第3話 おっさんたちは手を止めた。

『仲の国』の夜。


 冒険者ランクすげぇになったおっさん勇者三人は、げんなりした様子で『止まり樹の猪亭』という宿に戻ってきた。


 セイヤーが魔法改変する前のシュートリアの町にもあった唯一の宿で、今もその時のまま………言葉濁さずに言うなら、ボロい宿のままだ。


「ね。セイヤーならこの町みたいにさ、このボロ宿を豪華ホテルに作り変えたりできるんじゃないの?」


 コウガに言われたセイヤーは首を横に振った。


「そんなことをしたら、大きなホテルをカバーするだけの従業員を増やす必要がある。そうなると業務フローも指示系統も、すべてゼロから作ることになる。宿の主が求めていない苦労をさせてしまうのは本意ではない」


「なるほど………けど、それでさえ魔法でどうにでもできそうだけど」


「魔法でホテルマンを作るか………まぁできるな。だが私は高級ホテルより、こういうとした隠れ家的宿が好きなんだよ」


「あー! それは僕も!」


「俺もだな。ま、日本は諸外国からすると家も狭いし、日本人は狭い所のほうが落ち着くんだろうな」


 ジューンが同調すると、コウガがキッと睨んできた。


「な、なんだよ」


「ジューン、それ違うから」


 ジューンが軽く言った「よくある一般論」をコウガが否定する。


「外国人はみんな広い家に住んでいると思っているとしたら、それは大間違いだからね? だいたい、日本の一軒あたりの平均床面積は世界第5位あたりだから!」


「「え!? マジで!?」」


 ジューンばかりか、セイヤーも驚いた。


 天才と言われていても、興味ないことの知識は全く持っていないセイヤーにとっては驚きの情報なのだ。


「あのね、アメリカだけ馬鹿みたい家が広いだけだから! それに『家が狭い』というのはそもそもが誤報だよ? どこかの国の報告書を誤解した日本の新聞が『日本人はウサギ小屋のような住居に住んでいる労働中毒者の国だと海外から思われている』って掲載したから広がった『嘘』だし!」


 コウガは熱弁を奮う。


 ここにツーフォーがいたら、容赦なくコウガの首筋に「うざいですコウガちゃん」と手刀を叩きつけてところだが、コウガので思わぬ不運に見舞われたくないおっさん二人は、顔を見合わせながらも、コウガの熱弁を聞くしかなかった。


「その国の言う『ウサギ小屋』ってのは、都市型の集合住宅のことを表す俗称なわけよ。つまりは『都市型の集合住宅に住む人が多い』と言いたかっただけで、侮辱する意味で使ったものじゃないの。それをさぁ、わざわざ自虐的に取り扱った新聞のせいで、国民みんな勘違いして今に至るってわけよ」


 ほとんど息継ぎなしの早口でコウガが喋り倒す。


「大体、みんなもアホだと思うわけ。海外の普通のホテルに行ったところで、そんな広い部屋を見たことあるのかってーの。ハリウッド映画にでてくるようなでかくて綺麗な家見てさ『海外の人はみんなこんな家に住んでるんだ、いいなぁ』とか、バカかアホかと。それってトレンディードラマにでてくるような普通ありえないようなカッコいい部屋を『東京の人はみんなこんな部屋に住んでるんだ、いいなぁ』と思っちゃうようなもんじゃん!?」


 ジューンとセイヤーは吹き出す。


「トレンディードラマ……俺、久しぶりにその単語聞いたわ」

「ぶふっ(笑)」


 トレンディドラマとは、1980年代後半から90年代初頭にかけたバブル景気時代に作られたテレビドラマの一ジャンルで、内容は大体が都会の男女恋愛だ。そして「トレンディドラマ」という言葉自体が、リアルタイムでそれを見ていたおっさんしか理解できない「死語」だ。


「では、トレンディーな宿に行こう」

「ああ。トレンディーなメシも待っている」


 くくくとジューンとセイヤーは肩を揺らし笑いながら宿に向かう。


「いやいや、この宿全然トレンディーじゃないし、出てくるメシって基本スープじゃんかよ!」


 コウガも自分で言ったトレンディーというワードが恥ずかしかったのか、それとも勢い任せに喋り倒しているのをしているのか、どこか気恥ずかしそうに二人の後を追った。











「なんじゃこりゃあ」


 コウガは宿の中の惨状を見て、思わず往年の刑事ドラマに出てくる名台詞を吐いてしまった。


 食堂に何人もの美女が倒れている。よく見なくても連れの女たちだ。


 見回すと、壁や床どころか天井にまで夥しくグロテスクなが張り付いて、凄まじい異臭を放っている。


「よし、外食にしよう」


 セイヤーはすべてを察して、他の二人の返事も聞かずに踵を返した。


 食堂中央のテーブルには大きな寸胴鍋があり、そこから目に見えるほどヤバイ匂いが立ち込めている。


 あちこちに付着しているは、その寸胴鍋からこぼれている中身と酷似していることから「誰かが作った料理が爆発して、この場にいた女たちは気絶した」と推察したのだ。


 三人はすぐさま宿から離れたどこかの居酒屋に入り、生ぬるいエールを飲みながら、セイヤーの魔法による過去映像を見る。まるで防犯カメラの映像を見直している気分だ。


 セイヤーの推察は大正解だった。


 料理なんかしたことがないクシャナとテミスが、愛しのジューンになにか食べさせようと画策した。これが発端だった。


「え、俺のせいかよ」


 セイヤーとコウガにジト目で見られたジューンが慌てる。


 ジューンが慌てている間に、魔法映像の中ではクシャナとテミスが適当な食材(という名の何かの物質や生き物)を鍋に放り込み始める。


「なんでも煮れば食べられるんでしょ?」

「一時間くらい待てば食べ物になってるはずだ」


 とんでもない暴言を吐いて、二人はその場を後にする。


 次に「セイヤー様にお食事を作るの」と、エーヴァ王女と、ダークエルフのヒルデが現れる。


「は? 私は関係ないだろ」


 ジューンとコウガにジト目で見られたセイヤーが慌てる。


 エーヴァ王女とヒルデは、既に火にかかっていた鍋を見て「これを再利用すればいいのね」という理解不能なロジックを展開し、鍋の中に『なにか美味しそうな調味料や薬草』を叩き込んでその場を離れた。


 次にブラックドラゴンのジルが現れて、この鍋を見つける。


「………まぁ、そうなると思ったけどね」


 コウガはジューンとセイヤーの「共犯者を見るような眼差し」を受け流す。


 ジルはくんかくんかと鼻を動かすと「なんじゃこの薄い匂いは」と、庭に出てそのあたりに生えている草を引っこ抜き、鍋に投じると満足したように去っていった………絶対に草ではないものも混じっていた証拠に鍋から「ォォォ」と呻き声がする。


 どいつもこいつも自分がやったことの『結果』は全く見もせずにいなくなる。


 この段階まで、料理の知識がある女たちが一切出てきていないことにおっさんたちは身震いした。


 魔族の一般人であるエリゴスは当然家庭料理ができるし、下町出身の侍女であるエカテリーナも、普段から家族のために料理をしている。


 エフェメラの魔女ツーフォーは洞窟の中でコウガを養っていたくらいの料理の腕はあるし、冒険者のミュシャは野営時に自炊しないと生きていけないので必然的に料理ができる。


 つまり、不運なことに「壊滅的に料理というものがなんであるかわかっていない連中」によって、その鍋の中身は作られていたのだ。


 そしておっさんたちが戻ってくる数十分前。


 食事の準備に取り掛かろうと女たちが食堂に集まり、鍋の前に陣取る。


 宮廷魔術師クシャナ

「はぁ? なんの真似よ。この鍋は用意したんだから!」


 伝説の女巨人テミス

「いや、私も手伝ったが………」


 エーヴァ王女

「お待ちなさい。その鍋は私のものです」


 ダークエルフのヒルデ

「そうそう~、私達がたっぷりと愛情注いだんですからぁ~」


 ブラックドラゴンのジル

「たわけ。この鍋に匂い付けして格別なものにしたのは我ぞ」


 この段階で参戦していない女たち………つまり、魔族のエリゴス、侍女エカテリーナ、エフェメラの魔女ツーフォー、冒険者のミュシャ………この4人は「嫌な予感」に苛まれていた。


 それぞれの連れが作った料理────その前に『この人たち料理なんて出来たっけ』という疑問しか沸かない。


 そして鍋の蓋が少し浮いて、中からがこちらを見ている気がする。


 さらに、この匂い。


 ツーフォーの耐毒魔法結界が自動発動してしまうほどの悪臭が宿全体に漂っており、すでに店主を含めた従業員は……いや、この近所の住民も逃げ出してしまったようだ。


 なんせここの泊り客は、勇者とその連れの女たちしかいない。誰も逆らえないから逃げるしかないのだ。


 そして魔法映像の中で突然鍋が爆発し、が出てきた瞬間、その場にいた女全員が気絶した。

 

 そのは無機物のような質感だが有機物……生命体としての動きをしており、例えるのなら不定形のスライムのようだった。


 どれほどの悪臭を放っているのかわからないが、映像越しでもそれは臭そうだ。


 最初は気絶した女たちの足元や周りをウロウロしていたは、何かを諦めたらしく、ずるずると宿を出ていく。


 そして整備された下水道へと逃げていく。


 映像はセイヤーが望むままを追う。


 下水道に入り込んだは、ドブネズミや不快な見た目の昆虫などを次々に吸収し、徐々に姿を変え、大きくなっていく。


 どうやら取り込んだ生命体の姿を、かなり凶悪な形状にアレンジして模写するようだ。


 下水道を進んでいくほどその姿は巨大に変貌し、虫なのかネズミなのかわからない化物になった。


 映像の先に光が見える。


 町の上に顔を出せない脛に傷持つ犯罪者たちが、下水道の一角にキャンプを張っているのだ。


 彼らは調印式で湧いているこの町で盗みを働くために、わざわざ人間の領地から足を運んできたらしい。


 すでにかなりの金品を盗み出しており、彼らは金銀財宝の山を前にして、高級なワインを瓶ごとあおっていた。


 その盗賊たちが巨大化したの餌食になるのに時間はかからなかった。


 すべてを平らげたは、徐々に人間の姿になっていく。


「美味い。もっと」


 は知性ある声色でそう言った。


「………」

「………」

「………」


 三人のおっさんたちは、この世に生まれてはならないがひっそりと誕生したことに、酒を飲む手を止めた。

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