第6話 おっさんたちとギルド監獄。
冒険者ギルドの監獄。
それはこじんまりとした建物の地下にあった。
監獄と言っても広さが必要ないことは、そこに足を入れてすぐにわかった。
「まるで死体安置所だな」
ジューンの感想の通り、そこは棚のベッドだ。
天井近くまである棚には罪人たちが横にさせられていて、一見寝ているようにしか見えない。その数は縦5段、横は左右の壁一面……片面だけで10列はあるだろう。
「ここに安置しているのは全部で20名です。当該の………ミゥの子供はこちらです」
受付嬢が一番奥の棚まで案内する。
『ねぇ、そろそろ受付嬢の名前聞いたらどうなの?』
コウガが耳打ちするが、セイヤーは軽く首を横に振った。
『私達はあまり女性と親しくならないほうがいい』
『後の祭りもいいとこだけど……』
後ろには【
『いや、我々もやっと男の仲間を得た。気をつけていれば以前のように女だらけということはあるまい』
リザリアン族の若き戦士トトは、寒いのが苦手らしく、地下の薄ら寒いこの空間に身震いしながら一行の後についてくる。
『男の同行者がいるというのは、勇者特性の異性を魅了してしまう能力が薄まっている証だと思う。色恋沙汰で揉めるのは私の本意ではないから、このままできるだけ女性とは距離をとっておきたい』
セイヤーは童貞であることを保持し続けなければ魔法の力を失うと思っているので「女を遠ざけたい」というのは結構本気だった。
「ここよ」
名も知らぬ受付嬢は棚を引き出した。
木板の上に載せられ、瑞々しく寝ているように「時間停止」しているのは、ミゥと変わらぬ外見の少女だった。
まっすぐ寝ているのではなく、まるで何かから身を護るような、実に不自然な姿勢のまま木板の上で横になっていた。
例えるのなら、ちゃんとポーズをとっているフィギュアを横倒しに置いているような感じだろう。
『てか、また女じゃないか………』
コウガは驚き、セイヤーは眉間を抑える。
実はこのおっさんたちは「子供」イコール「息子」だと勝手に勘違いしていたのだ。
天才セイヤーもたまに抜けている時がある。
完璧ではないからこそ人間らしく、ジューンやコウガも親しみを持って接することができるのだから、別に悪いことではない。
「起こしてくれ」
ジューンに促され、受付嬢は少女を抱きかかえ、その場に立たせる。
と、同時に少女は動き出し、まるで一時停止されていたビデオが再生されたかのように「前回の続き」を始めた。
「きゃあ………あれ?」
なにかから身を護るように顔を手で隠そうと動いた少女は、何も起きないどころか視界すら変わっていることに驚いていた。
「エリーゼ!」
ミゥが嬉しいのか泣きそうなのかわからない顔で駆け寄る。
「あれ、お母さん? ちょっと、なんでそんなに老けて……これ、どういうこと?」
あれで老けたんだ………と、おっさんたちは驚きを隠せない。
「あなたに訪ねたいことがあります」
受付嬢が言うと、ミゥの娘エリーゼはキッと顔を険しくした。
「あなた………あなたも老けたけど、私と戦っていたギルド職員ですよね!?」
「………やっぱり投獄しましょう」
受付嬢が手を伸ばすのをジューンが制する。
「まず状況を説明したい。落ち着いて聞いてくれないかな」
「誰ですか、あなた」
「それも含めて説明する」
ジューンは順序立てて説明を始めた。
このおっさんたちは今代の勇者であること。
その勇者の力を恐れた各国の「排除派」が勇者を殺すために、過去の勇者の血と力を今も色濃く残している【
そのミゥは冒険者ギルドに捕らえられたエリーゼを助けることも兼ねてここに来たこと。
そして、誰もエリーゼが「なにをして」投獄されているのか知らないこと。その理由を確認するため起こしたこと。
「はぁ………私と戦っていたあなたがどうして知らないんですか」
エリーゼは受付嬢を睨んだ。その顔の作りは母親のミゥとそっくりだ。
「私は本部からあなたを捕まえるように指示されただけだからよ。当時は理由なんてどうでもよかったわけだし………で、どうしてギルドがあなたを捕らえるように命じてきたのか、心当たりは?」
「冒険者ギルドの総支配人を怒らせたからです」
おっさんたちは、シュートリアの町でランクSの認識票を渡してきた「下手な貴族でも着ないような仰々しく派手なローブを着込んだ爺さん」を思い出した。名はゲイリーだったはずだ。
「なぜ怒らせたの?」
「私、お母さんと喧嘩して家を飛び出して………自立して冒険者をやることにしたんだけど、まだ冒険者になれる年齢じゃなくて……その時、総支配人が私を冒険者候補生にしてくれて、師匠になったんです」
はじめこそ、総支配人のゲイリーはこの娘に冒険のイロハを教え、冒険者として多くの手助けをしてくれたそうだ。
だが、ある夜、ゲイリーはこんな子供の体を求めてきた。
それを断り、逃げ出したら「罪人」にされていたらしい。
「あの
ジューンの眉毛がピリピリと逆立つ。
「あぁ、そういう噂は前からあったわね」
受付嬢は落ち着いたものだった。
「冒険者に成れるのは15歳からと決まっているのだけど、総支配人はまだ15歳になっていない子どもたちを集めて冒険者候補生として育てていたの。それだけなら美談なんだけど、候補生は少女も少年も、みんな総支配人のお手付きになるっていう噂が流れてたわ」
「男も、か」
ジューンの眉がピリピリと逆立っていく。
「ええ。美少年に限り」
「俺たちはそんなやつにランクS認定されたのか」
ジューンは吐き捨てるように言ったが、受付嬢は「噂よ。事実はわからないわ」と付け加えた。
「噂じゃないです」
エリーゼは実被害にあいかけたのだ。その顔は嘘をついているとは思えない真摯さに満ちている。
「なるほど………彼女の話からすると無実ということになる。どうする、受付嬢」
セイヤーが問いかけると受付嬢は嫌そうな顔をした。
「リサよ」
「え?」
「私の名前。リサ。受付嬢だなんて冷たい言い方はやめて欲しいわ」
「あ、あぁ」
セイヤーは曖昧に返事した。ついに名前を知ってしまった、と後悔しているのだ。
横でコウガが合掌のポーズをとっているのが少し腹立たしかったが、セイヤーは何も言わなかった。
「確かに総支配人の噂が真実なら、この子は無実の罪を着せられたことになるわね」
受付嬢……リサは少し笑みを浮かべている。
「だけど、今の話が本当かどうか判別しようがないから、この子を開放することは出来ないわ」
「真実かどうかわかればいいんだな?」
セイヤーは
過去の出来事を抽出して映像化する────商業ギルドの連中にやってみせたトンデモ魔法の一つだ。
「こ、これは」
エリーゼは驚いている。
当時の自分が寝泊まりしていた部屋に、総支配人のゲイリーが入ってきたところのシーンが鮮明に、そして動画として映し出されたからだ。
もちろんミゥもエリーゼも、トトもびっくりしている。
なんせこの世界には映像を記録する技術などないし、そんな魔法も存在していないはずだ。
「そんな事ができるんなら最初からやればよかったんじゃ………」
トトがぼそっと呟いたが、そうできない理由があったからこそ、別の方法を模索していたのだ。
魔力の上限が出来てしまった今のセイヤーにとって、このトンデモ魔法は、かなりの魔力を消費するため、できれば使いたくない方法だった。
映像の中では、派手な寝巻きを来た爺さんが、寝ているエリーゼの布団をめくるシーンだった。
ゲスの極みを体現したようなその顔は欲情に歪んで醜く歪んでいる。とてもおっさんたちにランクSの認識票を渡した威厳ある爺さんには見えない。
侵入者に気がついたエリーゼは目を開けて悲鳴を上げたが、相手がゲイリーだとわかると、安堵したように何事かと問いかける。
そこでゲイリーは舌舐めずりし、力任せにエリーゼの寝間着を引き裂いた。
エリーゼは悲鳴を上げながら胸元を隠し、勇者の力たる風圧による攻撃をゲイリーに仕掛ける。
ミゥがコウガを酒場から引っ張り出したときと同じ、風圧による束縛だ。
だが、老いてもさすがは冒険者ギルドの総支配人………ゲイリーはその見えない枷を破壊し、手に魔力を込めた。
エリーゼはその魔力の正体がなにかわかったのか、迷いなく窓に飛び込み、木枠を叩き壊しながら外に出るなり走った。
「大した身体能力だ。さすが私の娘」
ミゥは感心していた。
逃げ出すエリーゼを舌打ちしながら見ていたゲイリーは、手に込めた魔力で自分の体に裂傷を付けると、少し顔を歪めながらも大声を張り上げた。
「勇者の血筋の女が暴走した!」
何人かのギルド職員が駆けつけると、そこには血まみれのゲイリーが倒れており、窓が破壊されている。
「何事ですか!!」
「エリーゼじゃ……あの子の中にある勇者の血が暴走したんじゃ……わしでも抑えられぬ程の力を世に放ってはならぬ。なんとしてでも捕らえよ!」
「わかりました! おい、ランクB冒険者をかき集めろ。褒美は最高額で用意すると言え。確か『微笑みのリサ』が近くにいるはずだ!」
微笑みのリサ。
この場にいる全員の視線が受付嬢のリサに集まると、少し照れくさそうに「私がそう名乗ったわけじゃないわよ」と苦笑した。
「もういいわ。ありがとう。すごい魔法ね」
リサはセイヤーに少し頭を下げた。
「あなたを開放するわ」
リサが言うと、わっ!とミゥとエリーゼが抱き合う。
おっさんたちはホッと胸をなでおろし、トトはうんうんと腕組みして頷いている。少し偉そうである。
「勇者排除派もアレだが、冒険者ギルドのトップもアレだな」
ジューンは憮然と言う。
「そのことなんですがね」
いつの間にそこにいたのか………デッドエンドがスッと出てきた。
「冒険者ギルドが分裂気味なの、ご存知です?」
誰も頷かない。知らない、ということだ。
「今のお話にあった総支配人派は、最近勇者排除派に丸め込まれましてね」
びっくりな情報だった。
「それに反対し、あなた方勇者たちを守ろうとしているギルド内の派閥もありまして。そこと水面下で抗争しています。あぁ、そうだ。アップレチ王国、ファルヨシの町支店のギルド長の『柔らかなエリール』をご存知ですか?」
コウガが手を挙げる。
「知ってる。魔族のイーサビットが攻めてきた時一緒に戦ったから」
女性なのに上半身裸で猛進していたあの勇姿は、性別を超えてかっこよく見えた。
「ええ。その彼女が中心になってゲイリー総支配人派とやりあってます。彼女はあなたと共に戦ったからこそ、勇者は必要だと訴えているようで、彼女を支持する冒険者も多くいます」
コウガが魔族のイーサビット達と戦う際、命をかけて参戦してくれた冒険者たちに富と栄誉を授けたのは有名な話だったし、臆病風に吹かれて参戦しなかった冒険者たちは罵られて肩身を狭くしていることも有名だ。
「その参戦しなかった臆病者共が総支配人派になっていても、なんら不思議ではないでしょう?」
「なるほど」
コウガは頷く。
「さて。勇者排除派から命を狙われている私たち暗部としては、是非柔らかなエリールの派閥にギルドの実権を握っていただきたいところでして、陰ながら協力しております。その見返りが………」
「ギルドの情報ね」
受付嬢リサはすべてわかったようだった。
鉄壁のセキュリティを誇る冒険者ギルドの情報は、いくら優れている暗部でも簡単に手に入れられるものではない。内部に協力者がいたと考えるのが道理だ。
「ええ。ここにミゥの娘さんが捕らえられていることも、そこから得た情報です。暗部にしては正直に話しすぎでしょうかね?」
「正直なことを馬鹿にするやつはいないさ」
ジューンは逆立った眉をなでつけ下ろしながら微笑んだ。
「俺達を敵視する排除派が、エリーゼちゃんを襲った糞支配人とつながったということは、手間が省けたと考えるべきか」
セイヤーは悪巧みしている顔になった。
「やっぱ、まとめてぶっ潰すよねぇ」
コウガはポキポキと拳を鳴らした。
「もうひとつ情報が」
デッドエンドは勢いづくおっさんたちに言った。
「コウガさんのお仲間、
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