第4話 おっさんたちと失われた力。

 闇の勇者が自らの闇の中に囚われてから数分────おっさんたちは何も言うことなくジャングルの中に佇んでいた。


 彼らは頭の中で状況を整理している。


 ジューンとコウガは支離滅裂に『今起きたことを自分の頭の中でありのまま言うぜ』と、脳内で同じような内容を何度も反芻はんすうしているが、セイヤーだけがちゃんと整理出来ていた。


 今し方、何が起きた?

 ┗闇の勇者が堕天使と合体して蘇ってきた。


 何をされた?

 ┗1)謎の呪いで勇者の力を大きく奪われた

 ┗2)連れの女たちから自分たちの記憶を消された

 ┗3)人類未踏の地に転移させられた


 現状の問題点は?

 ┗a)闇の勇者と堕天使の始末がついていない

 ┗b)能力がどこまで落ちたのか確認が必要

 ┗c)連れの女たちの安否

 ┗d)今後どうするか


「ふむ………」


 そこまでをザッと考えたセイヤーは、もっと深く考えるためにその場に腰を下ろして「考える人」の彫像みたいなポーズになった。


 それを見てジューンとコウガは顔を見合わす。


 この天才のおっさんがなにか考えてくれているようだから、自分たちは黙って見ておこう、という腹積もりのようだ。


『一つ一つ問題点に対する解決策を考えてみるか』






 a)闇の勇者と堕天使の始末がついていない


 これについては「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」が自滅して差異空間に閉じ込められてしまったので、当面は放っといていいだろう。


 もし現れたとしても、大した脅威ではないと思える。






 b)能力がどこまで落ちたのか確認が必要


 これはこんなよくわからない環境に置かれている以上、すぐにでもするべきことだ。


「みんなの能力を確認したい。能力を見ていいと心を開いてくれ」


 勇者にはセイヤーの魔法を阻害する能力が備わっているため、深く能力を「鑑定」するには相手の同意が必要なのだ。


「………」


 セイヤーはジューンとコウガの能力を鑑定し、険しい顔になった。


 ほとんどわからない。


 例えるのなら、膨大なデータベースからいかようにでも情報を検索できていたはずが、今では目次しかわからない、という感覚だ。


 更に言うと、たったそれだけの鑑定で、自分の中からかなりの魔力が消費されたとわかった。以前のようにバンバン魔法を使ったらすぐに枯渇するだろう。


「おそらく元の能力の数万分の一だと思うが、鑑定の能力もかなり低くなっていて詳しくわからない。それに、それぞれの特性はもとより、勇者固有の能力もかなり下がっているな………異性への魅了効果、身体強化、再生回復力、生殖能力……」


 最後の一言におっさんたちは眉を動かした。


「ど、どれくらい下がってるんだ? 俺、それでなくても枯れてるっていうのに」


「や、やばくない? もう僕スタンドアップしない感じ!?」


 戦闘的な能力ではなく、を気にするのは、まさしくおっさんの証拠である。


「いや、どの能力も普通の人の数十倍はあるから心配ない。私達は元が異常だったんだよ」


 セイヤーは苦笑する。


「とは言え、精力については『体より精神がついてこない』ということに変わりないんだが………」


「「 あ~ぁ 」」


 男たるもの何歳になっても元気に女のケツを追いかけたい。それは童貞であるセイヤーも心持ちは同じだ。


 日本にいた頃は、体も心も「精力的な部分」が加齢と共に枯れていた。


 じゃあ異世界こちらに来てからは勇者特性のおかげでモリモリかと言われたら、そうではない………体はみなぎっていても精神がついてこないので、枯れ具合は変わっていないのだ。


 あれだけ美女に囲まれていながらも、このおっさんたちは性的な眼差しになれなかったし、むしろ彼女たちの保護者か、会社のスタッフと共にいる感覚だった。


 要因はいくつかある。


 彼女たちが西洋顔であること。彼女たちがどうみても(実年齢は別にして)若すぎること。彼女たちが美人すぎること。おっさんたちの欲にまみれた精力が枯れていること………。枯れ専のエーヴァ王女からすると「素晴らしい枯れっぷりですわ」と歓声を送るところだろうが、当人たちとしては「ブイブイいわせたかった……」である。


「あとはそれぞれが持っている特殊な勇者能力だが、こちらも同じくらい下げられている………だが、それでよかったのかもしれない」


 セイヤーはジューンに向き直った。


「ジューンがアホの子のように努力し続けたせいで、剣で惑星を両断するくらいの力になっていたからな。あれでは全力で戦うことなど出来ないし、下手をすると世界を滅ぼしていた。今くらいで丁度いいんじゃないか?」


「どうだろう」


 アホの子と言われても腹を立てるほど若く血気盛んでないジューンは、多少苦笑を浮かべながらスクッと立ち上がり、近くの大木を蹴った。


 以前は蹴りなんて繰り出したら、その衝撃波で地面が数十キロ先までえぐれたことがあったが、今は太い木の幹が蹴られた衝撃で爆発し、残った大木部分が数十メートル先まで吹っ飛ばされて他の木々を薙ぎ倒すで済んだ。


「うわぁ、だいぶ弱くなってるなぁ」


 なぜかジューンは嬉しそうだった。


 やっと「序盤にレベルを上げすぎてつまらないRPG」から「苦労して自己研鑽して勝利を勝ち取る感動がある冒険」になりそうだ、と喜んでいるのだ。


「よしよし。下手に努力しすぎず、これで行こう。そうだな、もっと強い敵が現れて一度敗退して、そこから努力して打ち勝ち、また強い敵が現れて………いいな。悪くない」


「………丁度いいっていうかさ、十分すぎない?」


 コウガはジューンが吹っ飛ばしたジャングルの一角を眺めながらつぶやいたが、その言葉はジューンの耳に入っていなかった。


「ふむ、私の方だが………魔法が無限に使えるものではなくなったのと、いくらでも魔法を作り出すということもできなくなった。魔法の威力は────」


 両手を上げて、ゴゥッ!という音と共に突風がジャングルの木々を吹き飛ばし、燦々と光を注ぐ太陽が見えた。


「────かなり弱くなってるな」


「いやいや、自然破壊の極みだからね、あんた」


 辺り一面のジャングルが円状に消し飛んだを見て、コウガが呆れ声を出す。


 セイヤーは他の魔法を試そうとしたが、一部の魔法は使用に必要な魔力が不足して何もできないことが判明した。だから『仲の国』を作ったようなトンデモ魔法のたぐいは、使えなくなったと言っていい。


「この分だと僕の強運ってやつも、弱くなったと言っても、とんでもないんだろうなぁ………セイヤー。僕を殴ってみてよ?」


「どんな反動を食らうのかわからないから、私は嫌だ」


「俺も嫌だぞ」


 こうしてコウガの能力低下がどの程度なのか、わからないままとなった。


 それより問題点の解決策探しのほうが重要だ。






 c)連れの女たちの安否


 おそらく無事だとは思うが、ずっとあの町にいるとも限らない。


 エフェメラの魔女であるツーフォーのような一族郎党失った女や、地下ダンジョンから出てきた女巨人テミス、たまたま出くわしたブラックドラゴンのジル……あの子たちがこれからどうしていくのか……他の者たちも、自分の住むべき所に戻れたのかどうか。


 おっさんたちは保護者的な立ち位置で心配していた。


 彼女たちと結ばれたいと思っているわけでもない。むしろ「こんなおっさんに惚れなくてもいいだろうに」という罪の意識があり、困惑していたくらいだ。


 彼女たちがおっさんたちのことをすっかり忘れていたとしても、無事ならそれでいい。幸せそうならそれでいい。


「そういう考えで異論ないな?」


 自分でそう言いつつ、セイヤー含むおっさん三人は、こくりと頷いた。






 d)今後どうするか


「まずここの場所がどのあたりなのか、ちゃんと確認する必要はあるが………魔力が回復したら一番近い所にいる女の子をサーチし、その子から安否を確認しに行こうと私は思うが………いいかね?」


「そうだな。長旅になるかもな……まぁ、俺たちは無一文だけど、冒険者として日銭稼ぎながら移動すればなんとかなるか」


「ちょっとまって? 僕たち重要なこと忘れてない!?」


 コウガは慌てたように言う。


「僕たち、あっちこっちの国から命狙われてなかった!?」


 しかしセイヤーはまったく慌てない。


「そんなことか。それなら私達を邪魔だと思っていた連中は今頃小躍りしているんじゃないか? なんせ、その邪魔者が全員消えたわけだ」


 セイヤーは「どうでもいい」という対応だったが、次にジューンが続けて意見を言うと「ほう」と態度を改めた。そういう切り替えの早さが、彼を「天才経営者」と称させる一因なのだろう。


 セイヤーに「ほう」と言わせたジューンの意見とは「俺たちの行方を探し出して、意地でも殺しにかかる可能性もある」という、真逆の内容だった。


「なんせ【勇者排除派】は、宿で俺たちの毒殺に失敗してるからな。そいつらの黒幕からすると、姿を消した俺たちがいつ復讐に来るのかと考えたら、たまったもんじゃないだろう。俺たちの死体を確認するまで枕高くして寝られないんじゃないか? と………すまん。セイヤーの意見と真逆だな」


「構わんよ。議論しているのだから。それにジューンの考えも一理ある」


「ま、今の僕たちがそいつらをできるわけでもないし、出くわしたらぶっ潰す、で、いいんじゃないかなぁ」


 セイヤーが問題提議し、ジューンが応じ、コウガが簡潔にまとめる。


 この三人────それぞれタイプが違って、実にいいチームだった。


 まずお互いに一定の領域には踏み込まず、もっとも心地よい距離感を保てる。ヅケヅケと人の心や過去に踏み込まないのは、それぞれの人生で得た経験からだろう。


 それに若さゆえの意見衝突もない。したとしても喧嘩をせず、冷静に妥協点を探れる。伊達に会社の中間管理職や経営をやっているわけではないのだ。


 そして、全員が同じ年齢ということで世代格差もないし、家庭環境や育った環境は違っていても、価値観が等しかった。


 例えば、一万円の価値基準が同じでなければ、共同生活は難しい。


 例えば、なにかを見て感じる感覚が近しくないと、行動を共にするのは難しい。


 例えば、酒を飲み、肴を美味いと感じる舌が同じでないと、食事も満足に摂りにくい。


 そういう点からも、モノの捉え方や価値観が違うと、そのチーム、その夫婦、その恋人、その友達は瓦解するのがセオリーなのだが、このおっさんたちに関してはそれがまるでない。


 まるで「昔から一緒にいる歴戦の仲間」みたいなツーカーなやり取りが出来るのは、見ず知らずの異世界においてかなりの利点だった。


「てか、腹減らない? 僕ら、ご飯食べ損ねてるんだけど!」


「確かに………なぁ、セイヤー。魔法でご飯出せるか? あと酒も」


「いや、そんなふうになんでも出来る系の力はなくなってる。自力で狩りをして調理するしかないし、そもそもこんなところで飲むつもりか!?」


 三人は苦笑し合う。


 普通に考えたら、こういう冒険譚は若くたくましい男が召喚されるものだろうが、世代も会話も噛み合わない若者がいるより、おっさん同士で本当に良かったと、彼らは安心した。

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