第5話 おっさんたちと蜘蛛王。

 蜘蛛王コイオス。


 巨人族であるティターン十二神の一つにして、旧神と呼ばれる存在だ。


 その美貌はまさに神のもので、女性は当然のことながら同性たる男でも魂を抜かれたように見入ってしまう。


 ただ、勇者にその魅惑の力は及ばないらしい。


「ふっ、だいたい事情はわかった」


 呪いの件、女たちはおっさんに関しての記憶を失っている件などを聞いたコイオスは薄く笑った。


「私が共にいることを幸運に思え」


 コイオスなら「失った記憶」を取り戻すことができるそうだ。


「私は蜘蛛の王。記憶の糸を紡ぐ蜘蛛も配下にいる」


「蜘蛛? ま、まぁ、さすが旧神………と言いたいところだが、俺たちについてくるってことでいいのか?」


 ジューンはあっけなく同行に首肯した旧神の態度の軟化に、まるでついていけなかった。


「当然同行する。だが、旅の終わりは貴様たちの命の終わりだと知れ」


 コイオスは物騒なことを言いながら、ジューンから順にセイヤー、コウガ、そしてトトを睨みつけた。


 するとトトは「じょばー」と盛大に失禁してぶっ倒れた。


 神の殺気、いや、神気と呼ぶべき威圧感と、コイオス自身が放つ男の色気に当てられて気絶してしまったようだ。


 もちろん勇者たちにはまるで通じていない。


「それとも、まさかあの封印の地に戻れとは言うまいな。私は貴様たちと相見えようとも戻ら────「すいませーん! モップとバケツに水くださーい!」「トト、しっかりしろ。まさか飲めないくせに酒を飲んだんじゃないだろうな!?」「いや、牛乳飲んでたし。旧神に睨まれてビビったんだよ、これ」────聞けよ、お前ら!」


「うるせぇ! こいつの始末が先だろうが!!」


 ジューンは舌打ちしながらコイオスを睨みつけた。怒ると急に口調が荒くなるのがジューンだ。


「飲食店で漏らすとは」


 セイヤーはわずかに身体強化の魔法をかけ、トトを「閑古鳥の一撃亭」の外に引きずっていく。


「まったく。こんなやつ程度のガンつけでビビッて気絶するなんてなぁ」


 モップと水で床を片付けるコウガ。


 こんなやつ程度、と評されたコイオスはこめかみに血管を浮かべたが、黙っている。


 その間にジューンは店主のところに侘びに行き、いくらかの貨幣を渡して事なきを得たようだ。他に客がいなくてよかった。


 こうもおっさんたちが飲みの場での対処に慣れているのは、これまでの人生で、こんな事が何度となくあったからだ。


 特に若手社員がハメを外しすぎて嘔吐してぶっ倒れるなんてことは、毎年あることだ。


「で、なんだっけ? 俺たちとやりあってでも帰らないって? まだ飲み足りないのか?」


 ジューンは今し方侘びの金の返礼として店主にもらったラキアの瓶を目の前に置いた。


「………貴様たちは姉御の元にも行くのだろう? ならば好都合だから同行する」


 その言葉に、戻ってきたセイヤーが「ふむ」と頷く。


 トトは店先に転がしてきたらしい。魔法で回復させてやらないのは、セイヤーがまだ魔力回復中だからだ。


「面倒だがそれが世のためだろうな。血の気の多い旧神バカを野放しにするなんて、厄災以外の何物でもない」


 コウガには『こんなやつ程度』と称され、セイヤーからは『血の気の多い旧神バカ』とまで言われ、コイオスは美しい顔に冷たい殺気を浮かべている。


 その空気を一変せたのは、大きなトレイを持ってやってきたリリイだった。


「おまたせ!!」


 店の調理場まで食料調達に行っていたリリイは、トレイいっぱいに酒の肴を運んできた。


「うわ、すげぇ」


 コウガがモップを放り出して喜ぶ。


 トレイの上には大量のから揚げと手羽先。それはまるでこの砂漠の地とリアムノエルの町のように飾り付けられていた。


 他にもなにかのスナックと枝豆のようなもので作られた中央は、この町の湖を表しているようだ。


 あとは塩とソースで分けられたサイコロステーキがピラミッドのようになっている。


「閑古鳥の一撃亭名物、リアムノエルパーティープレートだよ。たんとお食べ! あたいのおごりさ! あれ? トトは?」


 リリイは気風よく言いながらあたりを見回す。


「熱中症だろう。軒先で風に当てている」


 セイヤーは適当なことを言った。まさか旧神にガンつけられて気絶したとは言いにくい。


「ふーん………あ、それよりどうだい、これ。この町を表してるんだ。あたいら商隊も余所者だけど、ここのコレが一番この町を表してる食べ物だと思ってんだ」


「うん、それはわかるけど、このピラミッドはなに?」


 コウガの質問に、リリイは「よくぞ聞いてくれた」と身を乗り出した。


「この肉は町の南にある遺跡さ。いつの時代のなんの遺跡かわからないし、中に入ったものは誰もいない。ま、この町のシンボルみたいなもんさ………ぴらみっど、ってのは何だい?」


「ダメだぞジューン」


 セイヤーは何も言っていないジューンを制した。


「私達の目的はファルヨシの町に行って冒険者ギルドの内紛を確認し、総支配人派をぶっつぶす………この目的は揺るぎない、と自分で言っていたからな?」


「セイヤー。俺たちは冒険者だぞ。冒険しないでどうするんだ」


 ジューンはピラミッドに行きたくてたまらないようだ。


「女たちが逆境で苦しんでいる可能性もあるんだ。早く行くに限る。冒険はその後でもいいだろう?」


「年取ったら旅なんかやってられないぞ。力ある今のうちに行くべきだ。それに………あの女たちがただの逆境で屈するとは到底思えない。これは見捨てて言ってるんじゃない。信頼があるから言えることだぞ」


「なんの相談だ?」


 ジューンとセイヤーの間にコイオスが割って入る。


 後ろではリリイとコウガが子供のようにサイコロステーキを口に入れ「どこまで入るか」とやっている。


「子供でもそんなことをしたら怒られるぞ」


 セイヤーは引率の先生みたいにコウガとリリイを静かに叱ったが、二人はヘラヘラしてみせた。


「……私は教育的指導でもしてくるか。ごゆっくり」


 セイヤーは逃げる小さなおっさんと小麦色の商隊娘を追いかけていった。


 どうもセイヤーはこの美男子が苦手のようだ。だからわざとジューンとコイオスを二人きりにして、自分は離脱したのだろう。


 さすがに似たような感性をもっているおっさんたちでも、人の好き嫌いまでは一緒ではない。


 ましてや相手は「旧神」だ。その物言いにセイヤーが腹立てるのも重々わかるジューンは、仕方なくコイオスの相手をすることにした。


「俺たちは、この町の遺跡見物に行こうかと思ってる」


「やめておけ。の地には面倒なが封じられている」


「おい旧神、なにを知ってる?」


 ジューンはラム酒に切り替えながらコイオスを睨んでいる。


「おい旧神って………心の底から不敬だな貴様ら……それより、まだ飲むのか!?」


「ここは酒場だ。飲め、さもなくば去れ、だ。で、遺跡にはなにがいるんだ」


 ジューンは空いたグラスにラム酒を注いでコイオスに渡した。


「………」


 出された酒は飲む。それは人も神も同じだ。


 クイッとグラスを干したコイオスは、真剣な顔でジューンを見つめた。


「お前はいちいちガン見しないと話せないのか」


「言っておくことがある。。人間に敬われ、恐れられ、愛されるのは我々であるべきだと思っている。よく覚えておけ。


「恨み言はいいから、遺跡について続きを聞かせてくれ」


「………彼の地にいるやつは旧神だ」


「ほう」


「だが、邪神と言い換えてもいい。我々ティターンや今の神々とは本質が違う。この世界に害しか成さない存在だ」


「へぇ………堕天使アザゼルみたいなやつか?」


「堕天使? それは我々ティターンにとって変わった神の御使いが落ちぶれた姿であり、神ですらない。だが、あの遺跡にいるのは腐っても『神』だ」


「その神さまってやつをよく封じられたもんだな。そういう意味ではあんたらティターンもなんだが」


我々ティターンは負けを認め、自ら地に封じられた面もある……」


 コイオスは憮然とした。


 負けを認め、という部分は自分で言っておきながら、彼の自尊心を傷つける言葉だったらしい。


「とにかく、あの遺跡は神世に作られ、神が多大な犠牲を払って邪神を封じたものだ。私はその時すでに地下に封じられていたので見ることは出来なかったが、この一帯が砂漠になるほどの戦いだったようだ」


「なるほど。触らぬ神に祟りなしだし、行くのはやめよう」


「賢明だ。だが、いずれ関わらざるを得ない予感がするぞ。神の、いや、旧神の予感は当たるぞ?」


「嫌なことを言うな。俺たちは一杯の晩酌と、旨い酒の肴と、いい寝床のために、のんびりゆったり生きていたいんだ。面倒はごめんだ」


「ふっ、ジジ臭いことだが、嫌いではないぞ」


 コイオスは薄く笑った。













 -----------

 作者:注

 ※次回更新前後でこのコメントは消します


 このあと蜘蛛王コイオスさんの独壇場が少し続きます。


 このキャラはアベンジャーズ見たから生まれたわけではないです。もっと前からプロットには書いてました! 書いてたんだもの!(泣)


 ちなみに、私は幽霊とか平気なんですが、虫は大の苦手です。蜘蛛一匹出現したら猫たちと一緒にパニックになります。


 以上、どうでもいいあとがきでした。



*間違えて夜中に更新してたみたい。

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