幕章

第1話 おっさんたちは凱旋した。

 イレーバ・スラーグ国。シュートリアの町。


 ここは魔王領であり、東のリンド王朝、北のディレ帝国、南のアップレチ王国、そして旧ジャファリ連合国のど真ん中にあり、実はこの大陸の中心点でもある。


 だが、魔王領の中でも交通の便が悪い辺境の僻地ということで、とても寂れた町であった。


 それが今や大陸全土の全ての知的生物が集まってくる一大都市国家になりつつあった。


 そうなった理由はおっさんたちのせいだ。


 魔王討伐に成功して凱旋した三人の勇者たちが、どこかの国で終戦宣言するのは戦後の勢力図に影響を与えかねないから、と「このシュートリアの町は、今後、永世中立の都市国家『仲の国』とする」という旨を宣言したのだ。


 どこかの国家に肩入れせず、ここですべてを終わらせてしまおうという画策だ。


 勇者のおっさんたちによるワガママは、セイヤーの魔法やらコウガの強運によってまかり通ってしまい、一ヶ月後この『仲の国』では終戦記念祭と和平調印式が行われることになった────各国の代表陣が集まるにしてはしょぼい町で、だ。


 リンド王朝王家やディレ帝国王家は、なんと国王や帝王自らがこの終戦記念祭に参加するというし、内戦状態にあるアップレチ王国からも「白薔薇の君」と呼ばれるティルダ・アップレチ第一王女が参席を公表した。


 ティルダ・アップレチ第一王女は内戦相手の宰相派より『自分がこの国の代表だ』とアピールすることで、優勢にあることを内外に知らしめようという意図があるのだろう。


 魔王がいなくなった魔族側は、おっさんたちによる「敗戦国への賠償請求や国土没収などは一切しない」という口約束を信じ、あっさりと降伏。終戦協定の調印をする代表として、魔王の代役としてイーサビットを立てることになった。


 人間と基本的な考え方が違う魔族は、誰も代表になりたがらなかったのだが、彼だけは自己顕示欲と承認欲求の化物みたいな性格をしていたので、自ら名乗り出た。


 だが、そのイーサビットはかつて人間を攻撃し、隷属させようとしていた事実があるため、おっさん勇者たちが難色を示した。


 そのおっさんたちが致し方なくでも首肯したのは、イーサビットを裏切り人間側を勝利に導いた魔族の占術師・クリストファーが宰相となるから、という魔王軍側からの条件があったからだ。


「くっくっくっ、私が魔王か。くははははは!!」


 邪聖剣ニューロマンサーを手にしたイーサビットは、調印式のためにセイヤーが魔法で作り出した空中宮殿から『仲の国』を見下ろし、まるで支配者になったかのように悦に浸った────が、すぐ横にいたクリストファーに、おもいっきり頭を殴られた。


 平手ではなく、グーで、だ。


「い、いたいぞ、クリストファー!」


「余計な言動は謹んでください。今度は本当に、ガチで、マジで、死ぬことになります。ってか殺していいですかこのやろう」


 クリストファーに笑顔で詰められて、イーサビットは涙目で顔を横に何度も振る。


「いいですかイーサビット。あなたの一挙一動、一言一行、自分の行いのすべてが、どう連鎖して、どう周りに見られ、どういう結果を及ぼすのか、よく考えるのです。考える前に言葉を口に出したりなにか行動したら、本当に死にますよ。むしろ同族たちに被害が及ぶ前に私が殺します。あぁ、殺してしまいたい。心の底から殺したいですよこのやろう」


「お前、私のことが嫌いだろ!」


「そうですよ? なぜ私が宰相なんてやらされることになってしまったのか、よく考えてください」


「私がすごすぎるから足かせのために?」


「よし、殺そう。あなたが代表やるより私がやったほうが早い」


「いやぁぁぁぁぁぁ! 誰か! 宰相変わって!!」


 かつて盛大な離脱劇を演じ、わざとイーサビットを敗北させたクリストファーは、得意の仙術で「未来は明るい。人も魔族も」と言った。


 その占いは現実のものとなった。


 調印のため、少しでも見栄えを良くしようとセイヤーは「よくわからないけど街まで作ってしまう魔法」で、シュートリアの町をとんでもなく作り変えた。


 拡張された町は地平線の先まで続き、中心地には中世風の高層ビル群が建てられた。


 十字に敷かれたメインストリートには魔石式の自動乗合馬車バスが走り、それとは別に縦横無尽に道が整備されている。


 現代日本で例えれば、京都や札幌のような碁盤の目のような町並みだが、どこがどこなのかわかりにくいということはない。


 なんせ中心地にはランドマークとなる高層ビル群と「空中宮殿」があるし、そのビル郡は東側は赤色、西側は青色、南は黄、北は白……と色分けされることによって道標になっていた。


 自分から見てビル群の色が青なら「いま自分は西にいて東を見ている」と分かるし、白なら「北から南を見ている」と分かる……そのような色分けをしてあるのだ。


 しかも、あまり道を歩かなくても良い。


 自動乗合馬車バスはもちろん、地下鉄道も作られているので、広大な都市機能を潤滑に移動できるのだ。


 魔王領のバリアとした設置されていた『象牙の塔』にあった魔石を再利用して建造された「巨大発電所」もセイヤーの魔法による作だ。


 地下に作られたそれは、公害を出さないクリーンな魔力による電力供給を、ほぼ無限に行えた。


 電気という文明の利器が現れたので、シュートリアの町、いや、仲の国は生活様式が一瞬にして変わった。


 エーヴァ商会が持ってきた電化製品はかなりの安価で販売されることになり、爆発的に売れていく。


 仲の国の家庭では自動洗濯機、自動食洗機、自動掃除機………あと、ディレ帝国で試験放送されている「エーヴァテレビジョン」や「エーヴァラジオ」の映像や音を受信するためのテレビ・ラジオも人気だ。


 町には照明設備がこれでもかというほど備え付けられているので、夜中であっても煌々と明るい。


  予てからこの町は、綺麗にカット加工された均一性のある石ブロックを用いた綺麗な道をしていたが、今は車道と歩道に分かれて安全性を計ったり、グリーンベルトが出来て街路樹が美しく並べられたり、その並木道は街灯に照らされて種幻想的な雰囲気さえ醸している。


 辺境のしょぼい町だったとは思えない変革がセイヤーの魔法一発で行われ、元々この町の住民であった魔族たちは、唖然としながらもこの改革を快く迎えていたし、他の魔族たちもどんどんここに集まってくる。


 調印式を見ようと人間もどんどん集まってくる。もちろんそこで商売をしようという者たちも続々集まり、彼らの移動を守るために冒険者も活躍する。


 いまや、世界は仲の国を中心に動いているといっても過言ではなかった。











 綺麗な町並みになっても、今もまだ残っている路地裏。


 通り掛かる者たちは、そこに漂う醤油を焦がすような香ばしい匂いに引き寄せられる。


 庶民の味方、焼鳥のタレの匂いだ。


 路地裏に立ち並ぶ酒場……その中でも一際香ばしい匂いをさせている店は、今夜大盛況だった。


 怒号のような従業員たちの注文を受ける声。


 笑い声がけたたましく店内のあちこちから湧き上がる。


 人と魔族と亜人族が酒場で肩を組んで終戦を祝って酒を交わすなんて、誰が想像しただろうか。


 リザードマンが人間と酒樽に顔を突っ込んで酒を飲み続ける。


 エルフとダークエルフの女たちがテーブルの上で踊り、ドワーフが口笛で迎える。


 魔族も人も亜人族も、肌の色や姿形を気にすることなく、酒飲み合う仲間として笑い合う。誰もが夢見た平和がここにあった。


 そんな騒ぎの中心にいるのは、三人のおっさん勇者と、その仲間である美女たちだった。


「………」

「………」

「………」


 なぜかおっさんたちだけが、お通夜のようにしんみりしている。


 連れの女たちですら和気あいあいとしているのに、おっさんたちはまるで「仕事でしくじってかなりへこんだ後」みたいな顔をしていた。


 理由は簡単。


 こうなるはずではなかったのだ。


 初めて三人が顔を合わせたこの店で、魔王アルラトゥと闇の勇者「鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサス」に献杯を捧げ、しんみりと飲むつもりだったのだ。


 だが、まさか三人のおっさんたちがこの店に来ることが、事前にバレようとは。


 おっさんたちを一目見ようと押しかけてきた魔族、亜人族、そして次々に集まってくる人間の商人たちで店はごった返し、勇者たちの挨拶を今か今かと待っている。


「どうしてこうなった」


 ジューンは憮然としている。


「それは私がちゃんと宣伝したからです!」


 ジューンの連れである女魔族(の一般人)エリゴスが「ふふん」と鼻を鳴らしながら胸を張る。


「私の生まれたイレーバ・スラーグ国に、アホ魔王を倒した勇者がいるんですよ! それは宣伝してみんなにも見………」


「たのむ。魔王を悪く言うな」


 ジューンはエリゴスの言葉を遮って静かに言った。


「え?」


「あれはあれで、悲しい性の女だっただけだ。周りがどう言おうと、せめて俺のツレには悪く言ってほしくない………それほど立派な女だったんだよ」


「………いろいろあったんですね」


 エリゴスがシュンとする。


『この子は嫁候補レースから数歩後退したわね』


 リンド王朝王立魔法局の天才魔術師にして、ジューンの第一婦人の座を狙っているクシャナ・フォビオン・サーサーンは「ふふん」と鼻を鳴らした。


 ここはひとつ、この巨乳を駆使し、男心をくすぐる母性を発揮すべきだとクシャナは感じた。


「ジューン、私の胸に飛び込んできて泣きついてもいいのよ」


「………ガキンチョがなにいってんだ」


 40過ぎたジューンから見たら、18歳のクシャナは発達は良いがまだまだ子供だ。


 ガーン、とでも言いたそうな顔をして白目を剥くクシャナを横目に、旧神である女巨人テミスは、これまた「ふふん」と鼻を鳴らす。


「そうだな。人間や魔族など所詮は数年生きた程度の、言わば幼虫みたいなものだ。ジューン、今夜は私がティターン十二柱『法と掟の女神』の名において癒してやるからな」


「いや、結構」


 素っ気なく断られ、テミスも「えー、普通女神を振るか!?」と驚いている。


 いつもの、女たちとの戯れの会話だ。


 ジューンはこのやり取りにずいぶんと癒やされてきた。


 だが、今夜はどうも興が乗らない。


 ────ガキかよ、この野郎!! てめぇの惚れた女が死にかけてんだ! 何を捨ててでも助けるのが男だろうが!!


 ────くくく………何を捨ててでも助ける、か………その言葉、忘れるなよ、この偽善者め


 闇の勇者・鈴木・ドボルザーク・天美馬ペガサスとのやり取りが頭から離れない。


『今夜の酒は………不味いな』


 ジューンは払拭されないイライラを抱えたまま、エールグラスを一気に空けた。

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