おっさんたちと聖なる滝物語

第1話 おっさんたちは食材を探す。

「いいねぇ。なんだか、こう、冒険している感がある!」


 密林を歩きながら、ジューンはワクワクを抑えられないようだった。


 本来のおっさんたちであればこんな足場の悪い森の中を歩けば、ものの十数分で「足が痛い」「筋肉痛がすぐきた」「喉が乾いた」などと文句を愚痴愚痴言うところだ。


 しかし、今の彼らは(力の大半を失ったとは言え)勇者だ。


 その勇者特性により身体は十代のように、いや、日本では感じたことがないほど健康で、しかも尋常ではないほど強化されている。


 鬱蒼とした密林であっても、まるで公園の並木道を散歩している感覚で歩けている。


 道なき道を大剣で切り開いていくのはジューンの役目だ。


「ねぇねぇセイヤー。あまり剣を振るとそれが修行になって、またジューンはパワーアップしちゃうんじゃないの?」


 ジューン固有の勇者特性は「努力した結果が何千、何万、何億倍になって身につく」というものだが、今はその特性効果もかなり失われているので、コウガが心配するほどのことはないだろうとセイヤーは思っている。


 だが、努力の結果空間まで斬り裂いた男がジューンだ。用心するに越したことはない。


「ジューン、あまり気張りすぎるとまた『最初から強すぎてつまらなすぎるゲーム』をやるハメになるぞ」


「む、それは嫌だな」


 あわてて大剣を背に回す。


「まったく、ガキじゃあるまいし────って、何アレ! 超美味そう!」


 コウガはジューンを追い抜いて先に行き、木に生っている果実を手にした。


「セイヤー! これ食える!?」


「今鑑定魔法を使うと、また魔力を貯める時間が必要になるんだが……試してみたらどうだ」


「そうする!」


 皮ごとむしゃこらと口にしたコウガは、ピタッと動きを止めた。


「にがい」


 ボトボトと口から果実をこぼす。


「ガキじゃあるまいし」


 ジューンはコウガの言葉を使ってやり返した。


 しかし、おっさんたちにとって食料確保は死活問題だ。


 それでなくても晩飯を抜いた状態での今だ。


 のどが渇いても、そのあたりの生水を飲むわけにもいかないし、腹も満たさないといざというとき力も出ない。


「一番近場にいる仲間を探すのに使おうと思ったが……それよりまずやらないといけないことがあるな」


 セイヤーは魔法を使い、近場で食材になりそうなものを検索した。


「ここから2キロ先に滝がある。山水だが飲料可能だ────って、よく考えたら私達の身体はかなり頑丈だから、生水でお腹壊すようななもんではないと思うが────あと、食料になりそうな果実と、食材になる動物も探索した。滝の近くにキャンプを張ろう」


 その検索魔法を使用したせいで、セイヤーの魔力はまた減ってしまったが、これは仕方のない「投資」だし、その投資に見合った見返りは飲食物として約束されている。


 おっさんたちはえっちらおっちら歩く。


 日本の東京で例えるのなら、2キロと言ったら秋葉原の駅から東京駅くらいの距離だ。


 歩くには遠いが歩けない距離ではない。


 価値観の違いはこういう場面で現れる。


「電車賃がもったいない」と30分ほど歩く者。


 その30分が惜しいし、歩く労力を考えて電車に乗る者。


 電車どころか「迷路みたいな東京駅の中を歩くのがめんどくさい」と言い出してタクシーを使う者。


 その「時間」「距離」「労力」などを総合的に判断して選んだ方法が「価値観」だ。そこに大きなズレがあると、同行し続けるのはかなりのストレスとなる。


 おっさんたちは、その価値観が極めて近しい。少し違いがあったとしても許容範囲の違いだ。だから旧知の仲のように、お互いのことを理解して気心知れた仲になれた。


 そうでなければとっくの昔に一人で行動していただろう。


 暫く歩くと、滝の瀑布………水が土砂のように落ちる音が聞こえてきた。


 空気がひんやりとして、心地よく感じる。


「パワースポット的な! マイナスイオン的な!」


 コウガがはしゃぐ。


「………」


 マイナスイオンという単語にセイヤーはなにか言いたげだったが、あえて口を閉ざす。


 滝はすぐにわかった。


 そしてその規模のデカさに三人は唖然とした。


「まるでイグアスの滝だ」


 ジューンは地球最大の滝を例に出す。


 イグアスの滝とは南米大陸のアルゼンチンとブラジルの二国にまたがる滝で、北米のナイアガラの滝、アフリカのビクトリアの滝と共に、世界三大瀑布に数えられる滝だ。


 大小275もの滝が4km近くに渡って段差のように連なり、毎秒65,000トンもの水が最大落差80mの滝壺へと飲み込まれる様は、テレビで見たときは圧巻だった。


 だが、そんなイグアスの滝ですら、眼前の光景には及ばない。


 いくつもの段差と高低差数百メートルはあろうかという飛瀑は、常に幾重もの虹を生み出し、まるでおとぎの国に来たような錯覚さえ感じさせる。


「異世界に来たって感じがするよな……」


 こちらにきて一年以上が経過しているというのに今更な事を言うジューンに、同じく一年以上こちらにいるセイヤーも同意し、その二人より遅く召喚されたコウガも強く頷く。











 滝壺近くは瀑布の轟音が凄まじいので、少し離れたところにキャンプを張る。


「亜空間から荷物を取り出すのにも魔力がこれほど必要とは」


『アイテムボックス』という安易な名前の魔法は、常時亜空間を作り続け、そこにアイテムを収納できるという血統魔法だ。


 常時であるがゆえに常に魔力を使い続ける必要があり、その血統魔法を持つディレ帝国のメレニ家ですら「町から町への運搬が終わったら魔法は一旦終了させる」らしい。


 それをセイヤーは今まで無限の魔力に支えられて常時使用してきたし、便利なことはなかなかやめられない。なんせ、今更止めることなど出来ないほどの荷物がその亜空間には詰まっているし、勇者たちの武装もそこにあるのだ。


 セイヤーの魔力は常にこのアイテムボックスに使われているので、魔力の総量上限が下がっていると言い直してもいいのだが、セイヤーとしては「必要なこと」だから仕方ないと割り切っている。


 後に亜空間の荷物を全部取り出して整理している時「こんなに魔力を食っていたのか」と呆れることになるが、それに気がつくのはずいぶんと先だろう。


 おっさんたちはテントの設営を行う。


「思った以上に面倒くさいんだな」


 今まで魔法で組み立てていたセイヤーは、テントを張るのが面倒だと初めて気がついた。


「どのポールをどこに入れたらいいの!? 向きとかあるわけ!?」


 パリピとはいえ、こういった野外でのキャンプ経験がないコウガも小さい体を必死に伸ばして手伝う。


「まかせろ」


 ジューンは自他ともに認めるキャンパーだ。


 同棲していた彼女とよくキャンプに行ったものだ。


『アレ以来か』


 自宅で知らない男と裸で抱き合っていた彼女と別れた光景を思い出す。


 違うの、誤解よ、そうじゃないの! と、ベタな言い訳に終止していた彼女を問答無用で追い出し別れた。


 間男はずっとニヤついて「あんたが間抜けだから彼女は俺を選んだのさ」と悪びれた風もなかった。


『あいつらその後どうなったんだろうな。まぁ、関係ないけど』


 彼女と別れてから初めてのキャンプだ。


 相手がおっさんだけというのは笑えるが、これはこれで楽しい。


 ジューンの指示の下、テント設営に1時間ちょっとかけて、ようやく完成する。


 続けて、暗くなる前に寝床となるマットをテントの中に敷いて寝袋も準備する。


「一息入れよう」


 気がついたら2時間以上過ぎていた。


 セイヤーが取り出した紅茶セットで休憩することにする。


 火は「魔力がもったいないから」と、調子に乗ったジューンが起こすことになった。


「木と木をすり合わせたら火が出る!」


 というジューンだが、滝の近くで空気が湿っているのでなかなか火はつかない。


 うおおお、と木に木をこすりつけるジューンを横目に、セイヤーはバーベキューの準備を始める。


 炭はあるが、やはりここでも火は必要だし、炭にちゃんと火が入るまで小一時間は掛かる。


 その時間で食材を手に入れようという段取りだ。


「ジューンは頑張って火を作ってくれ。私はBBQの準備をしておく。食材はコウガが捕まえてきてくれ」


「僕のハードル高くない!? おかしくない!? 僕は前からずっと戦闘能力ゼロだよ!!」


 そう叫んだコウガの声に驚いたのか、ウサギのような動物が茂みから飛び出してきて、凄まじい勢いで近くの岩場に頭をぶつけて昏倒した。


「………」

「………」

「………」


 株を守りて兎を待つ、ということわざがある。


 内容は────昔、農民が畑仕事をしていると、兎が飛んできて木の切り株につき当たって死んだ。それを拾って以来、農民は畑を耕すのをやめてずっと切り株の番をして兎を捕ろうとしていた………というものだ。


 このことわざの真意は「偶然成功した経験にこだわり、いつまでも進歩がないこと」なのだが、まさか真意なんぞ無視して実現シーンを見ることになろうとは。


「強運度合いは減ってるのか?」


 ジューンは訝しげにコウガを見ながらウサギのような動物をゲットした。











 夜。星明りとホタルのような動物が織りなす滝の芸術を眺めるため、おっさんたちはテントから顔を出していた。


 滝の近くということもあり、案外夜は冷えるので、外にはいたくない。だが、この光景は見たいのだ。


「さっきのBBQ、最高だった」


 ぼそりとセイヤーがジューンを褒める。


「初めて動物をさばいたけど生臭いもんだな。血抜きが足りなかったかもしれない」


 照れ隠しにジューンは自分の失敗を語る。


「いやぁ、生肉焼いただけだとああはならないでしょ。ちゃんと調味料も持ち歩いてたセイヤー様々だわ」


 コウガも褒め合いに参戦する。


 キャンプというのは人を優しくする効果でもあるのだろうか。


 おっさんたちはセイヤーが取り出したワインを飲みながら、語り明かす覚悟で自分語りを始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る