おっさんたちと月夜の子猫商隊物語

第1話 おっさんたちと砂漠の道。

「柔らかなエリールと、皆さんのお仲間だったミュシャ様は、アップレチ王国ファルヨシの町にいます。総支配人派や勇者排除派から様々な嫌がらせを受けているそうですから、みなさんが馳せ参じるのもアリかと」


 そんなデッドエンドの言葉に従うことにしたおっさんたちは、翌朝、身支度を終えてホドミの町の出入り口にいた。


 おっさんたちを見送るのは【勇殺者ブレイブキラー】ミゥと娘のエリーゼ。そしてギルドの受付嬢リサだ。


「私達はリザリアン族の里に匿ってもらう。トトの書状も頂いた。ありがとう」


 ミゥはトトに頭を下げた。


「俺の里なら人族は簡単に来れないだろうし………不便かもしれないけど、すぐにこの方々が万事解決してくれるさ!」


 万事解決を求められたおっさんたちは否定しなかった。


「勇者排除派も総支配人派も、まとめて潰してくる。安心して暮らせるようになったら挨拶に行くから、待っててくれ」


 ジューンが宣言すると、ミゥとエリーゼは目元を潤ませた。


『やばい』


 おっさんたちの本能が「女が惚れてくる瞬間」を感じ取り、警戒音アラートをかき鳴らしている。


 惚れられることに嫌悪感はないが、少なくともこの小学生にしか見えない親子は、ない。種族特徴がどうであれ、おっさんたちからすると「西洋人の子供』にしか見えないので、倫理観が拒絶するのだ。


「リサさん、後は任せました」


 ジューンは慌てて会話先を変えて頭を下げた。


「私は私ができることをするだけです。勇者であるあなたが頭を下げるなんて恐れ多いわ」


「しかし、あなたの時間を止める魔法は最強だ。どんな相手も時間を止めてしまえば簡単に倒せるのだから」


「いいえ」


「ん?」


「時間を止めた相手には傷一つ付けられないわ」


「そういうものなのか……まぁ、それでも十分すごいと思うが」


「時間を止め続けることができる数の上限だってあるし、それに……」


「ん?」


「あなたのほうがすごいわ」


「そ、そうか?」


「自分の命を狙ってきた女とその娘のために戦いに行くだなんて、おとぎ話の勇者みたい。すべての女の憧れるシチュエーションだわ」


 再び警戒音アラートがおっさんたちの頭の中に鳴り響く。


「お、俺達は自分たちのために行くんだ。かっこつけて行くわけじゃない」


 ジューンは慌てて否定したが、それがまた女たちに熱い吐息をつかせるトリガーになってしまった。


「さ、さて。行こうか」


 誰ともなく言い出し、おっさん三人とトトが歩き出す。


 目指すはアップレチ王国ファルヨシの町。かつてコウガがイーサビット達と戦いを繰り広げた町の近くだ。


 少し歩いてから振り返ると、まだ町の入口に女三人がいて手を振り続けている。


「また空を飛ばせてね!」


 受付嬢リサが手を大きく振りながら大声で言った。


「ありゃあ師匠たちに惚れてますよね」


 トトがニヤニヤしながら言う。トカゲ顔のくせにやたら表情豊かだ。他のリザリアン族より表情筋が多いのかも知れない。


「俺、人族の綺麗とかブサイクとかわかんないんですけど、あのメスたちは上玉なんじゃないですか?」


「女性に対してメスとか上玉とか、自分の品性が下劣だと思われそうな言葉を使わないほうがいいぞ」


 セイヤーはキッとトトを睨む。


「す、すいませんセイヤー師匠」


「それ、漫才の師匠を呼んでるみたいだからやめてくれ」


「え、マンザイ?」


「……なんでもない」


 セイヤーは溜息をついた。異世界交流は難しいのだ。


 そんな一行は砂漠の上を歩いている。


 オアシスは視界の先にあるので迷わず進めるし、暑いのは暑いが、耐えられないほどではない。


 地球の砂漠を体験したことがないので正確ではないが、イメージ的にはそれよりずいぶん優しい砂漠だろう。


 優しいと言えば、道も優しい。


 砂丘の中の道なき道をラクダで進んでいくようなものではなく、ちゃんと土の街道があり、その両脇の平原が地平線の先まで平坦な砂、という光景だ。


 サハラ砂漠のようなものではなく、どちらかというとオーストラリアやアメリカの、荒野の真ん中に一本だけハイウェイが通っている風景に近い。


 セイヤーは「よくこの土の道が砂に飲まれないな」と感心している。


 砂地より土の道のほうが多少高くなっているが、それだけだ。防砂堤もないし、一年足らずで風化して砂漠の一部になってもおかしくない雑な道だ。


「いろいろと僕たちの常識では測れないなんだよ、うん」


 コウガは楽天的に言った。実は、ここが「お伽噺のような都合の良すぎる夢の世界」だと本気で思っているのはコウガだけだ。


 この世界は現実世界より人の命が軽い。


 刑事事件を起こしても物的証拠を見つける科学力がないので「容疑」が掛かるだけで罪人にされるような世界だし、権力者の胸先三寸でどうにでも司法は覆る。


 血筋や家系が大事にされ、平民はいつまで経っても平民のまま搾取され続けるし、どんなに愚劣な人格でも貴族は貴族のままだ。


 人同士でもそれなのに、一歩外に出ると人では太刀打ち出来ないような獣がうようよしている。特に「魔物」と呼ばれるこの世のことわりから外れた存在もいる。


 更に「魔族」という人間より明らかに優れた種族もいるし、もっと言えば「旧神」や「堕天使」も存在が確認されている。


 そういう存在から見たら人間なんてアリ以下………つまり霊長類だとは口が裂けても言えない世界なのだ。


 もっと視点を生活に向けてみても、やはりおっさんたちの知る現代社会と比較すると暮らしにくい。


 治癒魔法があるせいで、医療技術は殆ど発展していない。そのせいで、外傷は比較的簡単に治癒できる世界だが、病気には極めて弱い。流行病で国の半分が死滅するなんてことも不思議ではないだろう。


 便利な魔法があるため、医療と共に科学技術もほとんど発展していない。


 ディレ帝国の帝都から始まったエーヴァ商会の産業革命によって、少しは「魔法がなくても安心して暮らせる世界」に意識がシフトしつつあるが、それでも魔法という存在は大きい。


 だから魔法が使える者はエリートだ。


 魔力を持つ人間の総数は少ないらしく、魔力持ちは優遇され、リンド王朝の魔法局のような「エリート機関」に入る。


 その魔力持ちもだいたい血統で決まっており、突然変異でもない限り、魔力を持たない一族から魔力を持つ者は生まれないらしい。


「といっても魔力を持っている者たちも魔力の数値で言えば1とか2が殆どで、ろくな魔法は使えない。強大な魔法が使える魔力50オーバーは極少数だし、100いけば崇められるだろうな」


 自己推測で魔力500のセイヤーが説明する。以前なら無限大の魔力を持っていたのに惜しい限りだ。


 ちなみに、セイヤー推測で数百万の魔力を「自己努力」で得たジューンは、この世界基準で言えば神に匹敵する魔力量ではある。


 だが、使える魔法は各属性魔法の初期の初期………蝋燭に火をつける魔法とかばかりだ。


 ただ、とんでもない努力の結果、その初期魔法は各属性の最強攻撃魔法並の威力を有している。逆に言えばまったく加減ができないので、使い所に困るトンデモ魔法だし、血統魔法のような便利さはない。


「魔力なし、攻撃力もなし。僕って一体」


「「まだ言うか」」


 コウガがいじけてもジューンとセイヤーは認めない。


 この三人のおっさん勇者、いや、おっさん冒険者の中で、間違いなく最強なのはコウガだ。


 「強運」の勇者特性のせいで不運に巻き込まれはするが、なにがあっても必ず生き延びる。


 さらに、自分にされた悪意ある行動は、その内容に応じて数倍から数百倍の不運にして相手に返す。自分が与えた善意も同様に返ってくるのだから、善人であればあるほどコウガは強くなるし、不幸であればあるほど相手は地獄を見る。


 なにもしなくていい。


 ただ存在しているだけで相手は自滅していく。これを最強と言わずしてなんと言おうか。


「えー、なんかさ。僕も自発的にかっこよく攻撃したり、なんかあってよくない?」


 元忍者の家系であろうと、本人がそんな修練を積んでいなかったら血筋などに意味はない。


「僕、きっとトトにも負けるんだけど」


「「そんなことはない」」


 おっさんたちはいつまでも自覚しないコウガに多少イライラしていた。


「トト、やっておしまい!」


 ジューンがどこかの子供向けアニメに出てくる、三人組の悪党のリーダーで、サディスティックな性格の仮面美女みたいなセリフを投げつける。


「え………」


 トトはビクッとした。


 トトは先輩に無茶振りされる後輩みたいなポジションになっているが、リザリアン族「青の部族」の中では最も優秀な戦士だ。


 浅慮が過ぎて猪突猛進だったが、今は反省しきりで性格も丸くなった。そしておっさんたちのおもちゃにされている感もある。


「俺がコウガ師匠とやるんですか?」


「ああ。絶命の終焉ファイナル・ディスティネーションを食らうだけだが」


 絶命の終焉ファイナル・ディスティネーションとはジューンとセイヤーが勝手に名付けたコウガの能力名だ。


 これは、とある「死の運命からは逃れられない」というスプラッター色の強い映画から流用したネーミングだ。


「イヤですよ! これでも戦士なんで不運で死ぬとかイヤです! てか師匠が弟子を殺そうとしないでくださいよ!」


 トトは必死に抵抗するし、コウガもこんな砂漠のど真ん中で怪獣王ゴ◯ラみたいな姿形をしているリザリアン族の戦士と、真っ向から戦う気はなかった。


 そんなこんなで砂漠のオアシスに向けて歩く。


 かれこれ半日位歩いただろうか………。視界には在るのになかなかオアシスに辿り着かない。


「あれ、蜃気楼じゃないだろうな」


 ジューンは不安を口にした。


「もしくは私達が想像しているより巨大で、かなり遠くにあるとか」


 セイヤーは亜空間から水筒を取り出して喉を潤した。


「ほんとにこの砂漠越えないとファルヨシの町に行けないのぉ?」


 コウガはだらしなく舌を出しながら呻く。


「師匠方、あれを!!」


 トトが右手の砂漠を指差す。


 なにもない。


 見渡す限り平坦な砂一面だ。


「サンドスコーピオンが暴れてます。ありゃ商隊でしょうか………必死に逃げてますけど馬車で砂地じゃ速度も出ないでしょう。なんで街道を通ってないんだ?」


「いやまてトト。なにも見えないぞ?」


 セイヤーはいくら目を凝らしても砂埃一つ見えなかった。


「視力を上げる努力はしなかったな」


 努力すればするだけとんでもないレベルまで実力を積むことができる努力の勇者ジューン。視力を上げる努力とは何をするつもりだったのだろうか………。


「え、見えないんですか? あっちです」


 トトは慌てて指差すが、やはり何も見えない。


 後からわかることだが、リザリアン族の視力は人間の50倍を超えており、しかも身長は2メートルを超えている。そのためジューンたちより先の地平線まで見えているのだ。


 地平線までの距離は、見る者の「視点の高さ」によって変わる。


 この世界の、つまりこの惑星の半径がどれだけあるのかわからないが、地球基準で考えれば身長170センチの視点から見た地平線は4.65キロだし、身長1メートルくらいの子供だと地平線まで3.5キロちょっと。


 身長2mを超えているトトから見た水平線までの距離は5キロ半はある。


 余談だが、高いところから見ればもっと先まで地平線は見えるので、スカイツリーの展望台から見れば75キロちょっと先まで見通せるし、地上から10キロほど上空を移動している飛行機からなら、地平線は350キロ先まで見える………つまり飛行機のコクピットからは、東京から名古屋くらいまで見えているのだ。


 それを応用してセイヤーは垂直に飛行した。


 視界に魔力を蓄えて望遠鏡のように使いながら、トトの指差す方を観察すると、確かに遥か5キロほど先で商隊キャラバンらしき荷馬車の一行が、巨大なサソリの群れに追われていた。


「ジューン、いけるか!」


 亜空間から武装を転送され、ジューンの全身は真っ赤な鎧になり、大剣が手に握られる。


 変身ヒーローみたいでかっこいい、と、本人たちは思っているが、セイヤーが倒れたら武器は亜空間の藻屑になるというリスクもある。


 それでも亜空間に預けているのは、着て歩くのが恥ずかしいほど派手だからだ。


「行ってくる。あとで来てくれ」


 ジューンはぐっと力を込めて地面を蹴った。


 その瞬間、ジューンの姿は遙か先まで走り去り、まるでモーゼが海を割ったときのように砂塵が真っ二つに巻き上がった。

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