おっさんたちと殺しの勇者物語
第1話 おっさんたちと不穏な影。
おっさんたちは、リザリアン族の聖なる滝から逃げるように出立したが、すぐに冒険者ギルドの受付嬢に捕まった。
「森を出るのなら、こいつら運ぶの手伝ってくれますよね?」
受付嬢は一本の紐で数珠繋ぎのように男たちを縛っていた。もちろんその男たちは、滝で虐殺行為を働いたルーフ・ワーカー御一行だ。
「まさかカヨワイ女一人にこんな犯罪者たちを押し付けてどこかに行ったりしないですよね? というか、この森から一番近くの町は私のいたホドミの町ですから、どっちみち立ち寄りますよね?」
「………カヨワイかどうかは別にして、わかった。晩飯代くらい出してもらうぞ」
ジューンが言うと「喜んでおごります!」と受付嬢は笑顔になった。
続けてジューンはルーフ・ワーカーたちをひと睨みする。
それだけで彼らは心の底からすくみあがった。
このおっさんたち相手に下手なことをしたらどうなるか………それは滝で身を持って味わった。逆らう気は毛頭ない。
「こいつらはどういう処罰を受けるんですか」
トトが尋ねると、受付嬢は「死刑か奴隷落ちですね」と究極の二択を提示した。
「いやまて。なんで平然とお前がここにいる!?」
セイヤーはリザリアン族の若き戦士トトを睨みつけた。
今回の騒動の張本人は照れくさそうに頭を掻いている。
「い、いやぁ~。もう里に居づらくって……」
相手がそうであると知らなかったとは言え「母親に告白して振られる」という前代未聞の公開処刑を味わったトトは、その恥を
だが、若きトトはその羞恥に耐えられず、里を飛び出してきたようだ。
「師匠たちに一生ついていきます!」
トトはズサっとその場に座り、日本の特撮ファンが見たら「やめて」と言いかねない土下座を披露した。見た目が殆ど
「一生ってなぁ………しかも師匠ってなんだよ」
ジューンはため息まじりに言葉を続ける。
「俺たちはなにも教えられないし、見ての通り種族の違いはでかい。君の生態もよくわからないし、いちいち君に合わせて行動するなんて面倒なこともしたくない。大人しく森に帰れ」
ジューンは熱血な時もあるが、怒らなければ案外冷静である。
いい年こいたおっさんになったからこそこうだが、若い時ハンドボールなどのスポーツに興じている時はこれほど冷静ではなかった。
冷静になったのは社会に出て中間管理職になり、会社と部下の間で立ち回らないと生きていけなくなった頃からだった。
熱意だけでどうにかできる年齢ではない。冷静な判断ができるようにならないと、おっさんは社会の中で生き延びられないのだ。
「大丈夫です! リザリアンの戦士たるもの、師の技は見て盗みます!」
いや、それがそもそも無理だから、とジューンは思ったがあっさり「好きにしろ」と引き下がった。
彼は元の世界で多くの部下を見てきた。
トトのようなタイプも大勢いたが、大半は自分で成長の限界を決めており、ある程度になると去っていった。ジューンはこういう手合いは「自分で去る」とわかっているのだ。
「おいおい、好きにしろだと? 正気かジューン。同行は無理だ」
セイヤーはジューンと違い、経営者の感覚だ。
使えない部下、もっと言うなら使えないのにやる気がある部下というのは、組織破綻や業務崩壊のきっかけになるので、早々に排除すべきだと身に沁みて知っているのだ。
「まぁまぁ。これもなにかの縁だし、楽しく行こうや」
コウガは仕事人間ではないのでパリピ根性で「楽しければ何でもいい」と考える。
三者三様だが、セイヤーが「責任持てよ」と他の二人に言うことで同行が許された。
これがゲームであれば、会話ウインドウに『おっさん冒険者たちは若い部下を仲間にした』とでも表示されてファンファーレが流れ出すところだろうが、現実はあっさりしたものである。
「ところで師匠たちはこれから何をする予定ですか?」
「予定か……」
意外にもトトの質問に応じたのはセイヤーだった。人付き合いは下手だが、案外面倒は見たがるタイプなのかもしれない。
「冒険者稼業をしながら、離れ離れになった知り合いのところを回っていく旅だ。実につまらないと思うぞ」
「いいですね! じゃ俺も冒険者になっといたほうがいいですよね!」
受付嬢に直談判する。
「ちゃんと試験がありますから。町でやりましょうね」
ちょっと子供をあやすような口調だった。
「あー、なんか試験やったなぁ。犯罪歴の確認、能力の確認、実力の確認。だっけ」
彼が冒険者になったのもそう昔の話ではないのだが、なぜかコウガは懐かしむように言った。そして思い出したように満天の星空を見上げる。
リザリアン達がキャンプファイヤーしていたくらいに、今はどっぷり夜なのだ。
普通こんな夜中に密林を歩いたりするものではないが、ここにいる誰もが「いざとなったらセイヤーの魔法で」と思っている。
「町についたら、まずは寝床だなぁ」
リザリアンの里ではハンモックで寝ることができなかったのが悔やまれる。コウガはハンモックを使ったことがなかったので、実はすごく楽しみにしていたのだ。
「町についたらって………ここから歩いて何日後の話だ?」
セイヤーはしらっとしている。
「え、セイヤー先生、魔法で行こうよ?」
「コウガ。私はさっきの治癒魔法で魔力がゼロだ。たとえ魔力があったとしても、今の私では犯罪者含めてこの人数を動かすのは、ちと厳しいぞ」
「そ、そんなぁ」
ジューンとコウガばかりか受付嬢もこの世の終わりみたいな顔をした。
ホドミの町に到着したのは、きっかり三日後だった。
途中で休憩を多く挟んだりしていたので案外時間がかかった。
なによりも、夜が騒がしかった。
セイヤーが野営キャンプのテントなどを亜空間から出したら、トトと受付嬢が「なにこれすごい!」と盛り上がり、夜食と酒でまた盛り上がり、亜空間内の食料備蓄にダメージを与えるほど道中の夜は大騒ぎだった。
その間、水一滴たりとも口にさせてもらえないルーフ・ワーカー御一行は衰弱しきっている。
「さすがに人道的にどうかと思うんだが」
二日目の晩、ジューンが水と食料を与えようとしたが、受付嬢が徹底拒否した。
「罪人に施しなど甘すぎです。こいつらはリザリアン族を虐殺した大罪人なんですよ! 一週間飲まず食わずでも死にはしませんから!」
こうしてホドミの町まで飲まず食わずで歩かされたルーフ・ワーカー御一行は、そのまま衛兵に引き渡され、牢獄に入った。
あとは町長が罰を決める。
議会や裁判所なんてものはこんな田舎の町にはない。すべて町長の一存だ。
だから町長に逆らう者はいない。逆に人々の恨みを買って反乱が起きないよう、町長も利己的で下手なことはしない。
持ちつ持たれつ、微妙なバランスの上でこの町の平和は保たれていると言ってもいいだろう。
「では夕食はギルドの前で待ち合わせしましょう。湯浴みして夕日が沈んだ頃に」
「ああ」
受付嬢は手を振って去っていく。
その後姿を見ながらコウガがボソッとつぶやく。
「誰もあの子の名前を聞かない件」
そうつぶやくコウガ自身も、彼女の名前を聞いたりしていないし、会話も深入りしないように「へー」「ふーん」くらいしかしていない。
おっさんたちは「またアレになると困る」と考えているのだ。
もちろんアレとは、勇者特性の「異性を魅了してしまう能力」のことだ。
リザリアン族の女たちをも魅了してしまったこの厄介な勇者特性は、全然劣化している気がしない。
「ペガサスの野郎、もちっと頑張って呪えよ!」
とんでもないことをコウガが言い出す。
闇の勇者、鈴木・ドボルザーク・
だが、元が規格外すぎて、多少削られたところで最強っぷりには変化がない。
「そういえば………トトはどこ行った」
今し方までおっさんたちの横にいたはずの、あの
「あいつ、絶対トラブルメーカーだぞ」
セイヤーは目頭を押さえる。
「次から次になんか起きて、冒険してる感があっていいじゃんよ」
コウガはハハハと笑う。
そんな三人の前に、黒衣の男たちに捕らえられているトトが見える。
昼の光の下だとやたら目立つその黒衣装は、シュートリア町で出汁巻玉子もどきを使ってコウガを毒殺しようとしていた連中と同じ、つまり世界各国の【勇者排除派】の手先だ。
『………見つかるの、早くないか?』
セイヤーが小声で言う。
『俺たちを監視できる魔法を使えるやつがいるってことだろう』
ジューンは周囲に目を配る。
敵は眼の前だけではない。建物の影や屋上にも人の気配がある。完全に囲まれているようだ。
「まぁ、見つかろうがなんだろうが、やることは変わらないんだけどね」
コウガが前に進み出る。
「あ、コウガ様、お待ちくだされ」
黒衣の男にそう言われたコウガは「ん?」と目をしかめた。聞いたことがある声だったからだ。
「もしかしてデッドエンドさん!?」
セイヤーが驚きの声を出すと、ディレ帝国暗部のトップはトトを解放しつつ、ぺこりと頭を下げた。
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