第二部「おっさんたちは冒険者である」

序章

第1話 おっさんたちの知らないところで。

 おっさんたちによって成された魔王討伐(と堕天使討伐)により、この異世界は種族間戦争もなくなり、傍目には平和になったと言える。


 永世中立国となったシュートリア町改め『仲の国』は、連日多種多様な種族が訪れて盛況の只中にあった。


 それでなくとも人の流入が凄いところに、今回の調印式のためにやってきた各国家の王侯貴族達がなかなか出ていかない。むしろ「この『仲の国』に住むことがステータスだ」と考える者が多く、人口は増えていくばかりだ。


 おかげでこの町はセイヤーのトンデモ魔法による拡張が進み、地上・地下・上空で地平線の先まで広がる多重構造の町並みは、現代日本人であるおっさんたちからしても、未来都市のように見えた。


 その街の中心地「調印の城」は本来、調印の儀式を派手にそして厳かなものにするという目的のために作られただけで、住居としては考えられていなかった。


 が、各国の王侯貴族はここに住みたがり、一度宿泊するとこの城の快適さに舌を巻き「もう他のところには住めない」「国に帰りたくない」と誰もが口を揃えた。


 確かに見た目や内装の美しさはもちろんのこと、住居設備はエーヴァ商会の最新式を取り入れているし、セイヤーの魔法で作られた執事やメイドの人造人間ホムンクルスの働きも見事だったが、なによりも素晴らしいのは、この調印の城全体にかけてある「安らぎの呪文」であろう。


 どんなに疲れた身体も、心も、病ですら、この城に泊まれば癒やされる。


 心穏やかに調印式を運ぶためにとかけた魔法だったが、その絶大な効果は「神の城」と別名を付けられるほどになった。


 そんな調印の城の一室に、この世界的に超豪華メンバーがつどっている。


 東のリンド王朝の王族として最大勢力を誇り、現王の信頼も厚いヒース・アンドリュー・リンド王子。


 若くして、その叡智と行動力は王族とは思えない秀でたものがあり、リンド王朝では敵なしとなった人物だ。


 人の良さそうな和やかな笑みを湛えているが、決して目は笑っていない。一癖も二癖もあるだろうが、見た目は女性が放っておきそうにない好青年だ。


 その席の後ろには、フードをかぶった魔術師風の中年男性がいる。


 この男は、世界最高の魔法機関と名高い「リンド王朝王立魔法局」の局長であるトビン・ヴェール侯爵だ。


 クシャナの所属する組織のトップで、その魔法権威は世界一とも言われている。どこか達観したような表情から、賢者のような風格を感じさせる男だ。


 侯爵ともあろう男が席に座していないのは、他の面々の立場が上だということもあるが、もともと目立ちたい性分ではないようだ。


 次に席に座っているのは北のディレ帝国から来た、第一王女アントニーナとその嫁ぎ先であり夫であるグリゴリー侯爵だ。


 アントニーナはグレゴリー侯爵の元に嫁いでいるので正確には王女ではない。だが、爵位の高い上級貴族に嫁いだので権限は絶大なままであり、元来の支配欲の高さから、彼女を知る者たちからは「メスカマキリ」とも陰口を叩かれている。


 グレゴリー侯爵はディレ帝国内の政治競争において、元宰相にして女傑と謳われるデー・ランジェ公爵と争っている。


 デー宰相を蹴落として自分が宰相になりたいと考え、妻であり第一王女であるアントニーナがそれを支えているのだ。


 そんな二人の後ろには、エーヴァ商会の幹部が数人直立し、そのもっと後ろにはディレ帝国暗部のリーダーであるデッドエンドが、頭の天辺からつま先まで真っ黒の衣装に身を包んで気配を殺すように立っていた。


 その次に席に座っているのは、現在内乱状態にある南のアップレチ王国からわざわざやってきたティルダ・アップレチ王国第一王女……別名「白薔薇の君」だ。


 諸外国に「内乱の雄は決した」とアピールするためわざわざこんな僻地まで出向いた彼女は、現宰相の派閥や軍を攻め落としきれない歯痒さを、なんとかここに居並ぶ者たちを利用して晴らしたいと考えている様子だ。


 そして、最後に席についているのは、魔王領改め西の「ジャファリ新皇国」からやってきた上級魔族のイーサビットだ。


 彼は得意満面で、邪聖剣ニューロマンサーの柄を撫でながら、人とは違う意識でこの場にいる。


「心配するな人間たちよ。我がジャファリ新皇国は終戦に調印した。もはや人間と争うつもりはない。初代皇帝の私が保証しよう」


 勝手に皇帝を名乗るイーサビットに対して、人間側の心中は「関わりたくない」が正解である。


 生きる力や存在の力が、人間より桁外れに強い魔族と手を結ぶことは難しい。それは歴史が証明している事実なのだ。


「皆様、ご機嫌麗しゅう。こうして一堂に会することが出来たのはまことに………」


 ディレ帝国の第一王女アントニーナが場を仕切ろうと発言したが、それをアップレチ王国の白薔薇の君が遮る。


においてこうして集まっている事自体が危険なのですから、話は簡潔に。よろしいですね、アントニーナ王女、いえ、アントニーナ王女。それともアントニーナとお呼びするべきかしら?」


 白薔薇の君からすると、アントニーナは侯爵家に嫁いだ身分なので「もう王族ではない」のだ。それをあえて強調するような口ぶりをしたので、アントニーナの額に血管が浮き上がる。


「………ティルダ王女。そのとはなんですの?」


「ご存知ありません? この『仲の国』のことですわ。巷ではこの国は勇者が興した第五の国で、どの国よりも平和で安全。とても暮らしやすいと言われています。それは私達も存分に体験しているのではなくて?」


「………」


 元王女と現王女。他国の姫同士が無言の圧力をぶつけ合う中、リンド王朝の王族ヒース王子が少し笑みを浮かべながら身を乗り出す。


「ちょっとよろしいか姫君たち。ここに僕たちが集まった理由をわざわざ口にする必要はあるかな? あるだろうね。なぜなら、それぞれの思惑を統一しなければならないからね。なので僕がまとめさせていただこう。僕たちの目的は【勇者の排斥】だ。それで間違いないね?」


 ヒースが大きく身振り手振りすると、全員は少し苦々しい表情をしながらも頷いた。


 各国代表の思惑は多岐に及ぶが、簡潔にすると「勇者が目障り」ということになる。


 魔王討伐が終わったら、ここに居並ぶ各国要人にとって、勇者ほど不必要な存在はない。


 どんな軍も勝てなかった魔王軍に、たった三人で打ち勝ってしまった勇者達……そんな彼らが国に牙を向いたらどうなってしまうのか。


 自分たちが裏切りのまつりごとを重ねてきた面々なだけに、人の心は移ろいやすいことをよく知っている。自分たちもそうなのだから、いつ勇者が敵になるとも限らない………それが彼らの考えだ。


 また、勇者たちの求心力も、この『仲の国』を見れば明らかだった。


 そんな勇者たちが人民の心を掴み、各国に攻め入ったり属国にしようと画策したら、きっとどこの国も勝てないだろう。


 そんな「自分たちの権力基盤が揺らぐ可能性」は早く排除したい。つまり、そういった「たられば」だけで勇者を危険視する者達が、この場には集まっていた。


 しかも大胆不敵なことに、勇者の作ったこの城の中で、勇者を誅殺する相談をする肝の座った者たちが、だ。


「だが、どうやって勇者を排斥するか………ですな。力や魔術で打ち勝てる相手ではありませぬ」


 魔法局局長のトビン・ヴェール侯爵が静かに言う。


「トビン侯の言う通り。ですが、風評を流し、人心が離れるように仕向けることは出来ましょう……のぅ、デッドエンドよ」


 アントニーナ第一王女に促され、暗部のトップであるデッドエンドは闇の中から軽く頷くだけにとどめた。


「ふふふ。不気味に見えるかも知れないが、こやつは我が帝国の暗部を仕切っている者でな。様々な諜報活動を得意としている」


 グレゴリー侯爵が自慢気に言うが、暗部は彼の直轄ではない。だからデッドエンドは不満げな声色で言った。


「お言葉ながら────悪い噂など彼らが築き上げてきた功績の前では、単なる嫉妬かなにかのでまかせだと一蹴されましょう。彼らは誰とでも平等に接し、その好印象は誰もが知るところですから」


「ほぅ、ディレ帝国に必殺のデッドエンドありと謳われ、誰もを恐怖させるそなたでも、勇者の暗殺は叶わぬか」


 アップレチ王国の白薔薇の君が言うと、デッドエンドは「無理ですね」と嘲笑気味に言う。


「では通り魔の犯行に見せかけて」

「毒殺はどうか」

「連れの女たちを人質に」

「寝ているところを」


 暗部のトップが無理だと言っているのに、この場にいる者達は他の案を模索し始めた。


 様々な犯行計画を出しながらも、誰もが顔をしかめているのは「そんなありきたりの手では勇者を殺せない」とわかっているからだ。


 そんな中、魔族のイーサビットはニヤけながら邪聖剣ニューロマンサーの柄を撫でている。


 彼がやっているのは柄を撫でること。それだけだ。


 まるで自分が魔王の立場になったかのように、下々の者たちが議論するのを眺めて楽しんでいる風だ。


 もちろん不愉快な態度である。


 が、自分たちより遥かに強い魔族なので、誰もイーサビットに文句は言わない。


「………勇者が伝説だというのであれば、別の伝説をぶつけてみるのも一興」


 ヒース王子がつぶやくと、場が静まった。


 こういう議論の場において、旗振りをするのはかなりの場馴れが必要だが、いまのところ、それを意図を持って行えているのは白薔薇の君と、このヒース王子だけだろう。


「どういう意味でしょうか、ヒース王子」


 白薔薇の君は自分が切り返すことによって、この会議の主導権の片翼を持とうとした。


「意味ね。そうだね………愚直に言うのなら、過去にこの世に来た勇者たちの血筋を使うという意味だよ。いくつかはまだ絶えずに残っていると聞いているし、その者たちであれば、あの化け物のような勇者と張り合えるのではないか、と思ってね」


 場が静まる。


 それぞれが思うことを胸に秘め口を閉ざす中、ヒース王子の話は進んでいく。


「しかし勇者の血は世界各地に散っているよね。に何人戦える勇者の血筋が残っているのかは、実のところまだわからない。だけど、調べるに値することだとは思うんだ。みなさんの意見は?」


 一呼吸置く。誰も何も言わないのでヒースは言葉を続けた。


「もちろん国にとって『勇者の血筋』が貴重だということはわかってるよ? いつ何時なんどきのために隠匿したいところだよね。その事情は僕の国だって同じさ。だけど、その『最終兵器』を駆り出さなければ、当代の勇者たちは倒せないと思うんだよね」


「なるほど、やる価値はあると思う」


 白薔薇の君が言うと、全員が首肯した。

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