第2話 おっさんたちとデッドエンド。

「いやぁ、挙動不審なリザリアンが皆さんの周りを彷徨いていたので、もしかして【勇者排除派】の手先かな、と」


 デッドエンドは、頭の上からつま先まで全身黒ずくめで、当然顔も隠れている。だから、表情のわからない頭をペコペコ下げる姿が実に滑稽で、まるで目立ちたがり屋の黒子のようでもあった。


「ここにいる連中は私達の敵だろう? まったく状況がつかめないんだが」


 セイヤーは少し憮然としている。


 以前であれば探知魔法で敵の数と居場所をすべて確認し、鑑定と精神魔法で敵味方の識別まで出来ていた………それが今は魔力不足で出来ない。


 コウガの「できなくて当然なんだからマイナスじゃないよ」と言う言葉に「それもそうか」と納得するようにしているが、こういう場面ではやはり歯がゆく感じる


「あー、ご安心を。我々は離反組です」


「?」


 おっさんたちは顔を見合わせ、詳しく話を聞くために場所を変えることにした。


 おっさんたちとトト、そしてデッドエンドが向かったのは、この辺境の町に一件だけある酒場だ。


 おっさんたちはなにか忘れている気もしていたが、それよりデッド・エンドの話を聞きたくて足早に酒場に入った。


 店内には客はいない。バーテンらしき人物とウエイターらしき二人が、テーブルから椅子を下ろす「開店準備」の最中だった。


「トトはトラブルになりそうだから外な」


「そんなぁ」


 二足歩行する怪獣王のようなリザードマンは、いや!いや!と尻尾を横に振ってアピールした。


「外で飲んでていいから」


 ジューンにつまみ出されるトトを見送りながら、デッドエンドは「ふふふ」と笑っている。


「ふふ………みなさん、実は私の話をツマミにお酒が飲みたかったんじゃないですか?」


 見た目の恰好はアレだが、この人物の物腰はおっさんたちにとって嫌ではない。気を使わなくて済む空気を作ってくれるのだ。


 セイヤーは席に着くとすぐさまバーテンにエールをオーダーした。


 ぬるいエールが来るのは間違いないが、とっておきの魔力で冷やす準備はできている。普段あれだけ「魔法の節約を!」と言っていても、エールを冷やすのは絶対必要な魔法なのだ。


「それにしてもデッドエンドさん。見た目と喋り方のギャップがすごいですね。その、顔は見せないんですか?」


 ジューンが尋ねると、デッドエンドは照れくさそうに頭巾の上から頭を掻いた。


「照れ屋なんです♡」


「面白いなぁ、この人」


 コウガはニマニマしている。同類パリピの匂いがするのだろう。


 ウエイターがエールを人数分運んで来る。


 よく見たら、外にいる怪しげな黒装束の人々やトトにもエールが振る舞われ、30人を越えている黒装束は顔を隠している頭巾を器用に持ち上げながらエールグラスを傾けている。


 こんな怪しげな連中を見ても、できるだけ平常心で行動している町往く人々と店員が凄い。だが、やはり初見は「ビクッ」としているのを見るとコウガは楽しくなっていた。


 楽しくなさそうに、というよりも不安そうに見ているがジューンだ。


『外の連中の分は誰が払うんだろう………』


 ジューンは心もとなくなったが、それよりもデッドエンド達がここにいる理由を聞くのが先決だ。


「で。離反と言っていたが」


 自分だけキンキンに魔法で冷やしたエールを傾けるセイヤーに問われ、デッドエンドはうんうんと頷いて説明を始めた。


 【勇者排除派】の各国代表は、おっさんたちの暗殺に失敗した後、戦々恐々としているらしい。


 彼らの中で『突如勇者たちが姿をくらませたのは反撃の機会を狙っているからだ』という憶測が、時間と共に勝手に真実化し、自分で自分の首を絞めるように怯えて暮らしているそうだ。


 で、その怯えは、デッドエンド率いる「勇者の血筋を持つ暗部」にも向けられた。


 任務に失敗したデッドエンド達は、自分たち排除派の首を勇者に差し出して、許しを請うかも知れない、と………もちろんこれも疑心暗鬼の果てに生まれた、実に勝手な妄想である。


「要は暗部は排除派に捨てられた、と」


 セイヤーの「人付き合いの悪さ」は言葉を選ばないところに現れる。こうしてズケズケと言われたくないことをストレートに言うので、人によっては腹を立てる。だが、デッドエンドは大丈夫そうだった。


「いやいや、私達は排除派に殺されかねないので逃げてきたんですよ」


「ん? あなた方は勇者の血筋を集めた暗部………なんですよね? そんな強そうなのを殺すって……その排除派とやらは軍隊でも使うつもりですか?」


 ジューンは不思議そうに尋ねる。営業経験から、親しくない人には敬語を使うのはジューンの常なのだ。


「勇者の血筋と言っても暗部の極一部のメンツだけですし、そもそも血もかなり薄れていますからねぇ。一般人より多少身体能力が優れているというだけですよ。実際我々には勇者のような特殊な能力はほとんどありません。それに────こんな我々を殺すのに、軍隊など必要ありませんよ。事実、もっと


「来ます?」


「ええ。先代や先々代勇者の直系で、めちゃくちゃ勇者の血が濃ゆ~い連中がいるんですよ。それを出撃させて私達とみなさんを殺す、というのが勇者排除派の最終手段です」


 先代勇者────魔王に召喚された闇の勇者、鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス。そして、邪妖精アンシーリーコートの女王ティターニアに精神アストラル体になって取り憑いていた旦那がそれだ。


 今は一つ国がなくなったので3人しか呼べないが、昔は4人召喚されていた。と考えると、他にも「先代」は他にも2人いる可能性が高い。


 勇者は超常の存在だ。


 自分たちも相当ヤバイが、先代もそれ相当なものだろう。


 なんせ闇の勇者ペガサスは重力の坩堝を「闇」にして操るという「なにそれ意味わかんない」とコウガに言わせた技を扱えたし、精神アストラル体になってまでティターニアに寄り添っていた方は、月光を集めた破壊光サテライトキャノンを放ってきた。


 そんな能力者たちの血だ。侮れない。


 それに先々代、つまり200年以上前にも召喚された勇者がいたとして、その血がどれほど強いのか………もちろんその血は、孫か曾孫くらいにまで薄れてはいるはずだが、それでもこの世界の人々からしたら、太刀打ち出来ない強さだろう。


「その血の濃ゆ~い連中は各国の秘蔵っ子でしてね。言わば戦争時の最終兵器です。それを投じてまであなた方を殺そうとするとは、ちょっと頭おかしいんじゃないかって思いましたよ、ほんとに」


 デッドエンドの話を聞いて、ジューンは「ううむ」と顎先に指をやって考え込んだ。


 勇者の濃い血を持つ者相手となったら、その力をかなり失っている今のおっさんたちが太刀打ちできるかどうか怪しい。


 しかも血を継いでいるのが「若者」だった場合、身体能力の差はかなり厳しい。なんだかんだ言ってもこっちはおっさんだ。若い勇者相手に勝てるとは思えない。


「そんなに強いのか………」


 ジューンは「やっぱり御伽噺みたいにうまくいかないか」と悄気しょげげたようだったが、デッドエンドが全力で顔を横にふる。


「いやいやいや! 勇者の血筋がいてもみなさんが召喚されたということはですよ? その子孫たちでは魔王には太刀打ちできないということなんですよ! 魔王をペシッと倒した皆さんであれば、勇者の子孫なんて余裕ですから! だから私達もここに来たんですよ! 安心してペシッてください!」


「まぁ、それはやってみないとわからないから今は考えないとして………デッドエンドさんはどうやって僕たちの居場所を知ったの?」


 コウガは楽天家だが、バカではない。実際ここでジューンのように考え込んだところでなにも解決されないので、話を進めたほうが利口だ。


「ははは。冒険者ギルドの情報を盗みましてね。いや、私達も勇者の子孫に殺されたくないですから、守って頂けるであろう皆さんに会うために必死でして………お咎めはご勘弁を」


 厳重なセキュリティで管理されているはずの冒険者ギルドの「魔法による情報ネットワーク」から、こうもネタを引き出せるというのは、実は凄いことだ。


「雲隠れしないのか?」


 セイヤーだ。


「………暗部にいた私だから言えますが、すぐ見つかります。私達の痕跡を一切消し去ってどこかに紛れ込ませるような、そんな夢のある魔法をセイヤー様がチョチョイとやって頂ければ大助かりですが」


「………」


 前なら出来た。


 あたかも知らないその土地で生まれ育ったかのように、当人含めたすべての人々の記憶を書き換えてしまうことも可能だったし、その生活の痕跡を作り出すことも出来ただろう。


 だが、今はもう新しい魔法を作り出すことが出来ない。


「守れるかどうかわからないが………私達を頼るのであれば、こちらも条件を提示する」


「さすがセイヤー様は交渉がお上手ですね。なんなりと」


「私達の連れの女たちの居所を調べて欲しい」


「へ? あなたさまの魔法で、すぐさまいけるでしょうに?」


「………」


 セイヤーは目配せし、ジューンとコウガは「言っていいよ」と頷いた。


「耳を」


「はい?」


 ごにょごにょ、こそこそ、ごにょごにょ。


 自分たちの置かれている状態を説明する。


 闇の勇者と堕天使の呪いで勇者の力をかなり削られていること。吹っ飛ばされてこんなところに来たが、どこなのかイマイチわかっていないこと。連れの女の子たちは自分たちおっさん勇者に関する記憶を消されているはず、ということ………。


「なるほど………わかりました」


 デッドエンドは指を鳴らした。


 黒い手袋でどうやって指をパチッと鳴らせたのかわからないが、外にいる黒装束の男たちは一斉にこちらを見て、その中から4人が店に入ってきた。


「火の組、水の組、風の組、地の組。勇者様方の勅命を申し伝える。しかと聞け」


「「「「 はっ! 」」」」


「勇者様方の后候補の皆さまが、今どこにいらっしゃるのか、また、何をされているのか調べよ。かの后候補の方々は勇者様方についての記憶をなくされている可能性が高いと心得よ。よいな、組の命と名誉を賭して、迅速に、正確に、必ず成果を上げてこい。失敗は許さぬ!」


「「「「 御意に!! 」」」」


 いや后候補ではないんだが………と、おっさんたちは言いそうになったが、シリアスな場面だったので口を閉ざす。


 黒装束の者達は、まさに蜘蛛の子を散らすようにパッと消えてしまった。


 外にいる連中も姿が見えない。空いたエールとトトだけが綺麗に並んで置かれている。


「今の奴らみんな………無銭飲食だよね」


 エールグラスと一緒に並べられているトトを見てコウガがこぼす。


 どうやら一瞬にして酔い潰されて座らせられたようだ。見た目に反して酒に弱いらしい。


『それにしても、あいつら日本の忍者だよな』

『ずいぶんとステレオタイプだがな』

『昔の勇者が教えたんじゃないの?』


 小声で感想を言い合うおっさんたち。


 聞こえる声量ではなかったはずなのに、デッドエンドが「そうです」と応じる。


 唇の動きは完全に読まれているらしい。さすがは暗部のトップだ。


「私達ディレ帝国の暗部は『忍者コーガ流』と言いまして、遥か昔の勇者様がニッポンという国から伝来………はっ!? コーガ流………ま、まさかコウガ様は我々の」


「ちがうからね。僕は忍法とか使えないからね!?」


 コウガの本名は曽我恒雅コウガ。デッドエンドが言うコーガ流とはおそらく甲賀こうが流という忍者一派のことである。


「コウガという響きは同じでも全く関係はないからね! 変な期待とかしないでよ!? これフリじゃないからね!」


 そもそも九州男児のコウガは、甲賀がどこの県のことなのかすらわかっていない────と、当人は思っているが、奇縁というのはあるものでのだ。


 実は、セイヤーが以前コウガを詳しく鑑定した時に知ったことの中で、どうでもいいことだったのであえて言いもしなかったことがある。


 それは………コウガの曽我家の本流は滋賀県、つまり昔の近江国甲賀の出身で、その家系は戦国から江戸時代までまさに「忍者」だったという情報だ。


 戦国期、足利義尚と一戦交えた甲賀衆の中で活躍した五十三家の地侍達を「甲賀五十三家」と呼び、さらに五十三家の中で重きを置かれた家を「甲賀二十一家」と称されたが、曽我家はその二十一家の一派である。


 今では名前も変わっているし、一族みんなしがないサラリーマンだ。


 だが、その一族の全員が小柄なのは、長い世代重ねてきた「忍者として必要な身体特徴」の影響だし、田舎の倉庫を漁ればそういった文献もでてくるだろう。


 残念ながら忍者としての継承が途中で断絶されているため、当人たちは先祖がそうであったことをなにも知らない。


 そんなコウガが「ひゃっ!」と短い悲鳴を上げて椅子から飛び上がった。


 座ったままの姿勢でこれほど跳躍するなんてギャグ漫画以外にありえない!という高さまで飛んだコウガは、天井の梁にぶら下がった。


「うそだろ………忍者かよ」


 ジューンが唖然としている。


「あれはコーガ流『草飛びの術』では………!」


 デッドエンドの声はどこか嬉しそうだ。


「なにこれ、うわあああ!!」


 コウガは自分の意志で体が動いていないようで、ぶら下がった姿勢のままバンザイして店の外まで吹っ飛んでいった。

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