第4話 おっさんたちと砂漠の酒。

 地中からの謎の攻撃を振り切った一行は、砂漠のオアシス「リアムノエルの町」に辿り着いた。


 普通なら真夜中に着くであろう距離をわずか数時間で走破したので、まだ夕日が沈む前だ。


 月夜の子猫商隊の面々はこれまでにも散々驚き疲れた顔をしていたが、これでもう驚くことはなくなるだろうと、安堵しているようだった。


 特にリリイは商隊の面々に「あれはきっと神の使いだから、できるだけ穏便に」と陰ながら指示を出しているほどだった。


 そんな一行が到着したこの町は、リアムとノエルという兄弟が砂漠を彷徨っている時に見つけたオアシスを囲むようにして作っている。町の名前はその兄弟の名前をつなげたものだ。


 今では砂漠を経由する交通の要所となり、町としての規模は大きい。


 砂漠に似つかわしくない広大な湖をぐるりと囲むように建物が作られているのだが、その建物はすべて石造りのマンションみたいな高層建築物である。


 リリイ曰く、砂嵐や砂塵防止のために、外周の建物はわざと高く建てられているらしいが、おっさんたちは「地盤とか大丈夫なのか?」と不安がっている。


「なぁ、あのさ。報酬は………ほんとにこれだけでいいのかい?」


 町の入口を越えた辺りにある広場で、リリイは約束の大銀貨を数十枚セイヤーに渡しながらも、どこか申し訳無さそうだった。


「商人としての矜持に触れるから言っておくけど、今回やってもらったのは護衛だけじゃないよ? 治癒魔法、食料、道、あと馬車の改造……ってか、なんだい、あの馬車は。うちの馬たちが疲れもなく軽々ひいていたけど、前より硬くて軽くなってた……」


「護衛以外はサービスだから気にしないでいい。だが、味噌は少しわけてくれ」


「樽一つしかないけど………」


「そんなにいらない。拳ひとつ分で十分だ」


「はぁ!? そんだけ!!??」


「塩分のとりすぎが怖い歳でね……今はどれだけとっても健康体のままなんだろうが、長年の癖は抜けないものだ」


「?」


「すまない。なんでもない、こっちの話だ。味噌は酒の肴にするだけだ。その、なんていったか、この町で飲める酒……」


「酒? ラキアのことかい?」


「ああ、それだ」


「だったらせめて、あたいに晩飯と酒はおごらせておくれ。このままだと『月夜の子猫』の名がすたるってもんだ!」


「気にしなくていいんだが………」


 セイヤーがなるだけ女性であるリリイを避けようと交渉している間、ジューンとコウガ、そしてトトは往来の邪魔にならないように、広場の端っこにある石造りのベンチに腰掛けていた。


「なぁ、ジューン」


「ん?」


「さっきの地中のアレ。ほっといていいのかな?」


「ここまでは来なかったようだな」


「けど今後誰かが犠牲になりそうじゃない?」


「まぁ、な………」


「僕たちのせいで誰かが犠牲になるのは、なんかイヤだなぁ、と」


「そうだな。明日倒しに行くか」


 トトはこのおっさんたちが軽々しく「倒しに行く」と言えてしまうところに尊敬の眼差しを送っていた。


 リザリアン族の特徴である猫目の熱い眼差しを直視しないように、二人のおっさんはそっぽを向く。なにか照れくさいのだ。


「不敬がすぎるぞ人間ども」


 突然声をかけられて振り返ると、おっさんたちの後ろにとんでもない美男子が立っていた。


 中東系の顔立ちが多いこの町において、真っ白な肌の西洋系で、スラッとした長身の若者だった。


 服装はトゥニカという古代ローマ人の服装に似ている。チュニックの上にトガという一枚布を体に巻きつけ着付けるものだろう……このまちの文化かと言われたらそうではないらしく、広場にいる殆どの人々とは異なる服装だ。


 だが問題は服装ではない。


 その美男子の瞳に見据えられたおっさんたちは、言葉を失うほど魅入られそうになっていた。


 なんて深い瞳だろうか。

 なんて澄んだ瞳だろうか。

 なんて冷たい瞳だろうか。

 そして────なんて怖い瞳だろうか。


 その美男子が醸し出す存在感は、広場の雰囲気も変えてしまい、道行く広場の人々は足を止め、茫洋と彼を見つめている。


「不敬がすぎる………が、一つ礼を言うべきこともある……ふっ」


 美男子は薄く笑った。


 それだけで広場にいる女性たちが「はう~」とピンク色の吐息を漏らす。


 これに比べれば勇者の異性魅了能力なんて、なんの意味もなさそうだ。


「お前たちを追いかけようと四苦八苦し、人の姿にサイズダウンしてみたら、意外や意外。神の施した結界からすり抜けられた。これは盲点だった」


「ん?」


 ジューンはそんな話をどこかで聞いたなと記憶を辿ろうとしたが、それより先に美男子が会話を続ける。


「だが、私のついの棲家を凍らせた罪は万死に値する」


「あぁ、あんた地下のあの声の正体か………」


 ジューンは少し腰を浮かせる。


「殺す前に教えてやろう。私の名は【蜘蛛王コイオス】。神に封じられ、力は失ったがティターン十二柱の一つにして、貴様たち人間が旧神と呼ぶ────神だ」


 ジューンは立ち上がりながら、合致した歯車が回りだすのを感じた。


 あの『頭の中に響く声』は堕天使アザゼルより前に、地下ダンジョンで聞いたことがあった。


 女巨人……ティターン十二神の一人にして法と掟の女神と呼ばれるテミスが巨人状態の時、あんな声だったのだ。それにテミスも人間サイズになったら神の結界から抜け出せていた。


「ティターン十二神ってことはテミスの知り合いか?」


「……人間風情が姉御を知りあいのように呼び捨てるとは、もはや不敬を通り越して言葉もないぞ」


「俺、不本意ながらそのテミスの婚約者らしい」


「は!?」


 美男子────コイオスは驚き、そしてすぐに笑った。


「くははは。姉御が人間と婚約? そんなバカな話で生きながらえようとするとは、人間の浅知恵にはいつも驚かされる。嫌いではないぞ」


「いや、嫌ってくれてもいいんだけど、俺は小野・テミス・淳之介って名前をもらったな………」


「………」


 コイオスは目を細めてジューンを見た。


 前かがみになって顔を近づけてくると、周りの女子達から「きゃー!」と黄色い歓声が飛んでくる。


 コウガとトトは、おっさんと美男子が興じる禁断のシーンから仰け反るように離れていく。


「まさか………貴様のステータスに書いてある……本当だったのか」


「ステータスが見えるのか!?」


 そんなことができるのは、鑑定魔法を使うセイヤーだけかと思っていたジューンは驚いた。


「私は落ちぶれて地下に封じられていたとは言え、元は神だぞ………」


「テミスにもそんな芸当ができたのか。知らなかった」


「姉御は技巧派ではなく肉体派だから……そんなことはどうでもいい! しかし、なんということだ。あの姉御がこんな虫けらと婚約とは……これはティターン十二神の恥だぞ」


「あ?」


 ジューンの目が座り、眉毛がピンと逆立っていく。


 コウガとトトは諦めたようにベンチから立ち、そっと離れていった。


「てめぇが弟だか旧神だかなんだか知らないが、俺の仲間を恥だとか言わせねぇぞ」


「ふん。異世界から来た勇者め。神代の大戦では貴様たちのせいでティターン十二神は負けてしまったという恨みもある。今ここで意趣返しさせてもらってもいいんだぞ………ん? 貴様、堕天使の呪いを受けて本当の力が出せていないのか。ふっ、これは好都合だ」


 不敵な薄い笑みを浮かべたコイオスは、肩を後ろから叩かれて不機嫌そうに振り返った。


 振り返る時の髪の流れなどは、まるでシャンプーのTVCMのようにスローモーションに「ふぁさー」と広がるように見えた。美男子とは時間のコマですら遅くしてしまうのかも知れない。


「なんだ貴様は」


「人を鑑定する時は『させてください』って頼んでからにしろ。マナーがなってない神だな」


「ふっ、貴様も落ちぶれ勇者の一人か」


「私達と勝負したいのなら場を用意してやる。こっちに来い、シスコン」


「しすこん?」


「神なのに知らんのか? 女姉妹に対して強い愛着や執着を持つ異常性欲者のことだ」


 ずいぶん偏見の入ったセイヤーの物言いだったが、コイオスを怒らせるには十分だった。


「………まとめて相手してやる。残りの命を数えながら案内するがいい」











「無理………」


 コイオスは残りのショットグラスを数えながらテーブルに突っ伏した。


「WIN!!」


 コウガはウエーイ!と両手を上げる。


 リアムノエルの町外れにある、湖が見える酒場「閑古鳥の一撃亭」で旧神コイオスVS勇者の一戦は終了した。


「は? 酒で勝負だと? ふっ、片腹痛いが、よかろう。幾星霜ぶりの酒を味わいたかったところだ」


 勝負を受けてしまったコイオスは、最初の挑戦者であるジューンと同時にワインを一気に飲み干し続け、ボトル20本目でした。


 このおっさんたちは勇者特性の超絶健康体なので、どんなに飲んでもほろ酔いのままなのだが、それは黙っておく。但し、呪いのせいで翌日猛烈な二日酔いに見舞われるようになってしまったので、諸刃の剣ではある。


 セイヤーはコイオスに治癒魔法と解毒魔法をかけて回復させると、次は自分が挑戦し、ウォッカのような酒を飲み比べ、これまた圧勝する。


 最後が一番小柄なコウガの番だったが、そこで登場したのがパリピ御用達の「テキーラ」だ。


 睨んだ通り、ラキアという酒はテキーラに酷似していた。


 あとは丸テーブルさえあればコウガの独壇場だった。


 テーブルを三周してショットを飲み干し、また三周する………これを13回繰り返したらコイオスは今の通り、テーブルに突っ伏した。


「旧神のくせに弱いねぇ」


 真っ赤な顔をしてコウガが勝ち誇る。


「勇者特性あっての物種だが、まぁ、勝ちは勝ちだ」


 セイヤーはコイオスにまた魔法をかけて癒やす。


 三人から酒でボコられた美男子は意気消沈していた。


 うつむいていても長いまつげと綺麗な鼻梁が、おっさんたちからすると


「残るはトトだが、こいつは勇者じゃないし酒が飲めない体質だから勝負はさせない」


 ジューンに言われトトは猛烈に首を縦に振る。あんな飲み方を強制されたら死ぬ、と、この勝負を見ながら終始青ざめていたくらいだ。


 おっさんは若者に酒を強要しない。ただし、飲める若者にはとことん吐くまで飲ませる。酒に関しては0か100なのだ。


「くっ………人間風情に負けるとは………だが、戦いの場なら負けぬぞ」


「やらないぞ」


 セイヤーは味噌を舐めながらラキアテキーラをクイッと飲んだ。


「は?」


 戦わないということより「まだ飲むつもりか」という驚きを含んだ「は?」だった。


「お前と戦って私達になんのメリットがある? そうだろう、ジューン」


「ああ。テミスと戦った時は【吸収剣ドレインブレイド】を賭けていたしな。まぁ、それでも俺が圧勝してしまったから、きっとお前にも圧勝してしまう。先の見えた勝負はつまらん」


「あの姉御に圧勝だと………」


「スネを打ち砕いた。もちろん巨人状態の時に、だ」


「スネ? 語るに落ちたな。姉御はオリハルコンの鎧をまとっている。あれを人間が破壊するなど不可能だ」


「ああ。あの黄金のやつなら木っ端微塵になったぞ? そしたら彼女は負けを認めて、俺を旦那にという話になった」


「………」


 コイオスはがっくりと項垂うなだれた。


 確かに名前をもらっている。それは間違いない事実だ。


「あ、いた! ちょっと! あたいが奢るって言ったのに先に始めてるってどういうことさ!」


 月夜の子猫商隊のリリイが現れた。


「もう! 町中の酒場探したんだからね!」


「すまんすまん。こいつに絡まれたんで、先に潰しておいた」


「あらいい男」


「ん………」


 コイオスは疲弊しきった顔でリリイを見て────急にすっと背筋を伸ばした。


「そなたの名は?」


「ん? リリイだけど?」


「私はコイオス。今宵は君を愛でながら幾星霜ぶりの酒と食事を楽しもうではないか」


 あ、この旧神、女ったらしだ………とジューンは気がついたが、リリイが顔を真っ赤にして頷いたのでほっとくことにした。






 ジューン

『どうする、これ……』


 セイヤー

『私達に惚れる前に他の男になびく。これは新しいパターンだぞ』


 ジューン

『いや、そっちじゃなくて。この旧神このままにしといていいのか?』


 コウガ

『僕たちにはどうにもできないでしょ。また封印するの?』


 セイヤー

『私の魔力はビタ一文使わないからな』


 ジューン

『とりあえず俺たちはファルヨシの町に行って冒険者ギルドの内紛を確認し、総支配人派をぶっつぶす………この目的は揺るぎないな?』


 セイヤー・コウガ

『もちろん』


 ジューン

『連れて行くしかないか』


 セイヤー

『正気か?』


 ジューン

『あれの姉が俺の仲間だったからな。多分問題ないさ。むしろ姉の所に送り届け、姉弟でひっそり暮らしてもらいたい』


 コウガ

『いいねぇ。今回は野郎ばっかの旅路ってのもアリだと思うよ』


 ジューン・セイヤー

『むさ苦しいな』






 顔を突き合わせてボソボソ話ししているおっさんたちを横目に、トトは「もう何がなんだか」と愚痴りながら牛乳を飲み干した。

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