第5話 おっさんたちと受付嬢。
「どういうこと?」
コウガが顔を曇らせる。
「勇者排除派に追われてるから、僕たちを頼って来た………って言ってなかったっけ?」
「それも本当です。ただ、排除派が次にすることも知っていたので、邪魔してやろうかと思いまして」
「なに? そういう含みのある言い方、僕嫌いなんだけど」
「ミゥが排除派に否応なしに雇われたように、その子も排除派の手駒にされそうだったので、救い出そうかと思いまして。ただ、さすがに冒険者ギルドの監獄から罪人を助け出すのは我々暗部でも至難の業ですので、ミゥ当人に助力を願った次第です」
「なんで普通に協力してって言わなかったのさ」
「彼女に遠まわしに伝えたのは、私達暗部がストレートに申し出ても信用されないだろうと判断したからです」
「なるほどねぇ」
コウガは一応納得したようだ。
しかし納得していない者がいる。冒険者ギルドの受付嬢だ。
「確かにこのホドミの町に、いえ、この近隣にある冒険者ギルドはここだけだし、務めている職員は私だけ。その地下にある監獄は『戻らずの監獄』なんて言われてるわ。これ、どういう意味かわかる?」
受付嬢に問われたデッドエンドは黒頭巾の顔をかしげた。
「そうなんですよねぇ。そのあたりが我々暗部も手を出しにくかった理由でして」
その会話の最中、おっさんたちは顔を見合わせていた。
たった一人で冒険者ギルドの支店を切り盛りし、しかも監獄の管理まですることができるだろうか。
コウガの知る中では、ファルヨシの町のギルドも一人で受付嬢兼ギルドマスターをやっていた人物がいる。元ランクB冒険者の「柔らかなエリール」だ。
だが、彼女ですら監獄の管理まではやっていない。
いくら冒険者や依頼数が少ないとしても、どう考えても監獄の管理までは無理がある。
「実は一人じゃない? 俺ならバイトを雇うが」
「いや、分身の術かもしれんな。私ならそうする」
「実は投獄なんて嘘っぱちで、罪人みんな殺してたりしてね」
最後の一言………コウガの推理に、おっさんたちは「それならありえる」と言ってしまい、ハッとミゥを見た。
幼いその顔が土気色になっていく中、受付嬢は薄く笑っている。
「当たらずとも遠からず。だけど、殺してなんかいないから安心してミゥ。みんなちゃんと投獄されてるわよ。但し魔法で仮死状態にしてあるけど」
受付嬢のセリフにデッドエンドは「なるほどー」と手を叩いた。いちいち言動が役者じみている。
だが、セイヤーは眉を寄せ、なにか考えていることが口からこぼれだしていた。
「魔法で仮死状態にする……仮死状態でも外部から栄養を摂取しないと人は餓死する……点滴でも打ち続けているのか?……排泄物は普通にあるだろうし、寝返りを打たせないと床ずれで大変なことになる。そんな介護じみた作業を彼女が一人でできるものか?……無理だな……では、他にありえる方法は……瞬間冷凍による仮死か……」
受付嬢は「へぇ」と感嘆の声を漏らした。
セイヤーがうつろな眼差しでブツブツ言う独り言は続き、全員がそのブツブツに耳を傾けている。
「瞬間冷凍は現代社会でもできる。だが、瞬間解凍と蘇生ができない。瞬間解凍ができたとしても、止まってしまった血流や心臓や細胞すべてを、冷凍する直前と同じ状態にすることは不可能だ………それを可能にする手段があるとしたら、それは………」
「時間を止める?」
天才セイヤーの謎解き劇のフィナーレ、一番盛り上がるところの解答を口にしたコウガを、セイヤーは横目で睨みつけた。
「え、えー? 僕が言ったらダメなパターン?」
受付嬢は拍手した。
「正解。私の家の血統魔法は【対象の時間を止め、動かすこと】よ。私は一族の中でも血統魔法に愛されてるタイプで、複数にそれができるの。こんなふうに」
受付嬢の姿が消えたかと思ったら、カウンターの上に座るデッドエンドの横に立っていた。
高速移動ではない。空気は一切乱れていないとジューンは感じられたから。
転移魔法でもない。セイヤーは微量な魔力を感じたが、空間を穿つような転移魔法の特徴は、まったく感じられなかったから。
幻覚でもない。コウガは「催眠術かなんかだろう」と思って、ずっと唇を噛みしめて幻覚の作用が自身に及ばないようにしていたし、なんの違和感もなかったから。
「今、ここにいる全員の時を止め、私はゆうゆうと歩いてここに来たわ────降りなさい」
「は、はい」
さすがのデッドエンドもビビッたようにカウンターから降りた。
「さて、どうします?」
自分もカウンターから降りながら、受付嬢は両手を上げた。
「貴様を殺せば魔法は消えるのだな」
ミゥは正座しているおっさんたちの間に体をねじ込ませるように前に出るなり、空気の断層であらゆるものを切り裂く勇者特性の技を放った。
おっさんたちがミゥを止めようと立ち上がる間もなく、空気の刃は放たれてしまった………が、切れたのはカウンターの一枚板だけで、そこに受付嬢の姿はない。
それどころか、ミゥの身体が発泡スチロールより軽く吹っ飛ばされ、その小さな体はデッドエンドがキャッチした。
もともとミゥがいた場所、つまりおっさんたちの真後ろに受付嬢は移動していた。
今、また、ここにいる全員の時間を止めたのだ。
ミゥに致命傷を与えていないのは、今の話が嘘ではないことを示すデモンストレーションの続きだろう。
「くっ………一瞬で、いや、まったく同時に何発もパンチを受けた気がする………ぐふっ!」
ミゥはデッドエンドを突き飛ばすように立ち直ったが、まだ足元はよろめいている。
唇の端から血が一筋流れているところを見ると、内臓にダメージを受けている。デモンストレーションにしてはガチだった。
「ミゥ、バカなことしないで。私が死んだら囚人たちは二度と開放されず、永久に仮死状態よ」
「それが嘘だったら?」
「あのねぇ、わかってる? 私が死ぬと、あなたの子供はずっと生きているのか死んでいるのかわからない状態のまま、世界が終わる時まで魂を縛り続けることになるのよ!?」
「つまり、あなたが開放してくれない限り、どうにもならないってことですかねぇ」
デッドエンドはおっさんたちの横であぐらをかいた。
その行動一つ一つが、どこかズレている。普通ならその辺りの椅子に腰掛けるところだ。
「そうなるわね。だけど、私はギルド職員であり、この支店を預かっている責任者として、本部の許可なく罪人を外に出すことはないわ。たとえ殺されようが拷問されようが、ね」
ミゥが「ぐぬぬ」と歯ぎしりするのを横目に、おっさんたちは小声で相談を始めた。
ジューン
『セイヤーの魔法なら、時間を止めてる魔法でも解けるんじゃないのか?』
セイヤー
『新しい魔法を作り出す力は失われている。私ができるのは今までに作り出してきた魔法の中でも、今の魔力で使える範囲のものだけだ』
コウガ
『時間を止めたり動かしたりする魔法はなかったの? あの短期間でディレの帝都を世界最大の文明都市にしたくらいだから、時間止めて働いてたんじゃないの?』
セイヤー
『あった。が、今言ったとおり、今の魔力で使える範囲のものだけだ。時間停止と解除に使う魔力を1000だと仮定したら、今の私の魔力上限は500というところ………つまり、無理だ』
ジューン
『普通の人の魔力ってどのくらいなんだ?』
セイヤー
『それを今聞くのか………普通は5とか10、すごい魔法使いで100というところか。ちなみにジューンは魔力だけは数百万あるが、使える魔法が各属性の最強魔法だけだから、宝の持ち腐れだ』
コウガ
『え、僕は?』
セイヤー
『ない。0だ。この世界でも大半の人間は魔力など持っていないから、ごく普通のことだ。気を落とさなくていいぞ』
コウガ
『うわぁ、あからさまに慰めるのやめて?』
セイヤー
『話を戻すが、どうする? ミゥのこともその子供のことも、私達には関係のない話ではあるが………』
ジューン
『助けてやりたいところだが、その子供はどういう罪状で捕まったんだ? 勇者の力で悪事を働いていたとしたら助けたらダメだろ』
セイヤー
『確かに。ギルドの受付嬢はなにも間違ったことは言っていない。どちらかと言うと、こんな辺境でも本部の言いつけを守るくらい職務に忠実だ、と褒めたいところだ』
コウガ
『じゃあ、ミゥの子供が何して捕まったのか聞いて、その結果、もし冤罪だったり軽い罪だったりしたら? 受付嬢に頼まないとどのみち時間を動かせないわけでしょ? どう説得するのさ』
ジューン
『任せろ』
セイヤーとコウガが驚く顔をしている間にジューンは立ち上がった。
「ところで、ミゥの子供はなぜ投獄されているんだ」
ジューンの質問にミゥと受付嬢は違う回答をした。
ミゥは「勇者の血を強く引いている危険人物として捕らえられた」と言い、受付嬢は「勇者の力を悪用して悪事を働いたから捕らえられた」と言う。
チラッとデッドエンドを見たが、こちらを察して首を横に振る。
「誰も具体的な罪状を知らないのか? なにをしたから投獄された、という『なにをした』かっていう内容だ」
ミゥと受付嬢とデッドエンドは、同時に頷いた。「知らない」ということだ。
「じゃあ本人に聞くしかないな。監獄に連れて行ってくれ」
「言うと思った。だけど、規則だからそれはできないわ」
「ランクSの権限」
ジューンは首にかけた認識票を取り出して、受付嬢に見せた。
「ランクSはギルドの全権代理人、だよな?」
「………ええ」
「俺が開放しろって言えば開放しなければならないルールだろ?」
「………そういうお達しが本部から来ていたわ」
「だろ? だけど、そう言わないで『本人に話を聞かせて』と言ってるのは、俺たちにも善悪を判断させてほしいからだ。譲歩していると思うし、場合によっては開放しないという判断に納得できる。そうだろ?」
「………わかったわ。私も投獄理由を知らないわけだし」
受付嬢は渋々折れた。
振り返っておっさんたちを見たジューンが「どや」とキメ顔をしたので、セイヤーとコウガはうんざりしたように「はいはい」と薄~く褒め称えた。
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