヤーは「善」、ジューンは「中立」、コウガは「悪」となるだろう。
ここでいう善は「人を助けることや自分を過酷な状況においてこそ成長する」と考える者で、悪といっても悪人ではなく「自己の利益になることをする」という成果報酬現実主義のことを示している。
よくある判別方法は「老人が通りのはげしい道を渡ろうとしているのを見たら、あなたはどの道を選ぶか」というもので、善なら「わざわざ行ってでも助ける」を選び、中立は「自分が同じ道を渡っているなら助ける」を選び、悪は「自己の利益になるなら助ける」を選ぶ。
一見ジューンは「善」にも見えるが、基本的には自分の感情に忠実なだけで、わざわざ見知らぬ人を助けに行くまでの善人ではない。
逆に、一見冷徹に見えるセイヤーは、世のため人のために街まで作り変えて産業革命を起こしてしまうほどの善人だったりする。
そしてコウガは今のやり取りの通り「自分たちの利にならないことはしない」タイプだ。
おっさんたちはそれぞれが違う性格で本来相容れない性質であっても、奇跡的に三人三様三すくみが起きて、うまくバランスが保たれているのだ。
しかし、バランスが取れていることによって「決定力」は失われている。仲は悪くないが、物事を決める時に意見が合わず、なかなか決めきれないのだ。
もしこのおっさんたちが同じ会社の同じチームにいたら、きっと上手く働けないだろう。彼らが上手く能力を発揮できるとしたら、こんな40代ロストジェネレーション組を上手くコントロールできる上司────言うなれば西遊記の三蔵法師役が必要だろう。
しかし、残念ながら、この一行でそれにあたる人物はいない。
コイオスは人のしがらみとは無縁の存在だから、西遊記で言えば玉龍という馬のような役目だろう。
ということは────三人の視線が一番の若者であるトトに集まる。
「え」
突然おっさんたちに決定権を委ねられたトトは表情筋の乏しい
「若者の意見を尊重しよう」
セイヤーに促され、トトは「え、え?」となった。
「雨、あがりましたねー」
骸骨淑女のクラーラは「あはは♪うふふ♪」と、水たまりを避けながらくるくると回っている。
その骨格標本のような姿はあまりにも忍びないということで、コイオスが蜘蛛の糸を紡いで服を着せている。
真っ白なブラウスにくるぶしまで隠れるジャンバースカート。靴は硬質糸を使ったローファー風だ。
そして肌にあたる部分には、これまた蜘蛛の糸で作った包帯をぐるぐる巻きにして肉付きを作り、黄金蜘蛛の金糸でかつらも作った。そこにつば広の帽子をかぶせたら、一見すると「全身包帯巻きの淑女」に見れるようになった。
「蜘蛛の糸、便利だな」
ジューンは率直な感想を口にする。
「ふっ………だが、私の蜘蛛たちの働きの感想よりも、眼の前でくるくるまわって嬉しそうにしている彼女についての感想はないのか?」
ジューンの頭には「異様だ」としか出てこないので、口にはしない。
いくら包帯を巻いて人間らしい肉付きを盛ったとしても、目も鼻も口も完全に包帯で隠されている状態は、異様でしかない。
「久しぶりにこんな素敵な服も着れて、元の体に戻った気分! なんだか嬉しさが止まりません!」
クラーラの声は弾んでいる。
「これで一宿一飯の恩義返したことにならない?」
コウガはまだ不服そうだが、トトが「聖竜の涙、探しましょう! 俺やるっす!」と選択したので、今更変更はない。
「男ばかりのパーティに女性が加わったんだから良しと思おう。しかもジューンが望んでいた清楚系だぞ?」
セイヤーが少し皮肉っぽく言う。
確かに服装はジューンの好みだが、中身は骸骨なので清楚も何もあったものではない。
「………で、その聖竜リィンとやらをどうやって探すんだ? どこらへんにいるとか伝承もないのか?」
ジューンが憮然と言うと、クラーラはピタリと止まって、少し首を傾げて考え始めた。
「そういった伝説は聞いたことがないですね」
「………」
一行は顔を見合わせ、意見を交わす。
その結果────無闇やたらに伝説に翻弄されながら聖竜探しをするより、ばらばらになった仲間の女性たちの安否を確認するほうを優先することになった。
だが、約束したからには聖竜探しも同時に行う。
仲間の元に行き、その先々で確認してまわろうという作戦だ。
「長い付き合いになりそうっすね」
トトが言うと、クラーラは「うふふ」と笑い声を出した。話せる仲間ができた嬉しさが隠せないようだ。
「しかし、いいのか? 君の家を捨てて私達と旅に出ることになるのだが」
「まぁ……名残惜しくはありますが、これもまた運命です」
その前向きさにセイヤーは少し愉快な気持ちになった。陰鬱よりこちらのほうが遥かに同行しやすい。
「わかった。まず私達はカイリーという街を目指す。悪徳商会が私達の知り合いに悪さをしたので懲らしめに行く」
「まぁ。いいですね! 正義の味方みたいで!」
そういえば自分たちが勇者であることを言っていなかったな、とセイヤーは思い出したが、今更説明するのも面倒だしいずれわかることだろうと、黙ることにした。
「そろそろ行こう」
誰ともなく言ったその声に、おっさんたち、旧神コイオス、トト、そして新たに加わった骸骨淑女のクラーラは、廃墟の村を後にした。
そこからカイリーという街を目指して歩くこと数日。
道中はなにもなかった。
盗賊や野盗が現れることもなく、魔獣が襲ってくることもない。
街道沿いにある宿場町はちょうど良い距離に点在していたので、夜は宿を取れた。
道ですれ違う商人や寄り合いの馬車と軽く挨拶を交わしたくらいで、至って平和。
そして気がついた。
「徒歩、やばくね?」
コウガの一言に全員が押し黙る。
宿場で聞くところによると、カイリーの街までは徒歩だと一ヶ月以上かかる道のりらしく、普通は荷馬車か寄り合い馬車で移動するそうだ。
ただ、寄り合いの馬車は一つの馬車が往復するだけなので次に乗れるのは一ヶ月から二ヶ月後。さらに、出発地点からほぼ満員なので途中で乗れることはない。
ならば馬を人数分購入しようと思ったが、宿場町では馬は生活必需品であり売り物ではなかった。
「馬ばかりは大金を積まれても売れないよ。こっちも馬がいないと生活できないからね」と忠告された。
ついでに宿場の人からは「砂漠のオアシスなら馬が買えただろうに」と言われ、おっさんたちは冒険者としての認識と常識、そして経験値が圧倒的に不足していると痛感した。
ずっと封印されていたコイオスはともかく、トトですら隠れ里のような秘境に住んでいたので、そういった常識がない。クラーラも百年近く外界との接触を絶っていたので、今の常識には疎いらしい。
「僕たちの冒険者ランクなんて、お飾りみたいなもんだしなぁ」
コウガが言うように、魔王討伐したという名誉だけで与えられたようなものだ。冒険者としての経験やスキルは、下手をすると最下限であるランクG以下だと言っても過言ではない。
今まで、そういった常識は仲間の女性たちが補ってくれていた。それがないのは不便だと痛感する。
「仕方ない………やるか」
とある宿場での夜。
狭い宿に泊まっていたセイヤーは、この道程の時間を無駄だと感じたのか、フンスと鼻息を荒くして立ち上がった。
なにをやるつもりなのかわからないが、一行は粗末な宿の裏手に集まった。
「馬車を作る」
セイヤーが胸を張る。
普通なら「アホか」と言うところだが、一行は「まぁ、それもありかな」と言い出した。
唯一、クラーラだけが「え、今からですか? 馬はどこから調達されるんです?」と慌てる。
その慌てように「うん、そういう新鮮な反応を待っていた」と少し嬉しそうにしたセイヤーは、魔力を高めて地中から鉱物資源を引きずり出した。
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