第5話 おっさんたちとトトの冒険。

 その頃、若き戦士トトは名もなき密林を突き進んでいた。


 あの滝を守るのは俺だ! 他所の部族には任せられない!


 その強い思いはトトをずっと


 だが、トトは盲目的に滝を神聖視しているわけではない。違う理由で「自分で守りたい」という強い意思を持っているのだ。


 その理由とは────女だ。


 リザリアン族の女はその滝にしかいない。男女別で生活するのはリザリアン族の習わしなのだ。


 男たちは部族ごとに集落を作り、狩りをして、女たちが隠れ住んでいる滝の洞窟に食料を届ける。その点、女たちが住んでいる滝の集落は部族関係はない。


 そんな男と女は年に一度の繁殖期だけ滝の袂で出会い、愛を育む。そこで生まれた赤子が女であれば滝で暮らし、男であればそれぞれの部族の集落で暮らす。それがリザリアン族の「普通」だ。


 なのにトトは、以前から女を見るため滝に忍び込んでいた。


 もちろん掟を破っているので、見つかれば折檻される。場合によっては追放だ。それでもトトは若い衝動を抑えることは出来なかった。


 そして何度もコソコソと滝に通うようになり、ついに見つけてしまった。


 とても美しい女────つがいになりたいと心の底から思える女を。


 だが、滝は屈強な他の部族の男たちが守っている。


 惚れた女が彼ら護衛役と顔見知りにでもなったら………あれだけの美女だから、男の方はすぐ恋に落ちてしまうだろう。そうなると繁殖期になってトトが彼女と結ばれる可能性はないに等しい。


 だから、なんとしても青の部族で滝を守りたい。そしてあの子と結ばれたい。


 そのためには冒険者の力を借りてでも他の部族に勝たなければ! ………こんな理由を大人のリザリアン達が聞いたら、その浅はかさに怒り狂うだろう。


 一目惚れした女と結ばれるために、若者は後先考えることなく森を走った。


 冒険者を雇う貨幣としてのかねはないが、雇うためのきんはある────実はあの滝全体が金脈で、少し掘るだけでも純金が手に入るのだ。


 トトはリザリアン族の秘密とされているその話を餌に、冒険者を雇うつもりだった。


 もちろん信じてもらえるかどうかわからない。


 だから少しばかりの金は滝から削り取って持っている。それを見せたら少しは信用されるだろう、と。


 しかし誰からも見向きもされなかったらとんだ無駄足だ。


 いや! 大丈夫! 自分を信じろ! 俺なら冒険者を雇って他の部族を圧倒し、あの子を手にできる!


 ────トトは自ら聖地を汚そうとしていることに気がついていなかった。











 翌日。


 おっさんたちはトトを追うように、物理的に空を飛んでいた。


「必要なときに魔力が足りなくなるから温存したい」というセイヤーの意見は却下され「トトに追いつくために!」と他の二人にせがまれたので、魔法で飛行することにしたのだ。


 この時、セイヤーは初めて「勇者の杖」がありがたいと感じた。


 そのオリハルコンの杖リンガーミンの宝珠は、使用魔力を100分の1に減少させ、さらに魔法効果を100倍にするという代物だが、以前は使用者たる本人自体が最強すぎて、その効果を全く体感できなかった。


 だが、魔力が無限ではなくなった今となっては、実にありがたい魔力節約アイテムだ。


「セイヤー! すまんがいろいろきつい!」


 スーパーマンみたく空を飛んでいたジューンは手を大きく横に振って「無理」をアピールする。


 空を飛ぶというのは、実はそう簡単ではない。


 スピードが出れば空気抵抗が発生するし、酸素も吸いにくいので当然呼吸が辛くなる。


 以前なら無限の魔力でそのあたりをすべて解消していたが、今は空を飛ぶだけでも結構な魔力を消費するので「勇者なんだから極力我慢しろ」となっているのだ。


 ジューンの後ろにつけて空気抵抗から逃れようとしていたコウガも、呼吸がままならず顔面蒼白になっている。


 町はもう見えているので問題ない。


 セイヤーはジューンとコウガを着地させ、自分もゆっくり着地した。


「ふぅ………セイヤー、トトの居る場所は分かるか?」


 ジューンに問われ、セイヤーは目をしかめながら首を横に振った。


「人の検索をする魔法は、空を飛ぶより多くの魔力を消費する────だから連れ合いの女たちを探すのにも魔力が足りないから節約させろと言い続けているんだがどういうわけかずっと魔法に頼った行動を君たちに強いられていてまったく魔力が蓄積しないんだがどうすればいいと思うかね」


 息継ぎなしに一気に言われ、ジューンは一歩引いた。静かにセイヤーは怒っているっぽい。


「そ、そうだったな。飛んできたんだから、さすがにトトってやつより先に着いたことだろうし、まぁいいか。はは………」


 これはジューンだけでなく三人ともそう思っていた。


 だが、約二時間後────町の冒険者ギルドでおっさんたちは唖然となっていた。


 トトはとっくに到着していた。


 そればかりか、もう町から腕の立つ冒険者たちを複数人連れて森に戻ったと、受付嬢が口調で言い放ったのだ。


「………で三日かかるんじゃなかったのか?」


 セイヤーは誰にともなく文句を言う。


「あの方、森からきたそうですよ」


 受付嬢はと言い放ち、ヤスリで爪の形を整え始めた。


 どうせランクGくらいの、庭の草むしりくらいしかできそうにないおっさんたちだから、とまるで相手にしていない様子だ。


「………」


 そのおっさんたちは、三人揃ってカウンター越しに態度の悪い受付嬢を憮然と見ている。


「あの、なんです? 守秘義務があるので他のことは口外できませんし、目障りなんで仕事の依頼票を持ってくるなり、ここから出ていくなりしてくれませんか?」


 ギルドの受付嬢は負けじとおっさんたちを睨みつける。


 美人だが気が強い。こうでなくては冒険者ギルドの受付はできないのだろう。


「私達はこういう者だ」


 セイヤーはネックレスのように首に下げている冒険者認識票を取り出し、受付嬢に見せた。


 受付嬢の顔が引きつる。


 こんな辺境でも世界最大のネットワークを誇る「冒険者ギルド」であればちゃんと情報は来ているので理解している。それはランクS────魔王討伐を成し遂げた「三人の勇者」に送られた、世界で唯一にして最強のランクが認識票には彫り込まれていた。


 「私達がゲイリー総支配人から与えられたランクS特権は『冒険者ギルドのあらゆる『力』を自由に活用できること』だ。依頼内容の開示など余裕だろう?」


 セイヤーが静かに言うと、受付嬢は爪ヤスリを放り投げ、しっかり座り直した。


「は、はい! え、ええと、リザリアン族のトト様から頂いた依頼ですが………内容は敵対種族の排除で、報酬は………金脈の採掘権という破格の内容です。ギルドには金塊が手数料として払われています。参加した冒険者はランクBが1名、ランクDが2名、Eが5名、FとG合わせて10名といったところでしょうか」


 そこそこの数だがリザリアン族のほうがもっと多い。問題はランクBがいることだ。


 ランクBは一騎当千の猛者といっても過言ではない。それ相手にリザリアン族が勝てるか………実に怪しい。


「あの………ここだけの話、その冒険者たちはあまり良い噂がない荒くれ者です。お金のためなら悪事も平然とやる連中なんですが、なかなか尻尾を見せないのでギルドとしては困っています。特にランクBの人はかなりの悪党なんですが、証拠がなくて………」


 ギルド内にはこのおっさんたち以外に誰もいない。なのに受付嬢はずいぶんと小声で言った。


 おっさんたちは聞き逃すまいと、カウンターに身を乗り出すようにしている。


 受付嬢は『よしよし、さっきの態度の悪さを誤魔化すために別の話題を振ってみたけど、功を奏したみたいね』と、胸をなでおろしながら会話を続けた。


「ランクBの人は今までも依頼人を脅したとか、他の冒険者からネタを奪い取ったとか、任務遂行中に金品強奪や婦女暴行の疑惑も数え切れず………ですが、証拠がなくてギルドとしてはなにも罰を与えておりません」


「なるほど。では、そいつらがなにかしでかすのために、ギルド職員にも同行してもらおう」


 セイヤーは保険を用意するつもりだ。


「え、もしものためって………?」


「もしも、は、もしも、だ。それともランクSなら何をしても許されるのか? それであれば話は早いが」


「あ、いえ、なにをされるおつもりか分かりませんけど、ギルドの沽券に関わりますので、いくら勇者様でも許されるというのは、ちょっと」


「では職員の同行を求める」


「あのですね勇者様。ここのギルドはご覧の通り田舎の世界の果てですから、職員は私だけなんです。それに魔族でも立ち入らないあの森に入るなんて、こんなではとてもとても………」


「うーん? 僕の知る受付嬢はメッチャクチャ強かったけど、君はどうなの? なんかすごく強そうな気がするけど」


 そうコウガが言う「知っている強い受付嬢」とは、アップレチ王国ファルヨシの町支店で受付嬢兼ギルド長もやっていた元ランクB冒険者の「柔らかなエリール」で、強さで言えば人族の頂点に近い存在だ。


「私は普通の女の子です!」


 自分で女のと言い張る受付嬢は、男ばかりの冒険者たちを諌めるために、ご多分もれず美人ではある。だが、若いわけではない。おそらく30代中頃だろう。


「じゃあ【普通の女の子】さん。行くよ」


 ジューンは有無を言わさぬ感じで言い放った。











 おっさん三人と受付嬢は、リザリアン族のいる滝まで魔法で飛行していた。


 転移テレポートできれば一瞬なのだが、この人数をいっぺんに転移すると、いくらセイヤーでも魔法が枯渇してその後が大変になる。なので少しでも時間に余裕があるのなら、と、行き道と同じように帰りも飛行を選択した。


「ひゃー! たっのしー!!」


 受付嬢は両手を広げ、鳥のように空中を何回転もしている。


 魔法の力で飛んでいるとは言え、案外体幹がしっかりしていないとバランスが崩れて落下しそうになる。それを何の苦もなく軽々飛び回れるのは「普通の女の子」ではない。きっと腕に覚えがあるタイプなのだろう。


 前のセイヤーなら鑑定魔法でこの受付嬢の能力を覗き見ただろうが、消費魔力が多いので控えている。


 ちなみにセイヤー以外のおっさん二人は空気抵抗と酸欠で飛びながら呻いていた。


 セイヤーは自分と受付嬢にいろいろと魔法障壁を張り巡らせて飛んでいるのでなにも苦痛がない。しかし、他の二人は魔力節約のために何も防御魔法を与えていない。セイヤーの心情としては「あんたらは勇者なんだから大丈夫だろう」というところだ。


「このスピードなら、移動人数が多いトトの一行より先に到着するだろうな」


 セイヤーは余計な争いが起きる前に辿り着けると確信していた。


「ひゃっふー!!」


 受付嬢はさっきからクルクルクルクルと空中大回転している。


 ジューンは思った。揺れるロングスカートはまるで水槽の中を泳ぐ金魚の尾びれのようで優雅だ、と。


 セイヤーは思った。アホみたいに元気だな、と。


 コウガは思った。パンツは黒のレースか、と。


「楽しそうで何よりだ」


 セイヤーは苦笑したが、その時、魔法の線がぷっつり切れたような不愉快な感覚に襲われた。


 その「線」とは受付嬢を飛行させていた魔法のことだ。


 驚いて振り返ると、受付嬢は声もなく急降下しているところだった。


「「「 ちょ!! 」」」


 おっさんたちが慌てた時にはもう遅く、受付嬢は(ゆっくりではあるが)密林の中に落ちてしまった。


「なにがあった!?」

「私にもわからんよ! とにかく降りるぞ!」

「やばいやばい! 早くいこ!!」


 三人は血の気が引いた顔で、受付嬢が落ちた辺りに着地した。


 いない。


 たしかにこの辺りだったと思うが、受付嬢の姿はないし、落ちた形跡もない。


「やばいぞ。セイヤー、可能なだけ全力で魔法使って探してくれ!」


 緊急事態だ。やむを得ない。


 魔法で探索────受付嬢────近い────近いっていうかすぐそこにいる!?


「………あ、いた」


 セイヤーは頭上を指さした。


 魔法で探索するまでもなく、受付嬢はおっさんたちの頭上にある木の枝に絡み取られてぐったりしていた。


「ちっ、魔法の無駄打ちをしてしまった」


 セイヤーが自己嫌悪で項垂れる中、ジューンとコウガが救出作業に取り掛かる。


 木の枝に引っかかり大の字になっている受付嬢は、普段なら絶対めくれないであろう重たい生地のスカートが完全開放されて、黒いレースの下着がモロに出ていたが、ジューンはそんなことに脇目もふらず、救出に全力だ。


 コウガはもちろんニヤニヤしている。


 なんだかんだで受付嬢を地面に降ろしたおっさんたちは、彼女を介抱する。


 その様子はギルド職員と勇者には見えず、甲斐甲斐しく姫に世話を焼く介添人のようだった。


「うぅ………きもちわるぃ………」


 受付嬢は与えられた水をコップで飲みながら「うぅ」と呻く。もちろん水もコップも、セイヤーが亜空間から出したものだ。


「なにがあったんだ?」


 目頭を強く抑えながらセイヤーが問う。問いただしたのは、飛行魔法が途切れた理由がわからなかったから。目頭を押さえているのは、経験したことがない「魔力切れ」を食らってふらついているからだ。


「いえ、なにかあったわけでもなく………調子に乗って回転していたせいで目が回っちゃいまして、気絶したみたいです」


 おっさんたちは白目を剥いた。


 だが「そんなことで手間かけさせやがってこのバカ女! 足を引っ張るんじゃねぇ!」と怒鳴るような男はここにはいない。


 彼女の探索のために魔力切れを起こし、強い目眩めまいと眠気に襲われているセイヤーも文句は言わなかった。


 むしろ、このおっさんたちは「無事で良かった」と言い「なんとかなるさ」と思い「黒いパンツ見えた」と喜んでいた。


 だが、そんな牧歌的な空気は滝に戻ったら吹き飛んだ。

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