第7話 おっさんたちと聖なる滝。

「あのおっさんたちはなんだ!? 一体どうなってやがる!?」


 逃げながらルーフ・ワーカーは怯えた。


 滝を抜け、岩場を越え、密林に入ったルーフ・ワーカーはホッと安堵しながらも逃げるスピードを落とさない。


 おっさんたちの無双っぷりもさるものながら、弾丸を摘み取るスピードは尋常ではない。もしかすると、ここまで一気に追いつかれる可能性もあるからだ。


 だがその心配をよそに、まったく予想もしていない人物が目の前に現れたので足を止めた。


「なんでてめぇがここに………」


 冒険者ギルドの受付嬢が、茹だるような湿気立ち込める密林の中で、ジッとこちらを見ている。


「あなた方の犯罪行為を一部始終確認しました」


 空中にルーフ・ワーカーたちの殺戮行為の映像が映し出される。


 それは受付嬢が手に持っている「ギルド職員専用魔道具」から投影されていた。


「現時刻を持ってあなた達の冒険者資格を剥奪し、犯罪行為を各国に打診。冒険者ギルドのある国すべてであなたたちはお尋ね者となります」


 ギルド職員専用魔道具をピピピと触る受付嬢に、ルーフ・ワーカーは銃口を向けた。


「取り消せ。さもなくば殺す」


「冒険者ギルドを、いえ、私を敵に回すんですか?」


「ああ、人質にする。大人しくしてりゃあ、犯されるだけで済むかも知れねぇぜ?」


「あなたのような下衆ゲスられるくらいなら────先にるしかない………ですね!」


「!!」


 一瞬にして眼の前まで移動してきた受付嬢めがけて銃を放つ。そのルーフ・ワーカーの反射神経はさすがランクBだ。


 だが、銃の射線を見きったように受付嬢は身を屈め、ルーフ・ワーカーの胸骨に拳をめり込ませる。


「こ、こいつッ!! くけっ!!」


 鶏を絞めたような声を吐いてルーフ・ワーカーは白目を剥き、その場に崩れ落ちる。


「ギルドの受付嬢を舐めてんじゃないわよ」


 荒事ばかりの男冒険者たちを飄々と捌くことができる受付嬢は、実はランクB相当の戦闘力を持つ美女ばかりだという事実は秘匿されている。


 空を飛んでいる時に体幹がしっかりしていたのは当然で、彼女は徒手空拳において「柔らかなエリール」と肩を並べる格闘家だ。


 彼女たちの強さを理解するときは、おそらくすでに捕縛された後だろうし、周りに語ることも出来ないまま監獄へと連れて行かれるのだ。











 滝の麓、大きな河の岸にリザリアン族の遺体が並べられる。


 むごたらしく殺された者達………ジューンが滝壺に潜って回収してきた溺死体もある。その中には憤死したトトの亡骸もあった。


 全部族の戦士たち、そして滝の女たち。


 亡骸の数は1000を超えている。


 生き残った僅かな女性たちは、遺体の回収をしてくれたジューンたちに心から感謝し、そして悲しみに暮れていた。


 そんな中、気丈に振る舞う者もいる。


「一族を代表し、あなた方に感謝いたします」


 トトが愛した女は少し振るえる声でそう言った。


 見た目は男の戦士たちと大差ない怪獣王だが、線が細く、よくよく見ると女性らしいフォルムをしている気もする。


「ここから一族を立て直すのは至難かと思いますが、亡き者たちの魂に誓って再建いたします………」


「あぁ、そのことなんだが」


 滝壺に何度も潜ったのでびしょ濡れのジューンは、触れた髪をかきむしるようにして水気を飛ばしながら言った。


「そろそろんじゃないかなぁ?」


 コウガも視線を投げる。


 先程の戦いに参加せず、じっとを行っていた勇者セイヤーはコクリと頷いた。


「任せろ」


 滝全体が虹色の光に包まれていく。


 水の飛沫が、滝の瀑布が、河の流れが、全て虹色の仄かな光りに包まれ、空気自体が虹色になっていくように見えた。


 すると、リザリアン族たちの亡骸が白い光のまゆに包まれた。


「こ、これは」


 生き残った女たちが驚嘆の声を上げる。


 光の繭が消えると、傷一つない姿でリザリアン族の死者たちは起き上がった。


 そして誰もが「一体何が起きたんだ」と驚く。


 死んだことを覚えているからこそ、こうして生きていることに驚いたのだ。


「蘇生魔法をフルパワーで使った。おかげでまた魔力がなくなってしまったが」


 長い髪を後ろで結んでいた紐を解きながら、セイヤーは苦笑する。


 リザリアンたちは「おぉぉぉ」と低い感嘆の声を漏らした。


「欠損した肉体の治癒再生」というだけでも引く手あまたな超魔法だが、この長髪のおっさんは死人ですら復活させる「神の奇跡」を披露した。しかもその治癒蘇生魔法は一人に対してではなく、この滝で死んでいった者達全員を復活させた。リザリアンたちの中に驚きしか生まれなくても当然だ。


「おぉぉぉ?」


 死んだ冒険者たちも低い声で復活を不思議がっている。


 ジューンの大剣に薙ぎ払われて死んだ冒険者たちや、コウガの強運によって岩石に潰された魔術師たち、リザリアン族との戦いで命を落とした低ランク冒険者たちもちゃっかり蘇っている。


 だが、彼らだけは普通に復活したわけではなく、両手足に魔法の紐が巻き付けてあり、身動き取れなくしてあった。案外セイヤーは芸が細かいのだ。


「あとは頼むぞ」


 セイヤーが声をかけると、冒険者ギルドの受付嬢は「うーん」と唸る。


「ここまでしていただいてありがたいんですが………この犯罪者共を運ぶの、手伝ってくれますよね?」


「報酬は?」


「誰もがうらやむ私と一晩♡」


「………ニコニコ現金主義でいこうと思う」


「現物支給ですよ!? 若く……はないけど、熟してピチピチしたこの私とですよ!?」


「………」


 セイヤーはジューンとコウガを見た。


 その視線の中には「勇者特性の【異性への魅了効果】も性能が落ちてるはずなんだけど、どういうことだこれは」という疑問文が含まれている。もう視線だけで何が言いたいのかわかる仲になっている、傍から見ると実にキモいおっさんたちだった。


「罪人の運搬ならリザリアンの戦士たちに依頼すればいいんじゃないか?」


 ジューンの提案に受付嬢は「え、リザリアンたちと一晩!?」と右斜め上の発言をこぼす。


「ちゃんと金銭的な報酬を払えばいいんじゃない? 冒険者じゃなくても彼らは今回の被害者だし、多分よろこんでやってくれるよ」


 コウガは呆れながらまっとうなことを言った。


 ちなみにその呆れ顔の先には、昏倒したまま拘束されて地面に転がされたルーフ・ワーカーがいる。


『あいつって、あの受付嬢がやったんだよなぁ? 実はめちゃくちゃ強いパターンかな』


 そのとおりで実はめちゃくちゃ強いのだが、おっさんたちはそれに気がつかないまま終わるのであった。











 その夜。


 リザリアンの戦士たちは、滝の麓で大きなキャンプファイヤーを作り、くちタブラのような奇妙なリズムを歌い、炎の柱の周りをゆっくり踊りながら回転している。


 タブラとはインドの伝統楽器で、高音と低音の2つの太鼓を指や手のひらで叩く打楽器だ………とだけ言えば簡単そうだが、習得はとても困難だと言われている。


 タブラは叩く場所によっていろいろな音色が出るのだが、それぞれの音には呼び方があり、叩き方をという仕組みが習得難易度を爆上げしているのだ。


 そして実際に太鼓を使わずに、叩き方を言葉だけで演奏するのを「口タブラ」と言う。


「Te、Tin、Ki、Dhin、Ta~、Te、Tin、Ki、Dhin、Ta↓、Te、Tin、Ki、Dhin、Ta↑」


 とてもおっさんたちには真似できないリズム感の「リザリアンの口タブラ」に合わせて、戦士たちが踊る。


「怪獣音頭みたいだよなぁ」


 コウガの言う怪獣音頭がどんなものかジューンとセイヤーは知らなかったが、怪獣王たちが輪になって踊っている姿は、町内会の盆踊りに見えなくもない。


 酒も肴も食料も大盤振る舞いで、一族の生還とおっさん冒険者たちの活躍を祝う。


「こんな嬉しいことはない!」


 大声でガハハと笑うのは赤の部族、ガシュベルだ。


「初めて死ぬ経験をした! いや、怖いものだな! ガハハハ」


 パンパンとジューンの肩を叩く。結構痛い。


 他の部族たちもわいわいやっている中、青の部族長であるギザだけは沈んだ顔をしていた。


 結果的に全員何事もなく無事だったからいいものの、このおっさんたちがいなかったら一族全滅していたところだった。


 それもこれも、自分の所の若い戦士トトが浅慮で招いた事だ。


 飲み食いしながら、トトにどんな罰を与えるべきか、部族長会議が行われる。


 当の本人であるトトは、ワイワイやっている宴会から離れた所で正座させられ、自分の処遇がどうなるのか一日千秋の思いで待っていた。


「若気の至りとは言え、田舎者の少数部族である我々が、審美眼もないのに人と接するとこうなるのだ」


「聖なる滝の金脈のことを外部に漏らした罪は重い。あの金脈を掘れば滝の棚が崩れて大災害になるというのに!」


「だが、誰も傷ついてはおらん。終わり良ければ………とも言うではないか」


「殺された忌まわしい記憶は心の傷として残ったぞ」


「その通りだ。厳罰は免れまい!」


 部族長たちがやいのやいの言い合う中、ジューンが手を挙げる。


「ええと。要点だけ確認すると………ここの滝に女性が住んでいて? それを守るのは誰かを決めるために部族間で小競り合いをしていた? 青の部族は弱いから? 冒険者を雇ってこようとトトは浅はかな行動を取った?」


 部族長たちは濁り酒を傾けながら「うんうん」と頷く。


「なるほど。では────もちろんトトに罰は必要だな」


「ねぇねぇ。一番の原因はトトだけど、滝を守る役を強い者に限定しようとしたからこんな事になったんじゃないの? みんなで交代してやればいいんじゃ?────もちろんトトに罰は必要だけど」


 コウガも口を挟む。


「その種族全体の反省を踏まえ、情状酌量を汲んでもらいたいものだ────もちろんトトに罰は必要だが」


 最後にセイヤーが口を挟むと、部族長たちは「ふうむ」と悩みこんだ。


 どういう罰がいいのか考えあぐねているらしい。


「「「 公開処刑にしよう 」」」


 助けるのかと思いきや、おっさんたちが「処刑」と口を揃えた。


 その言葉に、トトは短い人生の最期を覚悟した。











「す、す、好きです! 俺とつがいになってください!」


 手を伸ばして頭を下げる。


 この滝近辺にいるリザリアン族の男女全員の目の前で、愛の告白をさせられる。


 まさに公開処刑だった。


 魚の塩焼きを肴に酒を飲むおっさんたちはニヤニヤしながら、その様子を見守っている。


「………」


 女は首を傾げていた。


「あなた、トトよね?」


「は、はい………」


「今回の騒動の原因はあなたよね?」


「はい………」


「まぁ、それはそれとしても、あなたとは番になんかなれないわ」


「………ですよね」


「だって私、あなたの母親よ?」


 時が止まった。


 トトは白目を剥いてその場にしゃがみこみ、まるで石像のようになってしまった。


「「「 ……… 」」」


 おっさんたちも唖然としている。


 自分の母親もわからないのか、と。


 そう。わからないのだ。


 なんせ赤子の時から男は外の集落で暮らすため、母元から離される。そして女衆と会えるのは年に一回繁殖期の時だけ………惚れた女が母親だったり兄妹だったという事が起きても、まったくおかしくない環境なのだ。


「ぶっ………ぶわっはははははははははは!!!」


 リザリアン達の大爆笑は、滝の瀑布を凌駕する勢いで響き渡る。


「いやぁ、いい公開処刑だった」


 笑いすぎて猫目が涙目になったガシュベルは、ギザの隣りに座った。


「トトのやつ、いっときは立ち直れないだろうな」


 ギザは苦笑する。


「なぁに。若いんだからすぐいい女を見つけるさ。そうだな。滝の守りは3日交代で各部族の持ち回りってことで、どうだ?」


 ガシュベルはそう言いながらギザの盃に濁り酒を注ぐ。


「もちろん、なにかあったら守りを担っている部族の責任だ。わかるよなギザ」


「わかっているさ」


 ギザもガシュベルの盃に酒を注ぐ。


 その様子を見ながら、三人のおっさんたちも盃を傾ける。


「いい夜だ。酒が美味い」


 幻想的な滝の下、和気藹々と酒を酌み交わす異種族たちの中で、おっさんたちは嘗てないほどの満足感を得ていた。 


 勇者としてではなく、冒険者としての満足感だ。


 おっさんたちを邪魔だと考える各国の思惑もあるようなので、今は勇者とは名乗らないようにしているが、例え暗殺者が送り込まれようが、各国の軍隊が出てこようがきっと負けないだろう。


 勇者としての力をかなり削られる呪いを受けている身ではあるが、それでも尋常ではない強さだったのは今回の一件で自覚できた。


「目立たないように自制しなきゃいかんな」と、おっさんたちは小声で反省会を行い、そしてまた酒を飲む。


 そんなおっさんたちの所に、トトを振ったトトの母親が酒瓶を持って現れる。


「ハイ、お兄さん方」


 彼女のその後ろには、女と思わしきリザリアンたちが列を成しているがおっさんたちには性別の区別ができていない。


「お兄さん方の働き、ほんとにすごかった。まるで伝説の勇者みたいだったわ」


「「「 ………ははは 」」」


「で、そんな勇者っぽい血を私達リザリアン族にも残したいの」


「「「 はは…………は? 」」」


「繁殖期じゃないのにここの女たちみんな、。今夜はよりどりみどりよ!」


 女たちは尻尾をシタンッと地面に打ち付けて謎のセクシーアピールを始めた。


 周りの男達が「ひゅー!!」と言い出すが、おっさんたちはどこがひゅー!!なのかわからない。なんせ見た目は少しスリムな怪獣王で、人間のようなセクシーさは皆無なのだ。


「種族は違えど子は作れるはずよ」


 トトの母親はウフーンと言い出す。


「俺としては、どう考えても種族差で子孫繁栄できる気がしないんだが」


 ジューンは冷や汗が頬を伝うのを感じ、ゆっくり立ち上がった。


「まさか私達の勇者特性………異性の魅了効果で発情期にさせてしまったのか!?」


 セイヤーは自分だけでも逃げようと腰を浮かせた。


「いや、無理っしょ。僕もゴ◯ラは抱けないし、トトの父親になるわけ!?」


 コウガもシュタッと立ち上がる。


「「「 ハンモックは諦めよう 」」」


 おっさんたちは聖なる滝から逃げ出した。


 その後ろを追いかける女たちと大爆笑する男たち。


 トトもギザとガシュベルに挟まれ笑っていた。


「面白い人たちだよねぇ」


 冒険者ギルドの受付嬢は苦笑しながら、捕縛した犯罪冒険者たちを縛る紐を強く引いた。


「いてぇんだよ!!」


 文句を言うルーフ・ワーカーの横っ面に受付嬢の蹴りが入り、奥歯が何本か吹っ飛ぶ。


「次、勝手に喋ったら首の骨を粉砕するからね」


「は、はひ………」


 この一件は後に、冒険者ギルドの記録帳に「聖なる滝の伝説」として刻まれることになり、今後もおっさんたちが密かに濫造していく「三人の冒険者の伝説」の記念すべき最初の1ページとなるのであった。

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