第11話 閑話・それぞれの行く末

 月夜の子猫商隊の商隊員となって働く元殺し屋達。


 その中でもプロシア一家の御頭であったエレドワは、ふとした時に思い出すことがある。


 この見た目筋骨隆々の鬼人族である自分を女だと看破した魔術師………セイヤーとの戦いだ。


 彼女にとってその一戦は生涯に残る戦いだったと断言できる。


『気』で強化した短刀を構え、セイヤーの初手魔法を凌ごうとするエレドワ。


 だが、セイヤーが放った魔法は、全身に張り巡らせた『気』程度で防げたものではなかった。


 一瞬にして氷の塊の中に閉じ込められたエレドワは、急速に体温が奪われ、心臓がそれを補うために激しく鼓動するのを感じた。


 何が起きたのか理解も及ばない中、血が動きを緩め、激しく鼓動を掻き鳴らしていた心臓が弱々しくなっていくまで、そう時間は掛からなかった。


 次に気がついたときには、温かい腕の中にいた。


 セイヤーの腕の中だ。


「すまんな。加減ができなかった」


 ぶっきらぼうに言う長髪の男。


 その魔法の力はエレドワが知る魔法使いの域を超えている。自分がやられたのは水系統の凍結魔法だと思うが、一瞬のうちに相手を氷漬けにできるという魔法は聞いたことがない。


 氷の魔法と言えば、鋭利な氷柱を生み出し、飛ばし、貫くことが主流だ。


 その氷柱を生み出せる本数と、氷柱の大きさ、そしてコントロール技術こそ魔術師の魔力の見せ所と言ってもいい。だが、そんな常識はセイヤーの使った凍結術の前では児戯にも等しい。


 完全に負けたエレドワは死を覚悟したが、同時に『どうして抱きしめられているのか』と混乱もしていた。


 セイヤーは魔法でエレドワを急速解凍し、回復魔法を直接流し込んで治癒していた。他意はない。


 まさかこうも氷結魔法が決まってしまうとは想定していなかった。


 本当は足元だけ凍結させて動きを封じるつもりだったが、加減を間違えて氷の塊の中に埋めてしまった。これは、エレドワの巨体を見て魔力を少しばかり大きめに放ったせいだ。


「動くな」


 セイヤーに癒やされるエレドワ。それはとても長い時間に感じられたが、実際はほんの少しの間だけのことだ。


 セイヤーとしては同じ筋肉ダルマのダークエルフ「ヒルデ」を見慣れていたので、エレドワに対して気持ち悪さを持っていなかった。むしろ女らしくないその顔や外見からも、なんの気兼ねもなく抱きとめていたくらいだ。


 エレドワは盛大に心が折れた。


 戦いで負けたのではない。スキあらば殺すことくらい当たり前の世界で生きてきた彼女は、これまでであれば自分を治療している相手であっても殺す冷酷さを持っている。


 心が折れたのは、セイヤーに惚れてしまったからだ。


 身体は華奢だし、自分よりずいぶんと小さく見えるが、何百回戦っても勝てる気はしないし、敵を抱きとめるその度量には完敗という他ない。


 人生で初めて、男を認め、惚れた。


 こんな自分を好いてくれるはずはないとは思うが、死ぬのならこの男の手にかかりたいと切に願った。


 そして今。


 セイヤーとは離れ離れになり、商隊の一員として忙殺されてはいるが、休息時間にはあの澄ました顔を思い出す。


 もしまた彼に会うことが出来たら────それが彼女の生きる糧となっていた。


「セイヤーっていい男だよね」


 同じように休んでいたリリイがボソッと言ったのをエレドワは聞き逃さなかった。


「あたいはさ、商隊があるからついて行くなんてことは出来なかったけど、なにもなかったら裸一つでついていくところだったさ。いや、むしろ裸で迫って抱いてもらって、あの人の子供生みたかったなぁ」


「わかった御頭。戦争だ」


「ちょ! あんたとあたいがやりあって勝てるわけないじゃないか! てか蜘蛛はどうしたのさ! あたいに逆らうと蜘蛛がどうにかしてくれるんじゃないのかい!?」


「色恋沙汰とそれは別だ」


「え、あんたも!? い、いや、こればかりは負けられないからね!」


 そんな二人のやり取りを微笑ましく見ている商隊の面子は、とても平和そうだった。


 この二人が切磋琢磨しながら商売を拡大し、全国各地に「月夜の子猫宅配便デリバリー」を展開するのはもうしばらく先の話である。











 プロシア一家で唯一捕まらずに逃げおおせた男………ルーフ・ワーカーは怒りに唇を震わせながら街道を逃走していた。


 朝焼けが美しいこの街道において、これほど怒気を発しながら歩いた男はいないだろう。


「くそ……くそったれ!」


 あの夜、コウガと戦ったルーフ・ワーカーは、銃を一発放った次の瞬間負けていた。


 放たれた弾丸はコウガが構えていたオリハルコンのショートソードに当たり、その跳弾が建物の金属製の看板や壁にかけられていたフライパンなどに当たり続け、巧みに軌道を変え、最終的にはルーフ・ワーカーの脇腹を貫いたのだ。


 直撃ではないが掠めただけで肉がえぐれ、血が溢れた。


 ルーフ・ワーカーはコウガが追撃してくる前に悲鳴を上げて逃げた。


 傷は浅かったのでそのまま町からも逃げた。あんな化け物たち相手にプロシア一家が勝てる見込みはない、と判断したからだ。


 だが、ルーフ・ワーカーに持っているのは茨の道だ。


 冒険者登録はすでに抹消されているし、投獄される前に脱走したお尋ね者でもある。さらに闇ギルドの仕事も放棄して逃げたということは、いつ闇ギルドの身内から寝首を掻かれるかわからない状態だ。


 彼が生き残る道は、名を変え、姿を変え、人知らずひっそり暮らすことだろう。


「くそっ! くそっ! この俺様がそんなマネできるか!!」


 ルーフ・ワーカーは銃の残弾を確認した………一発の弾丸しかない。


 弾丸の製造もアップレチ王国の秘匿技術なのでおいそれと手に入るものではない。こうなると二丁のうち一つはただの重い荷物でしかない。


「くそったれ!!」


 ルーフ・ワーカーは弾の入っていない方を街道脇の森の中へと放り投げた。


 そんな彼の前から馬車がやってくる。


 早朝から移動する馬車の御者台には、若い男女がいる。荷台にはたくさんの荷物があることからも小さな移動商店、もしくは旅の者だ。


 ルーフ・ワーカーは手にした銃身に舌を這わせ、にこやかな顔で手を降った。


 すると馬車はスピードを落とす。


 ルーフ・ワーカーは駆け足で御者台の横に近寄ると、にこやかな顔は崩さずに言った。


「やぁ、ちょっとすいません。いえね。ちょっと野盗に襲われそうになっていろいろと荷物を捨ててきてしまいまして。ほら、こんな怪我まで。人助けと思って少しばかり恵んでもらえないですかね」


「え、この先に野盗が!?」


 男のほうが緊張した顔をして腰の短剣に手をかける。


 その瞬間、ルーフ・ワーカーは御者台に飛び乗り、男の頭に銃口を向けていた。


「えっ!」


「この先じゃねぇ。野盗はここにいるんだよ」


 ルーフ・ワーカーは心の底から笑った。


 奪い、殺し、犯す。そうだ。今までもそうしてきたじゃないか。


 アップレチ王国にいる叔父……ドメイ・ワーカー宰相に会えば、道は拓けるだろうが、首都に入った瞬間冒険者ギルドか闇ギルドの手に掛るのは間違いない。


 だから野盗。


 いいじゃないか。冒険者ギルドでも闇ギルドでもない所で生きていくには、これしかない。


「恵んでもらうぜ、その女と後ろの荷物をよ!」


 最後の一発で男の頭を撃ち抜いたルーフ・ワーカーは、悲鳴を上げる女の顔を銃床で殴りつけ、服を引き裂いた。


 引きちぎれるほど乳房を掴み上げ、悪鬼のような表情を浮かべたまま、事切れた御者台の男を蹴り落とし、女に覆いかぶさる────伝説の野盗「悪辣のルーフ」が誕生した瞬間だった。











 夜の野営。


 セイヤーが亜空間から取り出したキャンプセットを横に、焚き火を囲むおっさんたち。


 テントはコイオスの分までなかったが、彼は「自作する」と言い出して、どこからともなく現れた蜘蛛の大群が生み出した「糸」で、瞬く間にテントを作り上げてしまったので、おっさんたちは何も言わなかった。


 焚き火を囲む三人のおっさんと旧神コイオスとトト。


 野郎ばかりの色気のない旅路だが、なぜか心は穏やかだ。


 砂漠の街でテキーラに似たラキアという酒も手に入れたし、食料も潤沢だ。


 ジューンは焚き火で乾肉ほしにくを軽く炙り、コウガが小皿に用意した「マヨネーズのようなもの」と「七味唐辛子のようなもの」を少し付けてコイオスに「食ってみろ」と渡す。



 一口でそれを嚥下したコイオスは目を大きく見開いた。


「美味い!」


 旧神、蜘蛛王コイオスは驚いていた。


「ふふん」


 ジューンは少し自慢気だ。


 この乾肉はただの乾肉ではない。


 ジューン自ら塩漬けしたあとに香辛料を肉の表面に塗布して乾燥した、お手製のジャーキーなのだ。さらに香辛料はリリイから調達した高級品で、自慢の逸品だ。


「これは酒に合うな」


「だろ」


 ジューンは嬉しそうにコイオスの空いたグラスに酒を注いだ。


 おっさんは総じて褒められると弱い。


 40代と言えば「何糞精神で叩かれたら這い上がってこい!」という者も多くいる世代ではある。何糞精神とは、怒られたらその時に感じた憤りを原動力にして「なにくそ!」と張り切れ、という意味らしい。


 これは40代のおっさんを教育した60代爺さんたちが戦後教育でそうされてきたから、そのまま押し付けてきた感性だ。


 だが、40代のおっさんでも叱られて伸びるドMタイプは極めて少ない。基本、人というものは褒められるからこそ伸びるものだ。「なにくそ!」と思うくらいなら思わなくて済む職場を選ぶ。勤務年数が老後に関係する仕事なら我慢も必要だが、そうでなければ我慢する必要などないのだ。


 コウガが鍋の横をお玉でガンガンと叩く。


「肉じゃができたよ……って、お前、馬鹿じゃね?」


「え………」


 コウガが呆れたのは、リザリアン族のトトが焚き火に使う木切れをとんでもない量背負って来たからだ。自分の身長の三倍を超えるそれは、一週間は燃え尽きないであろう量だ。


「ははは。余ったものは私が収納しよう。若者には寛容になるべきだぞコウガ」


 セイヤーは凹むトトの肩を叩いた。


「いや、僕そんなキレてないからね!? なにその、他のおっさんを贄にして自分の株をあげよう作戦!」


 三人のおっさんと旧神の大蜘蛛とリザードマンが囲む食卓。


 そこは自由で実に平和だった。


「女っ気がないな」


 コイオスは残念そうだが、三人のおっさんたちはこれで満足だった。


「ふっ………しかし、女がいなくてもお前たちは面白いな」


 コイオスはおっさんたちの顔を見比べながら薄く笑う。


「何が面白いかと言うと、三人ともが出ていることだな」


「「「 え? 」」」


「旧神である私が言うのだから間違いはないぞ? 勇者とはそういうものなのか?」


「「「 やめてくれ 」」」


 三人は心の底から拒絶した。

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