第10話 おっさんたちは嬉しそうに旅立つ。

「御頭、こっちの荷物はどうします!?」


「馬鹿野郎、御頭はあっちだ!」


 プロシア一家の御頭だったエレドワが元手下に吠え返す。


 月夜の子猫商隊キャラバンのリリイは「たはは」と苦笑いしながら、昨夜まで自分たちを狙っていた闇ギルドの殺し屋達が懸命に働いているのを、どこか夢でも見ているような気分で眺めていた。


 リリイの嘆願によって砂漠地下洞窟に監禁されるのを逃れた殺し屋達。


「投獄しない代わりに商隊の手伝いをしてほしい」


 そんなリリイの申し出に、三人のおっさんたちですら「いやいやまてまて」と慌てた。


 相手はどんな卑劣なことでもやってのける殺し屋たちだ。改心なんかするはずがない。今は従順かもしれないが、いつ掌返すかわからないような爆弾を抱える意味もない────おっさんたちはリリイを説得したが、彼女は強い意志を持って言った。


「あんたらからもらったサンドスコーピオンの外郭を売りさばくのに、あたしらだけじゃ人手が足りなさすぎるんだ。それに、結果的には誰も傷ついていない。なにもあんなところに閉じ込めるまではないかな………ってさ」


「あんたぁ、甘い。甘ちゃんだ。だから商売敵に目をつけられちまう」


 投獄される側であるエレドワですら、そう言った。


「ふっ、その通り。人間の心は移ろいやすい。だから制約をつけておこう」


 コイオスは軽く手を振った。


 すると、砂粒のような目にも入らない小ささの子蜘蛛が舞い、殺し屋たちの耳や鼻の穴から入っていく。


「彼女たちに不利益を働こうと考えた瞬間、私の蜘蛛はお前たちの体の中で大暴れする」


「わかった」


 エレドワは納得しているが、他の殺し屋たちは顔面蒼白になっていた。


 その様子に感づいたエレドワは大声で宣言する。


「プロシア一家は解散だ。命が惜しかったら新しい御頭に心の底から仕えるんだな!」


 そして自ら率先してリリイに頭を下げる。


 鬼人オーガ族のエレドワは跪いて頭を下げていてもリリイより大きく見えた。


 その後ろで何人かの殺し屋が「う!」と呻く。どうやら良からぬことを考えて体内に潜む蜘蛛が暴れたようだ。これを繰り返せば従順な商隊員になるだろう。


「ああ、そうだ。お前たちの依頼人は誰だったんだ?」


 思い出したようにジューンが尋ねる。


 本当なら口が裂けても依頼人の名前など出さないものだが、エレドワは体内の蜘蛛を気にしながら口を開いた。


 それによると、月夜の子猫商隊キャラバンかしらであるリリイを誘拐しようと目論んでいたのは、ミノーグ商会の会頭だった。


「ミノーグ商会」


 リリイが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「あのクソジジイ、あたいを妾にしようって腹で、なんだかんだとウチラの商売を邪魔してきやがるんだ」


 商隊の面々も「うんうん」と頷いていることから、結構やりあったのだろう。


「ミノーグ商会はこの砂漠の街リアムノエルからファルヨシの町に行く途中にあるカイリーっていう自由貿易都市に本拠地がある」


 エレドワの情報から、おっさんたちは「よーし、行きがけだし、そこにいってとっちめようぜ」と同意した。


 そして月夜の子猫商隊も馬車を増やし、大量の商材を抱えて移動する。


 今度はおっさんたちがやってきた方向………ホドミの町に行くそうだ。


 出発準備をするリリイに、おっさんたちは握手を求めた。


「冒険者ギルドの受付嬢をやってるリサによろしく」


 ジューンが握手すると、リリイは「おう、頼まれた!」と気風の良い声で返す。


「ミウとエリーゼっていう母子がいたら良くしてやってほしい」


 セイヤーが握手すると「そいつぁ、もしかして【勇殺者ブレイブキラー】のミウかい?」とリリイは少し引きつった顔をする。


「殺し屋連中が働かなかったら言ってね。がなんとかすると思うから」


 コウガは握手しながら、旧神コイオスをと指さした。


「ふっ、問題ない。働かざる者食うべからずだ。さぼろうと考えた時点で中の蜘蛛が暴れるだろう」


 コイオスもリリイと握手した。


「へへ。いい商売ができるといいな。俺の里にもよろしく頼むわ」


 トトも握手する。


「じゃあ、またどこかで!」


 リリイは手を振り、荷を詰む仲間の所に駆けていった。


「うん。いいね」


 コウガはリリイの後ろ姿を見送りながら拳を握った。ガッツポーズというやつだ。


「女が私達に魅了されない。これはいい傾向だ」


 セイヤーも頷く。


「俺達よりとんでもないのがいるから目に入らなくなったってことか?」


 ジューンはコイオスを横目で見ながら言う。


 天上の美顔に薄笑みを湛えたコイオスは、古代ローマ人のような服装ではなくなっていた。


 蜘蛛の糸で編み作った新しい服装は、おっさんたちの、つまりはこの世界の誰もが着ている普通の服と変わりない。


 だが、それでもコイオスが着ると、とんでもなく高価な服に見えてしまう。


「俺にはわかんないっすけど、みなさんより顔形が整ってるのはわかります」


 トトが正直に言った瞬間おっさんたちの肘鉄が入っていたが、そのおっさんたちはどこか嬉しそうであった。











 その頃。


 おっさんたちの知らぬ間に、世界情勢は動いていた。


 冒険者ギルドの総支配人派と、各国重鎮で構成された勇者排除派は、実力行使で反対勢力を潰しにかかった。


 直接実行指揮を取るのは、アップレチ王国で「白薔薇の君」と謳われるティルダ・アップレチ第一王女────の軍門に降ったドメイ・ワーカー宰相である。


 アップレチ王国内戦で完全に劣勢となったドメイ・ワーカー宰相は、本来であれば一族郎党皆殺しもやむを得ないと覚悟していた。


 だが、白薔薇の君はそうはしなかった。


 宰相サイドの王侯貴族たちを抱え込むために、彼を「部下」として引き込んだのだ。


 しかしそれでドメイ・ワーカー宰相が今までに行ってきた罪が消えるものではない。だから、宰相としての立場を奪い、国内の反乱分子を粛清する「白薔薇親衛隊」の座に付かされた。


 親衛隊の役目は勇者擁護派を「反乱分子」と見做し、過剰なまでの戦力を投じて有無を言わさず押しのけること。これは「嫌われ役」以外の何物でもなかった。


 元宰相にして親衛隊隊長となった小太りな男、ドメイ・ワーカーは現状に甘んじてはいない。


 いつかまた、返り咲こうという腹はある。


 ただ、今は、大人しく白薔薇の君に従い、縁もゆかりも無い町を焼くだけだ。






 その縁もゆかりも無い町とは、柔らかなエリールがいる「ファルヨシの町」だった。


 ガーベルドたちは親衛隊が総攻撃してくる、という一報を持ってエリールたちの元に合流してくれたが、突然の武力行使に抵抗する暇はなく、町の人々を離脱させるので精一杯だった。


 その結果、町は焼かれた。


 燃え盛るファルヨシの町を遠くに眺め、避難する人々。


 ほぼファルヨシの民全員が避難し、冒険者ギルド職員にしてランクBの冒険者でもあった「柔らかなエリール」と、その一派である冒険者たちが守りを固めている。


 一行の中にはファルヨシの町でコウガたちが世話になった酒場の娘や、宿店主のダヤン、服飾屋のジョルジョもいる。


 その一同を引率しているのは、半魔族の天位の剣聖ソードマスターガーベルドと婚約者、そして複数人の王国騎士だ。


「ついに奴らは隠れ建てもせず牙を向いてきたってわけか」


 乙女のような見た目と相反する強い口調でエリールは吐き捨てる。


 こう見えて戦場では胸を顕にして敵陣を駆け回る侠気溢れる戦士だ。戦いの最中に女を感じさせることはない。だが、普段の物腰の落ち着きと微笑みから「柔らかなエリール」と呼ばれる。


 その二つ名に騙されて挑み、ボコボコにされた冒険者は後を絶たないが、今は敗走の将であった。


 彼女一人であれば敵兵数百を道連れに戦うことはできるが、町の人々の安全のためにやむなく敗走したのだ。


 ファルヨシの町を失った一行は、あてのない旅を続ける。


 勇者排除派がいる限り、どこの国家も彼らを受け入れてはくれないだろう。


 どこの国も実効支配していない地区を目指すしかないが、これだけの人数を受け入れてくれる場所があるだろうか。


「とりあえず脱出はできましたが、追手を出されたらすぐに補足されるでしょうね」


 2メートルはある筋骨隆々の猫頭人身族ネコタウロスの女冒険者………ミュシャは、丁寧だが少し疲れた口調で言う。


「ある程度は私の魔法でみなさんの疲労を補いましょう。しかし、なんの準備もなく旅を続けるのは………テントも調理器具もなにもないですし、道すがら狩りをしても、この人数を賄い続けるのは無理です」


 中東系の褐色美人………エフェメラの魔女ツーフォーも同じく疲れたように言う。


「我が一人で彼奴らを始末してくると言うておろうに」


 ブラックドラゴンの化身であるジルZirは憮然としていた。


 ローブを羽織ってはいるが、体の要所要所に黒曜石の鱗があり、背中にある黒い被膜の翼と足元に伸びている黒い鱗の尻尾が「人間ではない」ことを記している。


 かつてコウガを慕い、共に戦った女たちがこの場に揃っていた。


「敵の数は数千………ジルさんが敵を殲滅する間にこちらにも犠牲が出ます。ここは逃げの一手です」


 エリールがジルをなだめる。


「この人数で移動できる距離の中でどこの国家にも所属していないのは……カイリーの街ですが………あそこはミノーグ商会が牛耳っていて、利益にならないことはしないでしょう。私達が対価を払ったとしても町の外で暮らせれば良し、というところでしょうか」


 ミュシャの言葉に柔らかなエリールは困った顔をした。


「王国騎士団の助力は得られませんか?」


 言葉の先にいるのは剣聖ガーベルドだが、唇は少し動いているが声は聞き取れない。


「私達も国元を裏切ってきたようなものですから、期待には添えません」


 ガーベルドの婚約者が代弁する。


「どこかこの人数が身を隠せる場所があれば………」


「………ありますね」


 エフェメラの魔女ツーフォーは思い出したように言った。


「私達エフェメラの女たちの隠れ家として使っていた洞窟です。魔法で隠蔽すればかなりの時間は稼げます。その間に反撃の機会を狙うというのはどうでしょうか………問題があるとしたらこの人数で移動するのはかなり目立ちますし、王都に近づく必要があるということです」


「無理かぁ」


 エリールは天を仰いだ。


「仕方ない。カイリーの街を目指すわ」

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