第4話 おっさんたちと冒険者ギルド。

 酒場前のゴタゴタも夜の帳が降りると、すっかり忘れさられた。


 今では仕事を終えた町の者達が酒場に溢れ、店内は少しばかりざわめいている。だが、これくらい賑やかな方がおっさんたちは好みだった。


 酒場の一番奥に陣取ったおっさんたちは、ソースを塗って炙り薄くスライスした肉を肴に、ウイスキーのような酒を飲んでいる。


 飲み会ではない。勇殺者ブレイブキラーミゥへの尋問だ。


 ミゥは椅子にちょこんと座って、ちゃんと尋問を受けている。


 尋問と言いつつ、ミゥに対してエールと食事を提供しているあたり「親戚のおっさんたちの宴会の場に呼ばれた小学生」みたいになっている。


 その妙な雰囲気に同席しているトトは首を傾げていたが、文句は言わず黙って牛乳を飲んだ。彼は下戸げこなので酒は飲まないことにしたのだ。


 おっさんたちは、まず彼女ミゥの生い立ちを確認した。


「私の母方の種族はコロボックル族で、父親が異世界から来た人族の勇者だ。だから私、コロボックル族の中では大きい方だ。もちろん、人族から見たらコロボックル族は幼児みたいだろうけど」


 小学3~4年生のような見た目は「老けにくい勇者特性」から来るものではなく「種族特性」によるものだった────ミゥの説明におっさんたちは表情が固まっていく。


 おっさんたちは、その幼児みたいな種族と子作りした日本人が過去にいた………ということに戦慄を覚えているのだ。


 日本人の男は基本的に若く初々しい女が好きだ。


 世の中にはロリコンと呼ばれる少女趣味も少なからずいるし、女子学生の制服姿に興奮するという倒錯した男も少なくない。


 確かにアニメや漫画で過激な露出をする女性の中には童顔少女も多くいるし、アダルトムービーでも女学生の制服を着せる………だが、多くの男性にとってそれは「虚構」のことであり、あくまで「禁忌を犯す行為に興奮する」という妄想でしかない。


 そう。幼い異性に大人の男が劣情を抱くというのは、禁忌なのだ。


 妄想ではなく現実に少女に手を出す男は、良心の枷が外れた狂人と言っても過言ではない、というのが現代社会の見識であり、もし年端もいかない美少女が眼の前でスカートたくし上げて『どうぞ』と足を開いたとしても、ほとんどの男が様々な理由をつけて断るだろう。


 それが「手を出さないと男が廃りそうなシチュエーション」にだったとしても、相手が子供では無理、と思うのが普通なのだ。


 たとえばジューンなら────どんなに性欲魔神になろうとも、自分の理性が本能をぶん殴って「だめでしょ、そんなことしたら」と女の子を叱るだろう。


 少女の方からそういうことをするという状況がおかしい。なにかあるはずだ。だったら親身になって相談に乗る。少女にダメな考えがそこにあるのなら、納得してくれるまで言葉を変えて説得する。それこそ自分の娘や姪っ子を心配する親のように。必死に相手に「それはダメなことなんだよ」と説得するタイプだ。


 たとえばセイヤーなら────あまり異性に興味を強く持たない彼は「そんなことをしてる場合か」と叱るだろう。


 性差別ではなく歴然とした事実として「子を孕むのは女性だけ」だ。そこには出産に伴い死に至るリスクも存在する。そんなハイリスクを一時の感情だけで受け入れるのは愚行でしかない………と、現実的に血の気が引くような話をして思いとどまらせるタイプだ。


 たとえばコウガなら────パーティーピープルだから、周りに若い女が集まりやすいからこそ「絶対ダメ」と叱るだろう。


 パリピというのは案外周りに気を使う。夜中に騒ぐのは人気のない静かな場所ではなく「騒いでいい場所」だけだし、そこには酒や色恋沙汰も入るから、絶対未成年や凶状持ちは加えない。そんなものを入れたらすぐにパリピグループは瓦解してしまう………楽しい時間を守るために、ルールに厳しい。コウガはそういうタイプだ。


 つまり、このおっさんたちにとって、少女のようなコロボックル族を抱くというのは禁忌であり、それを行った昔の勇者は侮蔑の対象なのだ。


 完全に硬直しているおっさんたちを見て「真面目に聞いてくれている」と思ったミゥは話を続けた。


「コロボックル族は大人になっても見た目は人族の子供のようだし、老けだすのも老人になってからなので、他の種族からはよくバカにされる。コロボックルの中では一番背が高い私だって、人族からしたら10代前半にみえるのだろう?」


 おっさんたちはうんうんと頷く。


「でも私は今年30歳だ。他所の種族はわからないけど、うちでは熟女だ」


 おっさんたちはうーんと唸る。熟女にはどうしても見えない。


「で、子供が捕まってるって?」


 ジューンに問われ、ミゥはゆっくり頷いた。


「更に言うと、私の子供は勇者の能力が強く出た。私よりも、ね」


 セイヤーは「ふむ、隔世遺伝だろうな」とつぶやく。


 隔世遺伝とは、親ではなく祖父母やそれ以上前の世代から、能力や体質、容姿が遺伝しているように見えることを示す。間歇遺伝かんけついでんとも言う。もちろん遺伝子学など存在しないこの世界には存在しない言葉だ。


「んー? 勇者みたいに強いのに捕まってるの?」


 コウガは首を傾げた。


「ミゥちゃん、いや、ミゥさんもそれだけ強いのに? 子供のほうがもっと強い? それを捕まえられるやつなんてこの世界にいるの?」


「いる────冒険者ギルドの連中だ。やつらの中でもランクC、ましてランクBにもなれば無敵の強さを誇る化物揃いだからな」


「ん?」


 おっさんたちは目をしかめた。


 なにか忘れている、ということを思い出したのだ。だが、何を忘れているのか思い出せない。今引っかかったキーワードは………冒険者ギルド………?


「あ」


 おっさんたちは一斉に思い出した。


 ホドミの町の冒険者ギルドの受付嬢と「夕食はギルドの前で待ち合わせしましょう。湯浴みして夕日が沈んだ頃に」と約束していたのだ。


 もちろん、夕日はとっくに沈んでいる。


「くそっ、ロリコン勇者のために頭悩ましてる場合じゃなかった! トト、行くぞ」


 ジューンは慌てて大銀貨を二枚ほどテーブルに置いた。日本円で二万円。十分すぎる対価だった。


「は、はい!!」


 トトは尻尾を立てて牛乳を一気飲みする。


「まずいな。レディーを待たせるのは紳士として最低だ」


 セイヤーは別に紳士であろうと思ったことはないが、約束を守ろうとは強く思っている。


 彼が経営者だった頃は、すぐ約束を破る経営陣ボードメンバーにほとほと呆れていた。


 思えば彼らは何一つコミットしないし、責任は代表であるセイヤーに投げてくる………経営会議に出席しているのは「ただ甘い汁を吸いたいだけの虫ども」ばかりだった。


 自分があんな虫になるのは避けたい。だから約束は守らねばならないのだ。


「ほら、行くよ!」


 コウガに促されてミゥも立ち上がる。


「え、どこに行く!? ってか私も!? え、え、ちょっとまって! 冒険者ギルドって言ったのか!? ちょっと!!」


 ミゥの抵抗は完全に無視された。











「遅くないですか?」


 受付嬢はプンスカしながら薄暗いギルドのテーブルに腰掛けていた。


 さっき別れた時とは打って変わって、背中がガッツリ空いたパーティードレス姿でセクシーだ。


 もうギルドの受付時間は終わっているため、外には「CLOSE」という意味の文字看板がぶら下がっている。


 室内もカンテラライト一つで照らされているので薄暗い。


 おっさんたちが一向に来ないので仕方なくギルドの中で待っていた受付嬢は、駆け込んできた全員を目の前で正座させ、説教タイムに突入していた。


「遅れた理由を言わせてもらっていいか?」


 ジューンが言うと、受付嬢はチラっと後ろで立ち尽くしているミゥを見た。


「言わなくてもわかりますけど………そこのおばさんに絡まれたんでしょ?」


 ミゥはピクっと眉を動かした。


「ほぉ。私が円熟しているとでわかったのか。実はお前もそこそこに年季が入っているんじゃないのか」


 受付嬢の眉もピクっと動いた。


 その女の年季が入った二人に挟まれる形で正座しているおっさんたちとトトは、不穏な空気を感じて徐々に猫背になっていく。


 こういう空気に腕っぷしとの強さとか勇者だとかは全く意味をなさない。男は女の喧嘩を前にすると萎縮するように、本能と遺伝子に刻まれているのだ。


「私達はこれからディナーなんで邪魔はやめてくれません?」


「私はこいつらに引っ張られてきた方だ。文句言われても困る」


「引っ張られてきた? ………あなた、勇殺者ブレイブキラーミゥでしょ?」


「ほぅ、冒険者ギルドのスタッフ風情がよく知っていたな」


「………あなたがいるってことは、考えられることは2つ。【勇者排除派】に雇われて、この人達を殺すために、わざわざこんな辺鄙な所にまで来たか………それとも、ギルドに捕まっている自分の子供を取り戻すために来たのか」


「もちろん両方だ」


 ミゥの体から殺気がほとばしる。


「まさか裏切り者の暗部連中が行く先に我が子がいるとは、これほどの幸運、神とやらに感謝したことはないぞ」


 ミゥの告白を、受付嬢は何処吹く風のような顔で見ている。


「ふーん。あなたの子供がここに捕らえられてるって、ギルドの中でもトップシークレットなのにどうして知ってるの」


便で聞いた。本当はこっそり忍び込むはずだったが、この人達に引っ張られてきてしまったから、もう何が何でも実力行使でうちの子は引き取らせてもらう」


「とりかえしてどうするのよ。隠れて生きるつもり?」


「そのつもりだ」


「ふーん。で、私ここのギルドの責任者なんだけど、犯罪者を簡単に出したりしないわよ、オバサン」


 受付嬢が立ち上がり、拳を軋ませた。


 正直、男たちは生きた心地がしなかった。


「いやぁ、どういうことでしょうかね」


 あらぬ方向から声をかけられ、受付嬢とミゥは眉を寄せた。


「あ、どうも」


 デッドエンドはひょっこりとギルドの受付カウンターの奥から現れた。


『いないことに気が付かなかった』


 酒場でミゥを尋問している時から既に姿を消していたデッドエンド………おっさんたちはなぜか悔しくなった。


「そこはギルド職員以外立ち入り禁止よ。出てきなさい」


 受付嬢が怒ったように言うと、デッドエンドはカウンターの上に載った。


「さてさて皆さん。勇殺者ブレイブキラーミゥは私を追ってここまで来たんですが、今お聞きになったとおり、もう一つ目的があったんですよ。に囚われているお子様を救い出すこと。実際、それが本当の目的ですよね?」


「そう……って、なぜ貴様がそんなことを……」


 ミゥもデッドエンドの役がかった解説劇に動揺している。


「まぁ、ここにあなたの子供が捕まっているという情報を遠回しにあなたにリークしたのは私ですし、こうなるように仕組んでいました」


 デッドエンドは「ふふ」と笑った。

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