第2話 おっさんたちはランクSになる。

 『シュートリアの町』あらため『仲の国』は、終戦と和睦の調印式に向けてどんどん人が集まり、騒がしくなっていく。


 そんな中、調印式より前に一大セレモニーが行われることになった。


 世界的なネットワークを持つ「冒険者ギルド」の総支配人ジェネラルマネージャーが『仲の国』に来ることになったのだ。


「冒険者ギルドの総支配人? 何しに来るのさ」


 コウガとしては、ギルドが勝手にすり寄ってきてゴマすり出したのではないかという気分だった。


 しかし、猫頭人身族ネコタウロスのランクC冒険者ミュシャが「ふふん」と鼻を鳴らし「勇者の皆さんを世界初のランクSと認定するために来られるのです」と我が事のように胸を張る。


 どうやらおっさんたちが魔王討伐中、暇を持て余した連れの女たちの間で「ふふん」が流行ってしまったようだが、それは置いておく。


 それよりなによりコウガは疑問を抱いたのだ。


「ランクS?」


 確かコウガの冒険者認識票に書かれているランクは「D」だが、この世界の文字が読めないコウガにとって、それはDに見えない別の文字だ。


 この世界の人々は、大昔に異世界から来た勇者から伝え聞き、ランク付けにAからGの文字を使っている。


 だが、少し前、コウガは冒険者ギルドで「なんでGまでしかないのか。Zまであるんだぞ」とアルファベットを教えた。


 7種類しかないと思われていたアルファベットが、実は26種類もあることを知らされたギルド職員は、コウガが落書きしたアルファベット表を見て驚いていたほどだった。


 今ではコウガの与えた情報を元にして、様々な古文書解析が進んでいるらしいが────ランク付けで『Aより良いものはSだ』と言った記憶はない。


「どうしてS?」


「さぁ………」


 ミュシャに尋ねても詮無きことだった。


 その総支配人とやらに会う時が来たら聞こう、とコウガは記憶にとどめる。


「あぁ、コウガちゃんが最強最高の冒険者に……ふふ………ふふふ」


 生贄のヤンデレ、いや、エフェメラの魔女ツーフォーは、コウガのことを「コウガちゃん」と呼ぶ。


 本当は「コウガお兄ちゃん」と呼ばせるはずが、彼女が意図的に略してこうなっている。


 彼女は自分より年上の「父」と言ってもおかしくないコウガを「兄」どころか『弟』のように思っている。


 更に、本当に弟として扱うならまだしも、溺愛が過ぎて猟奇的ですらある。


 そのツーフォーは、褐色の肌を紅葉させ、エメラルドグリーンの瞳を潤ませながらコウガを見つめている。いや、見下ろしている。


 175センチもあるツーフォーからするとコウガはどうしても見下さなければならないのだが、その眼差しは決して「弟」を見る眼差しではないし、かといって年の離れたおっさんを見る眼差しでもない。


 それはまるで恋する乙女………いや、捕食対象を目の前にしてヨダレと芳醇な甘い匂いを垂れ流す食虫植物のような雰囲気に近い。


「我が夫なら至極当然じゃな」


 同じくブラックドラゴンの人間形態であるジルも、180センチある視点からコウガを見下ろす。


 体の要所要所にある黒曜石風の鱗や、魔族とは異なる形状の黒い被膜の翼と黒鱗の尻尾のせいか、誰もが「あれってブラックドラゴンじゃね?」と最初は驚く。が、ジルが屈託なく誰とでも接するので、騒ぎにはなっていないようだ。


「しかしランクとはなんじゃ?」


「知らずにコウガ様を褒めていたんですか………ええと、ランクDだと領主のお抱え騎士クラスの冒険者、ランクCだとエリート騎士団クラスの冒険者、という風に、冒険者の実力を示す値ですね」


 ミュシャが答える。


「ほうほう。で、旦那様はその最上位というわけだな。うむ、我も鼻が高いぞ」


 ぐいぐいとジルの乳がコウガの頭に押し付けられる。身長差を嫌というほど感じさせられる行為だ。


「……ほかのおっさんたちはどうしてるのかな」


 コウガは見下されるのは好きではないので憮然としながら話題を変えた。変なところで九州男児のプライドが表面化してしまうのだ。


「それなら、今まさに」


 ミュシャは街の東側を指さした。


「ジューン様とセイヤー様が魔法合戦をしているはずです」


「ふーん………はぁっ!?」


 コウガは驚きのあまりに、横に立って自分を見下ろしていた美女二人の肩くらいまで飛び上がっていた。











「大丈夫なのか」


 ジューンは、セイヤーがせっかく作った『闘技場』を壊してしまうのではと心配していた。


 だが、セイヤーは「心配ない」と言う。


「私の魔法で作った闘技場だ。私でなければ破壊など出来ない────はずだ」


 断言しないのは、ジューンが想像以上の力を発揮することを知っているからだ。


「どれ」


 ジューンは大剣を軽く振った。


 それだけで闘技場の客席から外壁まで衝撃波が走り、音を立てて崩れていく。


 衝撃波によってキィンと耳鳴りする中、セイヤーは目頭を押さえた。


「………規格外すぎる。ちょっとまってくれ」


 セイヤーは闘技場の壊れた箇所を魔法で一瞬で元に戻してから、何千、いや、何万もの魔法障壁を張り巡らせた。


 セイヤーのやっていることは魔法云々の常識では語れない「神の御業」としか言いようがないものだが、ジューンも見慣れたので驚かない。


「ではジューン。もう一度頼む」


「ああ」


 もう一度同じくらいの加減で大剣を振ると、衝撃波が闘技場の壁や客席に当たる前に、不可視の壁で防がれた。


「おー」


「………今ので2万枚の超強化魔法障壁が吹っ飛んだ。もちろん本気の一撃ではないよな?」


「もちろん。本気でやろうか?」


「いや、結構。と言うか、君が本気を出すと、おそらくこの星が割れてしまう」


「ははは。そんなギャグ漫画じゃあるまいし」


「………」


「え、やれちゃうのか?」


「やれるだろうな」


「………自分の努力の結果が怖い!」


「とにかく、もう剣はいい。本来の目的は魔法だろう?」


「ああ、そうだった」


 ジューンは自分が使える【蝋燭に火をつける魔法エターナルインフィニットバーニングフレイム】がどれほどのものか、セイヤーに鑑定してもらうつもりでこの場にいるのだ。


「では」


 ジューンは意識を統一して爆炎を生み出す。


 地面に盛られていた土が融解し、魔法障壁が次々に消し飛んでいく。この場の酸素がごっそり失われ、空気も焦げた。


 自分自身にも防壁を張ってそれを見ていたセイヤーは、ジューンから「どう?」と尋ねられても、どう答えようかと再び目頭を押さえていた。


「君はアレだ………努力しないことを努力するべきだ」


「は?」


「今のは本来なら蝋燭に火をつける魔法だろう? おそらくエターナルなんとかっていう火魔法はとっくに超越しているレベルになっているぞ。そもそもこの場にある酸素全部を燃焼させても、あれほどの炎にはならないだろうに………どういう原理で今の炎が出来上がったんだ?」


「俺にもわからん………あー、わからないついでに、天才に聞きたいことがあるんだが」


「天才だと自分で言ったことはないんだが────なんだ?」


「魔王がいなくなったこの世界で、俺たちこれからどうなるんだろうな」


「………冒険者ギルドの表彰が行われ、晴れてランクSになる」


「そんな直近の話じゃなくて………」


「わかってる。わかってるが、これからどうなるのかなんて、私にもわからんよ」











 おっさんたちは『仲の国』メインストリートのど真ん中にある広場に作られたステージの上にいた。


 おっさんたちの前には、下手な貴族でも着ないような仰々しく派手なローブを着込んだ爺さんがいる。


 この大陸にあるすべての国家に支店を持ち、地上最大のネットワークを誇る「冒険者ギルド」の総支配人で、名前はゲイリーと言うらしい。


 世界初のランクSを一目見ようと広場を埋め尽くす群衆は、王侯貴族や民衆ではなく、多種多様な種族からなる「冒険者」たちだ。


「ここに、魔王を討った最強の勇者たちを、最強の冒険者と認め、ランクSを授ける!!」


 ゲイリー総支配人から認識票を受け取ったおっさんたちに、四方八方から拍手喝采が浴びせられる。


 ジューンは営業の癖がついているのか「どうもどうも」と軽く会釈を繰り返し、こういった場が苦手なセイヤーは薄目を開けて視線を落としている。誰よりも喜んでいるのがコウガで、あちこちにピースサインを振りまいている。


 おっさんというカテゴリーでは同じだが、三者三様である。


 その様子をしばらく眺めていたゲイリー総支配人は、観客達の歓声が静まった頃に声を出した。


「この世の危険は魔王ばかりではありませぬ。危険な妖魔妖獣の類はごまんとおりますし、ときには人間も………冒険者ギルドにはそういった輩に困り果てた、力なき者たちの依頼が常に舞い込んできまする。どうかランクS冒険者となられた御三方は、冒険者ギルドのし、民をお救いくだされ。ランクSとはそれだけの権限のある証でもございまする」


 ゲイリー総支配人が深々と頭を下げると、また歓声が辺りを包む。


「あのー、ちょっと質問いいですか?」


 コウガは大歓声の合間を縫ってゲイリー総支配人に尋ねる。


「なぜランクAの上をSって付けたんですか?」


「むむ、なにか間違いがありましたかな?」


「いえ、あってるんですけど。AよりSの方がランク高いなんて教えたことなかったので」


「ふぉふぉふぉ。あなた様がギルドにもたらして下さった『あるふぁべっと』なる異世界文字の解読方法のおかげですぞな」


「え?」


 解読方法まで残したつもりはコウガにない。ただ、AからZまでのアルファベットをメモ帳みたいな羊皮紙に走り書きしただけだ。


「不思議に思われますか。そうでしょうなぁ。貴方様がファルヨシの町で『あるふぁべっと』を教えた【柔らかなエリール】は、大層記憶力が良い冒険者でしてのぅ」


『柔らかなエリール』とは、イーサビットとの戦いで、上半身裸で魔族をぶん殴っていた、ギルド長兼受付嬢だった好人物だ。


 ランクBにして、その拳だけで邪悪なる魔神を打ち倒したという伝説の拳闘士────だが、コウガの頭の中には、ジルと「おっぱい相撲」をしていた光景しか浮かばない。


「彼女は貴方様が読み上げた記号の発音をちゃんと記憶し、各地のギルドに情報として回してくれましてな。それで一気に研究が進んだわけですぞな。特にいにしえの勇者たちが残した古文書の解読は結構進みましてなぁ」


「はあ」


「して、その古文書の中に、ランキングについての文章がございましてな。ランクAよりSのほうが位が高いという文言が確認できました」


「なるほど………」


「他にもランクの表記方法があるようですがのぉ……難解でしてな」


「へぇ、他のはどんなのなんです?」


「HR、LR 、SR、SSR、UR………これらの文字の規則性と優劣についてはまだ研究が続いておりましてなぁ。いやはや異世界の言葉は難しく奥が深い!」


「それ、なんのソシャゲーだよ………てか、なんでそんなの書き残した!?」


 コウガは『いらん情報』をこの世に残した古の勇者を恨んだ。


「ひとまずSが『すげぇ』という最上級の褒め言葉を表すということはわかりましたので、Aより上の値として認定したのですがのぉ………」


「「「………すげぇ?」」」


 コウガばかりかジューンとセイヤーも目を白黒させている。


 この場に集まった冒険者たちはゲイリー総支配人の言葉を聞いて、前の方から「すげぇ……」「すげぇ……!」「すげぇぇぇぇぇぇぇ!!」と波打つように同じ単語が広がっていく。


 コウガばかりか三人のおっさんたちが白目を剥く中、ランクエスではなく、ランクすげぇが世の中に認識された。

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