第2話 おっさんたちと骸骨の淑女。

「こいつは酒飲めないって言っただろうが」


 骸骨との話を中断し、ジューンはコイオスを叱りつけた。


 怒られているのはこれでもティターン十二柱の一人、蜘蛛王と呼ばれていたふるき神だが、しょぼんと肩を落とす様は神格など微塵もない。


 そんなコイオスの横で、一口テキーララキアを飲まされたトトが白目を剥いてぶっ倒れているが、介抱する者はいない。野郎ばかりだとこういう時に冷淡だ。


「………トトにはあとで治癒魔法をかけるとして、今はそれよりこちらの確認だ。まず君の名を聞こうか」


 セイヤーは骸骨と向き合い、酒も飲まずに集中している。


「私はクラーラです。と言いますか、ここ、私の家────」


「クラーラ? 声からしてもやはり女性か?」


「ええ、ほら、この骨盤が女性っぽいでしょ?」


「なるほどわからん」


 セイヤーは興味のあることしか関心を示さないが、過半数の男も彼と同じように女性の骨格には無頓着だろう。


「で、そんなことより、ここは私の家なんですが、あなたたちは────」


「クラーラはなんでブラックドラゴンに呪われたんだ?」


「あ、わたしの話は聞いてくれないタイプですね?」


 骸骨クラーラは「やれやれ」的に手を上げて首を傾げた。


「え、ええと、私は百年くらい前にいた勇者の仲間だったんです」


「「 ほう 」」


 セイヤーとジューンは少し身を乗り出した。


 百年前と言えば先代の勇者だろう。


 その先代の勇者と言えば………おっさんたちよりかなり未来の世界から召喚された闇の勇者、鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス。そして、妻である妖精女王ティターニアに精神アストラル体となってまで取り憑いていた、サテライトキャノンを使う勇者は知っているが、あと二人は不明だ。


「勇者の名前はリーヘー様で、えと、こことは違う世界から来たって言ってました」


「リーヘー……」


 セイヤーは目をしかめた。ずいぶん気の抜けた名前に聞こえたからだ。


 しかし元の名前がリョウヘイ、リンペイなど、ここの世界の人々では発音しにくい日本人名をいじられたとしたら、おかしくはない名前だ。


 それから骸骨クラーラにもっと詳しく聞いても、リーヘーの能力についてはわからなかった。


 ただ、外見からの推定は当時40代。身長は180センチ前後。肉付きはよく、性豪だったということはわかった。


 セイヤーやジューンのような「40代早々に性欲が枯れ果てた男たち」からすると、この年齢でも性豪というのは、ある意味尊敬すら覚える。


「で、そのリーヘーさんはどうしてるんだ?」


「死にました」


 骸骨はケロっとした声色で言う。悲しみもなにもない明るいトーンだ。


「えーと。その、さっき言ったブラックドラゴンと戦って負けたんです。『魔法の神』と名高い………」


「ツィルニトラ、か」


 言いにくい名前だが、いい加減覚えてしまったジューンが先に言うと、骸骨クラーラは「それ、それです!」と嬉しそうに手を、いや、手骨を叩いた。


「勇者リーヘーはそのツィなんとかと戦って死んだんですが、ツィなんとかもかなり傷ついて死にかけてたんですよ。さっすが勇者ですよねー」


 骸骨クラーラは話しながらクネクネと腰を揺らす。


 声帯などないのに声はちゃんと女性のものだし、仕草も女性だ。骸骨であることに目をつぶれば可愛らしい女の子に思えてくるから不思議だ。


 そんな眼の前の骸骨クラーラより、ジューンは「勇者が負けた」という言葉に驚いていた。


 なんせジューンはそのドラゴンを瞬殺している。負ける気など微塵もなかった相手だが、勇者であっても負けるのか、という驚きだ。


 もちろんそこには「ジューンが異常に強すぎる」という根本的な考えが欠落しているのだが、指摘する者はいない。


「それでですね。傷ついて死にかけていたツィなんとかが、勇者の仲間である私に呪いの言葉を吐きかけたんです」


「どんな言葉だ?」


「えーと、そのまま言いますと……『ちょ、お前が横からちょいちょい邪魔するから死にかけたじゃねぇかよ! マジうぜぇんだよ、このアマ! お前みたいなやつは死んでも死にきれない目に合いやがれ』でした」


「………なにしたんだ、あんた」


「いやん、はずかしい。淑女レディーにそんな事聞かないでください~」


 骸骨クラーラは照れたように顔を手で隠す。


「まぁいい。で、その呪いでその身体、ってことか」


「そうなんですよー。ああ、よかった! やっと会話が通じた気分です」


「いや、十分会話は成立していたと思うが………」


 だから私の家でなにやってるんですかって聞いてるのに全然聞いてくれないじゃないですかー、と言う骸骨の言葉には耳も貸さず、セイヤーは低く唸って目を閉じた。


 死なない呪い。


「死なない」を良しと考えることもできるが、現実は違うようだ。


 まず、不老ではない時点で、死なないのに老いる。健康状態を維持されるわけでもないので、永劫に病に苦しみ続ける可能性もあるのだ。それに骨だけになったというのに、クラーラは未だに「不死」だ。その外見で良しと言えるのか………。


「死んだ勇者はどうなった?」


「どうもこうも、死んだら終わりですからどうにもなりませんよ。あ、亡骸はこの家の裏に埋めてお墓も作りましたよ?」


「………じゃあ君は一人でずっとここで墓守していたというのか?」


「ええ、まぁ。こんな姿じゃ他の町にもいけませんし……、自給自足で小さな畑もやっていますし、ほら、死なないのでぶっちゃけ食べ物なくても生きていけますし。あ、これ、笑うところですよー」


「笑えない。で、その呪いを解く方法はあるのか?」


「うーん? 呪いを解いたら死んでしまいそうですけど………。あ、けど、もういい加減生き続けたんで、死んでもいいかなーとは思ってます」


「………明るいな」


淑女レディーたるもの、常に前を向いていないと! ずっと人と話できていなかったから、今ちょっと舞い上がってますけど、基本的に私は根明ですよ!」


「………もう一度聞くが、呪いを解く方法は?」


「知ってたらやってますって。あ、けど、呪い全般に効くと言ったら聖竜の涙ですかねぇ………」


「聖竜の涙?」


「ええ。御伽噺でよくでてくるじゃないですか。あれですよ」


 ジューンは「うん、よくわからん」と酒を飲み始めた。どうやらに飽きたらしい。ちなみにコウガとトトは昏倒中。コイオスは一人晩酌中だ。


 唯一、ちゃんと向き合っているセイヤーは『あとで倍返しにして押し付けてやる』と思いながらも面接を続ける。


「すまないが詳しくないんだ。その御伽噺を教えてほしい」


「いいですよー」


 クラーラは酒をちょっと口にして「ぷは……」と色っぽいため息を漏らした後に、御伽噺を始めた。











 ~聖竜リィン~


 この世界に存在するドラゴン、特に上位ドラゴンと呼ばれる「十色ドラゴン」は人間以上の知徳と魔力を持ち、魔族ですら足元にも及ばない「すべての生命の頂点」でもある。


「十色ドラゴン」は、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、黒、白、透明のドラゴン種のことを示し、その中でも一番徳が高く「神の使い」と呼ばれているのが、透明色の聖竜だ。


 透明な色というのも変な話だが、要するに皮膚や鱗が光を反射して透けているように見えてしまうことからついた名前で、別の言葉に置き換えるのなら光の竜と言ってもいい。


 その光の竜で確認されているのは一匹だけ。その名はリィン。


 あらゆる生物に癒やしと慈しみを与える聖竜と呼ばれている。


 聖竜リィンは数々の御伽噺に現れ、悪をくじき、正しき者を導く。


 聖竜リィンの涙一粒で人は灰からでも蘇生し、その血を飲めば病知らずの不老不死になるとも言われている。


 その存在は伝説であり、聖竜リィンを求めて世界中を旅する冒険者も少なくないらしい。


「どこにいるんだ?」


「知ってたら苦労しませんってばぁ」


 淑女な骸骨は「やれやれ困った人たちだ」とでも言いたそうに顔をそむけながら『お手上げ』のポーズをする。


「なぁ、セイヤー。成仏できるかどうかはわからんが、その骨を原子分解するまで切り刻んだらどうだろうか。どうせ神経もないわけだし、骨格を失えば死ねるだろ?」


 酒を飲みながらジューンが言う。


「酔ってるのかジューン? 淑女が急に怯え始めたぞ」


 セイヤーは「大丈夫だ、そんなことはしない」とクラーラに言いながら、片手でジューンに「あっちいけ」とサインするがジューンは退かない。


「しかし聖竜? とかいうのをどうやって探すんだ? セイヤーの広域探索魔法でも使うのか?」


「あれは魔力を使いすぎるし、範囲はかなり狭い。だが、私達には幸運の象徴ラッキーラビットがいるじゃないか」


 セイヤーの視線の先には、白目を剥いて昏倒している小柄なコウガがいた。


「彼が望めば聖竜とはすぐに会える気がする」


「そんなに簡単にいくかぁ?」


 ジューンは半信半疑のまま、コイオスに酒を注いでもらっている。


「あの────」


 クラーラが意を決したように声を大きくした。


「ここ、私の家なんです! あなたたち、不法侵入の不当占拠ですよ!!」

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