第2話 おっさんたちと連れ合いの女たち。

 その頃、おっさん勇者の一人、ジューンは辟易としていた。


 魔王も倒したことだし、あとは国から褒美をもらってすべて終了────というこのタイミングで、知らない女たちがジューン一行を取り囲み、暴動寸前になっているのだ。


 きっかけは、町を散歩していたジューンが歩く度に様々な女たちから猛烈に言い寄られるという現象を、連れの女たちが目の当たりにし、言い寄ってくる他所の女たちを排除したからだ。


 勇者の血筋を残せるとなったら、そこから生じる利権はとてつもない。


 いつかクシャナが勇者利権を狙うであろう女たちの存在を「砂糖水に集まるアリ」に例えたことがあったが、そのとおりの状況になったのだ。


 様々な種族、部族、大小問わず様々な国家………それぞれの威信をかけて、美女たちがすり寄ってくる。それを「先に連れ添っているというだけで正式な相方にもなっていない女たち」、つまりクシャナ、エリゴス、テミスが排除しようとするのは、新参からすると邪魔でしかない。


 新参の女たち曰く「これまでにたくさん時間があっただろうに、まだジューンの相方になれていないのなら諦めて去り、新参にその席を譲れ」という主張だ。


 もちろんクシャナたちが納得するはずもなく、この喧騒となった。


「下がりなさいよ! 勇者には私達がいるんだから、後からあんたたちがでしゃばってきても無駄よ!」


 クシャナが大きな胸をと揺らしながら吠えると、ジューンたちを取り囲んでいる女たちも負けじと胸をと揺らして抗議する。


『なんだこれ』


 まるでゴリラがゴリラに対してドラミングしているかのような光景だった。


 どうやら巷では「勇者ジューンは巨乳好き」ということになっているらしく、彼のもとに集まってくる美女たちはすべて胸がボリューミーだということを当の本人は知らない。


 確かにクシャナは巨乳だし、女魔族エリゴスも平均以上で、女巨人テミスになるともはや天狗の仕業と言うべき魔乳だ。が、ジューンが彼女たちをチョイスしたわけではない。偶然そういうタイプの女性が集まっただけなのだ。


「先に唾つけたほうが優先なんて法はないじゃない! 私達にも話をする権利はあるわ! 邪魔しないでよ!」


 女の誰かが叫ぶ。


「先に出会えて愛情をはぐくんだわけだし、魔王討伐のあとから利権狙いでか湧いて出てきて、ごちゃごちゃ言っても無駄よ!」


 クシャナが切り返す。


『いつの間に愛を育んだんだ………』


 ジューンは神に誓ってクシャナには手を出していない。


 性行為はおろか、故意に触れたことなど一度もないし、おっぱいに目が惹かれないように努力すらしている程だ。


「あんたより私のほうが勇者様を幸せにできるわ!」


 また別の女が叫ぶ。


「その勇者様の名前を知ってるわけ?」


 エリゴスが呆れたように応じると「ジューン様よ」とこれまた別の女が言った。


「はン! 真名も知らないその程度の知識と、知ろうともしていない程度の愛情で、この私と張り合えと思ってるの!?」


 エリゴスは「上辺だけで近寄ってくるな!」と続ける。


「戦い終わった勇者様に必要なのは癒やしよ! あんたたちじゃ無理!」


 またどこかの女が吠える。


「十分癒しておる」


 女巨人テミスは本来の5メートルほどの大きさに戻り、ジューンを抱きかかえて胸の谷間に上半身を埋めて「よしよし」と頭をなでた。


 ────なんだこれ、マジでめんどくせぇ。


 もちもちのむにゅむにゅによしよしされつつ、ジューンは「人里離れた所でひっそり暮らそう計画」を本気で実行しようと決意した。


 ジューンに起きているこの状況は、セイヤーとコウガも似たり寄ったりだった。


 むしろエーヴァ第二王女が連れにいるセイヤーや、ヤンデレなツーフォーが連れにいるコウガのほうが、ジューンより大変な目にあっていたのだ。











 夜────その鬱積を晴らすべく、三人のおっさん達は、セイヤーの魔法で変装して酒場に赴いた。


「この世界の女たちのアプローチが露骨すぎて引くわ」


 西洋人顔に魔法で化けているジューンは、梅水晶に似たを肴に、日本酒に近い酒を流し込んだ。


 この世界の梅水晶は、大海を泳ぐなにかの魚の軟骨を加熱処理して千切りに刻んだものに、梅に似たなにかの果肉と調味料を和えたものだ。


 コリコリとした軟骨の食感と、爽やかな風味と酸味。だしや調味料の旨味。それがまた日本酒もどきに合う。


 この料理の発案者はジューンで、今では酒場の人気メニューとなっている。


「ああ、私達があと20歳、いや、10歳若ければどんな女も食い放題だったろうにな」


 ジューンと同じく西洋人顔になっているセイヤーが言うと、一人だけ小柄な少数種族コロボックル族に化けさせられたコウガが「いやいや、あんた童貞じゃんか」とツッコミを入れる。


「別に貞操を守っていたわけではない。機会がなかっただけだ………今は守らざるを得ないが」


 それは本当だろう。


 セイヤーは容姿が悪いわけでもないし、日本ではカリスマ経営者としての地位と金もあった。どんな女でも(セイヤーの人付き合いの悪い性格を度外視すれば)イチコロだったはずだ。


 それなのにこの歳になるまで童貞だったのは、同性からしても「なにか特殊性癖があるのでは」と勘ぐらざるを得ない。


 しかし、おっさんたちはわかっている。


 セイヤーは、本当に人付き合いが壊滅的に悪いため、出会いがなかっただけだ、と。


 そのセイヤーは自分が考案したウイスキーをグラスに注いだ。


 それは、渡部聖也という本名から取った「ワトァベェー」というブランドのウイスキーで、エーヴァ商会の酒造部門で作らせている品だ。


 まだ味は浅いが、市販されているこの世界のウイスキーに比べたら数十倍マシな味をしている。


 庶民が気安く飲める値段。なのに美味い………この酒が『仲の国』で爆発的ブームになったのは当然だろう。


「けどなぁ。みんなってのがなぁ」


「アダルトビデオみたいに言うなよ」


 コウガが溜息をつくのを、ジューンが苦笑しながらたしなめる。


 日本人の彼らにとって、この世界の美女たちは全員西洋顔で、和風好みの彼らのタイプではないのだ。


 コウガは「平たい顔族に会いたい」と言いながら出汁巻玉子にフォークを伸ばす。この世界には箸がないので、もっぱらなんでもフォークとスプーンとナイフなのだ。


「………」


 コウガが出汁巻玉子を口にしようとした瞬間、それはドス黒いなにかの物質に変わり、小さな悲鳴を上げてフォークから落ち、自分からテーブルの下まで走っていった。


「え」


 何が起きたのかわからないコウガ。


 走り去っていく出汁巻玉子を見つめながらセイヤーは


「あれは自我を持った猛毒の生き物のようだ」


 と目を細める。魔法で鑑定したのだろう。


「私達には常時魔法のバリアをつけている。そのバリアに触れたことで出汁巻玉子にかけられた幻術が解けたんだろう」


「てか、なんでそんなものが僕の出汁巻玉子に!?」


「………誰かが俺たちを毒殺しようとしたってことか」


 ジューンが立ち上がるとの同時に厨房の方で悲鳴が聞こえた。


 厨房に行くと息絶えているコックがいた。


 その口にはコウガが食べそこねた出汁巻玉子風の毒魔物がハマっている。


「あぁ、バリアには呪いの反射効果もつけていたんだった」


 と、セイヤーは淡々と言いつつ、手に魔力を貯める。


「とりあえず蘇生して黒幕のことを吐かせるとするか」


 その瞬間、窓を突き破って黒装束の男たちが厨房に入ってきた。


 まるで忍者のような男たちは、厨房に煙幕を張り、倒れ伏しているコック姿の術者をアッという間に連れ去った。


 手際の良さは尋常ではない。


 その証拠に、おっさん三人が反応しきれず呆然としているくらいだ。


「あ、やばい。追いかけるか」


 ジューンが我に返るがセイヤーとコウガが止める。


「私達に直接こんなことをしたくらいだ。連れの女の子たちが心配だから戻らないか?」


「あの子達には僕たちみたいなバリアはないんだよね? やばくない?」


「そ、そうだな。急いで戻ろう」


 三人は適当に貨幣をテーブルに置くと、セイヤーの転移魔法で『止まり樹の猪亭』に戻った。











 結論から言うと彼女たちは無事だった。


 むしろ「私達が暗殺されるほどに見えますか」と説教されるくらいだった。


 ちなみに『止まり樹の猪亭』の裏には、既に何人もの暗殺者達が返り討ちにあって転がっているらしいが「見ないほうがいい」と言われて、おっさんたちは戦々恐々とそれに従った。


「どこの誰がやってるのか、セイヤー様の魔法なら一発で分かるのでしょう?」


 エーヴァ王女が尋ねると、セイヤーは少し口ごもった。


「なんです?」


「い、いや……」


「言いにくい相手なのですか? セイヤー様が私のことを気にかけるほど親しい相手が犯人ということですね? だとしたらアン姉様しか考えられませんが」


 エーヴァ王女は、洞察力と先読みに関してはセイヤーも舌を巻くくらい頭が廻る。そういう能力が長けていないと王侯貴族の中で生き残っていけないのだ。


「………正解」


「やっぱり」


 あっさり認めてしまったセイヤーは頭を抱えてしまった。


 実の姉妹、兄弟、親子であっても、権力争いで殺し合うのが当たり前な世界だとは理解している。だが、あまりにも身近な、エーヴァの実の姉が……と思うと、頭を抱えずにいられなかった。


「姉様の単独犯ですか?」


「私の口からいろいろ言いにくいというか心が痛いので、特別ゲストに説明してもらおう」


 セイヤーが指をパチリと鳴らすと空間が歪んで、とある人物が姿を表した。


「あれ。バレバレでしたか?」


 全身黒尽くめの男は、血統魔法で完璧に隠れてるはずの自分の姿が指パッチンだけで見えるようになったことを、特に気にした風でもないようだった。


「ディレ帝国の暗部リーダー、デッドエンドさんだ。前に私とエーヴァ王女の替え玉役になってもらったスパイ二人の上司にあたる方だ」


 スパイ二人。


 一人はセイヤーの監視役だったデル・ジ・ベット………彼は元々アップレチ王国の間者だったが、二重スパイとしてディレ帝国の暗部に入った。


 そしてもうひとりは、デル・ジ・ベットとは同郷で幼馴染だったソフト・バーレイ………彼女はアップレチ王国の間者として入り込んでいたが祖国を裏切り、デル・ジ・ベットと共に替え玉になってくれた。


「で、今のは?」


 ジューンが怪しむようにデッドエンドを見ながら問う。


「あれはアップレチ王国の間者ですが、毒を仕込ませたのはリンド王朝の魔法局です。そして今この宿の裏から死体をすべて運び出しているのは我々ディレ帝国の暗部です。あ、そうそう。魔族……いえ、ジャファリ新皇国の精鋭もこの宿の周りで待機しているはずですよ」


「つまり、全国家がこの件に絡んでるということか」


 セイヤーの一言はおっさんたちには強烈な一撃だった。


 天涯孤独なこの異世界で、すべての国が敵に回ったとしたら………。


「安心なさい!」


 様子を遠巻きに見ていた連れの女たちを代表してクシャナが前に出る。


「私が、いえ、私達がいるんだから問題ないわ! 国なんて知ったことじゃないし! 今までの全てを捨ててでも、私は勇者の嫁になるわ」


 女たちは全員頷いた。

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