第4話 おっさんたちは雇われた。
リザリアン族という、見た目がリザードマンか
そのおっさんたちは、青の部族の集落に攻めてきた赤の部族と対峙するため、ちゃんと自分たちの武具を装備し、集落の入口にいた。
この依頼の成功条件は「相手を痛めつけて帰す程度にすること」と「赤の部族に囚われたトトという若者を救出すること」だ。
報酬は金ではなく、美味い飯、旨い酒、安らかな寝床。下手な大金よりおっさんたちが俄然やる気になる報酬だった。
「来た」
ジューンの言葉通り、赤の部族が密林の中からぞろぞろ出てくる。
そして、青の部族の集落前に整列した。
戦い慣れているであろうことは、整列の美しさからも見て取れる。それは完全に軍隊の動きだ。
赤の部族も一昔前の路地裏黒人ラッパーみたいなだぼっとした服を着ているが、その上から革鎧を装着し、それぞれの手には三メートル近い槍と楕円形の盾がある。
鬼気迫る雰囲気からしても、完全に戦うつもりのようだ。
その一団の中から、一際体格が良いリザリアンが前に出てくる。
普通のリザリアンが昭和時代の
「俺は赤の部族のリーダー、ガシュベル!」
ものすごくでかい声だった。
「余所者は帰れ!!」
ガシュベルに怒鳴られたおっさんは、顔を見合わせた。
「ここの集落からすると、あんたたちのほうが余所者なんだけど」
コウガは怯まず応じる。
「そういうことではない!! これはリザリアン族同士の聖なる争いだ! 他の種族が加わり、事を大きくすべきではない!」
「聞こえてる! 聞こえてるから、もちっと声のボリューム下げて!」
コウガは耳を抑えている。
「青の
返事はない。
もしものことを考えて、おっさんたちが集落の人々を避難させたからだ。
「ふん! 青の部族は平和主義だと思っていた! それなのに勝ちを取るめために余所者に頼るなど、リザリアン族の面汚しだ!!」
戦士が合図すると、赤の部族はザザッと音を立てて槍を構えた。
「ねぇねぇガシュベルさん。話し合いで解決しない?」
コウガは言いながら一歩ずつ下がっていく。
「何を言うか! 我らリザリアン族は力こそ全て! 話し合いたければ俺を倒してみせろ!」
「脳筋かよ」
コウガは完全に下がりきって、ジューンを前に押し出した。
「ん?」
「力といえばジューン、ジューンと言えば力! いってら!」
「人を力だけのバカみたいに言うなよ………まぁ、いいけど」
ジューンは仕方なさそうに前に出る。
だが、相手を怪我させないように戦うという「手抜き」の加減がわからない。更に言うと勇者としての能力が落ちていることもあり、どこまで力を出すべきなのかもわからない。
「まぁ、やってみるか」
「ほぅ、そんな細く小さな体で俺に挑むか。おもしろいぞ人族の冒険者!」
「ほんとすいませんでした」
赤の部族を率いる戦士ガシュベルと赤の戦士たちは、座り心地悪そうに地面に正座している。
太い尻尾が腰のところにあるせいで、正座するとバランスが悪いらしく誰も彼もがぐらついている。
戦いは一瞬で終わった。
ジューンは、余裕ぶっこいて前に出てきたガシュベルの土手っ腹に、思い切りアッパーカット気味のパンチを入れた。
それで終了だ。
推定200キロを越えそうなガシュベルの体は、そのパンチ一発で空高く舞い上がり、戦いは終わった。
実際はパンチを食らった衝撃でガシュベルの内臓は破裂し、かっ飛ばされながら吐血していた。そのまま地面に叩きつけられたら確実に死んでいただろう。
────それを救ったのはセイヤーの魔法だ。
「また魔力が減った」
ブツブツ文句を言うセイヤーだが、ジューンがガシュベルと殴り合う寸前、いつでも治療魔法を行使できるように、既に魔力を練っていたのは内緒だ。
一発でのされ、治療まで受けたガシュベルは、どよ~んとした空気をまとって完全に落ち込んでいる。
また「赤の部族」で最強の戦士が一発で倒されたので他の戦士たちもどよ~んとしている。
「あのさ。そもそも同族同士で戦ってる理由はなんなの? 領有権って聞いたけど………」
ジューンの出番が終わったので、またコウガが前に出てくる。
「聖なる滝をどの部族が警護するのか、警護するのであれば強い部族がやるべきだ、という論争から、実際戦って決めようという事になりまして、はい」
さっきと違ってガシュベルはペコペコしている。
「なるほどねぇ。だからギザさんは『殺さず痛めつけるだけ』って言ってたのかぁ」
コウガは「ふむふむ」と頷く。まるで大根役者が頭のいい学者かなにかを演じているような、ずいぶんとわざとらしい「ふむふむ」だった。
こういう手合の「ふむふむ」は、殆どの場合、なんの意味もないか何も考えていないか、だ。
「戦いと言っても殺し合いにはならないような………なんと言いますか模擬戦のようなものでして………そこに余所者を加えたら加減とか知らないだろうし、本当に血の雨が降る結果になるんで、あの、文句を言いに来たと言いますか、そのあなた達余所者を追い出すために来たと言いますか………」
赤の部族最強の戦士ガシュベルはしどろもどろだ。追い出しに来て返り討ちにあっているのだから世話のないことだ。
「なるほど、そういう事ならたしかに余所者が口を挟む必要はないな。おそらくトトとかいう若者は、勝ちにこだわりすぎて空気を読めなかったんだろう」
おっさんたちの中で一番空気が読めないセイヤーは、言いながら自己完結して「ふむふむ」と頷いている。
コウガの「ふむふむ」と違うのは、セイヤーの方が
「おかしい。僕がふむふむするのとセイヤーのふむふむでは、なにか、こう、価値が違う気がする。納得いかないなぁ」
コウガは変なところで自分の価値を気にするタイプだった。
「なんだそれ………俺もふむふむって言わなきゃダメな空気か? あ、そんなことよりトトって奴はどこにいる? あんたらが捕まえてるんだろう?」
ジューンはふむふむな空気を変えるべく質問した。
「奴なら森を抜けた先にある町に向かったが……あ、いえ、向かいましたが」
慌てて敬語に変えるガシュベルに、もはや戦士の威厳は感じられない。
リザリアン族の価値観は「力こそが上下関係のすべて」であり、倒さない限り上の存在は絶対なのだ。
しかし、どんなに強くてもいずれは加齢で若者に負ける時が来る。
すると、敗者となった
この種族の強者はかなり威張るので、敗者になった瞬間いろいろとやり返されないよう諂うのが本能に染み付いている。卒業式の時、お礼参りを恐れて急にヤンキーたちと親しそうに話をする生活指導の教師みたいなものだ。
「ん? 町に向かった? どういうことだ………トトはあんたらに捕まったんじゃないのか?」
「いいえ。俺たちは町に向かう奴と偶然出くわしただけです。どこに行くのか尋ねたら、奴は青の部族を勝たせるために冒険者を雇いに行くとバカ正直に言いましてね。もちろん俺たちは止めたんですが、強引に行っちまいまして」
ガシュベルはそのトトの行いについて、青の
「トトくん、問題児だなぁ」
コウガはため息をつく。
若者にありがちな「思い込み」と「猪突猛進」は、異世界・異種族であっても変わらないらしい。
「これって、トトとかいう奴を止めたほうがいいんじゃないか?」
ジューンはセイヤーとコウガに理由を説明し始めた。
「聞いての通りで、これはリザリアン族が聖地としている滝を誰が守るのかという内輪揉めだ。そう。戦争ではない。これはただの喧嘩だ。そこに事情を理解できていない余所者が加わると、一気に本格的な戦いになるんじゃないか?」
「それはそうだが、私達がギザから受けた依頼とは違うだろ。私達が冒険者として受けた依頼は赤の部族を退けて、トトを奪還すること………トトを奪還………奪還もなにも………うーん? これは依頼達成と言えるのか?」
セイヤーは自問自答している。
人に聞かず自分と対話している辺りがコミュ障だ。
「ねぇねぇセイヤー。契約云々で考えないで本質的なところを見た方がいいよ。よく考えなくてもわかるけどさ、ガチの
「そうしよう」
コウガの説得でセイヤーは手のひらをくるりと返して即決した。その切り替えの速さは、セイヤーがコウガの説得で「腑に落ちた」からだ。
そうでない場合は断固として首を振らないが、納得さえすれば自分の意見を貫き通そうとはしない。ある意味「芯はあるが柔軟」とも言えるだろう。
「それにしても疑問は残る。誰がワインの空き瓶を持って行ってこの集落まで私達を導いたんだ? 最初はそのトトとかいうのがやったのかと思っていたが、そうだとしたらちょっと行動がおかしくないだろうか?」
トトが冒険者を探しに旅立ったなら、事前にこのおっさんたちを集落まで導く理由などないはずだ。むしろ、おっさんたちを見つけたのなら、旅する意味はない。
おっさんだし戦力にならないと思ったからあらためて探しに行ったか………だとしたらおっさんたちをわざわざ集落まで案内するように、わざとはっきり足跡をつけていく必要もない。
おっさんたちを別の部族が雇った冒険者だと勘違いしたのか………だとしたら、さらに自分の集落に案内する意味などないだろう。
こういう状態になっていることを見越して、わざとおっさんたちを導いた「誰か」がいる。
それが誰なのかはわからないが、おっさんたちは若者の暴走を止めるべく、早速移動を開始した。
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