第4話 おっさんたちは何かと戦う。

 盗賊たちを捕食したことで自我にも目覚めたは、飢えていた。


 死にたくなるほどの飢餓感が全身を襲うが、生まれ出たからには「生きたい」という生存本能が優先する。


 臓器がないに胃はない。あえて言うのなら体全体が胃だろう。


 だから、飢えると体全体がきりりと差し込むような痛みに襲われる。


 は手当たり次第に「匂い」のするものを捕まえて食らった。


 その匂いは生きているものすべてが放っている「生気」とも言えた。


 下水道にいた動植物はすべてに吸収された。


 少し満足したではあるが、まだ満たされていない。


 今度は味が恋しい。


 もっと美味いものが食べたい。さっき食った二足歩行の生き物がいい。


 上の方からいい匂いがする────は下水道の天井を突き破り、悠々と町中に現れた。


 ここはメインストリートの広場。


 おっさんたちがランクSになった会場だ。


 本来メインストリートのど真ん中である広場は、夜であっても人が行き交い賑わっているのだが、今は人っ子一人いない。


 おかしい。いい匂いがしたはずなのに、なにもいない。


 辺りを見回した時、は三方向から迫ってくる「驚異」を確認し、身を縮ませた。


 セイヤーの亜空間から装備を転送装着してもらったジューンは、真紅の衣と吸収剣ドレインブレイドの完全装備で臨戦態勢だった。


 同じく、とオリハルコンのツインショートソードを取り出してもらったコウガも、一丁前に構える。


 そしてセイヤーも、恥ずかしいからとなかなか着ない純白の魔法衣ディレの風をまとい、オリハルコンの杖リンガーミンの宝珠を構える。


「俺達の連れが作っちまった化物だからケツは拭かないとな」


 ジューンが斬りかかろうとした時、セイヤーが気の抜けた事を言いだした。


「ケツを拭くといえば………コウガは用便のあと、ツーフォーに尻を拭いてもらっているというのは本当か?」


「は────はぁ!?」


 思わずジューンが声を張り上げる。


「え……は? え、なんで突然? 今?」


 コウガはシドロモドロになって目が泳いでいる。


「ちょっとまて小さいおっさん。要介護でもあるまいし、女の子に何やらせてんだコラ」


「まってジューン! 誤解! 誤解だから! それよりアレどうにかしないと! ってか誰に聞いたんだよセイヤー!!」


「本人が嬉々として語っていたが。私はコウガちゃんの下の世話から何から何までやらせてもらえて幸せ、と。ぶっちゃけ、ドン引きだぞ」


「………」


「ジューン待って! その殺す目やめて! 敵はあっち! 僕じゃない!! こらぁ! 突然何ぶっこんでんだよセイヤー!!」


 傍目にはいい年したおっさんたちがじゃれ合ってるようにしか見えないくらい、おっさん勇者たちは余裕しゃきしゃきである。


 元が何なのかさっぱり分からないが、所詮はスライムが異常進化しただけのに、万が一でも負けるとは思っていないのだ。


「ちゃっちゃと殺って、コウガを激詰めするか」


 不穏なことをつぶやきながら、ジューンは大剣を振った。


 剣が当たっていなくても関係ない。


 その剣圧から生じる衝撃波とかまいたちのような真空の刃は、を真っ二つに────したが、一瞬にしてもとに戻った。


「まったく………ベタな展開だな」


 軟体生物に攻撃が効かなくてピンチに陥るという展開は、日本のマンガやアニメでよく見てきたが、自分がその状況になると困ったものだ。


 ジューンは溜息を零しながらも、一気にまでの間合いを詰め、激臭を堪えながら大剣の剣先が見えなくなるほどの速さで連撃を放った。


 岩石ですら砂となり、その砂粒ですら空気に溶けて消えてしまうほどの回数を切り刻んでみた────が、は斬られた瞬間に細胞、いや、分子レベルから再生していくので、全く何も様態が変わらない。


「マジかよ」


 ジューンは、はじめての敗北感を味わった。


 どんな敵でも打ち倒してきた剣技が、このには通用しない────だが、まだ本気じゃない。町に損害を出さないようにかなり力をセーブしているのだ。


「次は魔法で………」


「まてジューン。君がやると被害が半端ない。私がやろう」


 セイヤーは杖を構え、なんの詠唱もなくを凍らせた。


 だが、凍結したと思ったの体表はすぐに元の色味を取り戻し、何もなかったかのように動き出す。


「マジか」


 セイヤーは唖然となった。


 絶対零度の氷像になってしまう魔法を使ったはずだが、まさか魔法が中和されようとは。


 連れの女たちは、一体何をぶち込んでこんなとんでもない怪物を生み出してしまったのか。


 セイヤーはを石化させたり、太陽の熱に近いレーザービームを浴びせたりと、いろいろな魔法を使ったが、どれもダメージを与えられなかった。


「ちょ……魔王よりぜんぜん強くない!?」


 コウガは為す術がないので青ざめながらジリジリと下がっていく。


「ジューン、今鑑定魔法でわかったんだが、やつは私の魔法を完全に中和してしまうとんでもない身体をしているし、君の剣を受けたとしても超回復して元に戻るから、いくら斬っても無駄だ。ぶっちゃけると、倒すすべがわからない」


「あいつら、なんちゅうもんを作ったんだ! どうすりゃいいんだよ!」


 ジューンが叫ぶ先で、セイヤーはジッとコウガを見ている。


「へ」


 コウガは嫌な予感がして更に後ずさったが、一瞬にしてジューンに腕を掴まれていた。


「いやいやいやいや! なにすんのジューン!」


「強運に勝るものなし」


「バカなの!? 僕がどうにかできると思ってんの!?」


「俺たち勇者は身体がバラバラになっても生き延びる生命力があるんだろ? もしそうなってもセイヤーが治してくれるから、ほら」


「ほら、じゃなかろうもん! なんばしよっとや!!」


 興奮して九州男児の方言が出るコウガだったが、構わずジューンに押し出される。


「!?」


 コウガを押し出した時、ジューンは手首に鈍い痛みを感じた。


 どうやら押し出す時に手首を捻挫してしまったようだ。


「おっそろしいな、コウガの強運力」


 魔王の渾身の一撃ですら、ちょっと皮膚が赤くなっただけで済ませたジューンの身体を、偶然の力だけで捻挫させたのはコウガの持つ勇者特性「強運」に他ならない。


「あんたなら簡単にあの化物倒せるから。あとは頼む」


 コキコキと手首を曲げ、捻挫した部位が治癒されていくのを感じながらジューンは苦笑する。


「臭ぁぁぁぁ!」


 コウガは吐き気を催すような悪臭を真正面から浴びて、嗚咽を漏らした。


 他者から与えられた不幸を、その不幸指数に応じたダメージとして相手に返してしまうコウガが、猛烈に「臭い」と喘ぐ。それはの終わりを意味している。


 何故か夜空が昼間のように明るく、赤くなる。


 三人どころかも顔を上に向ける。


「「「 隕石!? 」」」


 夜空を煌々と照らす火の玉は、空気を振動させながらこの「仲の国」めがけてまっすぐ落ちてきた。


 いや、違う。


 隕石は街の真上で徐々に速度を落とし、まるで頭上に太陽があるかのようにその場に停止してしまった。


「な………」


 三人のおっさんたちは何が起きているのか理解できず、唖然とした。


 燃え盛る火の玉は、まるでを祝福するかのようにその姿に禍々しい光を落としている。


 は笑った。


『くくく、よもや余の依代となりえる体がこの世界に生まれようとは』


 が言った言葉ではあるが、あきらかにではない意思を感じさせる、かなり知能のある言葉だった。


 の姿が変化していく。


 隕石の光を浴びながらおっさんたちの三倍ほどの背丈になったの肉体は、筋肉質でありながら刀剣のように鋭さを感じさせ、「美しい」と称するに相応しいものになった。


 鳥のような、漆黒の翼が左右3対で合計6枚。


 まるで矢印のようなカタチをした尻尾。


 額とこめかみから生える三本の角は、魔王アルラトゥのものより立派で美しい。


 先程からあたりに立ち込めていたとんでもない悪臭は、嗅いだことのない芳醇な花の蜜のような匂いに変わり、視界が蕩けそうになっていく。


「しっかりしろ!!」


 セイヤーが魔法障壁を張ってジューンとコウガを守る。


「は………な、なんだあれは」


 正気に戻ったジューンは、完全に別の姿になったを見上げた。


 魔族に似ていると言えば似ているが、比較することすら烏滸おこがましく感じるほど、このは神々しく美しい。


 男なのか女なのか。性別など、どうでもいいと感じるほど美しい。


 なぜならにはどんな美女や彫刻でも成しえない形の良い乳房がありながら、股間にはそそり勃つ男性のシンボルもあるのだ。


 全裸にして、その美しさは視覚的なものを超えておっさんたちを襲った。


 まるで神のような絶対的な存在を前にし、心の底から服従してしまうような感覚。その美と神々しさの前に、おっさんたちは抵抗心をなくしかけていた。


 美しく変貌を遂げたは、おっさんたちを睥睨し、薄く笑った。


『神の写身うつしみ共よ、余の前にひれ伏せ。そして滅びよ』


「無茶苦茶なこと言うな」


 ジューンはに対して悪態をついた。


 そうでもしないとその美しさを前に、心が降参してしまいそうだったからだ。


 その言葉が不愉快だったのか、は軽く手を上げ、すっと下ろした。


「ごはっ!」


 突然の圧力を受け、石畳の地面にジューンは跪いた。


 「なっ!? 私の魔法障壁を無視した攻撃だと!?」


 セイヤーはを鑑定魔法で見ようとするが、認識阻害がかかっているのか、まったくわからない。


「な、なんだよあれ………魔族の総大将って、あの魔王ちゃんアルラトゥじゃなくて、こいつなんじゃないのか!?」


『魔族とな? ふふ。それはの血が人間どもと合わさって生まれた、劣る生き物よ』


「なんなんだよ、お前………」


 やっと立ち上がれたジューンが問うと、何かは右手をすっと天に掲げ、左手で地面を指さした。


『余は堕天使アザゼル。神の生み出した生き物ゴミどもを粛清するため、再びこの世に降臨せしものよ』

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