第7話 おっさんたちとプロシア一家。
闇ギルド。
表では口に出すことも憚られるような殺人、強盗、誘拐などの汚れ仕事を引き受ける犯罪集団である。
構成員は世間に顔向けできない悪事を働いてきた犯罪者、殺し屋………そして冒険者ギルド所属の冒険者でありながらも、影で報酬の良い闇の仕事を請け負う者も多い。
プロシア一家はその闇ギルドの面子の中でも、凄腕の「殺し屋一家」だ。
この「一家」とは名が示すような「家族」ではなく、プロシアという者を筆頭に徒党を組んでいる「パーティ」と言い換えるべきだろう。
本来なら、徒党を組んだところで裏切り、出し抜き、邪魔なら殺すであろう闇ギルドの面々が、この一家に加わりたくて真面目に上納金を払うほどの連中だ。
プロシア一家に狙われたら、何者も生き残れない。
王侯貴族ですらその名を聞けば震え上がる。
どれほど強固で万全な守りを固めていても、プロシア一家は確実に闇の依頼を達成するのだ。
そのプロシア一家には鉄の掟がある。
一つ、御頭に逆らえば死を。
一つ、身内殺しには死を。
一つ、しくじりには死を。
「しくじっただと?」
御頭は空気が錆びそうなほど低い声で言った。
その声は、その場に揃っているプロシア一家の者たちを震撼させる。
御頭………それはプロシア、その人だ。
そんな彼らの前にプロシアという人物はいない。
これは遠隔地との会話を可能にする魔道具による「通信」だ。
しかし一回の会話で魔道具内の魔石を取り替える必要があるし、通信時間は短い。この通信で金貨5枚(50万円相当)が吹っ飛ぶと聞けば、おいそれと使えない。
それを今は使う必要があった。
なんせ鉄の掟の一つ「しくじりには死を」に値する失敗が起きたのだ。
闇ギルドからの依頼は「月夜の子猫
実に簡単な依頼だ。
今回の依頼はプロシア一家の三人以外にも数人加わっていた。
それなのに、ターゲットのリリイを誘拐出来なかったばかりか、相手の商隊員は誰一人死んでいない。
そして闇の依頼を受けた者は全員捕縛された。
あまつさえ………闇ギルド関連は捕まればすぐ死罪になるはずなのに「被害者からの嘆願で減刑され、投獄で済まされている」というのだ。
捕まっても闇ギルドやプロシア一家の事を喋る者はいない。
そんなことをすれば、死ぬより恐ろしい目に合うことはわかっている。だから捕まった者たちは、口を閉ざしたまま死罪になるのがいつものパターンだ。
それが今回は「減刑された」というのだ。
生きている時間が長ければ閉ざしていた口が開く可能性もある………これはプロシアに連絡する必要があるだろうと通信したが、姿なき声だけでも、その威圧感にその場にいる者たちは萎縮していた。
「依頼を受けたのはリヨル、ナート、ヨウの三人だったな?」
「そうです、御頭」
リーダー格の男は、姿なきプロシアの「声」を相手に頭を下げる。
「あいつらは冒険者ランクC相当だぞ。どうしてそうなった?」
「へ、へぃ………誰もそれがわからないんです……」
「まぁいい。その三人は口封じに殺せ」
「し、しかしもうリアムノエルの牢獄に………」
「だからどうした。町に火をつけてでも殺せ」
「へ、へい!」
「こっちも捕まったアホの奪還に手間取っちまったから、そっちに合流できるのは………ここからだと三日後だ。それまでに片付けておけ」
「へい!」
「しくじった連中の口封じだけじゃないぞ。闇ギルドの依頼もちゃんとこなせ」
「え………」
「え、じゃねぇよ。そこにいるうちの一家全員で、リリイとかいう小娘をちゃんとさらってこい。どいつもこいつも腐っても冒険者ランクD以上だろうが! できるよなぁ?」
「へい!」
複数の声が重なる。
ここに人数を数えることができる第三者がいれば、その数50とわかるだろう。
「邪魔するやつは皆殺しに────」
通信はそこで途絶えた。
魔道具内の魔石に蓄積されていた魔力がなくなったせいではない。何者かが突如降ってきて、魔道具を踏み壊したのだ。
「あ、やべ。なんか踏んだっぽい」
天井の通気口から舞い降りてきたコウガは、わざとらしく言うと、唖然とするプロシア一家の面々相手に「よっ!」て手を上げて挨拶した。
「全員確保ー!」
コウガがテレビ特番でよく季節の変わり目にやっている「密着警視庁24時」風に言うや否や、隠し階段からドッと衛兵たちが雪崩込んできた。
ここは鴨鍋の薬草亭の地下。リアムノエルの町にある「闇ギルド」だ。
「ちっ、皆殺しにしろ!!」
リーダー格が吠えながら腰の武器を手にする。だが、その武器が羊皮紙を丸めて作ったようなペラペラの棒切れになっていようとは。
「抵抗するな」
衛兵たちと共に階段から現れたセイヤーは、闇ギルドの連中が持つ武器をすべて物質变化させ、完全に無効化していた。
だが、それでも闇ギルドの連中とプロシア一家の面々は、衛兵相手に大乱闘を始めた。
そこに爆音が轟き、石造りの天井が抜けて砂埃と共に真紅の鎧を着た男が降ってきた。
コウガはちゃんと通気口を通ってきたのに、大破壊して降りてきたのはもちろんジューンだ。
何人か瓦礫の下敷きにしながらも、すでに眉毛が怒眉天状態になっているジューンは、大剣を構えて一同を睨みつけた。
「月夜の子猫商隊のことを依頼したのはどいつだ」
ジューンは怒っている。
───気のいい商隊の連中が殺されたことが許せない。
───明るく元気なリリイを誘拐したことが許せない。
───横のコテージでのうのうと寝ていた自分が許せない。
それらの想いが怒りとなり、その矛先は闇ギルドに向かっている。
何人かがジューンに殴りかかるが、即座に大剣の腹でぶっ叩かれ、石壁に激突して白目を剥いた。
この【
「大人しく逮捕されるか、俺に叩きのめされるか、選べ」
それを見た衛兵たちもビビッている。人間ってあんなに速く宙を舞うものだったっけ、と。
「な、なんだあれは………ずらかるぞ!」
プロシア一家のリーダー格は身近にいた何人かと、混乱に乗じて隠しドアに身を投じた。
それは少し地下に続き、ここから離れた井戸の中に続いている。この町の闇ギルドを使っている者なら誰でも知っている抜け道だ。
「!?」
一緒に抜け道に入った者たちが何かに絡みとられた。
「なんだこれ!? 動けねぇ!」
目を凝らすまでもない。それは蜘蛛の巣だ。
但し、特大だ。
蜘蛛の糸は下手なロープより太く、とてつもない粘着性で男たちを絡みとっていた。
「ふっ、私の住処はどうだ」
背中から蜘蛛の足を生やした美しい男────コイオスは薄く笑った。
リーダー格がその蜘蛛の巣に絡まっていなかったのは奇跡だった。そしてその奇跡を無駄にするはずがない。
リーダー格は他の面々を見捨て、蜘蛛の巣を掻い潜って走った。
数分後、井戸の内側面に出る。
水はもっと下にあり、上から見てもこの横穴は気が付きにくい。あとはバケツを組み上げる滑車のロープを掴み、上に行くだけだ。
だが────水飛沫を上げ、井戸の底からワニのような顔をした大男が飛び上がってきた。
「ひぃ!!」
リーダー格は足を掴まれて悲鳴を上げた。
「我はリザリアン族、青の部族のトト! キキとララの息子にして孤高の戦士!」
この状況でも名乗りを上げるトトによって、リーダー格は容赦なく井戸水に引きずり落とされた。
「てめぇら、気を抜くな」
砂漠のオアシス「リアムノエル」の外で、砂を含んだ風が低く錆びた声を運ぶ。
声の主は月明かりの逆光で黒い影のように見える。
だが、影でもその身体特徴は明確だ。
筋肉の隆起は岩のようで、刃の立っていない下手な剣撃では薄皮一枚斬れないだろう。
さらに角が見える。片方は途中から折れているが、頭から生えているそれはまさしく角だ。
だが魔族ではない。
魔族の特徴である翼も尻尾もないし、薄紫の肌でもない。むしろ肌は赤に近い色味をしていた。
声の主は────
亜人種の中でも特に戦闘力が高く、肉弾戦では右に出るものがないと言われる種族で、基本的に「強い者がすべて」という考え方をしていて、法や規律を疎んじる。
その鬼人こそが、闇ギルド随一の実力者集団「プロシア一家」の御頭、プロシアだ。
プロシアと、この町にいるはずの一家との連絡が途絶えて三日。風の便りでは、信じられないことに闇ギルド員も含めて全員捕縛されたらしい。
冒険者ギルドが突然本腰を上げたのか───否だ。内紛真っ只中の冒険者ギルドにそんな余裕はないだろう。
どこかの国の騎士団でも出てきたか───否だ。このオアシスは国家に属していない中立都市だし、大金をかけてここに派兵し、治安回復に努めようなどという聖人君子がいるはずもない。
可能性はいろいろ考えたが、鬼人は考えるのが苦手だ。途中で面倒になり、自ら残るプロシア一家全員を率いてやってきた。
「せっかく助けたんだ。活躍してくれよ」
プロシアは横にいる男に低い声で言う。
「もちろんだ、御頭」
応じたのは………ランクB冒険者にして、リザリアンの里を襲撃した罪で投獄されたはずのルーフ・ワーカーだった。
剣聖になれなかったので銃を手にし、冒険者であることを隠れ蓑に悪事にも手を染めていたこの男は、裏では闇ギルドの一員……しかも、その最強派閥であるプロシア一家の一人だったのだ。
ホドミの町に投獄されるのは本部が認めた「極悪人」だけということもあり、冒険者ギルド受付嬢のリサの手配で、ルーフ・ワーカーはファルヨシの町まで移送されるところだった。
それを救ったのがプロシアたちだ。
本来プロシアは仲間の救助などしない。もし護送任務の冒険者が一人でも逃げていたらまずいことになる………プロシアの正体は殆ど世の中に知られていないからだ。
もちろん冒険者たちは皆殺しにしたが、ルーフ・ワーカーはそんな危険を冒してまで救うだけの価値を持つ男だった。
ランクB相当と言えば、この一家ではプロシアと変わらぬ実力者ということになり、いい稼ぎ頭なのだ。
「やけに静かだな」
ルーフ・ワーカーは引き攣った顔をしている。
リザリアンの里でボコボコにされたトラウマがあり、自信喪失しているのだ。
プロシア一家の面々は誰もが緊張していた。
夜とはいえ異様に静かな砂漠のオアシス………その石造りの背の高い建物は、月明かりに照らされながら不気味に見下ろしているように思えたのだ。
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