第9話 おっさんたちは投獄する。
「!?」
月夜の子猫
「お嬢、心配ならいらねぇ。あの旦那方がなんとかしてくれるさ」
商隊のおっさんたちはリリイを支えようと、なんとか笑顔を作るが、どうにもはにかんでいるようにしか見えない。
リリイからすると、不器用な部下たちに気を使わせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
商売敵はいくらでもいる。だが、殺しや誘拐を闇ギルドに依頼されるほどの恨みを買った覚えはない。
一体誰が、月夜の子猫商隊を闇ギルドに………。
考えても答えは出ない。
今は、とにかく闇ギルドの襲撃に怯える他ない。
そんなリリイ達がいるのは、衛兵詰所の近くにある空き家だ。
宿には泊まらなかったのは、宿の従業員や他の客に迷惑が掛からないようにするためで、そう言ったのはリリイだ。
「心配ない。全部片付けてくるから」
ジューンは笑顔でそう言った。
「もしものことなどない。私の魔法は完璧だよ」
セイヤーはこの空き家全体になにかの魔法をかけてくれた。
「大丈夫!」
根拠の欠片もない言葉だが、コウガの笑顔にリリイは救われた。
神の使いのようなおっさんたちが、トトや(いつの間にか一行に加わっていた)
ことの始まりは、捕らえた闇ギルドメンバーを処刑ではなく減刑にしたところから始まる。
「闇ギルドは、今回生き延びて禁固刑となった者たちから情報が漏れることを恐れ、殺しに来る可能性が高い。それと、受けた依頼を達成させるためにリリイたちを改めて狙ってくる可能性もある。用心するに越したことはない」
そう推測したセイヤーに異を唱える者はいなかった。
そして今日、敵意ある者が魔法の「探知機」に引っかかり、セイヤーの推測は現実のものとなった。
探知機とはおっさんたちの造語で、実際はセイヤーがこの町を中心に砂漠のあちこちに設置した「魔法結界」の亜種だ。リリイにはよくわからないが、その結界は「害を成そうとする者が入ると術者に知らせを送る仕組み」らしい。
「ちょっと前なら魔法で探し出して直接打ちのめせたんだが、今はこれが精一杯だ」
とセイヤーは苦々しそうに言ったが、そんなことができる魔法なんて聞いたことがないリリイは「ああ、元気づけようと話を盛ってくれているんだな」と苦笑いするだけだった。
「とにかく今夜は無駄な犠牲を出さないためにも厳戒令を出してもらおう。夜間外出禁止にしてくれるように頼んでくる」
と、ジューンが町長に詰め寄り、町長は即決。
だから町の者たちは、普段なら夜通し飲み歩く者たちですら全員戸締まりして息を潜めている。衛兵たちも詰所から出ないで待機している。
そして先程の乾いた「バァン」という音………ついに闇ギルドが攻めてきたのだろう。
生きた心地がしない。
おっさんたちの超常の力は見てきたが、果たして自分たちは朝を迎えることができるのか────不安しかない。
その不安を解消したのは、一時間後彼女たちの元を訪れたジューンの笑顔だった。
「ひとまずは終わったよ」
戦いは終わったが、まだすべての終わりではない。
捕まえた闇ギルドの連中の処分。
依頼主を突き止めてこれをどうにかしないと同じことが繰り返される可能性もある。
そして大元となっている闇ギルド自体を潰す。
やることは多い。
まずは捕縛された闇ギルドの連中をどうするか、だ。
捕まえたのは合計86名。今回リアムノエルの町を襲ってきた一人を除いた全員だ。
彼らは拘束され、町の広場の真ん中で座らされている。
一番前に座らされているのはプロシアだ。
町の者達が物珍しそうに遠巻きに見ている中、冒険者ギルドのスタッフが一人ひとり確認し、おっさんたちのところに来た。
「この中の50名が元冒険者で、残りは現役の冒険者でした。誠に遺憾です………」
おっさんたちに頭を下げる。
「まさかランクB冒険者のエレドワも闇ギルドの………しかもプロシア一家の御頭だったとは」
鬼人族のプロシア。本当の名前はエレドワというらしい。
冒険者としての勇名はかなりのもので、特に傭兵としての実績は群を抜いている猛者だった。
悪い噂もほとんどないまっとうな冒険者………その裏の顔が闇ギルド最大派閥の御頭だったことは、冒険者ギルドの職員からすると驚愕に値する事実だ。
「それと、闇ギルドの者を捕まえる、もしくは殺害した冒険者には報奨金が出ます。後ほどギルドに来て頂ければ………ちょっとお金を工面するお時間を頂くことになりますが」
ギルドのスタッフは申し訳なさそうに小声になった。砂漠の冒険者ギルドにはあまり運用資金がないのかも知れない。
「わかった。あとで行くよ」
ジューンはそう言いながら、いつの間にか横にいた全身黒装束の男を睨みつけた。
「いなくなったことにも気がついてなかったけど、今までどこにいたんだ、デッドエンドさん」
「や、どうもどうも」
デッドエンドはペコペコと頭を下げたが、どんな表情でそうしているのかは黒頭巾のせいでわからない。
いつからいなくなっていたのかも思い出せない。
セイヤーが以前「デッドエンドは認識阻害の魔法が使えるのではないか」と推測していたが、その言葉が真実味を帯びる影の薄さだ。
「ギルド職員とは別に私達も調査したんですが………闇ギルドに加わっていた冒険者は総支配人一派ばかりでしてね」
「ほう」
勇者の血筋であるミウの娘エリーゼを籠絡しようとし、逃げられたため大罪の濡れ衣を着せた好々爺………冒険者ギルド総支配人ゲイリー。
勇者排除派と結びついておっさんたちを排除しようと動いているらしいが、「柔らかなエリール」の冒険者ギルド一派がそれに対抗し、冒険者ギルドは現在内紛状態だ。
「その総支配人派が闇ギルドと関係していると?」
「可能性は高いですね。我々暗部が内偵を進めていますが、まぁ、尻尾を出すかどうかはまだまだこれからです。あ、もちろんこの情報は『柔らかなエリール』が率いている方のギルド一派にも渡しています。私達とは協力体制ですから」
「やるなぁ、エリールとデッドエンドさん」
コウガがどこか嬉しそうに言うが、事態はそう楽観したものではないらしい。
「内紛状態とは言え、中立公正な冒険者ギルドと闇ギルドがつながっていたとしたら、信頼、信用、全て地に落ちることになりますねぇ」
デッドエンドは冒険者ではないのでヘラっとしているが、世界規模のネットワークを持つ冒険者ギルドが機能しなくなると、一番困るのは力なき者たちだ。
ジューンはううむ、と考え込んだ。
「そんなことより、今は彼らの処分だ」
セイヤーは座らされた殺し屋たちを指さした。
「全員殺せばよかろう」
旧神コイオスは簡単に言う。
「そうっすね。うちの里だったら全員見せしめのために縛り首っすよ」
トトも同調する。
そんな過激な発言が飛び交うと、流石に大人しくしていた殺し屋たちもざわめいた。
『一斉に動けば何人かは逃げられるんじゃないか?』
『なんなら見物している街の奴らを人質に』
『とにかく逃げねぇと俺たちに待っているのは確実な死だけだ』
そんな小声を聞き逃すはずのないセイヤーとコウガ、そしてコイオスとトトは、殺し屋たちの四方に立った。
「今逃げたい者は死にたい者だ。町の人達が危険になるのなら、さすがに容赦しないで殺させてもらうぞ」
セイヤーが冷たく言う。
現実世界では人殺しなんて相手が罪人であれ禁忌だが、ここでは違う。むしろ偽善のような優しさによって罪人を逃せば、その罪人の手によってより多くの人を殺すことにもなりかねない。
非情であるべし。
それはディレ帝国でセイヤーが最初に知ったこの世界の現実だが、そうはなり切れないセイヤーは罪人でも助けてきた。
しかし、必要とあれば容赦はしない。
その覚悟があるのはセイヤーとジューンだけだろう。
まだ『この世界はご都合主義のお伽噺』だと信じているコウガには、人殺しの勇気も覚悟もない。それはそれでいいとジューンもセイヤーも思っているので強要はしない。自分たちがやればいいだけの話なのだから。
それでも、できるだけ人殺しはしたくない。
「なぁ、どこか大きな刑務所とかないのか?」
ジューンが質問すると、デッドエンドは「ありますが遠いんですよね」と言う。
それにこれだけの罪人を運搬するのにもかなりの費用が必要となるので、普通ならその場で処刑するのだという。
「一番近いホドミの町にも……あ、みなさんも受付嬢のリサが時間を止めて監禁している牢獄は見てましたね……あれがあるんですが、さすがにこの人数は彼女でも対処できません。他にも死ぬまで外に出さないための大きな監獄はあるにはあるんですが、ちょっと距離がありますし、そもそもの問題も………」
「大きな監獄はどこにあるんだ?」
「みなさんが向かっているファルヨシの町の南西に」
「都合いいな………」
「一度入れば二度と出ることはかなわない、罪人たちの咽び泣く声が常に満ちているというアップレチ王国自慢の監獄ですが………」
「ですが? さっきも『そもそもの問題』とか言っていたが、なんだ?」
「総支配人派や勇者排除派がいる限り、そこに投獄してもあまり意味はないということです。総支配人派が闇ギルドと深くつながっているとしたら脱獄させることもできるでしょうし、勇者排除派に働きかけて彼らを正当なルートで無罪放免にも出来ます。なんせ勇者排除派は各国のトップですから、司法なんてどうとでもなります」
「なるほど。なんだかんだ理由をつけて放免する可能性があるってことか」
「ま、それは彼らを惜しいと思っていればの話です。闇ギルドにとって使い捨てのコマであれば全員毒でも盛られて獄中死でしょうね」
デッドエンドの物騒な物言いに、座らされている闇ギルドの者たちは顔色が紙のように白くなっていく。
プロシア、いや、エレドワだけ肝が座っているらしく、まったく表情は変わらない。
「ふっ、閉じ込めたいだけであれば、手はあるぞ」
コイオスは薄笑みを浮かべた。
コイオスたちティターン十二柱が封じられているのは地下と相場が決まっている。
その空間には当代の神が施した封印があり、巨人族であるティターン十二柱では抜け出ることが出来ない。ただ、人間サイズにまで小さくなれば網の目から抜け出すように外に出られるという、まるでザルのような封印だ。
その封印場所は砂漠のど真ん中の地下にある。
年月を数えることすらアホらしい、天地開闢に近い時代から封じられてきたコイオスにとっては「家」と言っても過言ではない場所だ。
ジューンが氷の道を造ったとき、その影響で洞窟の半分も凍りついてしまったため憤慨したコイオスだったが、封印から出られたので、今となってはどうでもいいことのようだ。
コイオスに言われてこの地に連れてこられたのは、罪人たちとそれを取り囲む衛兵たち。おっさん三人とトト。そして今回の当事者でもある月夜の子猫商隊だ。
「で、ここの下に入れるのか」
ジューンは憐れむ眼差しで罪人たちを見た。
彼らの目の前には流砂があり、それに飲まれたら地下洞窟まで一方通行らしい。
ちなみにその巨大な地下洞窟には明確な出口がない。
コイオスがここから出られたのは、彼が旧神コイオスだったから可能だっただけで、話を聞く限り普通の人間には無理だろう。
なんせコイオス曰く「いつ崩れてもおかしくない岩盤の隙間を辿り、闇に潜む地底人共を駆逐し、零下の地底湖を泳ぎ、オアシスの湖につながっているところから抜け出る。ちなみに地底湖には太古の怪物がうじゃうじゃいた」とのことだ。
ジューンとしては、投獄というか死刑に近いのではないかとも思ったが、コイオスが否定する。
「そう悪くもないぞ。地下水脈もあるし、味を我慢すれば食えないこともない小動物も多いから飲み食いには困るまい。なんならこの流砂から食料を投げ込めば洞窟に届くのは間違いないぞ。あぁ、但し、いつ流れ落ちてくるのかは読めない。数分後かも知れないし、数カ月後か数年後かもわからない。流砂を逆に辿って地上に出られないように、当代の神が時空間を捻じ曲げてあるからな」
闇ギルドの面々は、コイオスが言っていることの後半は理解できなかったが、とにかく「脱出は無理だ」ということだけは理解できた。
そこで意を決したようにプロシア……エレドワが口を開く。
「プロシア一家は脱獄しない。素直にここで反省させてもらう。だから、いつかは許しが欲しい。もしくはすぐさま殺してくれ。永久にこんな砂の中にいるなんて、地獄すぎる」
深々と頭を下げるエレドワに、ジューンは他の仲間を見た。
セイヤーは無視。コウガは神妙な顔。
コイオスとトトは同時に首元に指を持っていき、スッと横に凪いだ。首を切り落として殺せ、というサインだ。
「なぁ、こいつらにチャンスを与えちゃくれないだろうか」
まさかの救いの手は、月夜の子猫
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