第3話 おっさんたちはリザリアン族と出会う。

 害獣防止と思われる低い木の柵。そして入り口と思われる門には巨大なトカゲが2匹いて、阿吽像みたく門の左右で槍を構え、二本脚で直立していた。


 トカゲでも布製の服を着ている。


 としたその服の造りは、色味はまったくないが、まるで「YO!YO!」と韻を踏みそうな一昔前の黒人ラッパーのようにも見える。


 なんせ太い首元や腕、腰にもジャラジャラと装飾品も着けているので、それがまたラッパー風味を増長させているのだ。


 日本のおっさんなら、よく映画などで見るニューヨークの裏路地で徒党を組んでいるストリートギャングを想像して、怖くて近寄らないような格好と言い換えていい。


 身長は2メートル50センチ前後。


 体つきは筋骨隆々。尻尾も太い。


 なぜか目元だけは爬虫類特有の無感情なものではなく、人間より水晶体自体が大きく、瞳孔も大きい。完全に猫の瞳だ。


 トカゲと言うより、日本を代表する「怪獣王ゴジ◯」を人のサイズにしたと考えたほうが早いだろう。


「やべぇなあれ。言葉通じなさそう」


 コウガは「君子危うきに近寄らず」と続けた。


 君子危うきに近寄らずとは、教養があり徳がある者は自分の行動を慎むので、自ら危険なところには近づかない、という意味だ。


「いや、虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ」


 危険を避けていては、大きな成功は有り得ない。


 ジューンはスタスタと歩き出した。


 あえて武具は身につけず「危なくないですよアピール」をする。


 だが、無防備そうに見えてジューンは勇者だ。


 力の過半数が失われたとしても、素手でコンクリートを破砕できるだけの力はある。


 もしものときはぶん殴ってどうにかする………ジューンは覚悟を決めて門番達の手前まで歩き、話しかけた。


「やぁ。俺たちは旅の者なのだが……」


 言葉が通じなさそうなトカゲ人間は、ジューンをジッと見下ろすだけだ。


 さすがのジューンも顔をこわばらせる。


 勇者だろうがなんだろうが、見慣れない生き物に睨まれるのは、正直、怖い。


 このトカゲ人間たちが日本の怪獣王だったら、容赦なく口から放射熱線でも吐いてきそうだ。


『もしかして言葉通じない系?』


 ジューンより少し後ろで、コウガが小声でセイヤーに尋ねる。


『私が知るか────あ……もしかすると私達の勇者の力が低下したせいで、異種族との会話能力も………』


『うわ、マジかよ……クソ面倒くさいことしてくれたなぁ、あのペガサス』


 おっさんたちの能力を呪いで低下させた闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」を思い出して、コウガはプンスカと頬を膨らませた。


 そんなことより、この場面だ。


 ジューンは門番達の一挙手一投足に注意を払う。


 いつ槍を繰り出されるかわからない緊張感……ワニのようなその口で噛みつかれる方が早いかも知れない。


 ごくり。


 武器を身につけなかったのは失敗だったかもしれない。武装しておけばよかった………。


「ええと………俺たちは冒険者なんだが」


 ジューンは言い直す。


 勇者と言わないのは、三人で「いろんな国から命を狙われている以上、あまり勇者であることを言うべきではない」と決めたからだ。


 門番の二匹は、ようやくゆっくりと顔を見合わせた。


 そしてジューンに向き直り、少しだけ身を屈めて視線の高さを合わせながら口を開く。


「あんたら、冒険者かい」

「いや驚いた。こんなに早く来るなんて」


「「「 ……… 」」」


 おっさんたちは、普通に理解できる言葉で歓迎されたことに拍子抜けしつつ、「来ることが予めわかっていた感」を伴って集落内に導かれた。











「よくこんな辺境にまで来なさった」


 集落のおさらしきトカゲ人間は、威厳がありそうな青いトラ柄のダボッとした服を着ていた。


 完全にベル◯ーチ系の派手な服を着たラッパーだが、おっさんたちは彼らのファッションセンスについては何も言わないでおこうと沈黙のうちに決めていた。


『言葉が通じてよかった』


 ジューンはそうは言わずに微笑むに留める。「言葉が通じるとか当たり前だ馬鹿野郎! なめてんのか!」という展開も想像できたので、できるだけにこやかにしておくだけにしたのだ。


 しかしトカゲ人間たちの表情は変わらない。表情筋というものがないのかもしれない。


「俺はジューン。こちらはセイヤー。そしてコウガ。流れの冒険者です」


 集落で一番大きな小屋の中で、三人のおっさんたちは床にあぐらをかいて、長を含めた数人のトカゲ人間達と向き合った。


「わしはリザリアン族、青の部族長でギザと申します」


『リザリアン……リザードマンってとこだな』


 聞き慣れない種族名だが、ジューンは昔遊んでいたゲームの種族に当てはめて考えることにした。


「ギザさん。実は俺たちはここがどこなのかわか────」


 ジューンが状況を説明しようとしたが、おさはごつくて短い指の手を上げて会話を制した。


「いや、皆まで言わなくてもわかっとります。トトのやつが冒険者を呼んでくると村を出て、たった一晩で連れて来るとは思わなんだが」


「?」


「して、トトはご一緒では?」


 おさに聞かれても、おっさんたちはさっぱりだ。


「トト?」


「うちの若い戦士で………ふうむ? ご一緒じゃない?」


「はい。俺たちは迷子でして。ここがどこか尋ねるために立ち寄りました」


「ふうむ………ここは世界の最果てにある名もなき密林でして。この密林に住む猛獣はとんでもないのばかりなので、魔族ですら近寄らないところですな」


「………」


 とんでもないところにいたんだな、とジューンは目頭を押さえる。


「ここに人族の冒険者が来るなんて初めてです。相当な戦闘力がおありなのでしょう」


「いえ、それほどでも」


 強制的に転移させられたと説明するのも面倒なので、話を流す。


「長! 大変です!!」


 革鎧に身を包んだトカゲ、いや、リザリアンの戦士が飛び込んでくる。


「なんだ騒々しい」


「赤の部族が攻めてきました! 数は100前後です!」


「………なぜ今頃」


「あの、赤の部族にトトが囚われているとの報告が………」


「!?」


 長はバッと立ち上がり、太い尻尾を床にシタンッ!と叩きつけた。


 それでも表情は何も変わっていない。やはり表情筋が人間より少ないのだろう。


「………申し訳ないが、状況をご説明いただけるか?」


 セイヤーが手を挙げると、長は「ふうむ」と頷いた。











 長が話した内容を整理すると、この密林にいるリザリアン族は現在部族抗争中だ、ということらしい。


 この「青の部族』以外にも赤とか黄とか、いろんな部族がいて、おっさんたちがキャンプしていた滝場の領有権争いをしているらしい。


『カラーギャングじゃねぇか』


 見た目の服装や色分けからして、本当に一昔前に裏路地で抗争していたチンピラみたいだった。

 

 この青の部族は他の部族と比べて人数が少ないため、本格的に攻められたらすぐに負ける。しかし他部族もそれがわかっているらしく、今の今まで危険度が少ないからと放置されていた。


 それが急に攻めてこられた。


「理由はトトだろう」


 長はため息を付いた。


 トトというのはこの部族の若者で、圧倒的戦力不足を「外から冒険者を雇って対抗しましょう!」と訴えていたらしい。


 冒険者とは迷いペット探しから傭兵まで、依頼と報酬があれば雇い主が誰であろうとなんでもやる職業だ。もちろん依頼主がトカゲ人間のリザリアンでも関係ない。


 だが、この集落から冒険者ギルドがある村までは徒歩で三日はかかるし、依頼したとしてもここまで来てくれる冒険者は皆無だろうと誰もが思っていた。


 なんせ満足な報酬を払うだけの蓄えがここにはない。


 彼らリザリアン族は完全な自給自足の生活をしていて、金を必要としていないのだ。


 長を含め誰もがトトの提案を却下したが、若気の至りか、彼は「絶対冒険者を呼んでくる!」と昨夜、村を飛び出したらしい。


 で、朝におっさんたちが来たので誰もが驚いた、という流れだ。


「トトは冒険者を呼びに行く途中で赤の部族に捕らえられ、きっと冒険者を雇う話をしたんだろう」


 長は肩を落とした。


「で、余所者を雇われてはたまらないと、すぐに攻めてきたんでしょうな………さ、時間がありません。あなた方はお逃げください」


「は?」


 ジューンは驚いた。


「偶然ですけど俺たちは冒険者ですよ? 雇わないんですか?」


「いやいや、ここに自力で来られるような実力者を雇うような金は持ち合わせていないんですよ。あなた方、ランクC以上でしょう? わしだって相場くらいは知っていますが、とても払えるものではありません」


「………」


 魔王討伐を果たした、世界に三人しかいないランクSだとは言いにくい。


「あまり戦いが好きではないわしら青の部族としては、この抗争が終るまで、じっとしているつもりだったんですがね。トトが余計なことを………」


「ときにギザさん。食べ物でここの名産はなんですか」


 セイヤーは薄く笑いながら身を乗り出した。


「え? まぁ、人族の好みとは違うかも知れませんが、わしはこの集落では川魚の塩焼きが一番美味いかと………」


 セイヤーの意図を理解したのか、ジューンも尋ねる。


「酒はありますか?」


「青の部族伝来の濁り酒なら………」


 最後にコウガが尋ねる。


「気持ちよく寝られる所、あります?」


「その集落の真ん中にある大きな木のハンモックで寝ると最高に気持がいいと………一体なんなんですか?」


「「「 のった 」」」


 おっさんたちは実のところ、魔王討伐の報奨をもらわなくてもそれまでに手に入れてきた金が結構あるので、懐は温かい。


 だが、いくら金があってもこんな密林の中では役に立たない。


 ならば、美味い飯、旨い酒、安らかな寝床が手に入るのであれば戦う価値があるという考えだ。


「え?」


 長のギザは猫目を細めた。はじめての表情変化だ。


「敵部族を追い返せば済むのか、それとも殲滅か? どっちです?」


 ジューンに詰め寄られてギザは大きな体を少し引く。


「あ、え、ええと、違う部族とは言え同じリザリアン族ですし、殺すと禍根も残るので、できれば痛めつけて帰す程度で………え?」


「俺たちを雇ってくれるんですね? 報酬は飯と酒と寝床でお願いします」


「は、はぁ………そんなものでよろしければいくらでも………しかし、本気ですか? 他種族であっても敵に容赦する連中ではないんですよ?」


「よし、今夜は焼き魚で一杯飲ってハンモックでお休みだ!」


 ジューン、セイヤー、コウガは嬉々として立ち上がった。

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