第6話 おっさんたちと悪党冒険者。

 ランクB冒険者ルーフ・ワーカー。


 家名持ちであることから、貴族であることが分かる。


 彼は嘗て剣士としての腕前では人族の上位五本指に入り、実質的に「剣聖」と等しい実力を持っていた。


 だが、今、彼は剣聖とは呼ばれていない。


 数年に一度開催されている三大国家の剣聖を決める国際試合では、いつもアップレチ王国の天位の剣聖ソードマスターガーベルトに負けている。だからルーフ・ワーカーは剣聖ではないのだ。


 剣を捨てたのはいつ頃か………試合で負け続け、自暴自棄になった頃だ。


 ある時からルーフ・ワーカーは剣の代わりに、違う武器を手にしていた。


 剣士からすると「卑怯」な武器で、術士からすると「無粋」な武器────それは「銃」だ。


 異世界からやってきた昔の勇者によってもたらされた銃製造技術は、アップレチ王国の最高機密とされている。


 戦争になった時、長い射程と強い殺傷力を持ち魔力の必要性もないこの「銃」という武器は、おそらく最強であろう。


 ルーフ・ワーカーは試作型の携行可能な銃を二丁持っている。


 アップレチ王国にあるのは連射性の高いガトリングガンのような重火器ばかりで、携行できるようなダウンサイジングにはまだ成功していない。


 その携行タイプ試作型銃をルーフ・ワーカーが手に出来ているのは、彼がアップレチ王国の悪名高き宰相の甥っ子で、その権威を利用して無理を言ったからだ。


 彼はそれを手にしたときから無敵だった。


 銃という武器が一般化していないこの世界では、ただの筒に見えるそれを突き出されたとしても、誰もが「そんな短い棒切れでなにをするつもりだ」と鼻で笑う。


 だが次の瞬間、轟音と共に放たれる一発の弾丸で相手は絶命する。死ななくても致命傷は間違いない。


 問題があるとしたら、この銃は射程が短く精度が悪い。なので可能な限り接近して放つ必要があることくらいだ。


 そのルーフ・ワーカーの銃は、リザリアン族の「聖なる滝」で存分に活躍した。


 リザリアン族の若き戦士トトの依頼は「滝の領有権を巡って争っている他部族を退けたいので協力して欲しい。報酬は滝にある金脈の一部採掘権」というものだった。


 人類未踏の森に金脈が………それなら原住民リザリアンをすべて排除して、自分たちのものにしてしまおう。それがルーフ・ワーカーの狙いだった。


 滝に着いたら、守護役のリザリアン族がルーフ・ワーカーたちを追い払おうとした。


 容赦なく撃ち殺した。


 トトがなにか叫んでいたが、戦いが始まったら無視した。


 滝を守るリザリアン族の戦士たちは、まず戦う相手への礼儀として名乗りを上げる。例えば「我は青の部族のトト! キキとララの息子にして孤高の戦士!」と言った風に自己紹介を始めるのだ。


 これは滝の奥にいる女たちに自分の存在をアピールする為のものなので、普段からそうしているわけではない。この滝を守るものだけがする行動だ。


 ルーフ・ワーカーは、そんな名乗りをあげている最中に至近距離から銃をぶっ放し、一撃で殺していく。そこに容赦や儀礼などない。目的のための殺戮だった。


 殺戮に興じているのはルーフ・ワーカーだけではない。


 一緒に引き連れてきたランクDの冒険者2人は魔術師で、彼らは普段なかなか使いどころがない強烈な攻撃魔法を放ち、リザリアン族を焼き殺していた。


 魔法抵抗力のないリザリアン族は面白いように死んでいき、二人の魔術師は虐殺の愉悦に浸っている。リザリアン族は人間とは違う姿だから、殺しても胸が傷まないのだ。


『しかし美味い話が転がり込んできたもんだぜ』


 リザリアンの戦士二人をまとめて撃ち殺しながら、ルーフ・ワーカーはニヤついていた。


 原住民共をすべて排除したあとは、近隣から鉱夫を集めてきて、金を掘らせ、遊んで暮らすだけだ。


「やめろ!! やめてくれ!! ここまでしろとは言ってない!!」


 依頼人────トトがルーフ・ワーカーの腕にしがみついてくる。


「殺せなんて言ってない! 俺たち青の部族の力を示すだけでいいんだ!! なにか誤解があったかも知れないが殺しちゃダメだ!! もうやめてくれよ!!!」


 そう叫んでいる間にも冒険者たちは虐殺を続けている。


 ルーフ・ワーカーにすがりつくトトは混乱気味だった。


 彼は、どうしてこうなってしまったのか、まったく理解できていなかった。


 この男たちがなぜリザリアン族を虐殺しているのか理解できない。 あきらかに降参している相手をも殺す必要が理解できない。しかも、殺すことを楽しんでいるように見えることが理解できない。


「お、ルーフさん、こっちに洞窟があるますぜ。金鉱山じゃないんすか?」


 低ランク冒険者の一人が滝の瀑布の裏………女たちの入る洞窟に通じる道を見つけた。


「行かせない!! そこには行かせないぞ!!」


 トトはルーフ・ワーカーの前に立ちはだかった。


 この先には女たちが居る。トトが惚れ込んだあの女もいる。女たちを殺されてなるものか!


 トトはいきり立っていた。だが、ルーフ・ワーカーは何の感慨もなく銃を構えた。


「トカゲがごちゃごちゃうるせぇんだよ」


 引き金を引き絞るため指に力を込める────その時、凄まじい雄叫びが聞こえてきた。


 周りを見ると、滝の断崖に、色とりどりの服を着たリザリアン族の戦士が集まっていた。


 その中でも赤い服の────ガシュベルがとてつもない大声で雄叫びを上げる。


「我らの聖地を汚す者を許すな!」


「うおおおおおおお!!!」


 戦士たちは滝の断崖を駆け下りてくる。


 部族は関係ない。ここはリザリアンすべての者にとっての聖地なのだから。


 すべての部族が一致団結して無法者たちと戦う。


 冒険者の一人は四方八方から槍で突き殺された。


 別の冒険者は戦士数人のタックルを喰らい、滝壺へと落ちていった。


 だが、そんな戦士たちも魔術師が放つ獄炎によって一瞬で消し炭になる。


「カカカカ、名乗りを上げて一対一で戦うやり方はもう終わったのか。こりゃ少しは楽しめそうじゃねぇか、なぁ?」


 ルーフ・ワーカーは悪魔でもこれほど邪悪な笑みは浮かべまい、と思えるような黒い笑顔でトトを見た。











 トトは薄れゆく意識の中、必死に女たちのコミュニティの方へと這いずっていた。


 足が動かない。


 血が抜けて力も出ない。


 身体のあちこちに穴が空き、そこから火でも吹いているのではないかと思うほど熱い。


 耳も遠くなっている。


 女たちの悲鳴が聞こえ、飛び出してきた数人の女たちが魔法の炎で消し炭にされていくのが見えた。


 周りには戦士たちの亡骸が無造作に積み重なっている。


 普通に戦った亡骸は少ない。


 黒く炭化した者や、音の出る筒によって体に穴を開けられた者が大半だ。


 全部族の中でも一番の戦士と誰もが認める赤の部族ガシュベルも、全身から血を吹き出して、岩壁に持たれるようにして事切れていた。


「あ………ああ………ああああああああああ!!!!」


 怒りと痛みと悲しみで涙が止まらない。


 リザリアン族を蹂躙した冒険者たちは、面白がって女たちを滝に並べた。


 そして後ろから蹴り落としていく。


 いくらリザリアン族といえ、この高さから滝壺に落とされたら死ぬ。


 青の部族も、黄の部族も、みんなみんな、たった十数人の冒険者の手によって殺されてしまった。


 なんてことをしてしまったんだ。

 なんて者を呼び込んでしまったんだ。

 俺が欲しかったのは彼女だけだったのに。

 こんな地獄をつくりたかったわけじゃないのに。


 その後悔は、失血して朦朧としたトトの心をも殺そうとしていた。


 女たちのコミュニティから金細工を手にした冒険者たちが大笑いしながら出てくる。その冒険者たちは、女のリザリアン数人を強引に連れ出した。


 トトの視界に入る女……あの子だ。


 やめろ!!


 やめてくれ!!


 その女だけはやめてくれ!!


 もはや声も出ないトトは、胸が張り裂けて心が砕けそうなほど、必死に胸中で叫んだ。


 もちろんその声なき声は誰の耳にも届かない。


「これでトカゲは最後か?」


 ルーフ・ワーカーは残念そうな顔をしながら銃に弾を込める。遊ぶ相手がいなくなって残念だ、という表情だった。


「ルーフさん。こっちも下っ端の冒険者が何人か殺されちまった………」


 ランクDの魔術師の一人が告げるが、ルーフ・ワーカーにとっては「だからなんだ?」という話だった。むしろ分け前が増えたってことだろ、と思っている。


「ところでお前、このトカゲはメスらしいが………抱くか?」


「………冗談でしょ」


「カカカカ。そうだよなぁ。いらねぇよなぁ、こんなトカゲ。だけどよぉ………奴隷にして売り払おうにも、生かしておくと俺たちの悪行がバレちまうからなぁ。やっぱ、殺すしかねぇよな」


「早く殺しなさい、悪魔ども!」


 トトが愛した女が吠える。


 ──やめろ──やめてくれ──お願いだから──その子だけは────


 トトの眼の前で、ルーフ・ワーカーは銃を構えた。


「言われなくても殺してやるよ、クソトカゲ」


 バン


 滝の瀑布より大きな音がこだまする。


「え」


 ルーフ・ワーカーは突然目の前に現れた人物の怒りの形相に驚いた。


 眉毛がすべて逆立ち、地獄の悪鬼羅刹でもこんな形相にはなるまいと思えるほど怒り狂っている。


 その人物は、今しがた放ったルーフ・ワーカーの弾丸を指で掴んでいた。


「は……?」


 信じられない。


 ルーフ・ワーカーはもう一度銃の引き金を引き絞った。


 バン──カンッ!


 銃声とほぼ同時に甲高い音がした。


 真紅の鎧に弾丸が当たり、弾かれてしまった音だ。


「てめぇら、全員、容赦しねぇ」


 その男は全身から殺気を吹き上げながら、自分の背丈ほどもある大剣を構えた。


 勇者ジューン………彼は激怒していた。


 怒髪天を衝くと言うが、彼の場合は怒天を衝く。


 逆立った眉毛を整えることも忘れ、ジューンは大剣を真横に振った。


「!!」


 ルーフ・ワーカーは本能的にその剣閃から身をかわしたが、何人かの冒険者たちは触れてもいないのに身体を真横に引き裂かれ、驚愕の顔と共に絶命した。


「なんだこいつ!!」


 剣聖と同じかそれ以上の手練だと直感する。


 距離を空けようと走るルーフ・ワーカーの代わりに魔術師たちが爆炎を打ち込む。


 だがその爆炎は、何故か急に風向きが代わって斜めに吹き込んできた滝の瀑布にかき消されてしまった。


「きさんら!! ぼてくりこかすぞ!!!」


 怒れる小さなおっさん………勇者コウガは、傷つき倒れたリザリアンたちをかばうように前に進み出る。


 そのコウガを守るように風が動き、飛沫となった滝の水が魔法の炎をかき消していく。


「なんなんだこいつは!」

「ひるむな、別の魔法で殺せ!」


 滝の一部が凍りつき、氷柱のような鋭利さをもち、コウガを襲う。


「!」


 コウガは避けなかった。


 後ろには倒れ伏したリザリアン族がいる。避けたら彼らに当たるからだ。


 奇跡としか言いようのないほど、見事にコウガには一本の氷柱も当たらなかった。


 だが、ほんの少しだけ、掠めた氷柱がコウガの頬を薄く切り、ツッと血が一筋流れた。


 ────魔術師たちはを踏んだ。


「!?」


 二人の魔術師は巨大な岩石に押しつぶされて死んだ。


 突然、なんの予兆もなく滝の岩盤が崩落し、その下敷きになった魔術師達では知る由もないが、コウガに害を与える………それは絶命の終焉ファイナル・ディスティネーションに触れたのと同義なのだ。

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