第5話 おっさんたちは旅立つ。
人類未踏の地。
ここは一体どこらへんなのか………。
それを調べるのに必要な「探索魔法」を行使するのに必要な魔力は、セイヤーの持つ魔力ギリギリいっぱいだった。
一度使えば魔力が空っぽになるし、今し方「魔法の力がどこまで下がったのか試してみよう」と試し打ちしたせいで、そもそもが「探索魔法」を使えるまで魔力が回復していない。
「ここでじっと待つか、フラフラ探索してみるか。俺は探索したい」
そう言うジューンは、実にわくわくしていた。
彼は基本的に「前向き」だ。
勇者の力が削られたというマイナスな感情は持っていないどころか、急に「成長の余地」を与えられたので嬉しくてしょうがないというプラスにしか考えていない。
「強いモンスターに会いたい」
「お前はどこぞの戦闘民族か」
セイヤーは苦笑する。
「とは言え、私も行動するのに賛成だ。ここでじっとしていようが歩き回っていようが、魔力の回復には関係ないからな」
じっと休んでいたほうが魔力が回復するのかと思えば、そうではないらしい。
「僕も移動に賛成。てか、あからさまに自然破壊した場所に留まりたくない。誰かに怒られそうだし!」
ジューンとセイヤーによって、三人のおっさんたちがいるジャングルの一部は、嵐が来たかのような凄惨な状態になっていた。
「よし、じゃあ移動しよう。私達の大目的は連れの女の子たちの様子を見に行くこと。彼女たちが幸せであればそれでよし。幸せでなければ………その場面でどうするか考える。この大目的は振らさない。失われた勇者の力の取り戻すとか、今は必要ないし、目的が複数あるのは効率が良くない。まずは彼女たちだ。いいね?」
セイヤーの再確認に、ジューンとコウガは頷きながらもニヤニヤしていた。
「なんだ?」
「いや、セイヤーも案外女の子たちのことを気にかけるんだなと思って」
ジューンからすると、セイヤーは人付き合いも悪いし、女性に興味を持たない男なんだろうと思っていた部分もある。それが今では「女達のところに行くことが目的!」と繰り返す。
どこか遠回しを装ってはいるが、かなり心配しているのは明らかだ。
「ふん。気にもなるさ」
「いいね。そういう正直なところは好きだ」
「おっさんがおっさんに好きとか言うな」
「………あんたら付き合ってんの!? 不快指数爆上がりなんだけど! 気持ち悪いなぁ、もう!」
コウガが本気で拒絶すると、ジューンとセイヤーは、がっしりコウガの肩に腕を回した。
「うわ、ちょ、この蒸し暑さの中でおっさんがくっつくとか! なんの拷問!? やめれ!! やめてええええ!!」
『仲の国』の調印の城にて。
例の【勇者排除派】たちは、顔を揃えたまま無言で時を過ごしていた。
東のリンド王朝の王族「ヒース・アンドリュー・リンド」
同じくリンド王朝王立魔法局局長「トビン・ヴェール侯爵」
北のディレ帝国の元王族「アントニーナ元第一王女」
同じくディレ帝国でアントニーナの嫁ぎ先である「グリゴリー侯爵」
同じくディレ帝国のエーヴァ商会の幹部数名。
南のアップレチ王国の王族「ティルダ・アップレチ第一王女」
西の元魔王領……ジャファリ新皇国の上流魔族「イーサビット」
彼らが沈黙を続けているのは、勇者暗殺に失敗したという一報を受け、続けて「勇者たちが姿を消した」との報も入ったからだ。
その知らせをもたらしたのは、ディレ帝国の暗部でトップの実力を持つ「デッドエンド」である。
彼は正直に報告した。
「毒を仕込ませたリンド王朝の魔法局スタッフは返り討ちにあって死亡。その死体はアップレチ王国の間者が隠蔽。勇者の連れを襲おうとした者たちの亡骸は、我々ディレ帝国の暗部で回収済み。そして勇者たちは姿を消しました」
何一つ嘘偽りない報告だが、重要な情報が抜け落ちている。
勇者たちは闇の勇者+堕天使の化物と戦い、勇者の力を失った挙げ句、どこかに転移させられた。勇者の連れの女たちも、勇者についての記憶を一切失ってしまった。
その重要な情報がないまま「勇者たちは姿を消しました」と言われたら、全員が「勇者は身を隠して反撃するタイミングを見計らっているに違いない」と思う。
勇者を排斥するということは、勇者から反撃を受ける可能性があるということだ。
それは理解していた。だから確実に一回で殺そうと考え、今回の暗殺には「勇者の血を引いた子孫たち」が用いられた。
だが、まったく意味がなかった。
勇者の血は薄れており、彼らに出来たことと言えば、勇者の目を欺いて死体を回収できたくらいだ。
「こうなったら……やるしかないね」
ヒース王子が真剣な顔をする。
「勇者召喚しよう」
「お待ち下さいヒース王子! 勇者召喚の儀は星の位置の兼ね合いからも各王家で100年に一度と定められています!」
白薔薇の君ティルダ王女が慌てる。
「それなんだけど、トビン侯爵が調べてくれたんだ。説明頼むよ」
「はっ………」
魔法局長トビン侯が一歩前に出る。彼はヒース王子の席の後ろに立っているので、発言する時は前に出ないと、フードと暗がりのせいで顔も見えないのだ。
「我々の知る勇者召喚の儀というのは、実は事細かな条件が加わっているため、100年に一度しか行えないのです。しかし、条件を取っ払えばいつでも召喚出来ます」
「なんと……」
誰も知らなかったことだ。
「その細かな条件とはなんであったのか」
ディレ帝国のアントニーナ元第一王女が問うと、トビン侯はムッとした顔をした。
「元王族の第一王女とは言え、今、あなたは私と同じ侯爵位の家におり、更に言うと爵位を持つのはグレゴリー侯であり、あなたではない。ただの女が偉そうな口を挟むのは慎んで頂きたいものだ」
「な………なんですって!!」
アントニーナが円卓を叩くのを、横にいるグレゴリー侯爵はオドオドして止めもしない。完全に尻に敷かれているようだ。
「アントニーナ元王女、控えていただきたい。話が進みません」
白薔薇の君が冷たく言うと、アントニーナは唇を噛み締めてうつむいた。
「話を続けますぞ?」
トビン侯の言葉を遮る者はいなかった。
「今までの勇者召喚の条件は、まず……
「…………なるほど」
白薔薇の君は一瞬で理解した。
戦うだけの存在なら
だが、若者は時に無秩序であり傲慢でありワガママにもなる。異世界から呼んだ勇者が、自分の欲を満たすためだけの力を使う者だった場合、この世界はどうなってしまうのか、想像に容易い。
だから「おっさん」を呼んだのだ。
ちゃんとした中年男性なら、欲望より理性がまさる。
常識が邪魔してそこまで無秩序なことも考えない。
そして中年男性であれば、若者より早く死ぬ。
魔王討伐の事を成した暁には、各王家の離宮暮らしを勧めて、何不自由ない生活を過ごしてもらう。そして数十年で老衰を迎え、静かに亡くなってもらうのが、一番この世界にとって安全な方法なのだ。
それなのに、このヒース王子はその条件を取っ払って勇者を召喚しようと提案してきた。
白薔薇の君はそんな危険なことはさせない、と心の中で決心した。
「他にも条件に組み込まれているのは、女に対してあまり精力的ではないとか、ある程度の協調性があるとか、秩序的であるとか………実に様々な条件が組み合わさっているので、100年に一度しか召喚できなかったのです。そこで、条件を1つにして召喚するのであれば、苦もなくできる……かと」
「その1つの条件とは?」
トビン侯に問うのは、もちろん白薔薇の君だ。
「我々に服従する者、です」
「………そんな条件が成立するのか? よしんばそんな心根の者を呼べたとして、呼んだ後に性根が変わっていくことはないのか?」
「それはやってみないことにはわかりませんな」
「ではもう一つ。確かに生粋の勇者なら、あの勇者たちとも渡り合えるだろう。だが、ミイラ取りがミイラになることも考えられないか?」
下手をするとあのおっさん勇者たちよりも、新しく召喚した勇者のほうが世界の脅威になりかねない。
「それは………異世界の勇者たちも我々と同じ人間。心を縛り、忠誠を尽くさせる方法はいろいろとあるでしょう」
「わかりました。私はその方法を否定します。世界を危険にしたいわけではないのですから」
白薔薇の君が反対すると、アントニーナ元王女も「私も反対するわ」と言う。あきらかにさっきのトビン侯の態度に腹を立てたから反対に回った、という感じだ。
エーヴァ商会の幹部たちも首を横に振る。
魔族のイーサビットだけは応否を示さずニヤニヤしているだけだ。
「ほうほう、反対ですか」
ヒース王子はにっこり笑う。
「みなさん、どうして今の勇者たちを排斥したいのか、今一度思い出して頂きたい」
沈黙。
その時間、それぞれが思い起こす。
リンド王朝のヒース王子は次期王と名高く、手に入らぬものはなにもない立場にある。
金も地位も名誉も女(人の女であろうと)も、すべてが彼の望むとおりだった。
だが、そんな彼でも勇者ジューンが成しえた「名声」は手に入らない。
自分より上がいる────それは彼のプライドが許さないことだった。
魔法局局長のトビン・ヴェール侯爵は、今まで目をかけ、ゆくゆくは自分の妻にと思っていたクシャナを、ジューンに奪われたという思いが強い。
更に、長い間心血注いで魔法を極めてきたつもりが、ちょっとした努力程度でジューンに追い抜かれてしまったことも許しがたい。
あの乳は私のものだ────トビン侯の薄暗い欲望は、瞳に宿って卑しい光を放っていた。
ディレ帝国の元第一王女アントニーナは、世継ぎを残すために嫁に行かなかったエーヴァ第二王女への嫉妬が強い。
さらに王都は「エーヴァ」という別名で定着している。これはエーヴァ
本当なら長女である私の名前が冠されるべきところを────周囲の反対を押し切り、さっさとグレゴリー侯爵家に嫁いだアントニーナは、自分を省みることなく、エーヴァへの嫉妬に燃えていた。
アップレチ王国の白薔薇の君ティルダ・アップレチ第一王女は、会ったこともないというのに、勇者コウガに小馬鹿にされたという思いを持っている。
宰相派を倒すために勇者を利用しようとしてコケにされた────その怨みだけだ。
魔王領、いや、ジャファリ新皇国の上級魔族イーサビットはニヤニヤしながら一同を睥睨している。
彼も勇者たちに打ち負けたという過去がある。
直接やり込められている分、彼の勇者に対する怨みは大きいだろうと誰もが感じているが、本人の口からそんな言葉は聞こえてこない。
ただ、ニヤニヤと人間たちを観察しているだけだ。
「さあ、思い出しましたね? ではもう一度聞きます。いまの勇者たちを倒すために、新たな勇者を召喚する。この提案に賛成の方」
ヒース王子は満面の笑みで居並ぶ一同の顔を見た。
その笑みたるや、まるで邪悪な子供のようにも見えた。
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