第18話 おっさんたちと悲しみの勇者。
魔王アルラトゥは、自分の腹に突き立った邪聖剣ニューロマンサーの見慣れた柄を眺めていた。
不思議と痛みはない。
朧気な気分で視野が結ばれると、自分の腹から生暖かい血潮が止めどなく流れているのがわかった。
そして、鈴木・ドボルザーク・
何が起きたのか理解できないまま、魔王アルラトゥは倒れ伏していた。
「も………」
アルラトゥは掠れた声でつぶやいたが、それ以上は、もう、一欠片の声も出せなかった。
だから、想いが届くように心の中で囁いた。
────もういい。泣くな。そなたの涙など見たくない。
────復讐に燃えるその眼差しが好きだった。
────時折見せる、はにかんだ笑みが好きだった。
────たまに子供のような眼差しになるのが好きだった。
────そなたのために妾はやれることはすべてやった。
────この生命も
────もうよいではないか。
────過去の怨みなど忘れ、残された余生をゆったりと過ごせばよいではないか。
────だが、そうは言えなかった。
────言えば妾とそなたの関係が終わってしまうような気がしていたから。
────妾はよくやったであろう?
────褒めてくれてもいいのだぞ?
────いつものように髪を撫でてくれ。
────いつものように優しく抱きしめてくれ。
────いつものように、いつもの………。
「アルラトゥ!!」
鈴木・ドボルザーク・
どうしてこうなったのか。
勇者たちを、普通なら五体ばらばらになってもおかしくない力で吹っ飛ばした魔王アルラトゥは、無傷で立ち上がったコウガの「強運」の返礼をまともに喰らったのだ。
難なく立ち上がる勇者たちと斬り結ぶため前に出たアルラトゥは、ありえないことに瓦礫に躓いてしまった。
さらにありえないことに、手にしていた愛刀「邪聖剣ニューロマンサー」は、躓いた拍子に簡単に手から離れた。
そして………床に柄尻から堕ちた剣は、バネでも仕込まれているかのようにバウンドし、自らの腹を貫いた。
そんなバカなと驚愕しつつアルラトゥは倒れ伏せ、勇者三人も唖然とした。
彼らは何一つ手を下さぬまま、魔王は倒されたのだ。
「なんか………どうかと思う」
ジューンはセイヤーを肘で突いた。
「どういう意味だ?」
と言いつつセイヤーもわかっている。
自殺というか事故というか………この状況は非常に後口が悪い。ジューンは「回復させてやったらどうだ?」と促しているのだ。
しかし、相手は敵の総大将だ。
回復させたところで、倒すという結果は変わらない。
セイヤーが渋っていると、コウガはおっさんにあるまじきことに、頬を膨らませて「可愛らしく激おこ」な表情をした。
セイヤーとジューンが「うわぁ……その顔はやめてくれ」と言いたそうな顔をしたが、気にせず訴える。
「敵だろうがなんだろうが女の子だよ! 殺さなくてもさ、どこかに隠居してもらうとかなんか手はあるでしょ!」
コウガもセイヤーの背中をバシバシ叩く。
「あのな、君たちはまるで私が殺したかのように言うが……」
「「いいから治癒魔法を」」
ジューンとコウガに強く促されたセイヤーは、後先考えないことにした。
「わかった」
セイヤーの治癒魔法の前では、腹に空いた穴など全く問題にならない傷だ────だが、鈴木・ドボルザーク・
「さわるな!!! よくも俺の……おのれ、おのれ!」
「バカか貴様!! 私は治癒すると言っているのだ! 早くしないと本当に死ぬぞ!!」
珍しくセイヤーが声を張った。
いくらセイヤーでも、死者の蘇生は出来ない………と、思い込んでいるからだ。
本当は何でも出来る。
肉体が消滅していようとも蘇生することができるだけの能力をセイヤーは持っている。だが、当の本人が「死人は蘇らない」という常識を持っていることが枷となっているのだ。
いくら神のような力を持っていても、その使い手の想像力を越えるようなことはできないということだ。
「貴様らの慈悲など受けぬ!」
鈴木・ドボルザーク・
その鈴木・ドボルザーク・
身体のあちこちから異音がし、血潮に似た色合いのオイルが関節の隙間から溢れている。
魔王を抱きしめる手に「闇」を這わせてなんとか力を出してはいるが、本当は動かすこともできなくなっているのだ。
「もう勝負はついた。無駄死にする必要はないだろう? な?」
ジューンはできるだけ優しい口調で言葉を続けた。
「あんたの恨み辛みに巻き込んで彼女を殺すつもりか? 治療すれば助かるんだから………」
「黙れぇぇぇぇぇ!!!」
鈴木・ドボルザーク・
重力の坩堝、ブラックホールだ。
「俺は、俺をこんな所に呼び出したこの世界を恨む! 俺をゴミ屑のようにした勇者たちを憾む! 俺のアルラトゥをこんな目に合わせたお前たちを怨む!!」
「ガキかよ、この野郎!! てめぇの惚れた女が死にかけてんだ! 何を捨ててでも助けるのが男だろうが!!」
ジューンの眉毛が怒りのせいで逆立っていく。
「くくく………何を捨ててでも助ける、か………その言葉、忘れるなよ、この偽善者め────」
鈴木・ドボルザーク・
その場には、アルラトゥの腹に刺さっていたはずの邪聖剣ニューロマンサーと、大量の血潮が残された。
「あのバカ勇者、まさか逃げたってことか?」
セイヤーは魔法で行方を探知しようと試みたが、まったくひっかからない。
範囲を広げる。
魔王領、人間の領地………いない。
この大陸、違う大陸、そしてこの世界すべてを捜索した………いない。
「バカな」
捜索範囲を宇宙にも広げる。
その魔法で消費される魔力はとてつもないものだが、無尽蔵に魔力を生み出すセイヤーにとっては全宇宙を捜索したとしても痛くも痒くもないものだ。
が、元いた世界で言うところの銀河系に匹敵する範囲まで探しても、闇の勇者と魔王は見つからなかったので諦めた。
ブラックホールの底がどうなっているのかわからないが、もはや違う時空次元に行ったか、重力の坩堝の中で自ら死を選んだとしか考えられなかった。
「………」
セイヤーは首を横に振る。
「くそっ、なんて後味の悪い終わり方だ」
ジューンは逆立った眉毛をなでつけながら、怒りの捌け口がなくなってイライラしていた。
「もしかして魔王の最後って僕のせい?」
コウガは、魔王アルラトゥが自らの剣で致命傷を受けたのは、まさか自分の幸運、いや、強運のせいではないかと青ざめていた。
「そうだろうな。普通はこんな場面でラスボスが躓いたり、そのせいで剣を落としたりしないし、ましてや落ちた剣がバウンドして自分に突き刺さるなんて、奇跡的な確率でしか起こりえないだろう………君の強運に当てられたとしか思えない」
セイヤーは何一つ言葉を濁さずストレートに言い放った。
「うそ………僕のせいであの子、死んじゃったわけ!?」
「死んだのかどうかはわからないままだが………」
セイヤーはようやく自分がストレートに物を言いすぎたと気がついて、少し言い方を変えたが後の祭りだった。
そして、誰一人「あれは魔王だから殺していいんだ」とは言わない。
このおっさんたちの目にあの魔王は「すごい美人で巨乳で、そして一途な女の人」としか映っていなかったからだ。
「誰が悪かったんだろうな」
ジューンはぼそりと声を落とす。
自分たちが悪かったのか。
闇の勇者が悪かったのか。
彼を甘やかした魔王が悪かったのか。
闇の勇者を呼び出した昔の王家の人々が悪かったのか。
それとも、昔の勇者たちが悪かったのか。
「私は神や悪魔は信じないし、宗教観もないが………因果なものだとしか言いようがないな」
セイヤーが
ジューンはアホのように努力して鍛えた力を発揮することなく、セイヤーも天才的な魔法の力を見せつけることもなく、ただコウガの神がかり的な強運だけが当人の自覚なく発動し、魔王討伐は終わった。
三人のおっさん勇者たちは勝利の感動もなにもない、実に不愉快で不本意な心持ちのまま、控えていた
少し遅れてラプンツェル一家も現れたので、コウガの鎧と同化しているヴィルフィンチも含めると魔王四天王が勢揃いしている。
「魔王は消えたし、このままここに留まれば人間たちになにをされるかわからない。帰れる場所があるなら帰れ」
ジューンの言葉に四天王達は顔を見合わせた。
ラプンツェル一家だけは「そうですね。妖精界に帰りましょ」と素直だったが、他の三人は違った。
灰かぶり姫アッシュヘッドはセイヤーを。
白雪姫ヴィルフィンチはコウガを。
妖精女王ティターニアはジューンを。
妖精の女たちは、それぞれがおっさん勇者の伴侶になろうと思っていたのだ。
「ま、勇者の皆様はこれから人の国の方で色々忙しいでしょうし………しばらくは私達も妖精界で大人しく待っていましょう。いずれ私達の所に来て頂けるでしょうし。ね?」
ティターニアはおっさんたちが「うん」と言うまで「ね?」を繰り返した。
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