第5話 おっさんたちは世界を救う。

 この異世界における「神」とは人々が作り出した偶像でもなんでもなく、実在する「高次元生命体」だ。


 神は、元々この世界にいた旧神ティターン族を排除し、その力の大半を奪い取って世界の地下迷宮に封じた。


 完全にこの世界を手中にした神は、この地を管理するため、その身の分体である「天使」を生み出した。


 天使は神を尊重し、光と正義と神の名に置いて、この世界の秩序を守り続けてきた………だが、天使の中には自由な意志を持ち、神に反抗的な態度を取る天使もいた。


 実は、その自由意志も神自身が考案したもので、自分に反する天使たちが自発的に神を崇めるようになる、という実験をしていたのだ。


 というのも、神は「無の心中から自分自身への愛情を芽生えさせること」に楽しみを感じていたからだ。


 神がそんな事を考えてしまうようになったのは、この世界に生まれた生き物たちを見てしまったからだ。


 生き物たちは神を知らずに生まれ、育つ。中には神などいないと馬鹿にする者もいた。


 だが、神を見た瞬間………神の言葉を聞いた瞬間………神の御業を見た瞬間………心の底からひれ伏し、崇め奉る。


 周りには絶対服従の天使しかいなかった神からすると、その心境の変化を見るのは心地よかったのだ。


 だが、自由な意思を持つ天使たちは、どんな状況になっても神に従おうとする服従心など無かった。


 その結果、神は自由意志を持つ天使たちを「天界」から追放した。


 地上まで堕ちた天使は人間と交わり、その血を魔族に受け継いだ。


 だが、地上よりさらに深く堕ちるほど神に反抗的な堕ちた天使たちは「地獄」という封鎖空間に閉じ込められ────悪魔になった。


 神を恨み、神の作ったこの世界や、神の生み出した生き物すべてを恨む、怨恨の高次元生命体。それが「悪魔」だ。


 人と交わり血と力が薄まってしまった魔族ですら、人からするととんでもない生き物だが、悪魔は魔族の比ではない。神の分体といっても過言ではない存在なのだから。


 その悪魔の筆頭に数えられるのがアザゼルである。


 神と天使が悪魔たちを封じた「地獄」ですらアザゼルを閉じ込めておくことはできなかった。


 その強大な悪魔を滅ぼす方法はなく、神はその肉体と魂を分離させ、魂を遊星に結びつけて宇宙の果てに飛ばした。


 そして二度と復活しないように、魂を失ったアザゼルの肉体を大地に同化させ、長い年月の中で完全に消失させた。


 それから数百億という時間が経過した。


 地球よりはるかに長寿なこの世界に、もう神や天使はいない。


 彼らはこの世界に飽き、さらなる高次元を目指して旅立ったのだ。


 つまり神も天使も、そして地獄に封じられた悪魔も、人の目に触れることはなくなり、神話の時代は終わった。


 なのに、いまも神話の時代と変わらぬ力を持ち続けているのが、このアザゼルだ。


 魂を結びつけた遊星は、その魂の依代となり得る新たな肉体を求めて、ずっと、ずっと………人間の魂であれば風化して欠片も残らないほどの時間をさまよっていた。


 そして、ついに依代であるが見つかり、混沌から生まれた魂なきは、アザゼルを降臨させた。


 アザゼルの目的は、自分を生み出し、そして苦しめた神への復讐だ。


 手初めてに憎き神が作り出したこの世界を滅ぼす。


 生き物も、形あるものも、すべて滅ぼす。


 そして天使たちを、次に神自身を滅ぼす。


 もはやはおっさんたちの連れが生み出した「料理の副産物」ではなく、神話の時代から存在する「この世界を破壊しようとする堕天使アザゼル」そのものと化していた。


 だが、堕天使というものや、アザゼルという存在自体がわかっていないおっさんたちは「隕石が飛んできたら臭いスライムが神々しくなって名乗りだした!」としか認識していない。


 夜空に留まる灼熱の隕石は、アザゼルをさらに神々しく照らし続ける。


「どうせアレにはなにも通じないんだよな………」


 ジューンは大剣を構えたが、斬撃はすぐに回復されてしまうので意味がない。


「せめて魔法が少しでも通じれば手はあるのだが」


 セイヤーの魔法も全て無効化されてしまう。


「うーん? ねぇ、ちょっといいかな」


 コウガは首を傾げている。


「ジューンの剣って【吸収剣ドレインブレイド】だよね? 目に見えないものなら概念だろうがなんだろうが吸い取るんだよね? あいつの『無敵』を吸い取るとかできないの?」


 ジューンは「あ、忘れてた」と天を仰いだ。


 実はこの大剣が本来持つとんでもない性能を、一度として使ったことがないのだ。


「あと、セイヤーの魔法も攻撃じゃなくてさ、どこかの異次元とかにあいつをふっとばして閉じ込めるとかできないの?」


「………」


 いくら神の如き魔法の使い手でも、自分が想像できないことはできない。天才と称されるセイヤーでも、その天才の及ぶ領域は意外と狭いのだ。


「それとさぁ、あの隕石が来てからスライムの化物がめっちゃ進化したよね? で、あのスライムに攻撃通じないんだったら、隕石攻撃したらどうなるのかな」


「………」

「………」


「それとさ………」


「もういい、わかった! 敵さんが余裕ぶっこいて待ってくれている時間を無駄にしたくない! セイヤー、あの隕石は壊せそうか鑑定頼む」


「もうやった。破壊可能だ。あれは【アザゼルの魂】というものを封印しているらしく、注いでいる光はアザゼルの魂そのものだ。つまり、スライムの化物に魂をアップロードしている最中という感じだ────止めない手はない!」


 セイヤーとジューンは特大の魔法をぶっ放した。


 だが、その魔法はアザゼルが軽く手を降っただけで消失してしまった。


『浅はかよのぅ………あさはか………あさ……貴様、なにをしているッ!!』


 アザゼルに注いでいた光は、いつの間にかジューンの持つ【吸収剣ドレインブレイド】の方に吸い込まれていた。


「あんな陽動にひっかかるって、案外間抜けだな、お前……何してるかって? お前の魂を吸い取ってんだよ」


『き、貴様、なんという、じ、常識はず、はず、はずれな……ことを』


「お、言動がバグってきた」


 ジューンはにやりと笑いながら大剣に光を受け続ける。


『虫けらの分際で、よ、よ、余の魂を掻っ攫うなど!! させるか!!』


 アザゼルは動こうとしたが、その足元に大きな魔法陣が敷かれて、足首からずぶりと埋まっていることに気がついた。


「次元回廊とでも名付けようか。別次元の絶対出られない迷宮の中で永遠に暮らせ」


 セイヤーが指を鳴らすと、アザゼルの身体は魔法陣の中に沈み込んだ。


『ば、ばかな……余が……こんなゴミどもに……う、うおお……』


 あっという間に顔半分まで魔法陣の中に埋まっていくアザゼル。


 その顔が、アザゼルの声だけが漏れ聞こえてきた。


『なんだ!?』


「勇者でーす」


 コウガが小馬鹿にしたように返答するのと同時に、アザゼルは完全に魔法陣の中に消えた。


 隕石から光を吸い取りきったジューンは、一瞬で何億回も剣を振り、隕石は空中でバラバラに切り裂かれ、塵一つ残さずさらさらと夜空に溶けて消えていった。


 終わった。


 終わったが、セイヤーは目を細めていた。


「あの堕天使、殆ど埋まってから『なんだって言ったような気がするんだが。あれは?」


「他に誰がいるんだよ。そんなことより、収納頼む」


 ジューンに促され、セイヤーは魔法でおっさんたちの装備を亜空間に収納した。


 普段着になったおっさんたちは、そろそろ連れの女たちを起こそうと思った。


「てか、飲み直したいな」


 コウガの一言に反対する者はいない。


 やたら強いも倒したことだし、旨い酒が飲めそうだ。


「じゃあみんなを起こして、一緒に行くか」


「うむ。彼女たちも夕食はまだだろうしな」


「そうだね。一応は僕たちのために料理してくれたんだし、お礼は必要だよね」


 そうして止まり樹の猪亭に戻ったおっさんたちは、食堂で青ざめた。


「あ、おかえり! いまできるからまっててね。ってか、邪魔なんですよテミス様!」


「クシャナ、お前は私が女神だってことを忘れてないか? 扱いが雑すぎないか?」


「すいませんが皆様、私の調理の邪魔ですので、どうぞ皿でも磨きながら待っていてくださいまし。ディレ帝国の王女である私自ら作る食事ですから、皿も最高の状態にしておいてくださいね」


「エーヴァ王女ぉ~、いま何入れたんですかぁ? 色が紫色になりましたよぉ~。私が作ってた時はかわいいピンク色だったのにぃ~」


「おいダークエルフと王女。我がドラゴン族の目において言っておくが、今入れたのは絶対毒草だ! 我が目に狂いのないこっちの草を使うべきだ!」


 気絶していたはずの女たちは、元気に新たな料理に挑戦していた。











 数日後。


 東西南北の各国の中央地である永世中立の『仲の国』にて、今時戦争の終結宣言がなされ、魔族・亜人族・人間の友好条約も締結された。


 世の中に平和が訪れ、おっさんたちは伝説になった。





 第一部「おっさんたちは勇者である」完

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