第2話 おっさんたちは語り明かす。


 キャンプの夜というのは恐ろしいものだ。


 普段なら言わないようなことを言い出したりする。これはキャンプマジックと言ってもいい。


 特にこの大瀑布の夜は、やたら風景が幻想的であるせいもあって、おっさんたちの口は緩んでいた。


「俺、昔同棲してたことがあってさ」


 口火を切ったのはジューンだった。


 彼は同棲していた彼女が、自宅で他の男を引き込んで裸で抱き合っていた話をした。


 それを聞いたおっさんたちは、たまに合いの手を入れて「それからどうなった」とか「彼女の荷物どうしたんだ」と尋ねたりして、なんだかんだで小一時間は話が続いた。


 その間にワインは3本空いている。


 少し顔を赤らめながらも、ジューンも決して後ろ向きではないので「自分も至らなかった」とは言わない。


 彼からすると「自分がどんなに至らなくても、自宅に男連れ込んで裸で抱き合うような女など願い下げ」だった。


 話を聞いたセイヤーとコウガも意見を交わす。


「そもそも自宅に男を呼ぶなと言いたい。浮気がバレる可能性が高い浅はかな行動を取ること自体が、人としてあまりにも愚劣だろう」


 セイヤーは浮気がどうのこうのではなく「どうしてバレやすいところでバレることをしたのか。あまりにも短慮で浅慮」という点でご立腹のようだ。


「その彼女、ジューンの見つかるギリギリのところで浮気するスリルを楽しんでいたんじゃないかと僕は思うね」


「お。なんか女をよく知る感じの意見が出た」


 ジューンがコウガを揶揄する。


「いやいや、そんなんじゃないよ。僕は離婚歴あるから女を見る目なんてないよ」


「「 ほう 」」


 小さなおっさんのバツイチ話に話題はシフトする。











 コウガは歳下の美人を娶ったが、家事もせず、貯金を食いつぶしてねずみ講式の通販に手を出したことをきっかけに離婚した話をした。


「さらに浮気もしてたからね」


「「 うわぁ 」」


 コウガの強烈な実体験は、ジューンはもとより、女性と付き合ったことがないセイヤーにとっては恐怖夜話のようでもあった。


 離婚に際して、妻の実家は「コウガが悪い。財産はすべてよこせ。慰謝料払え」と食いついてきたが、コウガも弁護士を立てて財産分与しないことで収めた。


「おかしいだろ………その嫁がコウガの独身時代の貯蓄を食いつぶしていた? 婚姻前の財産はそれぞれのものであり共有財産じゃないぞ? それに嫁は浮気したんだろう? 相手側の過失による離婚なのだから、本来なら慰謝料を貰うべきだ。嫁の実家は頭がおかしいのか?」


 セイヤーはプンプン怒っている。


「そのねずみ講みたいな商売を嫁にさせたのは、嫁の実家だったからねぇ」


「「 うわぁ 」」


 結婚とは、当人同士の愛情云々だけで決めてはならない。それができるのは「これまでのすべてを捨てて結婚する場合」だけだ。


 相手方の実家環境、両親、兄弟、親戚、友人関係、仕事……様々な点を確認しなければ、ろくなことにならない。


 彼女は本当に一生一緒に居たいと思い、いることが当たり前て安心できるほど好きか? 自分は好まれているか? 価値観は同じか近しいか? 相手の実家はどこにある? 味付けは合うのか? 実家は一戸建て? 賃貸? 借金は? 両親は働いている? 親の健康状態は? 同居希望か? 兄弟はまともか? 働いてるのか? 親戚に変なやつはいないか? 友達は普通か? 仕事はしているのか? 世間に顔向けできる仕事か? ────言い方を変えると「これだけのハードルがありながらも結婚できて、幸せな家庭を作れているカップルは、本当に幸運である」ということだ。


「まぁ、早く縁を切りたかったからね。相手に金がない事もわかってたし、下手に恨まれたりして長引くより、さっさと終わらせたかったんだよ」


 そう言うコウガの気持ちもわかるな、とジューンとセイヤーは薄く頷いた。


「ま、その後、元嫁は浮気相手の嫁さんから慰謝料を請求されてたし」


「「 相手は既婚者かよ! 」」


「その浮気相手と一緒に逃亡したのはいいけど、ねずみ講で借金半端なかったみたいで生活苦しかったみたいだし」


「「 それでもねずみ講を続けてたのかよ 」」


「しまいにゃ性風俗で働き始めたらしいし」


「「 絵に描いたような転落人生!! 」」


「その間に浮気相手の男はまた別の女に浮気して逃げたらしい」


「「 最悪だな! 」」


「………おっさんがハモるのやめて? 息ぴったり過ぎる」


 コウガはジューンとセイヤーに釘を差しつつ、ワインを空けて話を続けた。


「で、元嫁はなにかの病気で最近死んだそうだ。二度自己破産してね」


「「 ……… 」」


「嫁の実家も売りに出されることになったらしく、あっちの親から援助しろとか電話もあったよ。もちろんあっちの実家なんて全員野垂れ死ねばいいと思ってたから援助なんかしなかったけどさ。けど………好きで結婚した女が、死ぬほどの生き地獄に落ちていたことを考えるとさ、なんかこう、やるせないっていうか」


 そこまで聞いて、ジューンとセイヤーは口には出さなかったが同じことを思った。


 その頃からが発動してたんじゃないのか、と。


 そして、そんな目にあいたくないのでコウガとは争わないようにしようと、二人は心に固く決めた。











「私は語れる女性遍歴がないが、会社を乗っ取られた」


 セイヤーは役員や株主たちによる「乗っ取り」を受け、会社から追い出された話をしたが、ジューンとコウガは黙りこくってしまった。


 あまり馴染みのない『経営者サイド』の話でもあり、会社を乗っ取られるなんてスケールのでかい話に庶民はついていけなかったのだ。


「なんかもっと庶民的なやつ、くれ!」


 そこそこ酔っ払ったジューンは、ワインの空瓶をテントの外に転がしながら、真っ赤な顔で詰めてくる。


「そう言われても、私の人生は『早く楽に暮らすために金儲けした』としか言いようのない味気ない人生だしな………」


「ないの? その豪邸にいるハウスキーパー? メイド? とのアバンチュールとかさ!」


 コウガがにじり寄る。


 狭いテントの中でおっさんが可愛い顔して寄ってくるのは恐怖だ。


「ないから童貞なんだよ」


「セイヤーは他に不幸なことはなさそうだな」


 ジューンはつまらなそうに言う。


 セイヤー自身も「自分の人生は実につまらない」と思っていた。だからポロッと言ってしまった。


「あぁ。私は人付き合いが下手だから友人なんて一人もいなくて、近寄ってくるのは金と利権目当てのハゲタカみたいな連中ばかりだったから、当然排除するだろ? すると不幸になるような人間関係がまったくないんだ。一人、ただ、存在しているだけ、だ」


 少し酔っていたのだろう。


 どこか物悲しそうなセイヤーの言葉に、ジューンとコウガは『地味だけど一番重たい不幸だな』と思った。











「「「 うぅ 」」」


 神々しいほど美しいキャンプの朝に、三人のおっさんは響く頭痛を抑えながら起き上がった。


 勇者特性の超健康体質のおかげで、今日の今日までこの異世界で二日酔いになったことはなかった。


 それが急になった。


 二日酔いになってしまう………これが一番「勇者として弱くなった」と実感できることだった。


「………朝飯は」

「いらない………」

「み、水を………」


 おっさんたちは重たい頭を抱えるように起床し、セイヤーのせっかく回復していた魔力を無駄遣いすることにしてキャンプを魔法で片付けた。自力でテントをどうにかしようなんて気力は一切ない。


「………おかしいな」


 セイヤーはすべてのキャンプセットを魔法で片付けた後、違和感を口にした。


「私達が飲んだワインの空き瓶がどこにもない」


 確かテントの外に転がしていたはずの瓶は、一本もなかった。


 どこかに転がってしまったのかと探すが視界内には見当たらない。


 そもそも転がるような傾斜はないし、転がったとしてもその辺りの岩とか木の根っこに引っかかっているはずだ。


「これ、足跡じゃないか?」


 ジューンが見つけた足跡は、柔らかな土の上に規則正しく並んでいた。


 人のモノではない形をしているが、動物ではなく二足歩行しているとわかるそれは、滝の反対側へと続いている。


「どんな種族かわからないけど、誰か近くに住んでいるなら、ここがどこなのか聞けるんじゃない? 魔力使わなくて済んだかもよ?」


 コウガは楽天的に言ったが、おっさんたちに接触せず、瓶だけ持ち去る者が友好的とは限らない。


 三人は二日酔いでむくれた顔を滝の冷たい水で洗い、その足跡を追うことにした。


 こうして滝から歩いて10分。


 なんとも言えない形状の足跡をつけていたおっさんたちは、ついに集落を見つけた。


 密林にある沼地を開墾したと思われるそこは、人が住むにしては湿気がありすぎる土地だ。


 いくつもある住居は高床式で、木と藁で作られている。


「やはり、あまり文化的ではなさそうだな」


 地面に残された足跡の形から「裸足である」つまり「文化的ではない」と最初から思ってはいた。


 今見ている集落の造りからして、おそらく住民の知能指数は高い。しかし生活水準はアマゾンの原住民に近いかも知れない。


「誰も外にいないようだが」


 ジューンは顔をしかめている。


 視界に動きはない。たまに密林の奥から「キキキ、クワックワックワッ、キー! クワクワッ!」という動物の鳴き声が聞こえてくるだけだ。


「なんにしても行くしかないでしょ」


 コウガに促され、おっさんたちは集落に向かった。

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