おっさんたちと呪われし淑女と聖竜物語
第1話 おっさんたちと廃墟。
40代おっさん三人と、推定年齢予測不能な旧神・蜘蛛王コイオス、そして唯一の若者リザリアン族のトト。
この5人による野郎旅は実に平和だった。
女たちが彼らを求めて夜な夜な迫ってくることもないし、女同士で謎の順番争いをすることもないし、風呂もトイレも気を使わなくて済むし、チラチラと肢体からこぼれて見える下着や胸元にドギマギすることもない。
だからといって彼らは「男好き」でもない。
甘いものばかり食べていたら辛いものが食べたくなり、辛いものばかり食べていると甘味が恋しくなるのと同じで、今この男たちは「仲間に紅一点の花くらいほしいが、どんな花がいいか」というくだらない話が弾んでいた。
花をどうこうするわけではない。ただ、見て愛でる相手がほしいというのだ。
女性が聞いたら「女を愛玩動物かなんかと勘違いしているんじゃないの!」と憤慨しそうなネタではあるが、よくある「ねえねえどんな男がタイプなの?」と同じノリである。
道すがらおっさんたちの妄想トークが続く。
ジューンはいろいろと注文をつけていたが、それをまとめると「 守ってやりたくなる可憐な感じで、図書館で静かに本を読んでいそうな白いワンピースと麦わら帽子が似合う清楚で黒髪ロングで色白の大人しいタイプ」ということになった。
それを傍で聞いていたコイオスとトトがボソボソと突っ込む。
「ジューンという男は意外と女に幻想を抱いているタイプか。やたら注文が細かいな」
「みたいっすね。てか図書館で麦わら帽子かぶってる女ってやばくないっすか? 建物の中では脱げって話っすよ」
「………これは神代の女神たちのことだが、ジューンが求めているタイプの女は大体精神的にどこかおかしかったり、やたら股が緩かったりするぞ。いいかトト、覚えておくがいい────清楚は作れる」
「………マジすか」
セイヤーは「私達の旅路についてこれる体力と根性がないと辛いだろうから元気な子。体育会系といえばいいのかな?」と結構現実的な目線で選んだ。
それを傍で聞いていたコイオスとトトが、もはや堂々と突っ込み始める。
「体力と根性は比例するものなのか?」
「根性がないと体力つけられないっすからねぇ」
「そんな根性がある自律した女がこのおっさんたちと同行する必要あるか?」
「てか、セイヤー師匠もジューン師匠も『自分にないものねだり』してるだけっすよ」
「ああ、なるほど。がさつな努力馬鹿なジューンは清楚可憐を好み、人付き合いが悪い日陰者のセイヤーは活発体育会系を好むのか。なるほど、なるほど」
コウガがボソッと「僕たちの加齢臭に耐えられる子だったら誰でもいいかな」と言うと、ジューンもセイヤーも押し黙った。
自分の匂いというのは自分では気が付かないものだ。
それを傍で聞いていたコイオスとトトは、自分の体臭を嗅ぎながら首を傾げている。
「おいトト。奴らは臭うのか? むしろおっさんには似つかわしくない花のような匂いがするんだが」
「花の匂いは服を洗ってる洗剤とか、体を洗う時に使う石鹸の香料っすね。師匠たちはどっちかって言うと無臭っす」
トトからすると、人間には人間の匂いがある。まして風呂に入るという習慣が一般的ではないこの世界では、やっても濡れタオルで体を拭く程度だから匂いは残るものなのだ。
しかしおっさんたちは平然とキャンプセットに「風呂」や「シャワー」があり、しかも貴族でもなかなか使わないような「石鹸」で体を洗い、終いにはセイヤーが「エーヴァ商会」で販売している高級シャンプー、高級リンス、高級コンディショナーまで使いだす。
おっさんたちは加齢臭を気にしているのか、野外活動ばかりの生活なのに朝晩二回、綺麗サッパリ身体を洗い流している。
なのでトトからすると加齢臭どころか、人としての匂いも薄く感じるのだ。
「ふっ、むしろ肌のシワとか白髪交じりの鼻毛を見られる方がダメージが大きそうだ」
「人族のことはよくわかんないっすけど、師匠たちもフッとした表情が結構老けて見えますもんねー」
「旧神たる私は歳も取らぬし、こうして美しいままだが。人は哀れだな」
「哀れっすねぇ」
先行していた三人の足がピタリと止まる。
振り返ったおっさんたちのこめかみには明らかに怒りの血管が浮き出ていた。
「旧神だろうがなんだろうが、一度シメるか」
ジューンは眉毛が逆立ち、セイヤーは長い髪を紐で縛り、コウガはポキポキと拳を鳴らした。
「あれは卑怯だ」
コイオスはブツブツ文句を言いながら、共にボコられて運命を分かち合ったトトに愚痴る。
「師匠たち、マジ半端ねぇっす」
ふたりともおっさんたちに容赦なく折檻され、いい具合に全身傷だらけだ。
「それにしても、そのカイリーの街とやらにはまだ着かないのか? セイヤーの飛翔魔法で行けばすぐだろう?」
コイオスが文句を言うが、セイヤーは「魔力温存!」と
コイオスも「雲の上から蜘蛛の糸を垂らして振り子のように飛ぶ」という、よくわからない技で飛翔することはできる。だが、糸に捕まって振られるのにもセンスが必要なので、他の者たちに共有していない。
「空模様が変わってきたよ? 空気も湿気ってるし、雨がくるね」
コウガは動物的勘が働いたのか、多少灰色の雲が多くなってきた空を見上げながらつぶやいた。
その数分後、視界がなくなるほどの豪雨がおっさんたちを襲う。
こんな雨ではキャンプも厳しい。風が横殴りで吹き付けてくるので、テントが飛ばされかねないのだ。
濡れ鼠になった一行は、街道から外れたところに集落を見つけ、駆け足で向かった。
昼だが辺りは暗く、豪雨と暴風が視界を遮っていたので最初は気が付かなかったが、その集落は近づけば近づくほど閑散として見える。
そこが「廃墟」だとわかったのは、集落に辿り着いた時だった。
「うわぁ、なんか薄気味悪い」
コウガがぼやくが、背に腹は代えられないので廃墟の中でも屋根がありそうな物件を探す。
どこかしこも石造りの建物で、殆どは朽ち、
唯一屋根となりえる物が残っている建物を見つけ、避難してみたがどうも空気がおかしい………ジメッとしているのに、体の芯から冷えるような悪寒がするのだ。
「なにこれ。やっぱり嫌な予感しかしないんだけど」
コウガは小柄な体を自分で抱きとめ、ブルブルと震えてみせる。
ジューンはそんなあざとい仕草をするコウガを尻目に、薄気味悪い建物の中を見回した。
さすがにいい歳しているので、おばけ怖い!とはならないが、気味は悪いので、別のことをして紛らわす必要はあった。
「酒だな」
ジューンの一言に反対する者はいなかった。
「豪胆なのか、考えなしなのか」
鼻歌交じりに酒の準備をするおっさんたちを見て、コイオスは呆れたように言った。
しかしそんなコイオスも、差し出された食事と酒を味わっているうちに陽気になる。
「ふっ、神代の頃など女神という女神が大体複数の男神と関係を持っていたぞ! 貞操など人間が考えた勝手なルールだ!」
「………俺は人間でよかった」
「ふっ、この世で人族はさして多くない。どんどんまぐわい、子を増やしても誰も文句は言うまい?」
「………私は意思疎通が出来ないから子供が嫌いだ」
「ふっ、子供など女たちが育て、男は飯のタネを持ち帰る。それが世の摂理というものだろう?」
「………僕らの世界でそういう男はもう流行らないんだよねぇ」
おっさんたちはコイオスと酒を交わしながら、その思考の違いに辟易としていた。
旧神なのにコイオスは随分と酔っている。いや、おっさんたちが勇者特性のおかげで酔いにくいと言うべきか。
「ふっ、お前はどう思うんだ、トト」
「はぁ。俺らリザリアン族は一妻多夫なんで、なんとも……」
「ふっ、種族によっていろいろだな。お前はどうなんだ?」
「え、わたしですか? わたしはもうそういう状態じゃないんでちょっとわからないですね」
喋る白骨は少し照れたような仕草をしながら、ジャーキーを綺麗な歯並びに突っ込んだ。
むしゃこらと咀嚼して嚥下すると、ジャーキーは喉を通過して胃があるべき位置まで移動して、スッと消えた。
「………」
「………」
「………」
人体の仕組みを生で見ながら、おっさんたちは首を傾げた。
「「「 誰 」」」
いつの間にか酒宴の輪の中にいたのは、理科室の人体標本……動く
「え、あ? 今気がついたんですか!?」
白骨は驚いたようだが、当然表情などない骸骨なので、かなりオーバーリアクションで「驚き」を表現してみせた。
おっさんたちは引き攣った顔をして飛び退いた。
その様子を見てコイオスは「どうした?」と不思議そうだし、トトも「誰も気にしないから普通だと思ってたっす」という感じだ。
「いやいやいやいやいや! おかしいでしょ! なんでガイコツが平然と混じって会話してんのさ! てか、なに!? 肉食ったの!? いまどこに消えた? 生きてるの!? むしろ声帯もないのにどうやって喋ってるのさ!! 関節は! 軟骨も筋肉もないのに骨が動いて……てか、骨格を維持できてる理由ってなに!! 眼球もないのに見────」
久しぶりにコウガが興奮してマシンガントークしだしたのを、ジューンが手刀一撃で黙らせる。
どうやらコウガ自身も喋りだして止まらないことを自覚しているらしく、心の中では「誰か止めて」と思っているフシがある。そのためかコウガがマシンガントークしている時に気絶させたとしても、望まれたことだから「強運」の反撃を受けることはなかった。
アヘ顔でぶっ倒れるコウガを放置し、セイヤーは骸骨に向き合う。どう見ても人体骨格標本だ。
「君はなんだね」
「なんだ、と言われましても………ここに住んでる者ですが」
「私達はあまりこの世界に詳しくないのだが………失礼を承知で尋ねるが、君はそういう種族なのか?」
「いえいえ。元は人族でした。呪われて死ねずにこんな格好になっちゃいました」
骸骨は少し恥ずかしそうに胸元を隠したが、隠したのは肋骨だし、隠す腕もスカスカだ。
「呪い?」
闇の勇者に呪われた身としては親近感の湧く単語だった。
「はい、ブラックドラゴンに呪いをかけられまして」
ジューンの眉がピクっと動いた。
ブラックドラゴンと言えば、旧神テミスが住むダンジョンで瞬殺したことがある。それは『魔法の神』と名高い『ツィルニトラ』という名前のブラックドラゴンで、その孫がコウガの連れのジルだ。
おっさんたちにとって浅からぬ関係のブラックドラゴン。その名前に興味を惹かれるのは当然だった。
「いろいろ訪ねたいが、まずは落ち着こうか」
セイヤーは自分に言い聞かせるようにヒアリングを進める。ジューンなら勢い勇んで矢次に尋問しているところだ。
『ふっ、人付き合い悪い割に、こういう時は聞き方が上手いな』
『セイヤー師匠のあれは日常会話じゃないっす。面接みたいな感じっすよ』
おっさんたちにボコられても懲りないコイオスとトトは、小声ではあったが、場の空気をガン無視した会話を続けた。
『面接とはなんだ?』
『仲間にするかどうか、相手の適正を確認する聞き取り調査、ってジューン師匠が言ってたっす』
『そうか………それにしてもトト。お前、口調変わったか?』
『こういう口調のほうが新人の部下みたいで良いからやれと言われてます。ちょっとツライです』
『………苦労が耐えないな』
コイオスはトトのグラスに
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