第3話 おっさんたちと殺しの勇者。
見えない力で店の外に引っ張り出されたコウガは、道端にズササと引き倒された。
全身を縛るような痛みを感じているが、その痛みの原因がわからない。
「あ、きたねぇ。自分だけエールを冷やしてるなセイヤー!」
「わかった。君の分も冷やそう」
店の中からのんびりした声が聞こえてくる。もちろんジューンとセイヤーだ。
同席しているデッドエンドは吹っ飛ばされたコウガを見て、ちょっと腰を浮かせて慌てたようにも見えたが、ご同輩のおっさん勇者たちは落ち着いたものだった。
「ちょ! 僕がこんな目にあってるのにのんびり飲んでる場合!? おかしくない!?」
「いやぁ………その相手見たらなぁ」
ジューンはやる気なさそうに店内から指差した。
その指の方向………往来のど真ん中に敵はいた。
「貴様たちが今代の勇者だな」
右手をまっすぐコウガに向けて伸ばしている女。
この世界ではずいぶんと見慣れた西洋顔ではあるが、顔の作りにどことなくアジア系も混ざっている。ハーフかクォーターと言われたら納得できる顔立ちだ。
そして、やたら若い。若すぎる。
まだ小学生くらいではなかろうか………大人のおっさんがデコピン一発でもすれば泣き出しそうな女の子の姿を見れば、ジューンやセイヤーが助太刀に入らないのも頷ける。
服装はワンピースを腰ベルトで絞ったような、この世界のよくいる村娘の恰好で、とても戦う姿には見えない。女性らしい体の凹凸もない、とても普通の子供だ。
「ディレ帝国暗部の裏切り者たちを追ってきてみれば、ちょうどいい獲物に出会えたものだ」
女、いや、少女は勝利を確信した顔をして、ずいぶんと大人びた口調で言った。
「あの子供が『勇者の子孫』かぁ。他のも全部あんな感じのガキンチョじゃないだろうな」
ジューンはそこまで言い終わると「これ、おかわり」と、エールのおかわりをウエイターにお願いした。
「我々を狙ってきたのではなく、デッドエンドを追ってきたら我々がいたというわけか。まぁ運が悪かったな………すまんが私の分もおかわりを頼む。それと酒のつまみはなにかないか?」
セイヤーも落ち着いたものだった。
「いやぁ、暗部が後をつけられるなんてお恥ずかしい。あれはあんな見た目ですが、ディレ帝国の秘蔵っ子で、勇者の血統ですよ。あ、私もエールおかわり下さい」
デッドエンドはジューンとセイヤーの落ち着きを見て「あ、これは大丈夫なやつだ」と思ったのか、調子に乗ってエールのおかわりをオーダーする。
ちなみにトトは酒場の入り口脇で座ってイビキをかきながら寝ている。
「ちょっと! みんな相手が子供だから僕に任せようとかいう話!? 僕を舐めすぎじゃない!?」
コウガ必死の抗議も虚しく、店内では観客席のように傍観を決め込んでいる。
「俺、子供苦手なんだ」
「私もだ」
ジューンとセイヤーは『任せた』と目配せする。
「ガキンチョなんてげんこつ一発でしょうが!」
プンスカと立ち上がったコウガは拳に「はぁー!」と息を吹きかける。
なんでそんなことをするのかよくわからないが、頑固親父がげんこつを落とすときはそうするものだという、昔からの慣習だ。
女の子は子供が浮かべてはいけない邪悪な笑みを顔に広がらせると、前に上げた腕を右に力強く広げた。
「ぶっ!」
コウガは横薙ぎに吹っ飛ばされるように倒れ、勢いそのままズササと道を引きずられていった。
砂と砂利で少し腕の皮が向けて血がにじむ。
「あの世の土産に覚えておくがいい。私は
「………えーとね、ミゥちゃん」
コウガはよっこらしょと立ち上がり、服についた砂を払い落とした。
「僕たちは魔王も倒した勇者だよ? 君、勇者の血筋ってだけで魔王に勝てない程度なんでしょ? こんなことやめておうちに帰りなさい。ね?」
「ふん。私をガキ扱いした連中はみんな………こうなる!!」
そのタイミングで往来を荷馬車が横切る。
不運なその荷馬車は、荷台が綺麗に切り刻まれ、道に散らばった。
爆発したのではない。鋭利な何かに一瞬にして切られたが、運動エネルギーを保持したままだったので散らばってしまったのだ。
「ちっ、運がいいな」
ミゥは青ざめるコウガに向かってもう一度手を振────ろうとした時、今しがた破壊された荷台を引いていた馬が暴れ出し、避ける間もなく後ろ足で蹴り飛ばされた。
小さな体は簡単に宙に舞い、地面に叩きつけられる。
あっという間のことでコウガは助けることも嘲ることも出来なかった。
コウガの腕の擦り傷一つに対して、馬の後ろ足で蹴り飛ばされる………まったく釣り合いは取れていない。
べちっと地面に倒れ伏したミゥは気を失っているようだ。
当たりどころがよくなかったのか、顔の真ん中に蹄の跡がついている。
「………これ、可愛そうじゃね?」
おろおろと店内の方を見る。
セイヤーは「わかったわかった」とでも言わんばかりに手をひらひらと振ってみせる。あとで治癒魔法をかけてくるねようだ。
「もぅ、僕にもエール頂戴! あとセイヤー、冷やして!」
「はいはい」
窓から店内に身を乗り出してエールを受け取るコウガ………この小さなおっさんに「まともな戦い」をするときは来るのだろうか。
「………ええと。あの
デッドエンドが説明すると3人は「30!?」と驚いた顔をした。
「勇者の血筋は老けにくい特徴があるようで。不老というわけではないのですが、かなりの長寿ですね。特に血が濃い方がその傾向があるようでして。ミゥは先代勇者の孫なので、かなりのもんですよ」
店内からデッドエンドの説明ゼリフを聞いたコウガは、エールを持ったまま馬に蹴られて昏倒しているミゥに近寄る。
見た目、シワもシミもないし、ピチピチと張りのある肌の光沢など子供のそれだ。
「これが
「はっ!? お、おのれ………!!」
ミゥがガバッと身を起こす。
「こんなんもんが勇者の子孫か。まぁ、余裕かな」
コウガは渾身の力でその額にデコピンを食らわせた。
「!!!」
激痛に頭を抑えるミゥを見下ろしながら「ん?」と気が付く。
この子が先代勇者の孫で30歳ということは、先代勇者の子……つまりミゥの親も50歳前後でご健在なのではないか、と。
この世界は結婚が早い。15歳から25歳の間には結婚して子も作っている。それを考えると今30歳の子供がいる親は、45歳から55歳だとしてもおかしい話ではない。
50歳前後と言えば、コウガたち40代バブル後世代にとってあこがれのアーティストたちの年代層だ。
50歳を超えても未だ音楽性とかっこよさを失わないアーティスト達を見ては、コウガも「僕もこんな風に年を取りたい」と願っていたものだ。
あのバンドの音楽も、この異世界に来たからにはもう聞けないんだな………としみじみ思いながらエールグラスを傾けていると、ミゥはしくしくと泣き出した。
見た目が子供なだけに泣き顔の破壊力はコウガの心に突き刺さる。だが、30歳だと思えばずいぶん嘘泣きっぽくも思えた。
「コウガさーん。そんな見た目でも、他の勇者の子孫を何人も倒してきたツワモノですから注意してくださいねー」
デッドエンドは他人事のように言う。
「そもそもあんたがつけられたんじゃないの!? なんで僕任せなのさ!」
コウガはおっさんにあるまじき「頬を膨らませてプンスカ怒る」という表情を作ってみせたが、ジューンセイヤーは慣れたもので、極自然にスルーしていた。
「そういえば魔族……ジャファリ新皇国の【勇者排除派】は誰だった?」
ジューンの問いに「上位魔族のイーサビットです」とデッドエンドが応じる。
横ではセイヤーがミゥの顔面に治癒の魔法を当てている。蹄が食い込んだ跡が薄っすらしてきたが、痛みはまだ続いているようで「うぅー」と唸っている。
「ふーん。で、イーサビットはご活躍なのか?」
ジューンはその様子を横目に会話を続ける。
「他の人間の国々と組んではいますが、どこか傍観していてなんともいえない感じですね。まるで自分の臣下が議論を交わしているのを、楽しげに見ている王のような眼差しでした」
「なるほど」
イーサビットの態度が目に浮かんで、ジューンは怒るわけでもなく苦笑を浮かべた。
「よし治った────じゃあ、この子の尋問を始めるか」
魔法での治癒が終わった瞬間、セイヤーはさも当然のように言い放った。
「え」
ミゥは驚いている。
「ち、治療してくれたのにまた拷問するの!?」
「拷問ではない。尋問だ」
見てくれ子供のミゥを拷問できるほど、セイヤーは冷酷にはなれきれない。それはジューンやコウガも同じだ。
「勇者の子孫がどうして勇者排除派に従って私達の命を取りに来たのか。自分たちも排除される可能性は考えなかったのか」
今代の勇者を倒したとしたら、この世界最強の座はその者が背負うことになる。そうすると、また「制御できない」などという声が高まり、密かに殺される可能性だってあるのだ。
「私はそれでお金もらって生きてきたから」
「本当にそれだけが理由かね」
「………」
ミゥは少しうつむいた。
そして、か細く小さな声で言った。
「………私の子供が捕まってるの」
見た目小学生の【
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